2024/06/08 - 2024/06/08
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kirinbxxさん
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マドリードの「王宮」Palacio Real de Madrid は、「現国王の公式の住居」ではありますが、例えば英国のバッキンガム宮殿がそうであるような、「国王の主要な居住地」ではありません。国王フェリペ六世の主たる住居と執務室は、マドリードの北西10kmほどの場所にあるサルスエラ宮殿であり、スペインを公式訪問する国家元首達の宿泊所もその近くにあります。そしてマドリードの王宮は儀礼的な国事行為にのみ使用される場所となっています。
だからこそ、ここは普段は観光客向けに、多くの部分を公開している、世界でも極めて珍しい「国家元首の公邸」として人気を集めています。
但し、王宮内には3418もの部屋があるため、数ヶ月に一度、見学ルートを変更してその一部だけを来場者に開放しています。そのため定期的に訪れる人も多いそうで、年間観覧者数はおよそ200万人とか。
以前は内部の写真撮影禁止だったそうですが、今は可能になってます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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久しぶりに早寝してすっきりと目覚めたマドリード初日。幸いにも数日続いたらしい猛暑はどこへやら、曇り空が広がっていました。
マドリード王宮 (オリエンテ宮) 城・宮殿
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ネット情報によれば、王宮は相当混みあうとのことですが、この曇り空なら少々の行列なら耐えられるだろうと、10時の開館前に着くようにホテルを出て散歩がてら向かってみました。
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到着したのは9時45分、すでに行列はできていますが、日本の人気ラーメン屋ほどのことはありません。行列はチケットをすでにもっている人と、当日券を買う人の2種類、10時10分前くらいにチケット有組の方でチケットの確認が一度行われました。まぁ、知らずに並んでいたら気の毒ですから、これは行き届いた措置ですね。
今回私たちが前売り券を買わなかったのは、オンラインではシニア割引がつかえなかったから。 -
10時ちょうど、受付の扉がひらきました。
結局10時15分には入場することができました。
セルフガイドツアーの一般料金は14ユーロ。16歳までの子ども、65歳以上のシニア、25歳までの学生は半額の7ユーロ。ありがたいことです。スペインの多くの国公立観光施設同様、失業者や障害者などは無料ですし、市民向けの無料開放時間も設定されていました。当然その時間帯は混むに決まっているので、私たち外国人観光客はそこを外す必要があります。 -
時計の両側の像は、スペイン・ブルボン朝の初代国王フェリペ5世、その息子フェルナンド6世、フェリペ5世の最初の王妃マリア・ルイサ・ガブリエラ・デ・サボイア、そしてフェルナンド6世の王妃バルバラ・デ・ブラガンサです。1743-48年にスペイン歴代君主とその関係者の像が114体造られてその多くが屋根に飾られたそうですが、現在は撤去され、この王宮の廊下や、スペイン各地の公園や広場を飾っています。この4人だけは「スペイン王室史を象徴する重要な存在」としてここに残されたのだとか。
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この大時計は、フランシスコ ・ サバティーニ作。その名で判るようにイタリア人建築家です。ナポリ王国のドン・カルロス王がスペイン国王カルロス3世(在位1759~88年)の座につくとマドリッドへ呼ばれ、1760年王室建築家となりました。
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建物も堂々たるものですが、その前の広場が大きいです。正面には5つの扉がありますが、車は両側の二つからパティオへと入ります。中央の3つがメイン玄関とアトリウムに通じていて、国王や本来の訪問者である外国の賓客はこの中央扉の前で馬車から降りるそうです。
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広場にあるバロック様式のランタン。
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私たちが訪れたときは、まだ一般公開されていたROYAL ARMOURYから見学を始めました。その後、一般公開を取りやめてしまったようです。まぁ、展示方法には大いに改善の余地があると感じたので、もっと判りやすい展示にして再開されることを期待します。
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館内には主に中世からルネッサンス期にかけてのスペインの鎧や武器が陳列されていました。これらの収集を始めたのは、神聖ローマ皇帝でもあったカルロス一世(神聖ローマ皇帝としてはカール五世)で、息子のフェリペ二世も意欲的な収集を続けたそうです。日本の甲冑と剣もありましたが、ちょっと地味でした。
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見事な馬具を装備した馬の模型。
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ヨーロッパの戦争の花形、といえば騎士!
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でも実際にはスペインはこういう装備の整った重装甲騎兵を揃えるのに苦労し、フェリペ二世ですら思うようには配備できなかったそうです。スペインの気候では、よい馬を育成するのも大変だったみたいです。
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15世紀末の重装甲騎兵は、二頭の馬に槍持ちの2人の小姓を用意しなければならなかったそうです。まぁ、こんな装甲を着けてこんな槍を持つのでは、そうなるのでしょう。
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残念ながら、詳しい説明がスペイン語ですらほとんどつけられていませんでした。中にはかなり貴重なものもありそうなのに。なぜ現在閉館しているのかわかりませんが、もし改装するのなら説明パネルや照明など、展示方法を改善して欲しいものです。
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この博物館で一番値打ちがあるものは甲冑ではなくてタペストリーだそうです。
これは、カール5世によるチュニス遠征を記念してヤン・コルネリス・フェルメイエンとピーテル・コエケ・ファン・アールストによってデザインされた12枚組の2枚目、「バルセロナでの閲兵」です。このシリーズはカール五世の「キリスト教者としての偉業」を讃えるために織られ、このあとスペイン王室がフランスなどにならって、数多くのタペストリーをフランドルの工房に発注するきっかけにもなりました。(すでにフランスでは王の業績をタペストリーにして広く世に知らせるのは一般的な事になっていました)
美術品としても値打ち物ですが、この時代の軍事史研究にも欠かせない逸品。 -
こちらはギリシア神話から題材をとった「ヘラクレスの功業」シリーズの1枚、「ケルベロスを捕らえるヘラクレス」。「ヘラクレスの選択」という欧州ではとてもよく使われる表現の元になった功業の一つ、地獄の番犬と呼ばれたケルベロスを捕らえているシーンです。1528年頃、おそらくはフェリペ二世の依頼によってブリュッセルの工房で作られたもの。
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それでは、王宮の居住部分の見学に。
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“Garita”(ガリータ)と呼ばれる衛兵が詰める構造物がやたらと並んでいました。子供たちがこの手のものの中に入りたがるのはどの国も同じです。
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それでは中へ。有名なフアン・バウティスタ・サケッティが設計した正面階段を昇っていきます。もちろん、一塊の大理石からできていて本来は右は国王用、左は王妃用とされています。
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ナポレオンがマドリードにやってきてこの階段を目にしたとき、後ろにいた新国王ジョセフ・ボナパルトを振り返り「兄弟よ、あなたは私の家よりもずっと良い家を持つことになるだろう」と慨嘆したとか。
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正面に立っている古代ローマの将軍像は、実はブルボン朝スペイン国王カルロス三世です。1759年にスペイン国王となった彼は歴史家によれば「誠実で、一貫した知的な指導力を発揮した同時代もっとも成功した啓蒙君主」であり、「半世紀たってやっと現れたスペイン政府の救済者」だそうです。この像はフランスの彫刻家ピエール=ミシェル・アリックスによって作られました。
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天井のフレスコ画はイタリアの画家コラード・ジャクイントによるもので、「スペインに守られし宗教」というタイトルがつけられています。この人物を推挙したのは、同じヴェネツィア出身の、18世紀イタリアを代表する画家となったジョヴァンニ・ジャンバッティスタ・ティエポロでした。
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この目立つライオン像はフェリペ・デ・カストロというスペインに新古典主義様式を導入したフェルディナンド六世お抱えの彫刻家によるものだそうです。
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目を奪われる見事なものばかりでした。
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次に入った場所は柱廊ホール、サケッティが王妃のために設計した部屋は結局ダンスや行事のためのホールになりました。1788年、カルロス四世はこの部分の移動・改修を命じ現在の場所に移されました。
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「スペイン社会全体でこれほど幅広い関心を呼び起こし、批評家や歴史家といった専門分野だけでなく、とりわけメディアにおいても異例の期待を生み出した芸術作品の創作は、近年の歴史においてほとんど例がありません。」
この説明文がつけられたファン・カルロス国王とその家族の肖像画も展示されていました。スペイン・リアリズムの巨匠、ラ・マンチャの巨匠と評されているアントニオ・ロペス・ガルシアが描いた物です。右端の男性が当時のアストゥリアス公、現スペイン国王のフェリペ六世ですね。 -
ほとんどの部屋にシャンデリア、さすが王宮です。
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王宮なので公開されているのは、当然きらびやかな部屋が多いのですが、私が好きなのはこういうもの。ほとんどの人は地味なところはさっさと通過するので人も少ないし。
ここは「ハルバード兵の間」、安直に「衛兵の間」とすることが多いようですが、歴史好きとしてはそれは寂しい。ハルバードというのは長槍の先端に斧の刃をつけたような、13-16世紀に多用された西洋の武器で、特に何世紀にもわたって王室の護衛兵が使ってきました。現代ではバチカン宮殿のスイス傭兵と、スペインの国王近衛連隊が有名です。 -
ティエポロが手がけたフレスコ画「ヴィーナスとヴァルカン」、ヴィーナスがアエネーイスの紋章を鍛造するようにヴァルカンに命じた、という題材です。なんだそれは、と思って調べるとラテン文学(中南米ではなく古代ローマ時代の)の最重要人物ヴェルギウス最後の作品である「アエネーイス」から引用されたとか。
・・・と言われてもどれが誰やら。。。 -
おや、これは・・ユリウス・カエサル像ですね。主階段正面のローマの将軍に扮した像といい、唐突に置かれているこれといい、やはり「神聖ローマ皇帝」を出したお国柄なのでしょうか。
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こういう過剰な装飾は好みではありません。なのでこういう部屋は通過しただけ。
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タペストリーを王家の装飾として用いるのが遅めだったスペインですが、最高級品がフランドルで作られていたということもあり、収集を始めたとたん、カルロス五世とフェリペ二世の二代で、見事なコレクションを作り上げました。なんでもタペストリーだけを競売にかければ、小さな国の国家財政くらい簡単に立て直せるくらいになるそうです。
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磁器の間にあった、天球を背負うアトラースの像。ゼウス達に破れたティーターン神属の一人で、「世界の西の果てで天空を背負う」というとんでもない苦役を負わされた神です。
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元はイタリアのナポリにあった国営の磁器工房は、創設者だったナポリ王がスペイン王カルロス三世となったため、王と一緒にマドリードへ移転し、ブエン・レティーロという王家の私有庭園だった場所で磁器を生産しました。ブエン・レティーロの磁器の品質は国際的に高い評価を受け、製造技術は国家機密となり、スペイン啓蒙時代の国王の重商主義政策を牽引しました。
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バンケットホール、宴会用の広間です。1879年にアルフォンソ七世の注文によって作られた140人の客をもてなす事ができる巨大なもの。
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バンケットルームで使われる数々の食器、疲れたときに寝っ転がるのに最適な(観光客は勿論そんなことはできません)ソファ、絢爛豪華な品々がこれでもか、というくらいありました。
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きらきらと飾られた部屋を巡るのに疲れた頃、こういう場所に出られるようになっています。ほっと一息。
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スペインの重要人物の像を発見。
左はアラゴンの王子だったFernando el Católico 右はカスティリャの王女だったIsabel la Catolica 、ほとんどの日本人が高校の世界史で学んだだろう「カトリック両王」です。1469年10月19日、17歳のフェルディナンド王子と18歳のイサベル王女はバリャドリャドで結婚式をあげました。二人があったのはそれが初めてという政略結婚で、カスティリャの優勢とグラナダ王国の攻略が結婚契約書に盛り込まれていました。1479年、二人がそれぞれの王位を継承することによって事実上二つの国は統合(というよりカスティリヤへの吸収)し、レコンキスタの完了、アメリカ大陸への進出、ハプスブルク家と同盟、と進んで行きました。 -
こちらは王室礼拝堂。フェルディナンド六世はとにかくこの礼拝堂を「壮麗」にしたかったそうで、コラード・ジャクイントに沢山のフレスコ画を発注しました。同郷の友ティエポロの推薦によってやってきたジャクイントにとって、この王宮での最初の大仕事でした。
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どちらを向いても絢爛豪華でした。
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最後のとどめ、玉座の間です。ここはさすがに警備員がしっかり周囲に目を配って見張っていました。
この王宮に住んだ最初の国王、カルロス三世はこの部屋の装飾をほぼすべてイタリアの芸術家と職人に委ねました。 -
ベルベットはジェノバ産、玉座をはじめとする家具はジョヴァンニ・バッティスタ・ナターリがデザインし、ナポリの彫刻家が制作したものです。
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そしてスペイン王家の勝利を表現した丸天井は、これもまたヴェネチアの画家ジャンバティスタ・ティエポロによるフレスコ画で飾られています。
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いや、堪能しました。今回の見学コースは22室、私たちはオーディオガイドも使わず、一目見て好きとは言えない部屋はさっさと通り抜けましたが、それでもたっぷり1時間かかりました。
日本語ガイドでときどき「巨大で豪華な宮殿を余すところなく見学できます」なんて書いてあるのを見かけますが、ご冗談でしょ。。。。 -
お手洗いや飲み物の自動販売機も完備。
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手荷物を入れるロッカーもちゃんと用意されています。大きな施設だけあってロッカーは一ヶ所ではなく、一度は間違った方へ行ってしまいました。
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外に出ると相変わらずの曇り空。入ってきた門が遠くに見えています。外国の全権大使がスペインに着任すると、スペイン王国華やかなりし頃と同じ仕立ての国王差し回しの六頭立て馬車に、宮廷官吏、王室近衛連帯の護衛がここを進んで来るんですね。
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王宮の向かいにあるのは、サンタ・マリア・ラ・レアル・デ・ラ・アルムデナ大聖堂 (Santa María la Real de La Almudena)、「アルムデナの聖母」というのはマドリードの守護聖人だそうで、11月9日はこの聖母にちなむ祝日になっているとのこと。2004年の現国王フェリペ6世(当時はアストゥリアス公爵)とレティシア妃の挙式はここで行われました。計画は16世紀、着工は19世紀末、完成は1993年というなんともスペインらしい建築物です。内部はゴシック建築ですが、外観は王宮との調和を考えてネオクラシカル様式にしたというのですから、遅くなってしまったのにも利点はあったということですね。
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