2023/06/18 - 2023/06/28
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さいたまさん
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ディマプールとインパールを結ぶ唯一の国道が、コヒマの丘陵地区で大きく
屈曲し、三叉路を形成しています。
その三叉路を眼下に収める高台に、コヒマ戦没者墓地が置かれています。
1944年、インパール作戦において、コヒマは日本軍と英国軍との激戦の
舞台となりました。
その激戦の場の中心が、コヒマ国道三叉路の西側の高地でした。
当時の英国は、統治下にあったインドの北東部ナガランド州を防衛しようと、しました。
中国の中華民国の蒋介石政権を支援し、日本陸軍を中国大陸に釘付けにし、
米国が太平洋正面から反攻に転移する際、大陸に所在していた日本軍を太平洋正面に転用させない目的をもって、ディマプール周辺を確保しようとしたのです。
コヒマは、ディマプールとインパールの間にあり、日本軍がコヒマを占領してしまうと、中華民国の蒋介石政権を支援することが出来なくなってしまうのを恐れたのです。
コヒマにおいて、日英両軍が激突した理由が解ります。
今回の旅行で、コヒマの周辺について、いろいろ調べて廻りました。
今回の旅行において、以下かの予定で、コヒマ戦没者墓地について、順次、紹介いたします。
その1 コヒマ戦没者墓地の全般事項
その2 コヒマ戦没者墓地の施設内配置
その3 コヒマ戦没者墓地の周辺の戦跡
- 旅行の満足度
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
コヒマ戦没者墓地の表示です。
コヒマの中心部である三叉路に面しています。コヒマ戦没者墓地 観光名所
-
コヒマ戦没者墓地の入口にある標識です。
国道の北側に立てられていまする -
英国系戦没者墓地は、英国の機関Comonwealth War Grave Commision (CWGC)により運営されていて、全世界にあります。
コヒマやインパールにもあります。 -
インパールの戦没者墓地の標識です。
インパールのカングラフォートの北側の国道沿いにあります。インパール戦没者墓地 観光名所
-
インパールの戦没者墓地の入口です。
コヒマの戦没者墓地の方が、数倍、大規模です。
英軍にとっては、コヒマの方が激戦であったと認識している証左でしょう。 -
今回の旅行では、当初、インパールを目指し、コルカタ空港を起点として、計画しました。
インパールには、グアハティー空港を乗り継ぎ空港とすることとしました。ネータージー スバース チャンドラ ボース国際空港 (CCU) 空港
-
インパールやコヒマは、インド北東部にあり、中印国境の紛争地帯の近傍にあります。
歴史的に見ても、宗教や民族上、難しい領域です。
外国人の立ち入りは、制限されていた地域です。 -
コルカタ空港からグアハティー空港に向かう航空機に乗ります。
バスで飛行機の場所まで行き、地上からタラップを上がります。グワーハーティー国際空港 (GAU) 空港
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中国、ネパール、ブータンそしてバングラディシュの国境が入りくんでいるシリグリ回廊を通過する地上経路も検討しましたが、時間がかかるので、諦めました。
国際的に緊張が高まっているので、危険性が高くなります。 -
ヒマラヤ山脈の流れを見る楽しみを期待しました。
天候は、雲が多く、あまり良くありません。 -
グアハティー空港です。
乗り継ぎの空港です。
ここから、インパール空港に向かいます。 -
ディマプール空港です。
インパールで部族間の抗争があり、コヒマに避難する際、利用しました。ディマープル空港 (DMU) 空港
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コヒマに向かうために、乗り合いタクシーに乗り継ぎます。
ディマプール駅の前にタクシーやツゥクツゥクが待機しています。 -
ディマプール駅の前に、黄色の車体のツゥクツゥクが、数多く待機しています。
コヒマへの乗り合いタクシーは、乗客が集まるまで、待ちます。
タクシードライバーは、コヒマに向かいそうな通行人に、声をかけています。 -
ディマプールからコヒマには、国道が通じています。
路線バスは、なくなっているそうで、乗り合いタクシーにて移動せざるを得ません。
途中、ナガランド州立博物館に立ち寄ります。ナガランド州立博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
コヒマの市街に立てられている道路標識です。
ディマプールの表示とともに、インパールへの表示もあります。
インパールのカングラフォートに通じています。カングラ フォート 史跡・遺跡
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コヒマからインパールまでは、約100マイル(160km)程度あります。
主要都市のディマプールとインパールを結ぶ国道の中間にあるコヒマは、補給上、重要な地点となっています。
補給上の要点であったインパールには、6ケ所の空港がありました。
そのうちの1ケ所が、インパール空港として、現在も活用されています。インパール空港 (IMF) 空港
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ディマプール周辺は、平野部が発達していますが、コヒマへの国道は、地形が厳しい山岳地帯を通るので、移動に制限を受けます。
軍事上、重要な意味を持ちます。 -
コヒマへの道路は、険しい山岳地帯特有の屈曲した部分の連続です。
日英両軍による激戦が生じました。 -
コヒマの国道三叉路です。
三叉路の奥に、コヒマ戦没者墓地が、見えます。 -
コヒマ国道三叉路の近くに立てられている標識です。
ディマプールの表示も見えます。 -
緑色の区域が、コヒマ戦没者墓地です。
国道が大きく屈曲していて、周辺の両側に、睨みを効かせている地形です。
日英両軍の間に、激戦が生じた理由が理解できます。 -
コヒマ戦没者墓地に関する説明文です。
CWGCとありますが、The Commonwealth War Graves Commissionの略号です。 -
コヒマ戦没者墓地の案内板です。
入場無料ですが、諸注意事項が記載されています。 -
コヒマ戦没者墓地の入口です。
左側の壁に、標識が付けられています。 -
コヒマ戦没者墓地の入口の標識です。
3つの意思で構成されている長い標識です。 -
KOHIMAという英文字で表されているコヒマ戦没者墓地の標識です。
国道に面しています。 -
WARという文字が見えます。
コヒマの戦いにおいて亡くなられた英軍・英印軍の将兵の墓があります。 -
墓地を意味するCEMETERYの文字が刻されています。
一部を除き、民間人の墓は、ありません。
日本軍将兵の戦没者も祀られていません。 -
ビルマの戦いから終戦までの間に、戦病死した英軍・英印軍の将兵の墓があります。
英軍 British Army 英国軍
英印軍 Britsh Indian Army インドで編成され、英軍指揮官
等により指揮されたインド人
部隊 -
コヒマ戦没者墓地のの配置図です。
英軍・英印軍には、キリスト教徒、ヒンズー教徒、イスラム教徒、シーク教徒等の将兵がいたため、宗教の差異を考慮し、設計されています。 -
コヒマ戦没者墓地の両側に国道があり、三差路が東側にあります。
一番高い場所に、火葬されたヒンズー教徒の記念碑があります。
キリスト教徒のシンボルである十字塔が見えます。 -
土地の地面の傾斜に応じて、階段状に、墓石が並べられています。
ヒンズー教徒、シーク教徒は、輪廻転生の教義に基づき、火葬されていますので、墓石はありません。
キリスト教徒、イスラム教徒は、最後の審判を受けるため肉体を残す埋葬の形態をとります。墓石を設置します。 -
コヒマの中心部を通っている国道です。
国道の奥に見えるのが、激戦の中心となったGarrison Hillです。
国道の右側が、コヒマ戦没者墓地です。 -
インドではヒンズー教徒が多いのですが、イスラム教、キリスト教、シーク教そして部強を信ずる人も多いため、国としては、特定の宗教を優遇していませんし、差別もしていません。
このため、公的な行事を行う際に使用する、宗教色の無い記念碑が設けられています。 -
コヒマの桜の花です。
コヒマの三叉路一帯は、日本の気候に似ていることもあり、桜が咲きます。 -
コヒマの三叉路周辺は、傾斜の急な斜面となっています。
攻撃する日本軍にとっては、戦闘に際して、大きな障害となりました。
日英両軍にとって、激戦となった理由が解ります。 -
コヒマ戦没者墓地の東側です。
道路は、ディマプールに通じています。
写真左側の高台(西側)は、Garrison Hillの急斜面です。 -
コヒマ戦没者墓地の西側の様子です。
インパールに通ずる国道が見えます。
山岳地帯ですので、霧が発生しやすい地形です。 -
コヒマの戦没者墓地から南側を見下ろしています。
急斜面が続いています。谷間には。住宅街が広がっています。
険しい山岳地帯であり、激戦地の中心になった理由が解ります。 -
コヒマの戦没者墓地の東側の交通状況です。
コヒマ三叉路に通じています。
コヒマ三叉路が、交通の中心となっているのがわかります。
昼間は、混雑が激しいです。 -
ディマプールへの道路標識です。
コヒマにとって、ディマプールは身近な存在なのでしょう。 -
コヒマ戦没者墓地から西側見ると、赤色の屋根が特徴のコヒマ大聖堂教会が見えます。
写真の山岳地帯の向こう側に、インパールがあります。コヒマ大聖堂教会 寺院・教会
-
写真の右側の山岳地帯は、アラズラの尾根です。
手前の左側が、コヒマ戦没者墓地の森林部です。
戦没者墓地の右側の奥に、コヒマ大聖堂教会が、見えます。 -
コヒマ戦没者墓地の方向からコヒマ大聖堂教会を見ています。
コヒマ大聖堂教会の向こう側に、コヒマの有名ホテルであるアラドゥラコヒマホテルが、あります。ニラーマヤ リトリーツ アラドゥラ コヒマ ホテル
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コヒマの旧市街地のスーパーマーケットの屋上から見た写真です。
1944年当時は、この付近で激戦が繰り返されたとのことです。
現在は、立派なロータリーが出来ています。 -
コヒマの旧市街地のスーパーマーケットの屋上から、東側を見た写真です。
ディマプールに向かう道路が見えます。
現在は、住宅が続いています。 -
インパールに通じている国道の横には、高台のある丘陵地帯が、発達しています。
Japfu Hotel一帯がある高台です。
国道を制する重要な地形です。 -
コヒマの国道沿いの交通標識です。
インパールへ続く道路が、示されています。
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