2025/03/06 - 2025/03/06
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hijunoさん
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この旅行記スケジュールを元に
京都 東山を歩くの続きです。
霊山観音から高台寺へ行きました。
高台寺は春の桜の季節が美しく人も多いことがわかっていたので、この時期だと多少、混雑がないかと思い訪れました。
北政所の墓所もあるお寺です。
あちこちに豊臣秀吉と北政所の深い愛情みたいなものが伝わってくるお寺でした。
庭は小堀遠州作の味わいのある庭園で、北政所が豊臣秀吉亡き後、秀吉の菩提を弔いつつ、19年間を過ごた場所といわれる圓徳院も伏見城の化粧御殿と前庭を移築したもので、趣のある歴史を感じさせる場所でした。
彼女を訪ねて多くの大名や茶人、画家などが集まったそうで、北政所の人柄が偲ばれました。
北政所が秀吉を弔うために高台寺へ通った道を「ねねのみち」と呼ばれていて、石畳の道でした。
帰りには、祇園の通りを歩いて、いつもの「ハレマ」へ。
山椒がたっぷりで、我が家には必須のちりめんと、いつもにぎわっているお餅のお店でお土産を買ってかえりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 自家用車 徒歩
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維新の道からも見えてくる大きな観音像。
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維新の道の坂では見晴らしもよくて、法観寺の矢坂の塔も見えます。
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入口。
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観音像の胎内には十二支の守りご本尊があります。
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力強い仁王像。
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とても大きな観音像です。
1955年の建立。石川博資氏により、平和日本の建設、殉国の英霊、大戦の犠牲者の冥福を記念して建立されています。(パンフレットより)霊山観音 名所・史跡
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高さが24m、目や眉毛も1mほどの大きさ。
当初はもっと大きな観音像を計画していたようですが、景観などの理由で規模が小さくなったそう。 -
入口でお線香がもらえます。
火がついているので、急いで立てて。 -
イチオシ
近くで見ても、大きい。。
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十二支の守り本尊が安置されている、胎内へ。
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中は暗いです。
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ふぐの供養塚がありました。
境内のあちこちに、供養塔などの塚がありました。 -
ふぐの賛歌。
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花塚もありました。
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花の命への想い。
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愛染明王堂、
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京料理供養塔もありました。
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佛足石。
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正面から。
その下に本堂があります。 -
そのまま高台寺へ向かいます。
改修中の建物も。 -
高台寺天満宮。
北政所が1606年に高台寺を創建した際に崇敬していた綱敷天満宮の祭神の菅原道真を勧請して高台寺の鎮守社としたそうです。 -
この右にある坂を上って上がってくるのが正式なルートのようですが、
私は霊山観音からそのまんまやってきました。
ちょっと休憩できるお店もありました。 -
駒札の説明板。
高台寺は北政所が豊臣秀吉の菩提を弔うために建立したお寺です。1606年に創建。
徳川家康が財政面で多額の援助をしています。
開山堂や霊屋、傘亭、時雨亭などの建物が創建当時の様子を残しています。 -
イチオシ
高台にあるんですね~
大雲院の祇園閣が見えます~ -
チケットを買って入ります。
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小堀遠州作といわれる庭園、後でゆっくり鑑賞します。
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方丈の見学へ。
創建当時は、方丈は大方丈と小方丈の二つがあったそうで、伏見城の北政所化粧御殿を移築したものだったそうです。
その後二度の大火で焼失、こちらの大方丈の建物は大正時代のものです。
小方丈は改修中でした。 -
「波心庭」
方丈の前庭にある大きな枝垂桜。
高台寺を代表する見事な桜〜みごとな桜だそうです。 -
イチオシ
枯山水の端正なお庭でした。
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遠くに見える橋中央の建物は伏見城から移築された秀吉が愛した観月台です。
北政所は秀吉が亡くなったあと、秀吉を偲んでここから月を眺めたといわれています。
北政所は秀吉の正室であり、二人は恋愛結婚だったそうですが、その後秀吉には茶々という側室がおり、秀頼も生まれます。そんな状況にもかかわらず、秀吉が亡くなったあとも、秀吉を想い続けて、、、
秀吉さんは幸せだなぁ~
北政所の人として、ぶれない、大きさを感じました。
結局、二人は、誰も入ることのできないような、最後までゆるぎないような愛情で結ばれていたのでしょうか。。。 -
イチオシ
池泉回遊式庭園。
桃山時代~江戸時代初期作庭、小堀遠州作。
東山を借景に。高台寺 寺・神社・教会
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説明板。
秋の紅葉の季節もその美しさで有名です。 -
早春の様子。
春爛漫のころや秋の紅葉の頃には、また違った風景でしょうね~ -
開山堂へ。
開山 三江紹益禅師の木像が祀られています。
北政所の持仏堂だった場所です。
北政所の兄の木下家定やその妻 雲照院、普請に努めた堀直政の像が安置されています。 -
イチオシ
桃山時代の建物。
格子天井にはかつて秀吉が使っていた御座船の天井、北政所が使っていた御所車の天井が使用されているそうです。
天井画には、狩野山楽の「龍図」。
中は撮影禁止だったとおもいます。
写真はありません。 -
開山堂を取り囲むように二つの池があります。
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奥に見える建物で抹茶が楽しめるようです。
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茶室があるようで、石段をのぼっていきます。
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傘亭・時雨亭へ。
石段も風情があります。 -
おもったよりも、坂道は続いて、
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茶室 傘亭。
創建当時の桃山時代の建築。
天井が傘を広げたような形から傘亭と呼ばれています。
千利休の作ともいわれる茶室です。 -
質素な造りでした。
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お隣にある時雨亭と廊下でつながっています。
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二階建ての建物です。
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広大な敷地です。
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霊屋(おたまや)へ。
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北政所のお墓の上に建てられているお堂。
中には、北政所と豊臣秀吉の座像がありました。
こちらも桃山時代の建物、中は高台寺蒔絵の手法で、みごとな厨子や須弥檀など、漆と金粉を使った装飾がありました。
こちらは撮影禁止でした。 -
建物も綺麗で、外まわりはきらびやかで厳かでした。
2020年に修復工事をしたそうです。 -
臥龍廊。
開山堂と霊屋を結ぶ廊下。
龍の背中似ているところから、名付けられたそうです。
ここ、歩いてみたかったなぁ~ -
開山堂の風景。
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チケットには高台寺の美術館も含まれています。
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勅使門。美しいです。
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梅の花が綺麗です。
こちらの門は台所門と呼ばれています。 -
なだらかな坂です。
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駒札の説明板があります。
臺所門。
晩年、北政所が住んでいた圓徳院から毎日、この坂道を登って、高台寺へ通って秀吉の菩提を弔ったといわれています。
北政所が使っていた台所に続く坂で、この名前になったとか。
また北政所が御台所となっていたため、、とか。
この門をくぐると料理が上手になるという言い伝えがあります。
あやかりたい~ -
坂道をくだったところ。
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圓徳院と掌美術館に行きます。
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駒札にも書いてありますが、ここは、北政所の終焉の地です。
豊臣秀吉が亡くなったあと、1605年に伏見城の化粧御殿と前庭を移築して、77歳で亡くなるまでの間19年をここで過ごしています。
圓徳院は、北政所が亡くなってから9年後に、甥の木下利房によって木下家の菩提寺として高台寺の塔頭として建立されています。
北政所を慕って、多くの大名や茶人、文化人などが訪問していたそうです。
北政所の人柄が偲ばれます。 -
入口。
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しっとりとした庭風景、中へ。
正門。
長屋門の形態の門。 -
イチオシ
苔の色が春らしい~
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松竹梅図襖。
きらびやか。 -
方丈から南庭を。
枯山水の庭園でした。 -
雪月花図襖。
こちらも豪華でした。 -
長谷川等伯作の障壁画 「冬の絵」。
もともと、大徳寺の三玄院にあったもので、住職の許可がないまま留守中にあがって一気に描き上げたという逸話があります。 -
木下定家の嫡男 若狭藩主の勝俊は長嘯子(ちょうしょうし)と呼ばれる歌聖、その長嘯子を祀る部屋。
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北庭。
伏見城北政所化粧御殿の前庭を移築したもの。
桃山時代の代表的な庭園のひとつ。
池泉回遊式庭園でしたが、枯山水となっています。
賢庭作、小堀遠州が手を加えたものだそうです。 -
イチオシ
大きな石が置かれていて、桃山時代の豪快なお庭が観れます。
圓徳院 寺・神社・教会
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外に出ると、三面大黒天。
本尊は、豊臣秀吉の念持仏だったそうです。
建物は、京都御苑から移築したもの。三面大黒天 寺・神社・教会
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説明がありました。
出世しますように~←いまとなっては、もう、遅いですが。。。^^; -
こちらの広場、なんとなく覚えがるなぁ~とおもってましたら、
かつて「文之助茶屋」があったところでした!
学生時代、この文之助茶屋でかき氷やお餅を何度か食べました。
懐かしい~
もう、いまは、違ったお店になってました。 -
よく授業をさぼっては、遊びにきていた、文之助茶屋〜
当時はカフェというようなお洒落なものはなくて、、、
懐かしい^^ -
そのあと、掌美術館へ。
高台寺所有の寺宝が、入れ替えて展示されています。小さな美術館。
ここは中は撮影禁止です。
印象に残ったのは豊臣秀吉の再現された鳥獣の陣羽織。
とてもきらびやかで美しい陣羽織でした。
江戸時代の京都の様子を描いた屏風もみごとでした。
小さな美術館ですが、けっこう、人がいっぱい。高台寺掌美術館 美術館・博物館
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イチオシ
「ねねのみち」と呼ばれている石畳。
とても風情のある場所でした。
北政所が秀吉亡き後、この道を通って高台寺へ通っていたことから付けられた名前だそうです。
以前はこんな名称もなかったなぁ~ -
こんな看板がありました。
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すぐそばに、駒札の説明板も。
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帰り道、、、、、あちこち、キョロキョロして帰ります。
うちわも可愛いです。
海外の観光客の人たちでにぎわってました。 -
御陵衛士屯所跡の石碑も。
京都、あちこちに遺蹟がありますー -
ちらり中を見せてもらいました。
結界があって、中には入れません。 -
ねねのみち、、をゆっくり歩いて帰ります。
ねねの道 名所・史跡
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圓徳院の外。
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可愛いお店もあって、
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ねねの道から奥まったところに、岡林院というお寺があります。
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1608年の創建、高台寺の塔頭、その中でも最も古いお寺だそうです。
久林元昌禅師が創建していますが、北政所の遠戚ともいわれています。
方丈や茶室、庭園も美しいそう。
江戸末期の大火で焼失し、明治になり再建されています。
いつかもう一度、訪れてみたいです。
特別公開の時以外は入れないようでした。 -
イチオシ
門の横に、三地蔵。
「観る蔵(ぞう)・言う蔵・聴く蔵」の三地蔵。
日光東照宮の「見ざる・言わざる・聴かざる」の三猿に対して、
こちらは、反対の意味の三地蔵。
ユニークです。可愛いお地蔵さんたちでした。 -
イチオシ
大雲院の「祇園閣」をちらり見ながら帰ります。
こちらのお寺は織田信長と息子の信忠の菩提を弔うために建立されたお寺です。
1587年、正親町天皇の勅命によります。
祇園の鉾の形をしている塔が面白いです。
大倉財閥の創始者 大倉喜八郎の別邸の一部として建てられたそうです。
境内には、大倉喜八郎の別荘 旧眞葛荘があります。
内部も美しいそうで、いつか訪れてみたいです。 -
小さな通りを取って大通りへ向かいます。
こんな細い道があちこち。 -
陶器のお店もちらちらと見ながら、、、
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東景寺がありました。
曹洞宗のお寺です。
江戸時代に創建され、火難、盗難除け、家内安全の信仰を集めています。
結界もみえます。
中には入れないようでした。 -
矢坂神社の境内を通って祇園の通りへ出ました。
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美しい朱色の門をくぐります。
創建は656年の歴史のある神社です。
本殿あたりも、とてもにぎわっていました。 -
鴨川もまだまだ冬景色のようで、春が待ち遠しいです。
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お土産です。
祇園通りを歩いて必ず立ち寄る、「はれま」で、ちりめんを買います。
いつもは行列のあるお餅屋さんで、買うのをあきらめていましたが、この日は人も少なく、お餅を買いました。
柔らかくて、美味しいお餅です。
二年坂で買った紫蘇ジュースも抹茶ジュースも美味しかった!
久々の東山めぐりで、すっかり変わった光景にちょっととまどいつつ、
面白かった東山散歩でした。
近くて遠くなってしまった京都ですが、やはり、歴史を感じて散歩が楽しい京都でした。
最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます^^
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