2023/06/18 - 2023/06/27
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さいたまさん
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コヒマの戦いは、英国の歴史の中で、最も激戦だったとされています。日本軍にとっても激戦でした。
英国では、国立陸軍博物館は、2013年、英国史上に残された激戦の記録の中のノルマンディ上陸作戦やワーテルローの戦いなど数々の激戦の歴史を抑えて、インパール作戦及びコヒマの戦いが、Britain's Greatest Battleとして、
に選出される等、その激戦が評価されています。
その中において、コヒマの戦いによって、日本軍によるインド侵攻を阻止し、戦局に大きな影響を与えたとして、東のスターリングラードの戦いとも評されています。
コヒマの戦いは、第二次世界大戦の主な転換点の戦いと評され、英将スリム中将をして、もしイギリス軍がコヒマで敗北していたら、連合軍は壊滅しただろうと述懐しています。そのコヒマの激戦は、大英帝国の最後の本当の戦いであったとされています。
今回、インパールとコヒマを訪れ、激戦の舞台となったコヒマ国道三叉路の高地を見る機会を得ました。
市街地の住居の状況は、82年の年月を経ているため、当時とは、大きく異なっているでしょうが、全般的な地形は、大きく変わっていません。
山岳地帯である地形を目の当たりにして、激戦の経緯の一端を想像しています。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
コヒマ戦没者墓地です。
ディマプールからインパールに向かう国道の屈曲部にあります。コヒマ戦没者墓地 観光名所
-
インパール戦没者墓地に向かう国道です。
コヒマ戦没者墓地の西側を走っています。インパール戦没者墓地 観光名所
-
イヌの台(Garrison Hill)、テニスコートの台、そして国道の様子です。
コヒマ三叉路の西側の地形の状況が、判ります。 -
コヒマの激戦は、地図の最上部(北側)の地区まで続きました。
日本軍は、南から北に向け、攻撃しましたが、英軍に阻まれました。 -
日本軍は、英軍を南側から攻め、北側に追い詰めました。
コヒマの激戦は、北側のGarrison Hillに至るまで、60日間の長きにわたり続きました。 -
最終的に、英軍は、地図にありますGarrison Hillにて、防御することとなりました。
Garrison Hill の英軍陣地は、約200ヤード(180m)になりました。
約1個中隊(70~80名)が、180m程度の地域に入りました。
守備する区域は、とても狭い範囲になります。 -
1発の砲弾での被害を、局限するため、通常であれば、各人の間隔は、10m程度離すのが一般的です。
約1個中隊が、180m程度の地域に入るのは、原則から大きく外れます。 -
英軍の陣地に対して、日本軍は、砲兵火力が極端に少なく、弱点を攻めきれなかったのが、激戦の遠因でしょう。
つまり、白兵戦という火力を使わない接近戦闘しか選択できなかったことが、日本軍の敗因なのでしょう。 -
英軍は、空軍力と火力に優っていました。
火力に劣る日本軍は、英軍の火力を避け、イヌの台を攻撃するには、地形の凹地部を利用するしか仕方がありませんでした。 -
日本軍は、コヒマ三叉路の高地を奪取し、引き続き、イヌの台を攻撃しましたが、英軍の頑強な防御に前に、目的を果たせませんでした。
日英両軍の、生死をかけた激戦が続きました。 -
写真の上部に緑の森に囲まれたコヒマ戦没者墓地があります。
その左の斜め下が、イヌの台(Garrison Hill)です。
国道の左側は、馬の背状の平坦な台地の連続です。 -
コヒマの激戦は、高い位置から、低い位置へ駆け下る方向の日本軍の方が、有利です。
日本軍は、英軍の守備するGarrison Hill(日本名:イヌの台)攻撃に際しては、馬の背の尾根沿いの攻撃要領を採用しました。 -
緑の森に囲まれているのが、コヒマ戦没者墓地です。
その左が、イヌの台(Garrison Hill)です。 -
写真の右側が、国道です。(インパール空港に向かっている国道です。)
写真上部に、イヌの台(Garrison Hill)があります。
標高差は、あまりありませんが、馬の背状の平坦な丘が続きます。インパール空港 (IMF) 空港
-
平坦な馬の背状の台地が続きます。
日英両軍の激戦の舞台です。 -
馬の背状の地形です。
80年が経過した関係で、民家が立ち並び、変化がありますが、平坦な地形は、変わりません。 -
イヌの台(Garrison Hill)です。
写真右側の少し黄色がかった樹の台は、テニスコートの台です。 -
インパールに通じる国道の様子です。
写真の左側のJail Hillと呼ばれていた高台を見ている写真です。
Jail Hillの東側には、青色の屋根が、くっきり見えます。
イヌの台(Garrison Hill)を攻撃するために、足がかりになった高台です。 -
ナガランド州知事の公舎地区の南端の区域です。
日英両軍が、激戦を続けた重要ポイントになります。
写真の下部には、国道があります。 -
テニスコートの台の東南側の斜面です。
国道側の斜面です。今は、住宅が立ち並んでいます。 -
イヌの台(Garrison Hill)を南側から見ています。
日英両軍の激戦が繰り広げられました。 -
イヌの台(Garrison Hill)の斜面には、いろいろな部隊の記念碑が置かれています。
勝者側の英軍の部隊のものが多いです。 -
イヌの台(Garrison Hill)の斜面には、現在、建物が多くなっています。
キリスト教の教会が多く見られます。 -
イヌの台(Garrison Hill)から南側に延びている丘の流れです。
石垣のような壁が見えますが、国道沿いの壁面です。
国道は、インパールのカングラフォートまで続いています。カングラ フォート 史跡・遺跡
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ウマの背状の台地からコヒマの市街地を見ている写真です。
日本軍第31師団の将兵の生存者が拠金し、建設されたコヒマ大聖教教会は、写真の右側にあります。コヒマ大聖堂教会 寺院・教会
-
コヒマの市街地を見ています。
斜面一杯に住宅が建てられています。
その面では、ナガランド州の州都だと感じます。
ナガランド州立博物館は、写真の左側に位置しています。ナガランド州立博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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ナガランド州の観光局の建物です。
ウマの背状の台地のほぼ中央にあります。 -
ナガランド州知事の公舎地区の南側の様子です。
平坦なウマの背状の台地の連続なので、明確な地形区画は、なさそうです。 -
ナガランド州知事の公舎地区の南側です。
白い塀が続いています。
この地点の北側が、日英両軍による激戦地となっています。 -
写真左側の道路は、国道です。
右側は、ナガランド州知事公舎の台となっています。 -
イヌの台(Garrison Hill)の東側斜面の様子です。
ナガランド州知事の公舎地区の東側です。
写真中央に、国道が見えます。 -
イヌの台(Garrison Hill)の東側斜面の様子です。
写真中央の奥に、テニスコートの台が続いています。
国道は、ディマプール空港からインパール市内まで続いています。ディマープル空港 (DMU) 空港
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日英両軍による激戦が繰り広げられた国道沿いの斜面です。
ガソリンスタンドの西側に、英軍の戦車が置かれています。 -
イヌの台(Garrison Hill)の東側には、コヒマの市街地が広がっています。
82年前の日英両軍が、激戦を繰り広げた時期には、斜面沿いの住宅は存在していなかったようです。 -
イヌの台(Garrison Hill)の東側斜面の土質の様子です。
硬い岩石の層が厚く続いている様子が、見て判ります。
防御のための陣地構築には、適していません。
写真中央に、国道が見えます。 -
イヌの台(Garrison Hill)の北側の斜面です。
断面に草等が生えていないので、82年前の激戦当時と異なっている可能性もありますが、傾斜の急な地形は、当時と同じではないかと感じています。
他の正面の斜面が、急斜面になっている点は、共通しているようです。 -
馬の背状の台地から、国道を見ています。
国道からウマの背状の台地を攻撃するには、斜面をよじ登るしかありません。
国道を進むとインパールのクラシックグランデホテルに至ります。クラシック グランデ インパル - メンバー オブ ラディソン インディビドゥアルズ ホテル
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コヒマ三叉路から南の方角に延びている国道です。インパールに通じています。
この国道は、82年前と同じように、重要な交通路になっています。
日英両軍にとって大事な場所になっています。 -
インパールのイマ市場に通じている国道です。
馬の背状の台地との標高差は、かなりあります。
日本の徒歩兵は、この斜面をよじ登ってきました。イマ市場 市場
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インパールに向かう国道です。
インパールのクラシックホテルに通じています。The Classic Hotel ホテル
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この旅行記へのコメント (2)
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- 服務員さん 2025/07/27 15:31:14
- コヒマの写真感動しました
- インパール作戦について、直木賞作家の伊藤桂一氏の「遥かなインパール」を読んで頭の中では理解していたつもりですが、写真で見ることで作戦に投入された将兵の苦労がより偲ばれました。
有難うございます。
- さいたまさん からの返信 2025/07/27 17:03:23
- Re: コヒマの写真感動しました
- 初めに、インパールに行きました。部族間同士の抗争があり、退去を指示され、次の日、コヒマに避難しました。
コヒマでは、予想外の11日間を過ごしました。タクシーを利用したのは1日のみで、あとは、自分の脚で、歩き廻りました。地形は、当時と殆ど変わっていないため、直に見ることが出来ました。大変、勉強になりました。
インパールで行くことが出来ず、未経験の場所に伺わねばと、考えています。
今後の楽しみです。
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