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本日最後の見学場所へ。<br />Monasterio y Real Sitio de San Lorenzo de El Escorial、例によって長いので、エル・エスコリアル修道院で片付けられる事が多い場所です。マドリードからはおよそ40kmという近郊にあります。<br /><br />この複合建築物の建設を命じたのは、フェリペ二世。世界中に植民地を広げた父カルロス一世(神聖ローマ皇帝カール五世)の跡を継ぎ、父と共にスペインの絶頂期を築いたと言われています。しかし実際には植民地からの搾取にのみ頼り国内産業の振興を怠り、頑なな宗教政策とそれに結びついた外交によって国力は衰え始めており、有名な無敵艦隊の敗北によってそれは決定づけられました。<br /><br />そのフェリペ二世が治世後半になって造営を命じ、莫大な資金を投じて造営したこの場所にはカルロス1世、フェリペ2世、フェリペ3世、フェリペ4世、カルロス2世、ルイス1世、カルロス3世、カルロス4世、フェルナンド7世、イサベル2世、アルフォンソ12世、アルフォンソ13世が眠っているそうです。まさに「世界帝国スペインの墓所」といえるでしょう。

2024年イベリア半島紀行 マドリードとその近郊編(4)世界帝国スペインの墓所 エル・エスコリアル

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2024/06/07 - 2024/06/07

7位(同エリア10件中)

kirinbxx

kirinbxxさん

本日最後の見学場所へ。
Monasterio y Real Sitio de San Lorenzo de El Escorial、例によって長いので、エル・エスコリアル修道院で片付けられる事が多い場所です。マドリードからはおよそ40kmという近郊にあります。

この複合建築物の建設を命じたのは、フェリペ二世。世界中に植民地を広げた父カルロス一世(神聖ローマ皇帝カール五世)の跡を継ぎ、父と共にスペインの絶頂期を築いたと言われています。しかし実際には植民地からの搾取にのみ頼り国内産業の振興を怠り、頑なな宗教政策とそれに結びついた外交によって国力は衰え始めており、有名な無敵艦隊の敗北によってそれは決定づけられました。

そのフェリペ二世が治世後半になって造営を命じ、莫大な資金を投じて造営したこの場所にはカルロス1世、フェリペ2世、フェリペ3世、フェリペ4世、カルロス2世、ルイス1世、カルロス3世、カルロス4世、フェルナンド7世、イサベル2世、アルフォンソ12世、アルフォンソ13世が眠っているそうです。まさに「世界帝国スペインの墓所」といえるでしょう。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
グルメ
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
レンタカー
旅行の手配内容
個別手配
  • お昼を食べる場所をこの店に決めたのは、すぐ近くにコインランドリーと駐車場があったから。コインランドリーも所変わればで、戸惑うことも多いのですがなんとかスタート。で、出来上がるまでの間こちらで食事です。<br /><br />スペインの屋外の駐車場は色つきの線で区分けされています。よく見かけたのは白と青と緑と黄色。調べてみても、例えば所管官庁の公式サイトはないし、日本語情報は古かったり、都市によって違う可能性も。このときは運良くちょうど車を駐めて降りて来たご婦人がいたので聞いてみると、大丈夫よ~、ということでした。

    お昼を食べる場所をこの店に決めたのは、すぐ近くにコインランドリーと駐車場があったから。コインランドリーも所変わればで、戸惑うことも多いのですがなんとかスタート。で、出来上がるまでの間こちらで食事です。

    スペインの屋外の駐車場は色つきの線で区分けされています。よく見かけたのは白と青と緑と黄色。調べてみても、例えば所管官庁の公式サイトはないし、日本語情報は古かったり、都市によって違う可能性も。このときは運良くちょうど車を駐めて降りて来たご婦人がいたので聞いてみると、大丈夫よ~、ということでした。

  • 先ほど駐車場について教えてくれたご婦人に続き、この店のご主人も英語が堪能。色鮮やかなEnsalada Verdeとビールで軽めに。

    先ほど駐車場について教えてくれたご婦人に続き、この店のご主人も英語が堪能。色鮮やかなEnsalada Verdeとビールで軽めに。

  • エル・エスコリアルの駐車場はメーター制。使い方が判らずまごまごしていると、通りがかった男性が声をかけてくれました。代わりに操作してくれて無事に駐車完了です。<br /><br />旅先で困っているときに声をかけて下さる現地の人がいると、その町が好きになります。

    エル・エスコリアルの駐車場はメーター制。使い方が判らずまごまごしていると、通りがかった男性が声をかけてくれました。代わりに操作してくれて無事に駐車完了です。

    旅先で困っているときに声をかけて下さる現地の人がいると、その町が好きになります。

  • この複合施設、建物自体の寸法が幅161メートル、奥行き206メートル、つまり3万平米以上と大阪ドームと同じくらいの大きさの建物ですが、その周辺が異様なほど広々としています。<br /><br />外壁は褐色の花崗岩のみで、実にシンプル。これは華美な装飾を嫌ったフェリペ二世の意向を汲んだもので、エレラ様式あるいはデソルナメンタド様式と呼ばれているとのこと。真上から見ると「焼き網」に見えるのは、建設の名目の一つである、聖ロレンツォが殉教したときに使われた器具であるグリルに似ていると言う人もいるそうですが真偽は不明。

    この複合施設、建物自体の寸法が幅161メートル、奥行き206メートル、つまり3万平米以上と大阪ドームと同じくらいの大きさの建物ですが、その周辺が異様なほど広々としています。

    外壁は褐色の花崗岩のみで、実にシンプル。これは華美な装飾を嫌ったフェリペ二世の意向を汲んだもので、エレラ様式あるいはデソルナメンタド様式と呼ばれているとのこと。真上から見ると「焼き網」に見えるのは、建設の名目の一つである、聖ロレンツォが殉教したときに使われた器具であるグリルに似ていると言う人もいるそうですが真偽は不明。

  • 「壮大」「秩序」「整然」が大好きだったというフェリペ二世のお声掛かりで、それまで特に大きな町も村もなかった山岳地帯に建てられた施設で、ユネスコの世界遺産に登録されている敷地面積は94万平米を越えています。<br /><br />

    「壮大」「秩序」「整然」が大好きだったというフェリペ二世のお声掛かりで、それまで特に大きな町も村もなかった山岳地帯に建てられた施設で、ユネスコの世界遺産に登録されている敷地面積は94万平米を越えています。

  • これがその巨大複合施設のファサードです。天正遣欧使節団がマドリードに到着する二ヶ月ほど前にここが完成していて、彼らもマドリードから三泊四日の行程で訪れたそうですから、彼らもここから内部へ入ったのでしょう。

    これがその巨大複合施設のファサードです。天正遣欧使節団がマドリードに到着する二ヶ月ほど前にここが完成していて、彼らもマドリードから三泊四日の行程で訪れたそうですから、彼らもここから内部へ入ったのでしょう。

  • ファサードの上部にあるのは、聖ロレンツォ(サン・ロレンソ)の像。右手に持っているのはローマ皇帝が自分を焼き殺すのに使ったグリル。そんなもの、自分で持ちますか。。。。「殉教を誇りとして後世に伝える」ためだそうですが。<br />下の紋章は、スペインの四つの国と、オーストリア・ハプスブルク家、スペイン・ハプスブルク家、グラナダなどのてんこもり。

    ファサードの上部にあるのは、聖ロレンツォ(サン・ロレンソ)の像。右手に持っているのはローマ皇帝が自分を焼き殺すのに使ったグリル。そんなもの、自分で持ちますか。。。。「殉教を誇りとして後世に伝える」ためだそうですが。
    下の紋章は、スペインの四つの国と、オーストリア・ハプスブルク家、スペイン・ハプスブルク家、グラナダなどのてんこもり。

  • こんなに広い場所を何に使ったのでしょう。一応、修道院がメインだし、王室霊廟もあるので、馬上槍試合をしたとかでもないでしょうが。

    こんなに広い場所を何に使ったのでしょう。一応、修道院がメインだし、王室霊廟もあるので、馬上槍試合をしたとかでもないでしょうが。

  • 重厚な扉にはノッカーが取り付けられていますが、ちっちゃなおばさんはまったく届きません。深夜に辿り着いても開けて貰えませんね。

    重厚な扉にはノッカーが取り付けられていますが、ちっちゃなおばさんはまったく届きません。深夜に辿り着いても開けて貰えませんね。

  • 月曜日は休館、午前10時開館で閉館は季節によって午後6時または7時ですが、チケット売場は1時間前に閉まります。<br /><br />一般入場料は14ユーロなのですが、5歳から16歳の子ども、25歳以下の正規の学生、そして私たちのような65歳以上のシニアは半額というのはとてもありがたいですね。但し、入場できるのは王宮と修道院の部分、プリンスコテージは土曜・祝日のみで別料金です。<br /><br />他にも、EUとラテンアメリカの市民権を持つ人達が無料になる時間帯が設定されていたり、障害者や失業者は無料だったり。この「失業者」と「認定を受けた大家族」が無料というのはスペイン独特の制度なのでしょうか。

    月曜日は休館、午前10時開館で閉館は季節によって午後6時または7時ですが、チケット売場は1時間前に閉まります。

    一般入場料は14ユーロなのですが、5歳から16歳の子ども、25歳以下の正規の学生、そして私たちのような65歳以上のシニアは半額というのはとてもありがたいですね。但し、入場できるのは王宮と修道院の部分、プリンスコテージは土曜・祝日のみで別料金です。

    他にも、EUとラテンアメリカの市民権を持つ人達が無料になる時間帯が設定されていたり、障害者や失業者は無料だったり。この「失業者」と「認定を受けた大家族」が無料というのはスペイン独特の制度なのでしょうか。

  • 中に入っても、外壁と同じくとてもシンプルです。

    中に入っても、外壁と同じくとてもシンプルです。

  • 案内板の図面も実にシンプルです。

    案内板の図面も実にシンプルです。

  • 正門から入って正面に見えるのがバシリカの西ファサード、上部には6体の像がありました。説明によれば「エルサレム神殿の建設に関わった人物」だそうで。。

    正門から入って正面に見えるのがバシリカの西ファサード、上部には6体の像がありました。説明によれば「エルサレム神殿の建設に関わった人物」だそうで。。

  • 左から順に、ヨシャファト(Josaphat)、エゼキヤ(Ezechias)、ダビデ(David)、ソロモン(Salomon)、ヨシヤ(Josias)、マナセ(Manasses)、像にはそれぞれの名前と、その人物に関する旧約聖書からのエピソードが書かれていました。例えば、ヨシヤには、VOLVMEN LEGIS DOMINI INVE NIT. (主の律法の巻物を見つけた)で、神殿修復中にモーゼの律法を見つけたという記述に基づいてますね。<br /><br />

    左から順に、ヨシャファト(Josaphat)、エゼキヤ(Ezechias)、ダビデ(David)、ソロモン(Salomon)、ヨシヤ(Josias)、マナセ(Manasses)、像にはそれぞれの名前と、その人物に関する旧約聖書からのエピソードが書かれていました。例えば、ヨシヤには、VOLVMEN LEGIS DOMINI INVE NIT. (主の律法の巻物を見つけた)で、神殿修復中にモーゼの律法を見つけたという記述に基づいてますね。

  • 簡素な狭い廊下を進んでいき。。。

    簡素な狭い廊下を進んでいき。。。

  • 小さなドアの向こうは図書館でした。設計したのはスペインの数学者で建築家のフアン・デ・エレーラ  、大きな円筒形の天井の下に両側に大きな窓がある大きな部屋 (長さ54m x 幅9m x 高さ10m) です。

    小さなドアの向こうは図書館でした。設計したのはスペインの数学者で建築家のフアン・デ・エレーラ 、大きな円筒形の天井の下に両側に大きな窓がある大きな部屋 (長さ54m x 幅9m x 高さ10m) です。

  • 天球儀。1582年にイタリアの天文学者アントニオ・サントウッチがフェリペ二世のために制作した物です。勿論、中心には地球がある、今日では「プトレマイオス型」と呼ばれているものです。フィレンツェのガリレオ博物館には、これよりもっと大きなものがあるそう。

    天球儀。1582年にイタリアの天文学者アントニオ・サントウッチがフェリペ二世のために制作した物です。勿論、中心には地球がある、今日では「プトレマイオス型」と呼ばれているものです。フィレンツェのガリレオ博物館には、これよりもっと大きなものがあるそう。

  • この図書館の最大の見所はこれ。イタリア人画家、ペッレグリーノ・ティバルディが1586年から1592年にかけて描いたというフレスコ画です。フェリペ二世はファン・デ・エレーラや他の人文主義者の助言を得て、この部屋の両端を飾る絵の主題を決めたそうです。

    この図書館の最大の見所はこれ。イタリア人画家、ペッレグリーノ・ティバルディが1586年から1592年にかけて描いたというフレスコ画です。フェリペ二世はファン・デ・エレーラや他の人文主義者の助言を得て、この部屋の両端を飾る絵の主題を決めたそうです。

  • 南の端、修道院に接する部分に描かれているのは、「神学」。アウグスティヌス(ローマ帝国時代の司教・神学者)、ミラノの司教アンブロシウス、教皇グレゴリウス一世、ヒエロニムス。高校の世界史の授業で聞いた名もあります。この人達は、「西方の四大教会博士」と呼ばれる「聖人の中でも特に学識にすぐれ、信仰理解において偉大な業績を残した人」らしい。

    南の端、修道院に接する部分に描かれているのは、「神学」。アウグスティヌス(ローマ帝国時代の司教・神学者)、ミラノの司教アンブロシウス、教皇グレゴリウス一世、ヒエロニムス。高校の世界史の授業で聞いた名もあります。この人達は、「西方の四大教会博士」と呼ばれる「聖人の中でも特に学識にすぐれ、信仰理解において偉大な業績を残した人」らしい。

  • 反対側は哲学。左からアリストテレス、プラトン、セネカ、ソクラテスとこちらは高校の倫社で憶えた名前ですね。

    反対側は哲学。左からアリストテレス、プラトン、セネカ、ソクラテスとこちらは高校の倫社で憶えた名前ですね。

  • 蔵書数は40万冊、歴史的に最も貴重な書籍の一部は別の場所に現住に保管されているそうです。フェリペ二世は1565年から76年にかけて、5000冊の書籍と、イタリアやスペイン、フランスの学者の原稿を購入したそうです。勿論、ヨーロッパ全体でも非常に重要な図書館の一つとなりました。

    蔵書数は40万冊、歴史的に最も貴重な書籍の一部は別の場所に現住に保管されているそうです。フェリペ二世は1565年から76年にかけて、5000冊の書籍と、イタリアやスペイン、フランスの学者の原稿を購入したそうです。勿論、ヨーロッパ全体でも非常に重要な図書館の一つとなりました。

  • 立派な本も何冊か展示されていました。

    立派な本も何冊か展示されていました。

  • 次はバシリカへ。

    次はバシリカへ。

  • お馴染みの絵柄がここにもありました。バロック後期、ナポリ派の巨匠ルカ・ジョルダーノのフレスコ画で、モーゼ、サムソン、その他の預言者の物語です。<br /><br />1692年、ジョルダーノはカルロス2世の招きでスペインに渡り、10年間のスペインに滞在に、ブエン・レティーロ宮殿、エル・エスコリアル、トレド大聖堂の聖具室、アランフェス王宮の主要な装飾を描きました。ジョルダーノはスペインの宮廷で人気を博したそうです。

    お馴染みの絵柄がここにもありました。バロック後期、ナポリ派の巨匠ルカ・ジョルダーノのフレスコ画で、モーゼ、サムソン、その他の預言者の物語です。

    1692年、ジョルダーノはカルロス2世の招きでスペインに渡り、10年間のスペインに滞在に、ブエン・レティーロ宮殿、エル・エスコリアル、トレド大聖堂の聖具室、アランフェス王宮の主要な装飾を描きました。ジョルダーノはスペインの宮廷で人気を博したそうです。

  • フレスコ画は回廊にもずらりと。

    フレスコ画は回廊にもずらりと。

  • 素晴らしい中庭があるようですが残念ながら改装中。地元の新聞によると、2026年には完了するそうです。<br /><br />ということでChapter Houseという部屋へ。会議や、修道院長らによる朗読などに使われる部屋です。ここにもまたフレスコ画が。

    素晴らしい中庭があるようですが残念ながら改装中。地元の新聞によると、2026年には完了するそうです。

    ということでChapter Houseという部屋へ。会議や、修道院長らによる朗読などに使われる部屋です。ここにもまたフレスコ画が。

  • そしてエル・グレコ。「聖モーリスとテーベ軍団の殉教」というタイトルの絵です。4世紀頃、キリスト教徒によって構成されたローマ帝国のテーベ軍団は、ローマの神々に犠牲を捧げよという皇帝の命令を拒絶したために軍団の全員が殉教した、という物語を描いています。<br /><br />宮廷画家になりたかったエル・グレコはフェリペ二世の従兄弟で、ネーデルラント総督でサン=カンタンの戦いの功労者であるサヴォア公爵を絵の重要部に入れたりしましたが、その努力は無駄になりました。フェリペ二世はこの作品が傑作であることは認めながら、好みではないとしたからです。恐らくその理由は、絵の主題が殉教ではなく、モーリスと軍団員の討論の場面であったからだと言われています。もう1枚の絵も王には気に入られず、エル・グレコは宮廷画家になるという目的を諦め、自らを高く評価したトレドに移りました。<br />

    そしてエル・グレコ。「聖モーリスとテーベ軍団の殉教」というタイトルの絵です。4世紀頃、キリスト教徒によって構成されたローマ帝国のテーベ軍団は、ローマの神々に犠牲を捧げよという皇帝の命令を拒絶したために軍団の全員が殉教した、という物語を描いています。

    宮廷画家になりたかったエル・グレコはフェリペ二世の従兄弟で、ネーデルラント総督でサン=カンタンの戦いの功労者であるサヴォア公爵を絵の重要部に入れたりしましたが、その努力は無駄になりました。フェリペ二世はこの作品が傑作であることは認めながら、好みではないとしたからです。恐らくその理由は、絵の主題が殉教ではなく、モーリスと軍団員の討論の場面であったからだと言われています。もう1枚の絵も王には気に入られず、エル・グレコは宮廷画家になるという目的を諦め、自らを高く評価したトレドに移りました。

  • 文書保管用のキャビネット。中の文書は宮殿文書保管所で保存されています。

    文書保管用のキャビネット。中の文書は宮殿文書保管所で保存されています。

  • ここに眠っているのは、歴史上何らかの事績が残っているスペイン王室の「王子・王女」達です。例えば左端の人物はスペイン国王を曾祖父に持ち、スペイン王女と結婚したルイ・デ・ブルボン=パルマ。彼自身はほぼ何もしませんでしたが、その妻マリア・ルイサはナポレオンに最後まで抵抗した女傑としてスペインではよく知られた王女です。彼女はもう少し特別な場所に安置されていますが、その夫はここに。

    ここに眠っているのは、歴史上何らかの事績が残っているスペイン王室の「王子・王女」達です。例えば左端の人物はスペイン国王を曾祖父に持ち、スペイン王女と結婚したルイ・デ・ブルボン=パルマ。彼自身はほぼ何もしませんでしたが、その妻マリア・ルイサはナポレオンに最後まで抵抗した女傑としてスペインではよく知られた王女です。彼女はもう少し特別な場所に安置されていますが、その夫はここに。

  • この奥にあるのは、衛兵の像が守るPanteón de los Infantes。これは、王の母親ではなかった妃、王子、王女たちが休む場所です。

    この奥にあるのは、衛兵の像が守るPanteón de los Infantes。これは、王の母親ではなかった妃、王子、王女たちが休む場所です。

  • 白い大理石の壁と舗装で明るい感じがします。

    白い大理石の壁と舗装で明るい感じがします。

  • アルフォンソ13世の妹、テレサ・デ・ボルボン(1882-1912)の墓。建築家ルイス・ランデチョの設計で、濃い大理石と金箔を施したブロンズで装飾されています。

    アルフォンソ13世の妹、テレサ・デ・ボルボン(1882-1912)の墓。建築家ルイス・ランデチョの設計で、濃い大理石と金箔を施したブロンズで装飾されています。

  • ではいよいよ、霊廟としてのエル・エスコリアルの心臓部へ。残念ながら、この先の撮影は禁止です。<br /><br />スペイン王室に数世紀にわたって受け継がれてきた儀式の話や、このパンテオンについては、スペインの歴史家のブログや、王室ファンのサイトに詳しい物が沢山ありますのでそちらをどうぞ。<br /><br />https://www.investigart.com/2016/11/01/a-esto-se-reduce-todo-el-panteon-de-reyes-en-el-escorial/<br /><br />https://casarealdeespana.es/2016/09/02/panteon-real-escorial/<br /><br />

    ではいよいよ、霊廟としてのエル・エスコリアルの心臓部へ。残念ながら、この先の撮影は禁止です。

    スペイン王室に数世紀にわたって受け継がれてきた儀式の話や、このパンテオンについては、スペインの歴史家のブログや、王室ファンのサイトに詳しい物が沢山ありますのでそちらをどうぞ。

    https://www.investigart.com/2016/11/01/a-esto-se-reduce-todo-el-panteon-de-reyes-en-el-escorial/

    https://casarealdeespana.es/2016/09/02/panteon-real-escorial/

  • 続いて王宮部分の見学へ。特筆すべきはやはりこの寝室です。<br />フェリペ二世、と言えばやれスペイン黄金期だの、無敵艦隊だのと言われる王ですが、その人が最も好んだ場所で、眠りにつくための部屋がこれ。<br /><br />説明を読むと、どうやら痛風でお悩みだったよようです。

    続いて王宮部分の見学へ。特筆すべきはやはりこの寝室です。
    フェリペ二世、と言えばやれスペイン黄金期だの、無敵艦隊だのと言われる王ですが、その人が最も好んだ場所で、眠りにつくための部屋がこれ。

    説明を読むと、どうやら痛風でお悩みだったよようです。

  • 部屋から見る庭園。残念ながら工事中のため散歩できず。

    部屋から見る庭園。残念ながら工事中のため散歩できず。

  • おや、これはドン・フアン・デ・アウストリアですね。<br />ちょうちんブルマーに赤いタイツ。一部だけ鎧?こういうのが当時の貴公子だったのでしょうか。

    おや、これはドン・フアン・デ・アウストリアですね。
    ちょうちんブルマーに赤いタイツ。一部だけ鎧?こういうのが当時の貴公子だったのでしょうか。

  • そしてギャラリーへ。Sala de Batallas、戦闘の間、ですか。1590年頃、ジェノバの芸術家たちによって制作されたものとのこと。<br />

    そしてギャラリーへ。Sala de Batallas、戦闘の間、ですか。1590年頃、ジェノバの芸術家たちによって制作されたものとのこと。

  • こういう絵を見るのは大好きです。<br />解説がなくても両軍の服装を見れば、レコンキスタと呼ばれた活動の一幕だと言うことが判ります。<br /><br />これはBatalla de La Higueruelaと呼ばれる戦闘です。<br />カスティーリャ王ジョアン2世のカスティーリャ軍とナスル朝グラナダ軍との戦いであり、グラナダ王国に対するジョアン二世にとって最も重要な勝利となりました。<br /><br />騎士達の紋章、馬の様子などがとても丁寧に描かれていて見飽きません。

    こういう絵を見るのは大好きです。
    解説がなくても両軍の服装を見れば、レコンキスタと呼ばれた活動の一幕だと言うことが判ります。

    これはBatalla de La Higueruelaと呼ばれる戦闘です。
    カスティーリャ王ジョアン2世のカスティーリャ軍とナスル朝グラナダ軍との戦いであり、グラナダ王国に対するジョアン二世にとって最も重要な勝利となりました。

    騎士達の紋章、馬の様子などがとても丁寧に描かれていて見飽きません。

  • その他、1557年のサン・カンタンへの遠征、1580年のポルトガル併合、テルエル諸島とアゾレス諸島の征服などが描かれていました。<br /><br />その他にもスペイン・ブルボン朝時代の部屋などをさっくりと見学して終了です。<br /><br />それでは、いよいよフェリペ二世が定めたスペインの首都、マドリードへと向かいます。<br />

    その他、1557年のサン・カンタンへの遠征、1580年のポルトガル併合、テルエル諸島とアゾレス諸島の征服などが描かれていました。

    その他にもスペイン・ブルボン朝時代の部屋などをさっくりと見学して終了です。

    それでは、いよいよフェリペ二世が定めたスペインの首都、マドリードへと向かいます。

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