2024/08/15 - 2024/08/20
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nichiさん
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この日は朝から曇ってました。
よって連日より若干気温も低め。と言っても32度~33度です。
ホテルでの朝食を終えてから、バスで清明神社へ。
NHK大河ドラマの影響で参拝者が増えているようです。
羽生君が2018年の平昌オリンピックにおける金メダルのフリースタイルの演技が陰陽師「SEIMEI」でしたが、それ以来の多くの参拝者がお見えになっているようです。
そして再びバスに乗って大徳寺へ。
2つの別院と22の塔頭がある大徳寺ですが、龍源院と黄梅院に伺いました。
両方とも素敵なお庭でした。
黄梅院が撮影禁止だったのが残念でした。
その後は、すべて中には入れませんが、大徳寺勅使門、三門、仏殿、三玄院、大徳寺大方丈と前を通ってみました。
大徳寺を出て近くの雲林院に寄ってみましたが、このお寺も源氏物語ゆかりのお寺でした。
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京都東急ホテル3泊目の朝は、和食のたん熊にしました。
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今日の朝食メニューです。
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上品でいい感じ!
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ホテル近くの堀川五条のバス亭からバスに乗り、
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清明神社にやってきました。
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そうです!
安倍晴明を祀った神社です。 -
安倍晴明が亡くなると一条天皇は晴明の遺業を賛え、清明の屋敷跡に晴明を祀る神社を創建しました。
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一の鳥居の額には五芒星の社紋が描かれています。
陰陽師であった安倍晴明の家紋です。 -
中にお邪魔してみましょう。
ニの鳥居の手前に日月柱があります。
柱の上には南が「日」、北は「月」が配置され陰陽を表しています。 -
二の鳥居の額には清明社と書かれています。
二の鳥居のすぐ奥にある石柱は、四神門です。
晴明が住んでいたころ、来客があるとこの四神門がひとりでに開き、客が帰るとひとりでに閉まったそうです。
まじか~~ -
手水舎
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お~~
五芒星!
これ何?
晴明が念力によって湧き出させたという晴明井戸なのです。
病気を治すご利益があり、今も飲み水として利用できます。
水が湧き出るところはその年の恵方を向いていて、毎年立春に向きが変えられています。
今は未野方角を向いています。
つまり、南南西です。
恵方巻みたいですね・・・
後、ココは後の千利休終焉の地であり、秀吉にふるまったお茶や最後に点てた茶もこの水を使用したものであったようです。
ふ~~ん。 -
安倍晴明がお祀りされている本殿です。
愛あk他の友人の話によると、NHK大河ドラマの影響か、普段は閑散としているこの神社にチラホラ参拝客がいらっしゃいます。 -
本殿の右には大きな御神木である楠。
なななんと、樹齢300年です。 -
パワーを感じます。
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この桃、厄除桃と言います。
古事記、日本書紀によると、陰陽道では 桃は魔除け・厄除けの果物 とされています。
皆さん撫でているようですね。
ピッカピカです。 -
安倍晴明の像です。
肖像画を元に作成されました。
晴明公が、衣の下で印を結び、夜空の星を見て遠く天体を観測しておられる様子をあらわしているのだそうです。 -
境内にこんな文様。
これな~に?
「九字護身法」と言って、九字の呪文と九種類の印によって除災戦勝等を祈る作法でなんだそうです。
なんだかさっぱりわからん・・・ -
清明神社をあとにします。
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目の前のバス停からバスに乗ります。
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バスで10分。
北大路堀川で下車。
風情ある街の中を歩いて行くと、 -
大徳寺に到着です。
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奥に進んで、
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中は広いぞ~~
大徳寺は臨済宗大徳寺派の大本山です。
鎌倉時代からあるお寺で、現在は、門・仏殿・法堂・方丈・庫裡・僧堂・浴室・経蔵・鐘楼などの伽藍があり、2つの別院と22の塔頭があります。
と言っても公開されているお寺は限られています。 -
ココはもうすでに大徳寺の中です。
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最初に伺うのは、龍源院です。
「りょうげんいん」とよむのですね。 -
この表門は、室町時代に建立された門で、重要文化財に指定されています。
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お邪魔します。
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文亀2年(1502年)に畠山義元、大友義長、大内義興らが創建しました。
大徳寺の塔頭の中では最も古いものです。 -
350円×2名
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お邪魔します。
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書院があって、
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その目の前には「阿吽の石庭」があります。
小さな庭ですが、カッコいい・・・ -
これが「阿」の石です。
庭の右奥にあります。 -
で、こちらが「吽」の石です。
左手前側にあります。
この2つの阿吽の石は、なななんと、かつて秀吉が京に造った聚楽第の遺構らしいのです。
ひえ~~~
これまたビックリ~~ -
枯山水の綺麗な文様。
見事なものですね。 -
奥に進むと、
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方丈南庭です。
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ここは昭和に造られたお庭です。
かつては樹齢700年越えの中国産の山茶花 “楊貴妃” が茂り、11月中旬から4月頃まで深紅の花を咲かせることで有名だったようです。
でも残念ながら、寿命のため、昭和55年枯れてしまいました。
その後、七つの石で鶴亀蓬莱形式で作庭したのが現在のこのお庭です。
白い砂は大海原を表現しており、手前の間悪い苔と石は亀山。 -
奥の大きな石組が蓬莱山で、仙人の住む不老長寿の吉祥の島です。
右は鶴島。 -
つまり、大海原の中の、鶴と亀と蓬莱山を表現しているのですね。
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方丈の中座敷に目を向けてみます。
こちらは礼の間です。
和尚と修行僧が一衆和合、公式の茶礼を行ったところです。
大名や公家のお供の方が控えた場所でもあります。 -
隣は檀那の間。
旦那ではなく旦那。
檀家と和尚がお茶を飲みながら親しく会話をする部屋です。 -
方丈の北側の庭である「龍吟庭」です。
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三尊石組みからなる須弥山形式の枯山水庭園です。
これは、室町時代特有のお庭なんだそうです。
中央の高い奇岩が仏教の世界観の中心である須弥山であり、麓には九山八海が交互に取り囲んでいます。
庭全体を覆う苔は大海原、石組みは陸地を表しています。
中央の須弥山石の前にある丸い板石は遥拝石で、理想に近づくための信仰心を表しています。
石が並ぶ枯山水ではなく、苔に覆われた禅庭も素敵ですね~ -
その目の前の座敷に目を向けてみます。
こちらは「上間」別名「衣鉢間(えはつのま)」と言います。
出家僧の最も大切な袈裟と食器を収める、日常生活の居間です。
弟子に法を伝えることを、「衣鉢を伝授す」というのだそうです。 -
眠蔵(みんぞう)という部屋です。
昭和39年、方丈の解体修復の際に復元されました。
2畳しかありません。
禅僧が、夜疲れてココで休んだり、人目を避けて座禅を組んだりしたそうです。 -
書院の間です。
応接間ですね。 -
奥にある屏風、「白蔵主の屏風」というそうです。
キツネの顔をした僧です。
ココで白蔵主の伝説を読むことができました。
狂言にもなっているお話です。 -
こちらは御手洗です。
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これが日本最小の石庭である、東滴壺です。
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建物に囲まれた小さな空間です。
ちっちゃくても格調が高いことで有名です。 -
龍源院の次にやってきたのは、お隣の黄梅院です。
こちらも塔頭の一つです。
永禄5年(1562年)に織田信長が父・信秀の追善供養のため、秀吉に命じて創建したのがこの寺院のスタートです。 -
織田信秀だけでなく、毛利元就、小早川隆景、蒲生氏郷の墓所、霊廟でもあります。
錚々たる方々のお名前が並んでいますね~ -
綺麗な苔ですね~~
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お邪魔しま~す。
これ全部紅葉ですね。
秋はすごいことになるんだろうな~ -
苔のお庭に囲まれた中を奥に進んでいきます。
ここは前庭です。 -
加藤清正が寄進した鐘がある鐘楼です。
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1000円×2名
撮影できるのはここまで。
この先は撮影禁止です。
最初は、千利休が策定した「直中庭」です。
秀吉の要望で、真ん中に瓢箪をかたどった空池があって、周りに灯籠や石、そして苔が広がる庭です。
今一つ、瓢箪の形が判りませんでした。
建物と建物をつなぐ渡り廊下が美しく、底から眺める庭も綺麗でした。
本堂の襖絵は素晴らしかったです。
そして本堂の前には「破頭庭」。
広~い白砂のお庭です。
白砂の文様には意味があるんだろうな~
正面の石は文殊菩薩と普賢菩薩を表しているそうです。
その奥は苔庭があってそのさらに奥には土塀。
白砂と苔と石と木と土塀。
考え抜かれた構図がすばらしいのだろうな~~
素敵な枯山水です。
そして本堂の北側には「作仏庭」というやはり枯山水のお庭。
苔は陸地、底には多くの石。白砂は水を表し、その境界線の曲線が美しかったです。
庭の西側には茶室がありますが非公開でした。 -
いや~~
内部撮影不可だったのは残念ですが、素晴らしかったですね~
結局黄梅院には1時間以上、お邪魔してしまいました。 -
黄梅院を出て、重要文化財の大徳寺勅使門にやってきました。
雨が降ってきました。 -
天皇の使者もこの大徳寺に来ていたということですね。
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こちらは大徳寺の三門(金毛閣)です。
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周りに気が多くて全体像がなかなか撮影できない三門です。
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この三門、千利休が秀吉の怒りを買い、切腹に追い込まれるきっかけとなった門です。
三門の楼上に、千利休の置かれたことに、秀吉が激怒!
この門が、勅使門の先にある門であることから、高貴な方々が通ることになる三門の上に雪駄をはいた利休の木像を置くという事は、もってのほか!!!
まあだんだん利休との間がうまく行かなくなって、秀吉がいちゃもんを付けたという説もありますが、この門がきっかけになって離宮が切腹したことは事実です。 -
さらにその奥は、大徳寺の仏殿です。
創建当初の建物は応仁の乱で焼失しています。
今のこの仏殿は、寛文5年(1665年)に再建されたものです。 -
振り返ると先ほどの三門。
勅使門ー三門ー仏殿 が一直線上にあることがわかります。 -
仏殿にはお参りすることができます。
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お参り。
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ご本尊は釈迦如来です。
天井画が薄い・・・
雲龍ではなく、飛天でしょうか??? -
大徳寺のイブキ。
寛文5年(1665年)にこの仏殿が再建された際に植樹されたイブキです。
ヒノキに見えますが、イブキという木なんだそうです。 -
つまり樹齢350年以上の木なんですね。
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大徳寺の仏殿をあとにします。
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こちらはやはり大徳寺の塔頭のひとつである三玄院です。
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ココには石田三成の墓所があるのですね。
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「拝観謝絶」に表記。
ココは原則非公開のお寺です。
「謝絶」って病院以外で始めて見ました。
枯山水庭園の昨雲庭と襖絵が美しいお寺なんだそうです。
たま~に公開されるようで、最近では昨年公開されたようです。 -
引き続き大徳寺の中をてくてく歩きます。
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雨が少し激しくなってきました。
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大徳寺の大方丈です。
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一休さんでお馴染みの大徳寺。
鎌倉末期の創建の伝統あるお寺です。
応仁の乱で一度消失していますが、その後再建され、三門、仏殿、法堂、経蔵、庫裡、方丈、戸保存されており、禅宗の典型的な配置を伽藍配置になっています。 -
大徳寺を出て、すぐ近くの雲林院へ。
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お邪魔します。
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雲林院は、元々荒野だった所に淳和天皇が離宮紫野院を作ったのがそのはじまりです。貞観11年(869年)に僧正遍昭をお迎えし、雲林院となり、官寺になりました。
源氏物語にもこの雲林院は登場するようです。 -
お参り~
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NHK大河の影響で、源氏物語ゆかりの場所はどこもにも人がいますね。。
つづく
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