2025/03/20 - 2025/03/23
346位(同エリア995件中)
オッさん
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
3月のこの時期、労働者へのご褒美、私の大好きな’飛び石連休’があるので、すかさず厚労省ご推薦の「ブリッジ休暇」を頂き、4連休の旅に出ました。
シ-ズン的には桜開花前で、宿は比較的お安く、観光客やインバウンドも少ないので、1年ぶりに関西へ行ってみようと計画した旅行です。
桜は期待できないので、観光名所を探し、4トラ地図の空欄も埋めたいので先ずは滋賀県。ここには国宝五城で唯一未到達の彦根城が控えています。
また、妻が奈良に行きたい希望があり、大好きな京都にも一泊したいなどと考えているうちに、滋賀⇒奈良⇒京都に一泊ずつの移動旅をしてみることにしました。
宿泊地間の移動が電車なのでス-ツケ-スの預け先も含め、観光順や宿泊先を入念に計画しました。
2日目夕方に奈良に入りました。宿泊地は橿原です。3日目は1日奈良観光して夜京都に入る予定です。この旅行記では3日目の奈良観光を紹介します。
奈良は大昔教科書で習った明日香村古墳群と多分修学旅行で行ったであろう法隆寺を観光しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自転車 新幹線 JR特急 JRローカル 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
長浜駅15:28のJR琵琶湖線で米原15:41着、15:53発の新幹線ひかりに乗り換えて京都に向かいます。これが一番早いコースです。JR在来線が4分ほど遅れ、乗り換え時間が少なく米原駅で焦りましたが、多少走ってセーフでした。やはりこういう時はスーツケース面倒ですね。
米原駅 駅
-
京都では乗り換えで多少余裕があり16:40発の橿原神宮前行き近鉄特急に乗車しました。事前にネットで指定席を予約しましたが、改札で確認するとSuicaで入場してそのまま特急に乗車してくださいとのこと。
車内では車掌さんが席に座っている人を確認していた様ですが、特に検札はありませんでした。京都駅 駅
-
そして本日の宿泊先、橿原神宮前駅に到着しました。
橿原を選んだ理由は、当初桜開花が早くなれば吉野もありかな、ダメなら明日香村を回ろうなどと考え、どちらでも便利な宿泊先だったからです。橿原神宮前駅 駅
-
ホテルは駅前のグランドメルキュール奈良橿原です。たまたまメルキュ-ルが続きました。部屋は広くて良い感じです。
明日はここからレンタサイクルで午前中明日香村を回ります。グランドメルキュール奈良橿原 宿・ホテル
-
建物は少し古いですが、綺麗に清掃されています。今回は外で食事がしたかったので朝食のみ付けました。ラウンジ特典は付いてましたが利用しませんでした。
-
早速夕食に向かいました。大きな町ではないので、事前に調べておいた「活魚と日本料理 和楽心 橿原神宮店」です。念の為出かける前に電話予約しました。
和楽心 橿原神宮店 グルメ・レストラン
-
食事が美味しいとの口コミが多かった店ですが、なんと活イカの刺身が食べられました。昔北海道で食べた以来です。今日は小さいイカしか無いんですとの話でしたが私達には十分な大きさ、美味しかったですよ。
-
天ぷら盛り合わせもサクサク。
-
関西の味どて煮もいっちゃいましょう。
-
お店の名物烏賊しゅうまい。どれも美味しかったです。
お店は最初ガランとしてましたが、30分位経つと結構お客さんが入ってきました。お腹いっぱいになったのでホテルに戻って早めに寝ました。 -
そして3日目の朝食です。パンなどベースは琵琶湖のメルキュールと同じ様なメニューでした。郷土料理等が地域で異なっている様です。
-
本日は自転車と徒歩の移動が多いので、朝からガッツリ食べますよ。
-
まずはママチャリでスタ-トです。4k30分走り、蘇我馬子の発願により596年に日本初の本格的寺院として完成した飛鳥寺へ到着です。
安居院(飛鳥寺) 寺・神社・教会
-
寺の西側には蘇我入鹿の首塚と呼ばれる五輪塔が残っていて境内に山部赤人の歌碑があります。
-
思惟殿です。こちらには弘法大師座像があります。
-
子安地蔵尊
-
飛鳥寺の鐘楼
-
中金堂です。ここに安置されたのがご本尊の飛鳥大仏で、重要文化財に指定されています。
三金堂が塔を囲む大寺で、法興寺元興寺とも呼ばれましたが、平城遷都に伴い奈良の地に新たに元興寺が建立されて以後は、本元興寺と呼ばれました。
鎌倉時代に伽藍の大半を焼失。現在の本堂は江戸時代に再建されたものです。 -
庭に茶色のポストがありました。
-
本尊の銅造釈迦如来坐像は創建時の飛鳥時代の作で日本最古の仏像と言われており飛鳥大仏の名で親しまれてます。
-
現代に見られる多くの仏像と顔が少し異なっており、面長で鼻筋がスッとしています。右から見ると微笑んでいるように見えますが、、、
-
左から見ると少し険しい表情にも見えます。
国宝になれないのは、後世の補修箇所が多く、造られた7世紀当時の部分がほとんど残っていないからと言われています。 -
現在は江戸時代末期に再建された本堂を中心とするこじんまりとした寺ですが、創建当時は五重塔の東、西、北に3つの金堂が立ち、それらを中門から延びる回廊が囲む、巨大な寺院でした。
-
聖徳太子孝養像。聖徳太子が16歳のときに父である用明天皇の病気平癒を祈った姿と伝えられる像です。
-
阿弥陀如来坐像。
-
中庭を眺めて次へ向かいます。中は狭いので滞在時間は20分くらいでした。
-
田んぼ道をチャリで10分ほど走り、飛鳥宮跡に来ました。
7世紀半ばの皇極天皇の宮殿で、中大兄皇子らによって蘇我入鹿が暗殺された大化の改新の舞台となった場所です。大化の改新、習いました!飛鳥宮跡(伝飛鳥板蓋宮跡) 名所・史跡
-
複数の宮が継続的に置かれていたことが判明し、平成28年に名称が「飛鳥宮跡」に改められたそうです。
遺跡ってこんな風に放置されているんですね。ちょっとびっくりです。この辺りを歩き回って10分ほどで次へ向かいました。 -
飛鳥宮跡から10分ほど走り、石舞台古墳へやってきました。後半少し緩やかな上り坂になっており、運動不足の下半身に少し応えました。
6世紀の築造で巨石30個を積み上げて造られた石室古墳です。その規模は日本最大級を誇ります。
こちらは歴史的価値が高いのか、周りが柵で囲われており、入場料が必要です。 -
こんな大きな石を積上げる技術があったとは感心します。石室の長さは19.1m、玄室は高さ約4.7m、幅約3.5m、奥行き約7.6m。石の総重量は推定2,300t、古墳最大の巨岩である天井石は、南側が約77t、北側約64tです。
また、石室が露出しているのは、馬子の横暴な態度に反発した後世の人が封土を取り除いたためとも言われています。 -
こんな風に積まれていますが、大震災の時もビクとも動かなかったそうです。
-
石棺のレプリカです。この巨大古墳が誰の墓なのかは不明ですが、付近に蘇我馬子の庭園があったことから、馬子の墓ではないかとの説が有力だそうです。
-
発見されるまでは、上に土が被っており、小山だと思われていたそうです。盛土が失われ、露出した天井石の上面が平らなことにちなんで、石舞台と呼ばれるそうです。
墳丘は1辺50mの方墳で、周囲には幅8.4mの濠があります。
改めて眺めてみても巨石がしっかりと積み上げられており、どうやって積んだのか不思議です。石舞台古墳 名所・史跡
-
次は橘寺です。ここまでは5分程度で下り道が多く楽でした。
ちなみに入り口付近で歩いていた老人グル-プを避ける時にバランスを崩し、ママチャリごと横転してしまいました!
老人の方々に大丈夫?と心配され助けてもらった次第です。妻は後ろで笑ってました。私も老人の仲間ですが何とも情けない。 -
橘寺は創建年代不詳で文献に初めて登場するのは680年です。
聖徳太子誕生の地といわれ、太子建立の7カ寺の一つです。
当初は66もの堂宇が立ち並ぶ大寺院で四天王寺式伽藍配置をとっていたそうですが、現在は江戸期に再建された本堂など、わずかな諸堂を残すのみとなっています。 -
本堂の中を見られます。
-
室町時代の聖徳太子坐像。至る所に年代が異なった聖徳太子の像が飾られています。徳の高い人物だったことが良く分かります。
-
善悪2つの顔が刻まれた二面石。
-
放生池
-
往生院
-
往生院の格天井に描かれた花の絵です。
-
格子のひとつひとつが多くの現代画家の描いた花の絵で彩られています。
-
三光石
-
それでは橘寺を引き上げます。
-
橘寺から2~3分の所に亀石があります。民家の横にポツン置いてあります。
花崗岩の巨大な自然石に、亀に似た彫刻がほどこされています。巨石に微笑んだような表情が愛らしいことから明日香を代表する謎の石造物のひとつとなっています。亀石 名所・史跡
-
亀石のお尻側。何の変哲もない巨石です。
-
さて今回の奈良で最も見たかった高松塚古墳です。亀石から10分位です。この形は宇宙船の様です。
古墳が発見されたきっかけは1962年頃に明日香村の人がショウガを貯蔵するために穴を掘った際に、穴の奥で擬灰岩の切石が見つかったことだそうです。 -
斜面に綺麗な形で造られています。
1970年に古墳近くに遊歩道設置のための調査が必要となり、奈良県立橿原考古学研究所に発掘調査を依頼しました。
1972年3月に大学の研究者や学生グループによって高松塚古墳の発掘調査が始まり、発掘開始から間もなく極彩色の壁画が発見されたそうです。高松塚古墳 名所・史跡
-
高松塚壁画館に入ってみます。
高松塚壁画館 美術館・博物館
-
中に壁画が展示されています。男子・女子の群像はいずれも4人一組で、計16人の人物が描かれています。
-
男子群像
-
奥の北壁には四神のうちの玄武が描かれています。
-
西壁の女子群像は色彩鮮やかで、歴史の教科書をはじめさまざまな場所でカラー写真で紹介され、「飛鳥美人」のニックネームで知られています。
-
龍の絵
-
男子群像、ここを最後に橿原まで戻りました。
コケた事を除けば、チャリ観光は最短距離の移動でかなり時短に有効な観光手段でした。 -
次に法隆寺駅です。直ぐに事前に調べておいた駅構内にあるコインロッカ-を発見し、スーツ-ケ-スを預けました。こちらは時間帯が良かったのか、かなり空きがありました。
ここまでのル-トは橿原神宮前から近鉄橿原線で田原本駅、4分の乗換で西田原本から近鉄田原本線で新王寺、王寺からJR大和路線に乗換え14時前に法隆寺駅に着きました。
途中田原本駅と西田原本駅がまさかの別駅で、距離も離れており、時間ギリギリでスーツケ-スを引きずって走りました。法隆寺駅 駅
-
遂に法隆寺です。駅から1k以上歩きます。昔見た様な、見ていない様な、あやふやな記憶です。
法隆寺 寺・神社・教会
-
607年聖徳太子と推古天皇により創建されたと伝わっています。
-
「日本書紀」には、670年に伽藍を焼失したとの記述があり、8世紀初頭に現伽藍が完成したと考えられています。全体は大垣と呼ばれる築地塀に囲まれています。
この寺は法隆寺式伽藍配置と呼ばれる配置になっており、寺の中心である西院伽藍には、国宝五重塔と国宝金堂が並んでいます。 -
中は広いのでパンフレットに記載された周り方に習い見て回りました。兵火や天災にはあわず、太子信仰に守られたこともあって、現存する世界最古の木造建築群として往時の姿を今に伝えています。
国宝中門と国宝大講堂をつないで国宝の回廊が囲んでいます。 -
手水舎も変わっています。
-
法隆寺地域の仏教建造物は1993年に世界文化遺産に登録されています。
-
東に向かって国宝東大門。
-
こちらにも変わった手水舎。
-
東院四脚門前の風景。
-
国宝夢殿のある東院伽藍。法隆寺は国宝だらけですよ。
-
建造物以外にも優れた仏教美術品を多数所蔵しており、その数は国宝だけで38件、150点、重要文化財を含めると約3000点にもなるそうです。
-
妻が行きたかった中宮寺。ここには国宝菩薩半跏像が展示されています。
とても優しいお顔でした。ここにあるのはレプリカで本物は奈良国立博物館に展示されているそうです。 -
最後にもう一度振り返り国宝南大門から五重塔にお辞儀をして本日の旅は終了しました。これから京都に入ります。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
飛鳥(奈良) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2025 滋賀・奈良・京都の旅
0
69