2025/04/21 - 2025/04/21
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fmi(ふみ)さん
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桜は終ったが、間髪入れずにツツジの季節到来。ツツジは品種も花の色も多彩で咲いている期間も長く、4月上旬から5月の大型連休すぎまで楽しめる。
館林や笠間、長瀞町が有名だが、都区内にも見事なツツジの見どころがあった。
都心で有名なのが谷根千の根津権現のつつじ。次に駒込の六義園。穴場として、練馬駅前の平成つつじ園にも足を延ばした。
根津権現はすっかり海外にまで有名になってしまったのか、朝9時半には大行列、その半分が外国人という、まるで梅雨時の長谷寺のような喧騒だったが、六義園は広いのでゆっくりと楽しめた。練馬も駅前にこんなガーデンがという見栄えの良さ。
それではちょうど見ごろだった都心のツツジをご覧ください。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今回のつつじを見る紀行は、都心の根津権現、六義園、練馬つつじ園という順にめぐるが、そのうち根津権現と六義園は、元禄から正徳の時代、要するに徳川綱吉に関わる場所だ。
どういうわけか、元禄期から正徳期の綱吉、家宣ゆかりの地は、「つつじ」に縁があるようである。綱吉が将軍になる前に藩主を勤めた館林も、つつじで有名な所。
王子飛鳥山など享保の徳川吉宗ゆかりの地が「桜」を連想させるのとは対照的。
六義園は綱吉の側用人、柳沢吉保の「お屋敷」だが、吉宗の「飛鳥山」は「公園」であった。これは元禄正徳期の為政者と享保寛政期の為政者の相違を象徴すると私は考える。 -
ラッシュが落ち着き始めた時間帯の町屋駅で、千代田線に乗車。
まず、千駄木駅で降りて根津権現を目指す。
根津権現は、まだ行ったことが無いのだ。町屋駅 駅
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千駄木の街並み。
ちょうど根津権現のつつじ祭りののぼり。千駄木駅 駅
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千駄木駅と根津駅のちょうど中間に根津神社がある。どちらから歩いても7分程度。
武蔵野台地の斜面に神社があり、その斜面いっぱいにつつじがうわっと植えられているのだ。 -
根津神社、乙女稲荷とつつじ。
乙女稲荷神社 寺・神社・教会
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根津神社拝殿と東門。
根津神社は江戸幕府六代将軍、徳川家宣と特に関係の深い社である。
徳川宗家は、四代目家綱の「弟」が五代目徳川綱吉、家綱の「甥」が六代目家宣である。その背景は色々複雑なのだが、家綱にも、綱吉にも、後継ぎとなる男子がいなかったため、結局「家光の孫」である家宣が綱吉の跡を継いで将軍となった。
家宣には世子がおり、それが七代目将軍の家継。家宣が将軍になった時は既に48歳であり、就任3年後に50歳で家宣は病没、幼少の家継が将軍になるが、家継も8歳で病没。この時点で、徳川宗家直系の血統は途絶えてしまった。
この根津神社、その家宣が甲府藩主だったころに屋敷を寄進し、そこに現在の社を移設した。社殿は江戸時代特有の権現造りを強く残している。正徳の治の時代は江戸幕府の庇護を受け公的な社であった。根津神社 寺・神社・教会
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イチオシ
乙女稲荷と千本鳥居。外国人は千本鳥居が好きなのかな、京都じゃないのにここの千本鳥居も人気があって、外国人が群がっていた。
幕府の庇護をうけた根津神社だが、家継の死後、状況は一変する。
いわゆる「側近政治」だった元禄・正徳期は終わり、後継将軍を決めるに当たり、「側近」が推す尾張藩主の継友と、「大奥」等の支持があり、藩政改革の実績があった紀州藩主、吉宗の2名が選ばれ、最終的に徳川吉宗が第8代将軍となった。
吉宗が「享保の改革」としてまず行ったのは、新居白石ら家宣の「側近」の粛清、その次に行ったのが、誰も出来なかった「大奥」のリストラである。
果敢実行の暴れん坊将軍、幕政を不健全な側近政治から本来の将軍親政へ戻し、そして、ここ、根津権現も「改革の一環」として幕府公認から外されてしまった。逆にここから北西4kmの所にある王子飛鳥山に桜が咲き乱れるようになった。 -
千本鳥居とつつじ
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普段は無料のつつじ園だが、「つつじ祭り」の時期は有料となり、入口で500円徴収される。料金所が2ゲートしかないところに、大量の人で並ぶ並ぶ....
折り返し列で並び入場するまで10分以上並んだ。
つつじ園の中がまたごった返し、見物人はみな立ち止まって高そうなデジいちで撮りまくるから列の進みが遅い。
見物客の半分近くは外人でこれまた無秩序な歩き方で進みを妨害する。明らかにオーバーツーリズムだな。ちょうど、欧州のイースター連休に当たったので尚更だ。
完全に紫陽花時期の長谷寺状態。文京つつじまつり 祭り・イベント
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神社境内の西側が斜面になっており、そこにつつじがそれこそ大量に植えられている。
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つつじ
斜面の頂と麓の標高差は10メートルほど。 -
つつじ園から見た本殿
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麓から見上げる
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中腹から
まさに見ごろ。混むわけだ -
イチオシ
園内全体の風景
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つつじと社殿
この神社につつじを植えたのは、やはり徳川家宣で、邸宅を寄進する際に植えたのが始まりらしい。
昭和の半ばに植えなおされ、今に続く文京区のつつじ祭りとなった。 -
つつじ園から楼門を見る
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見ごたえがある
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社殿を望む
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つつじ園風景
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様々な種類が植えられている
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しかし凄い人出だなあ
「見ろ! 人が(以下略」 -
人の多すぎる名勝はどうも苦手だ。疲れる。
そろそろ別の場所に移動するか。 -
何とか表門まで出てきました。
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神社の南側、権現坂から楼門とつつじを撮影。
この反対側が、東京大学本郷キャンパスだ。新坂 (権現坂、S字坂) 名所・史跡
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権現坂を西に進み、本郷通りに出て、そこからバスで駒込駅方面へ。
六義園近くでバスを降りる。 -
次に来たつつじの名所が、駒込の六義園だ。
有料の施設だが、高齢者や障害者は無料。六義園 公園・植物園
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この六義園も園内を囲むようにつつじが沢山植えられている。
園内はかなり広く、散発的に植えられている所もあって、見て廻るのは根津よりこちらのほうがお勧め。廻りやすい。
特に池の周囲が綺麗。
もともと回遊式庭園であり様々な草木が植えられているので一年を通して多くの花を楽しめる。六義公園 公園・植物園
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イチオシ
園が造営された元禄年代は、江戸ではつつじの植栽が流行っており、特に江戸のつつじの中でも有名だったのは、ここ六義園だったらしい。
ただ、ここは当時は藩邸だったので自由には入れなかったと思う。
日本の春といえば、桜だが、どちらかというと、桜=京都であり、江戸で桜見物が出来る所は上野寛永寺くらいしかなかった。
桜が江戸で広く楽しめるようになったのは、やはり、徳川吉宗が民政の一環として、王子飛鳥山に桜を造林し、隅田川に桜並木を整備し、江戸住民の憩いの場として広く開放したことが大きい。 -
ここ、六義園は、元禄期、将軍徳川綱吉が、側用人、柳沢吉保に下屋敷として与えられたのがはじまりである。柳沢吉保の別邸だったわけだ。
綱吉は元館林藩主で、吉保も館林藩士だったが、その館林もつつじが有名。
綱吉は吉保、家宣は新居白石や間部詮房 といった「側用人」を老中よりも重用した。元禄治世も正徳の治も、側用人とか言う、地位も権限も責任もあやふやな存在が政道を取り仕切っていたのである。
江戸幕府は将軍を頂点としたトップダウンの軍事政権であり、将軍のもとで実務を執り行うのは老中を中心とし、以下若年寄や奉行といった、幕閣が執政する高度な官僚組織であることが、本来の姿である。
私は役人の端くれだったので、感覚的に分かるのだが、側用人の存在は不健全であると考える。あの、安倍菅政権時代に猛威を振るった「内閣人事局」と同じ匂いがするんですよ。 あの不健全な官僚支配による権力集中と安倍個人の権威づけ。 -
昨今、徳川綱吉の再評価がなされてることを良く耳にします。綱吉は名君だと。
丁度、第二次安倍政権の時代です、そんな説がネットで広まったのは。
生類憐みの令は平和な治世を行うためであるとか、貨幣の改鋳は経済政策だ云々、ふわっとしてるんですよね。ふわっとしてて地に足つきしっかりとした土台が理論の中にない感じ。で、綱吉を評価する者って、大抵他の為政者をディスるんです。吉宗がその対象、ちょうど、松平定信と田沼意次の関係と同じ。デジタルなんですよ考え方が。是々非々じゃあない。
綱吉は江戸市中の犬や猫を保護するために中野に施設を造りました。吉宗は小石川養生所を造りました、定信は人足寄場を造りました。堀田正睦は「児童手当」を創設しました。
私は、福祉行政、今も福祉に関わっている人間です。私が重視するのは民生です。確かに仁政でしょうが民生を軽んじてる気がするんです。
徳川綱吉は歴代将軍の中で一番の秀才です、理想も高い。だが理想の高い秀才にありがちな、上から目線で寛容性が無い。
あえて言いますと、維新の首長と同じニオイがするんですよ。
これは、あくまで私の主観です。税金で仕事をしてきた身として出来上がった、感覚的な好き嫌いなので、今さらどうしようもない。 -
つつじが美しい。花に罪はない。
あと一つ、江戸幕府で一番、財政を浪費したのは大奥です。月光院だとか江島だとか、大奥の権勢が特に大きかったのが、元禄から正徳の時期です。
吉宗は、大奥の後ろ盾てで将軍になりましたが、その大奥のリストラを断行しました。凄い人だと私は単純に思います。
綱吉や田沼意次の人気が高まる時期は、今のように経済も国勢もどうしようもなく閉塞感が蔓延している時期であるというのは偶然ではないと感じます。六義園 吹上茶屋 グルメ・レストラン
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北側にある背山。つつじが美しい。
この六義園、明治になってからは、三菱の創始者、岩崎弥太郎が手に入れます。その後、岩崎家の手で更に整備し、広大だった庭園は徐々に縮小整理され、昭和13年に、岩崎家から東京市(今の特別区)に寄贈されました。
六義園が都民の憩いの場となったのは、明治政府の「政商」と呼ばれた、三菱の岩崎家によってなのです。 -
イチオシ
背山から見下ろした六義園全景
NHKの大河ドラマで、香川照之が見るからに汚らしい土佐の地下浪人、岩崎弥太郎を演じたことが物議を醸しましたが、岩崎弥太郎は、土佐藩の最下級武士でしたが、これは元々岩崎家が山内家ではなく長宗我部家の家来だったためです。
土佐藩では階級ゆえの理不尽を被り幕末期は相当苦労したようです。転機になったのは坂本竜馬の「海援隊」。竜馬没後に解散した海援隊をもとに九十九商会が結成、その経営者となった岩崎は、海運事業に乗り出します。
それが三菱の母体、「日本郵船」の始まりです。
「三菱」の名は、元々、岩崎家が甲斐武田家の家来で家紋に菱が使われていたことに由来し、あの社章も武田菱と土佐山内家の家紋に由来します。 -
大泉水とつつじの山
六義園と三菱との縁、それから岩崎家と甲斐武田の関係は私も知りませんでした。
現代の三菱は、銀行、ゼロ戦の重工、エアロエースの自動車、商事、そして海運が代表的か。従業員は87万人、総売り上げはおよそ70兆。
「側用人」の邸宅というより、我が国を代表する企業に縁のある庭園と言った方が何か明るい気がします。 -
六義園のつつじ
江戸時代はいろいろ「ゆるい」社会だったとは、以前箱関所紀行でも記しましたが、比較的早い時期から「法治国家、官僚制度の整った国家」として機能しており、その頂点である将軍肝いりで施行されたのが「生類憐みの令」等です。これは公事方御定書のような高度な刑法・民法典とは性格を異にします。
児童向け図書の漫画日本史などに昭和期に書かれたような理不尽な法令施行の多くは誤りだったらしいですが、「火のない所に煙は立たない」という言葉もあると、法令にのっとって仕事をし、その法令の実社会からのかい離、理想と現実の違いを体験した私だから、あえて厳しく書きました。 -
大泉水
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藤棚も見ごろだった
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ちょうど昼時。売店であべかわ餅を食べる。
その後、練馬へ移動することにした。 -
歩いて駒込駅へ。
六義園から駒込駅までは6分くらい。JR山手線 乗り物
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駒込駅
駒込駅 駅
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駅自体が、ツツジの名所。
実は、この山手線駒込駅自体も、六義園の敷地の一部だった。ここに鉄道を敷設するさいに、岩崎家が土地を鉄道に売却したのだと言う。
池袋へ行き、そこで西武に乗り換える。 -
池袋駅、西武池袋線。
練馬まで往く。池袋駅 駅
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21世紀初頭に複々線化、高架化によって、みちがえるようになった練馬駅。
この北口、練馬区文化センター周辺に、ツツジの庭園がある。
1994年に開園した「平成つつじ公園」である。無料開放。練馬駅 駅
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文化センター。練馬文化センターは昭和58年頃に完成。
つつじは建物を取り囲むように植えられているが、特に西側のつつじ園が素晴らしい。
練馬区の花がツツジであることから、植えられたとのこと。
ダイコンの花が練馬の花ではなかったんだ。練馬文化センター 名所・史跡
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建物の西側に広がる平成つつじ公園。
600種、16000株が植えられている。
根津や駒込のように築山や池はない平地のガーデンだが、圧巻。平成つつじ公園 公園・植物園
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つつじ公園のつつじ1
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つつじ公園のつつじ2
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花みずきも咲いている
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つつじ3
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ツツジ園風景
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ハナミズキとつつじ
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つつじ公園から練馬駅を見る
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平成の開園とは思えない見事な庭園だった。
ちょうど7分咲き。 -
練馬のつつじを最後に、帰途に就くことにした。
江戸の遺跡ではなく、平成の頃に造園されて30年しかたっていないとは思えない、見事なツツジの庭園、過去ではなく現在を往く、明日に望む明るい庭園を後にする。
夏日の暑い一日だったが、ちょうど見ごろを迎えていた。良い時期に行くことが出来た。
つつじの花は品種ごとに、また植えられている場所や標高などで開花時期に差があり、花が終わった株がある一方で咲き始める株があるという、そんな感じの花木である。大型連休中は見ごろが続くと思う。 おわり。急行は練馬には停車しないので注意 by fmi(ふみ)さん西武池袋線 乗り物
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