2024/06/08 - 2024/06/08
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kirinbxxさん
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6月8日は王宮を見学したあとは、マドリード市内観光です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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王宮見学のあと、地下鉄で移動することにしました。この都市は地下鉄路線が12線あり、ヨーロッパの地下鉄の中でも便利・使いやすいので有名、だそうですが果たして?
2025年現在では、新型も増えつつあるようで、そのうちこのタイプのものは減っていくようです。 -
マドリードも元は紙の切符だったのですが、2017年10月14日でこういうクレジットカード大のICカードに変更されています。
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こちらが裏面。多くの都市と同じように、いろんな乗り物に使えます。
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地下鉄のホームです。落書きもないし、明るく落ち着いた感じです。
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これは3000型という車両のようです。
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マドリードの地下鉄は、車内も駅も案内表示が沢山あって判りやすいと感じました。
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エレベーターで地上へ。ここがプレタ・デル・ソルPuerta del Sol、太陽の門と呼ばれる有名な広場です。
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Tio Pepe! なるほど、これがぺぺおじさんか。創業者マヌエル・マリア・ゴンザレスの叔父ラ・ペニャがシェリーの利き酒の名人で甥が作る数あるワインの中から特に高品質なドライシェリーの樽を厳選していたので、マヌエルがあらかじめ叔父が興味を持ちそうな樽に書いた「ティオ・ぺぺのために」から名付けられました。酒飲みなら誰でも知っているだろう、ドライシェリーのトップブランドです。
次回はここを見学しなくては。 -
El Oso y el Madroño、これは「イチゴ」の木なのか!
1967年、マドリード市議会は、マドリードの紋章を記念碑にしたいと考え、20万ペセタ(ユーロの前のスペインの通貨)を費やしました。フランコ政権下、経済成長期に入ったばかりのスペインでは平均的な労働者の年収の3~4年分でした。当時のレートだと23万円ほど、日本の大卒初任給が2万ちょいの頃なので、ざっと1年分というところ。
作者はバレンシア州アリカンテ県出身の彫刻家アントニオ・ナバロ・サンタフェ、重さは20トン。こんなに重いのに、実は広場の改修のため(マドリード市長はプエルタ・デル・ソルの改修を公約に掲げたがるようで)3度移動させられています。
それにしても、マドリード市の紋章がイチゴの木に飛びつく熊? -
しかし、後ほどシェスタのためにホテルに帰ろうとバス停で待っていると、タクシーにもバスにもあのイチゴの木に飛びつく熊が・・・こんな可愛い紋章だったとは驚きです。この紋章にはなかなか複雑な歴史的背景があるようです。
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こちらの建物は、Real Casa de Correos、現在はマドリード州首相公邸ですが、元は郵便局でした。
建設計画は1750年に始まりましたが、1760年にカルロス三世が即位すると建築家がジャック・マルケに変更され数年後から建設が始まりました。1866年にイサベル二世によって時計が設置されました。この郵便局ができたことで、プエルタ・デル・ソルはスペイン各地・国外からの郵便物、つまりは最新のニュースが集まるばしょとなり市民の重要な集合場所になりました。この建物もフランコ独裁時代になると、内務省と国家保安省本部となり、その地下室は悪名高い場所となってしまいました。 -
その前に堂々と立つ騎馬像。もちろん、カルロス三世の像です。異母兄がいたためスペイン王位を継ぐとは思われなかった彼は、大叔父の名跡を継ぎ、18歳で自ら軍を率いてナポリとシチリアの王となりました。以後25年間、優れた妻とともにイタリアで統治の経験を積み、異母兄の死でスペイン国王となります。軍事力の強化、貿易と商業の促進、それまでどの王も殆ど無視していた農業の近代化、イタリアからの優れた芸術や工芸技術の導入、そしてイエズス会の追放。のちに「啓蒙絶対主義」と呼ばれる手法で傾きかけたスペインを30年近く支えた傑物です。
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そして州政府首相の職場に掲げられた垂れ幕、LEGANESは一流だ!
・・・・ああ、マドリードのサッカーチーム、CDレガネスか。。。
ほんと、スペインってサッカーに夢中なんですね。 -
何しろマドリードきっての広場なので観光客が沢山。そのなかでも人が集中しているのがこの場所でした。
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「Origen de las carreteras radiales」、直訳すると「放射状道路の起点」、このプレタ・デル・ソルからは10本の放射状道路が延びています。その起点ということで、「0km地点」、つまりここがマドリードの中心(象徴的な意味での)だ、ということを示すプラークがありました。
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エル・コルテ・イングレス (El Corte Inglés)は、マドリードに本社を置くヨーロッパ最大、世界でも第4位の百貨店グループです。
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かってスペインには幾つかの百貨店チェーンがありましたが、二番手だったGalerías Preciados(ガレリアス・プレシアドス)を買収し、安価な商品で人気だったSEPUが2002年に閉鎖したため、現在はスペイン唯一の百貨店チェーンとなっています。
エル コルテ イングレス (プレシアドス通り店) 百貨店・デパート
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日本でもデパ地下を覗くのは大好きです。さすが首都にある国内一のデパート豊富な食材が揃っていました。やはり目を惹くのは生ハムです。
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お総菜売場も品揃えが豊富。私たちももうお昼はホテルで軽く済ませることにして、いくつか買ってみました。
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酒類の売場の充実ぶりには驚きです。さすがワイン生産も世界有数だけのことはあります。そしてスコッチウィスキーなどと同じコーナーにあったのが日本のウィスキー。ニッカとならんで、私たちの知らないブランドも。ビールやワインを飲めるスペースもあってセルフサービスになっていました。
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夜に差し支えないように、ごく軽くお総菜を買ってホテルで昼食です。アーティチョーク、ワカサギ、鶏手羽、パエリア。パエリアはまったくダメ、美味しくありませんでした。結局、スペインに来てまだ一度もパエリアをちゃんと食べてません。これで15.42ユーロでした。
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そしてちょっと豪華なパッケージのポテトチップス。
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そして赤ワイン。Nabalというリベラ デルドゥエロのテンプラニーリョ。フルボディで香りが高く飲み応え十分。30ユーロ前後の赤ワインって本当にレベルが高い。
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昼食後のんびり寛いで、夕方から街歩き再開です。
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マドリードはバス路線も充実しています。「ゼロライン」と銘打って、ゼロ排出、ゼロコスト、サステナビリティを強調。
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全部がそうではないかもしれませんが、私たちが乗ったバスは車内の案内も充実していました。アデレードのバスもこのくらいやって欲しいものです。
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市バスからの車窓観光。シベレス広場 Plaza de Cibeles、マドリード中心部にある円形の広場にやってきました。設計したのは18世紀スペインを代表する建築家の一人、ヴェンチュラ・ロドリゲスです。専門ではないにかかわらず、これも含めて多くの噴水も設計しました。
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この噴水は1782年に開設されてマドリード市民の水源の一つでしたが1895年になると彫刻を追加して今の場所に移設、以後も様々な改良が加えられマドリード市を象徴する場所の一つとなっています。
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噴水の後ろのこの堂々たる建物は、1919年にマドリードの郵便・電信電話本部として開設された、広さ3万平米の複合施設です。スペイン語でPalacio de Comunicacionesなどと命名されたそうですが、確かに宮殿かと見まがう造りですね。2011年からマドリード市が使用しています。
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こちらはアルカラ門、独立広場にある新古典主義の門です。門の主材料はセゴビア産の花崗岩、装飾部分はコルメナール産の白い石で作られ、彫刻はさっきのシベレス広場と同じ作者によるものです。
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銘板はREGE CAROLO III ANNO MDCCLXXVIII(カルロス三世の治世に 1778年)とあり、上部にはスペイン・ブルボン王家の紋章、それを支える二人の天使が描かれています。当時のマドリードは、「啓蒙専制君主」として知られるカルロス3世のもとで都市改革が進められており、この門はその象徴的プロジェクトの一つでした。設計したのはフランチェスコ・サバティーニ(Francesco Sabatini)です。
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これはエル・レティーロ公園の入り口です。マドリード最大の公園の一つだそうです。今回は中へは入れませんでしたが、次回はゆっくり散策してみたいものです。
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ただのメトロの駅です。グラン・ビア駅、1919年に開業。周囲の建物とよく調和しています。
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夕食をどうするか相談しながら街をぶらぶら。途中でラーメン屋も発見。Ramen Vegetalと、Ramen de Vegetarlはどう違うんだろう?前菜らしきもの2つとラーメン1つで15ユーロほど。もちろん入りませんが、ついついメニューをチェックしてしまいます。別の店はなかなかの繁盛ぶりで覗いて見ましたがヘルシーが売りのファストフード店っぽくてちょっと好みに合わず。
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グラン・ビア通りの真ん中に立つ趣のある大きな商業ビル。WOWと大書してあって、どうやら大きなショッピングセンターのようです。不思議なのはその屋上に飾られているもの。狼の下にいる2人の子ども、ローマ建国の伝説に出てくる「カピトリーノの狼」です。なんで?と思いましたが何のことはない、この建物は元は「ホテル・ローマ」だったのでした。1915年開館時に設置された元の像は、1940年代に「消失」してしまったのですが、改装にあたってレプリカを作ったらしい。
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結局、Mercado de la Reina、女王の市場という大層な名前をつけたレストランで夕食。混み合っている店でしたが、なんとか席を確保。突き出しとパンのセットが3.9ユーロ、トマトのサラダが11.9ユーロ、イベリコハムの卵ポテト添えが15ユーロ。
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Espárragos trigueros plancha con romesco 野生のアスパラガスのグリル、ロメスコソース添え。これがとても美味しゅうございました。10ユーロ。これにリオハをグラスで2杯。ワインはとても美味だったし、他の料理も悪くなかったのですが、さて勘定となったら妙に高い。もう散々タパス屋は巡ってきたので、いかに首都マドリードといっても高すぎるなぁ、と勘定書きをチェックするとワインがボトル代金でついていました。当然指摘して訂正してもらいましたが、雰囲気からすると「わざと」だったんでしょう。結局合計で49ユーロの夕食でした。
外へでるとさすがに夜。ホテルまではほんの1kmほどなのでぶらぶらと帰還。先ほど見たWOWのあたりの夜景が印象的でした。
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