2023/06/18 - 2023/07/27
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さいたまさん
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第2次世界大戦当時、英国にとって、コヒマは、中華民国への援助物資を輸送する拠点であるディマプールを守る重要な場所でした。
同じく、コヒマは、ディマプールとインパールを結ぶ唯一の国道です。
その国道2号線は、コヒマ戦没者墓地の台周辺で、大きく屈曲しています。
写真を見て判る通り、コヒマの戦没者墓地の台地は、国道2号線を左右に見下ろす重要な場所になっています。
このため、コヒマでは、当時、英軍と日本軍が激戦を交え、多くの戦没者が散華し、眠っています。
2023年6月~7月、インパールとコヒマを訪れました。
その経験をもとに、コヒマについて、以下の通り、整理してみました。
既に、
その1 コヒマ戦没者墓地の全般事項
その2 コヒマ戦没者墓地の施設内配置等について、紹介いたしました。
今回は、「その3」として、コヒマ戦没者墓地の周辺の戦跡について紹介したいと思います。
コヒマには、戦没者墓地の他に、多くの戦跡があります。
本命たるコヒマ戦没者募都の周辺には、前哨戦としての戦いが起こった数多くの場所があります。
それらの戦跡をまとめて、整理してみました。
それらの中から、コヒマの戦いの全体像が浮かび上がってきました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ディマプールとインパールの間に、急峻な地形があります。
国道に沿って、河川も流れています。
切り立った山岳地を縫うように、国道が、南側のインパールに通じています。インパール空港 (IMF) 空港
-
ディマプール周辺は、ブラマプトラ川の流域の平野部ですが、コヒマの方向に進むと
山岳地帯になります。
平野部から山岳地帯にかけて、地形の様相が大きく、変化します。 -
コヒマは、山の中にある都市です。
もともと住んていた住民が、集まり、山岳部に発達した都市です。
もつとも近い都市は、ディマプールで、ディマプール空港があります。ディマープル空港 (DMU) 空港
-
ディマプールからコヒマに向かう道路です。
休憩地点には、レストランがあります。
ナガランド州立博物館の西側の国道の状況です。ナガランド州立博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
コヒマは、山岳地帯の中にある都市です。
国道は、山岳地帯を縫うように、建設されました。 -
ディマプールからコヒマに通ずる国道沿いの集落です。
山岳地帯の中で、低地部の少ない場所に、簡素な建物が建てられています。 -
日本の参謀本部が、英軍の地図をもとに作成した地図です。国会図書館で見ました。
ディマプールからインパールに至る唯一の国道が、赤色で表示されています。
コヒマ地区で大きく屈曲しているのがわかります。(激戦の焦点) -
コヒマの市街地は、国道に沿って発達しています。
ディマプールから乗って来た乗り合いのタクシーは、国道の三叉路周辺の市場に到着しました。
この道を、まっすぐ進むとインパールに至ります。
インパールでは、イマ市場が有名です。イマ市場 市場
-
ディマプールとインパールを結ぶ国道の三叉路が、コヒマの中心部です。
三差路の中央には、コヒマの交通警察の交通整理塔があります。
また、コヒマの中心部には、コヒマ戦没者墓地があります。コヒマ戦没者墓地 観光名所
-
コヒマの国道沿いの商店です。
日曜日なのでしょうか、シャッターが閉まっています。 -
コヒマは、山岳地帯の中に発達した都市です。
コヒマの地形は、山岳地帯の特性から、斜面が多い地形です。
長い階段が続きます。 -
コヒマは、ナガランド州の州都です。
コヒマの高台には、ナガランド州の州知事の知事公舎があります。
国道から、長い階段を登って、州知事公舎に至る道があります。 -
コヒマ三叉路の西側の台上には、ナガランド州の州知事の公舎があり、公舎の周辺には、鉄条網が張られ、警戒が厳しくなってます。
公舎の周りには、道路があり、石垣等で囲まれています。 -
ナガランド州の知事公舎の周辺と知事公舎を巡り、防護用の鉄策と石垣があります。
コヒマ戦没者墓地周辺の台地は、日本軍が奪取しましたが、知事公舎周辺の地域は、日英両軍が最後まで、激戦を続けた場所です。 -
ナガランド州の知事公舎の東側の警戒哨所です。
窓から、近づく者を監視しています。 -
ナガランド州知事の公舎地区の出入口です。
入口の規制と頑丈な門構えが、警戒の厳しさを物語っています。 -
ナガランド州の知事公舎の台から、コヒマ市街を見ています。
標高が高いので、気流の影響を受けやすく、霧が発生しています。 -
ナガランド州知事の公舎の正門です。
RAJ BHAVANとの表示が、何とも言えない重厚な感じです。
マニプル州の州都インパールのカングラフォートに相通ずる面があります。カングラ フォート 史跡・遺跡
-
国道からナガランド州知事公邸に向かう階段です。
階段を上がった位置に、英軍の戦車が置かれています。 -
傾斜した斜面に、英軍の遺棄された戦車が置かれて(遺棄されたまま。)います。
傾斜地においては、戦車の威力が、十分に発揮しにくいのです。 -
保存のための柵か、危険防止の柵か判りませんが、戦車の周辺に、柵が設けられています。
米軍使用の戦車を、英軍が生産し、戦闘に使っていたとのことです。 -
傾斜地においては、戦車の機動力は、発揮しにくかったようです。
英軍は、日本軍の肉薄攻撃に、苦労したとのことです。 -
英軍の戦車に関する説明文です。
柵があり、また、文字が細かいため、判然としませんが、説明書きのようです。 -
車体部に1門、砲塔部に1門、合計2門の方が搭載されています。
日本軍の97式戦車に比して、火力と防護力が勝っていたとのことです。 -
英軍の戦車の正面です。
コヒマの激戦の状況を残す名所になっているようです。 -
戦車は、国道からナガランド州知事公舎に通じている階段道の中間にあります。
国道の屈曲部において、戦闘が起こっています。 -
英軍の戦車の傍に、2個の石碑(解説板)が置かれています。
英軍の戦車と州知事公舎の一部の建物の間に、階段道が見えます。 -
英軍の戦車の上方に置かれている石碑(解説板)です。
拝観料を入れるような小さな瓶が置かれています。
なんとなく、日本のお賽銭を連想させます。 -
戦車の傍には、石碑(解説板)が置かれています。
石碑の背後に州知事公舎の一部の建物が見えます。 -
コヒマの戦跡には、コヒマの戦闘に係る多くの石碑が置かれています。
それぞれ、解説が記されています。
背後には、洗濯物が干されていて、生活感がにじみ出ています。 -
ナガランド州知事の公舎に勤務する職員です。
この場所を案内してくれました。親切な職員です。 -
インパール空港に通ずる国道です。
英軍の戦車が置かれいるのは、左側の道路屈曲部の奥です。インパール空港 (IMF) 空港
-
戦車が置かれている道路屈曲部を背にして、インパール方向を見ています。
左側の国道は、インパールまで1本道です。
この国道は、コヒマ大聖堂教会の西側を経由しています。コヒマ大聖堂教会 寺院・教会
-
ナガランド州知事の公舎に通ずる小径です。この付近でも、激戦が生起しています。
道路の中間点に記念碑があります。(赤色の屋根のついた石碑)
この写真は、南側に向かって、撮影されています。
ちょうど、コヒマにおける有名なホテルのアラドゥラ・コヒマの方向です。ニラーマヤ リトリーツ アラドゥラ コヒマ ホテル
-
赤色の屋根が付けられた記念碑です。
英軍の戦士の活躍を称える記念碑です。 -
ビルマ戦線において、英第7師団の第161旅団の主力部隊であった西ウエストケント連隊の部隊が、ここを守備して、検討した記念碑のようです。
坂の下は、インパールに通ずる国道です。
インパールにも戦没者墓地があります。インパール戦没者墓地 観光名所
-
第161旅団の部隊の検討を称えるとともに、戦死した将兵の姓名が記されています。
この記念碑の後方には、ナガランド州知事の公舎があります。 -
ナガランド大学の標識です。
コヒマの法学大学部(カレッジ)と書かれています。 -
写真の右側は、ナガランド州知事の公舎の台です。
コヒマの丘陵地帯を北側の方向に見ています。
写真左側からの日本軍の攻撃に、対処していた態勢になります。 -
住民の避難誘導に係る像は、ナガランド州知事の公舎地区のほぼ中央にあります。
写真は、ナガランド州知事の公舎地区の概要を示しています。
Map of Official Hill Colonyと表示されています。 -
1944年3月、日本軍の進出に伴い、現地に所在していた部隊の一部が、住民を避難させました。
その偉業をたたえる像と碑文です。 -
当時、コヒマに所在していた部隊の隊員が、住民を誘導し、避難に努めている様子を表現している像です。
当時、国境警備に当たっていたアッサムライフルの部隊の隊員かもしれません。 -
隊員とともに行動する住民の像です。
1944年から、この地コヒマに置かれているのでしょう。 -
DHAI MURTHI
STATUE IMMOTALESES ASSAM RIFLES VALOUR と記されています。
DHAI MURTHI は、住民を引率している隊員の姓名なのでしょう。
STATUE IMMOTALESES ASSAM RIFLES VALOUR アッサムライフルの隊員の不滅の勇気ある行動の碑とあります。 -
激戦の焦点となったナガランド州知事の公舎地域を守り抜いたのは、英印軍の第161旅団の西ケント連隊の部隊でした。
写真は、英印第161旅団長として、コヒマの最重要地点を守り抜いたワーレン准将の慰霊碑です。 -
ワーレン准将は、任務遂行中、航空機事故により、インドの地において殉職しました。
写真の碑文は、コヒマの旧市街地の高台で、コヒマ国道三叉路の台を見渡す旧市街に置かれているワーレン准将の慰霊碑の碑文です。 -
ワーレン准将の石碑の南側にアッサムライフルの駐屯地があります。
国境警備にあたる部隊です。
写真は、アッサムライフルの本部を示す標識です。 -
アッサムライフルの部隊の入口です。
場所としては、コヒマの旧市街の中にあります。 -
日英両軍の激戦の舞台となったコヒマ国道三叉路高地を奪回したのは、英軍の第2師団でした。
当時、英軍の第2師団の司令部が置かれていた場所には、記念碑が立てられています。 -
1944年、英第2師団司令部が置かれていた場所を記す地図です。
コヒマ国道三差路の西方にあたります。 -
英第2師団司令部の跡地に置かれている記念碑の碑文です。
この記念碑は、当時、英第2師団司令部に勤務していた幕僚たちの発意で建立されたそうです。
(当時、師団長であったグローバー少将は、コヒマ奪回後、軍団長から解任されています。日本軍の佐藤第31師団長の解任の翌日でした。) -
ナガランド州知事の公舎地区の南側に位置し、公舎地区を見下ろす高さにある台地です。
日本軍は、この台地を足掛かりにして、高所から低地への方向に、攻撃していきました。
現在、ナガランド州中央警察署が所在しています。 -
州知事公舎地区を見下ろす高さにある台地です。
現在、ナガランド州中央警察署が所在しています。
以前あった、刑務所の地名からJAIL HILL と呼ばれていました。 -
ナガランド州中央警察署がある高台の向かいにある英軍の記念碑です。
戦死した英軍の隊員の姓名、職務等が記載されています。 -
記念碑の上側及び下側に、部隊の紋章が付けられています。
コヒマの戦闘で戦死した隊員の業績をたたえるために設置された記念碑です。 -
コヒマの戦闘に際して、戦死した英陸軍のパンジャブ連隊の隊員の慰霊碑です。
パンジャブ連隊の4大隊に所属していた少佐の名前が刻されています。
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