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浜松から、名古屋に向かう東海道西下旅2日目。<br />豊橋市で一泊した翌朝は、豊橋市内散策から観光を開始します。<br /><br />まずは豊橋駅西口方面に鎮座する牟呂八幡宮を参拝し、<br />東口方面に移動後は、豊鉄市内線に乗って豊橋公園周辺を散策です。

愛知訪問2023②(東海道西下旅・豊橋市内をぶらり散策:豊橋市・牟呂八幡宮、吉田神社、吉田城、安久美神戸神明社他)

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2023/05/26 - 2023/05/28

162位(同エリア529件中)

旅行記グループ 愛知訪問

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赤い彗星

赤い彗星さん

この旅行記スケジュールを元に

浜松から、名古屋に向かう東海道西下旅2日目。
豊橋市で一泊した翌朝は、豊橋市内散策から観光を開始します。

まずは豊橋駅西口方面に鎮座する牟呂八幡宮を参拝し、
東口方面に移動後は、豊鉄市内線に乗って豊橋公園周辺を散策です。

旅行の満足度
4.0
  • 宿泊した豊橋市に鎮座する牟呂八幡宮を訪れました。

    宿泊した豊橋市に鎮座する牟呂八幡宮を訪れました。

  • 平成12年に再建された鼓楼。2階部分が朱色に彩られた鼓楼は、あまり見ないかも。

    平成12年に再建された鼓楼。2階部分が朱色に彩られた鼓楼は、あまり見ないかも。

  • 牟呂八幡宮は、江戸時代後期から明治時代初期にかけて、全国に拡がっていった「ええじゃないか」運動発祥の地と云われています。<br />慶応3年(1867)牟呂村にお札が降ってきたという慶事があり、祭礼や神事を行ったそうです。この話が東海道や畿内を中心に広まり、踊りながらええじゃないかと集団で連呼する現象が、江戸や四国まで拡がっていったそうです。

    牟呂八幡宮は、江戸時代後期から明治時代初期にかけて、全国に拡がっていった「ええじゃないか」運動発祥の地と云われています。
    慶応3年(1867)牟呂村にお札が降ってきたという慶事があり、祭礼や神事を行ったそうです。この話が東海道や畿内を中心に広まり、踊りながらええじゃないかと集団で連呼する現象が、江戸や四国まで拡がっていったそうです。

  • 文部天皇元年(697)に牟留天神として創建されたと伝わる歴史ある神社です。<br />鎌倉時代の文治2年(1187)に八幡大菩薩を勧請し、建久2年(1191)には、鶴岡八幡宮から八幡神を併祀し、牟呂八幡宮となりました。<br />太平洋戦争末期の空襲により、ほぼ全ての社殿が焼失してしまったそうですが、その後再建されて今に至ります。

    文部天皇元年(697)に牟留天神として創建されたと伝わる歴史ある神社です。
    鎌倉時代の文治2年(1187)に八幡大菩薩を勧請し、建久2年(1191)には、鶴岡八幡宮から八幡神を併祀し、牟呂八幡宮となりました。
    太平洋戦争末期の空襲により、ほぼ全ての社殿が焼失してしまったそうですが、その後再建されて今に至ります。

    牟呂八幡宮 寺・神社・教会

  • 境内末社の牟呂御霊社の鳥居。

    境内末社の牟呂御霊社の鳥居。

  • 牟呂御霊社の社殿。御祭神は、牟呂御霊です。<br />神様を祀っているようですが、神社の名前や社殿の造りを見ても霊廟のようですね。

    牟呂御霊社の社殿。御祭神は、牟呂御霊です。
    神様を祀っているようですが、神社の名前や社殿の造りを見ても霊廟のようですね。

  • 立札に「ええじゃないか」発祥の神社と書かれている伊雑社。<br />御神徳が、「心が元気になる。」というのもいいですね。

    立札に「ええじゃないか」発祥の神社と書かれている伊雑社。
    御神徳が、「心が元気になる。」というのもいいですね。

  • 境内末社の牟呂天満宮。天満宮の名前の通り、学問の神様ですね。

    境内末社の牟呂天満宮。天満宮の名前の通り、学問の神様ですね。

  • 境内末社の牟呂稲荷神社。<br />商売の神様ということで、奉納された幟が周囲ではためいています。

    境内末社の牟呂稲荷神社。
    商売の神様ということで、奉納された幟が周囲ではためいています。

  • 牟呂八幡宮から、歩いて豊橋駅にやってきました。<br />まだ9時前というのに、日差しもきつくて暑い暑い。<br />30分近く歩いたというのもあるでしょうが。

    牟呂八幡宮から、歩いて豊橋駅にやってきました。
    まだ9時前というのに、日差しもきつくて暑い暑い。
    30分近く歩いたというのもあるでしょうが。

    豊橋駅

  • JR豊橋駅前の駅前停留所から、豊鉄市内線に乗って、東口方面の市内観光に向かいます。

    JR豊橋駅前の駅前停留所から、豊鉄市内線に乗って、東口方面の市内観光に向かいます。

    駅前停留場

  • 市役所前停留所で降車すると、すぐ近くに豊橋市公会堂が建っています。<br />豊橋市公会堂は、昭和6年に建てられたロマネスク様式の鉄筋コンクリート製で、正面には大階段を設け、半円アーチの屋根を備えた独特な外観の建物です。<br />現在もなお講演会や舞踏会等の数々のイベントで利用されているそうです。

    市役所前停留所で降車すると、すぐ近くに豊橋市公会堂が建っています。
    豊橋市公会堂は、昭和6年に建てられたロマネスク様式の鉄筋コンクリート製で、正面には大階段を設け、半円アーチの屋根を備えた独特な外観の建物です。
    現在もなお講演会や舞踏会等の数々のイベントで利用されているそうです。

    豊橋市公会堂 名所・史跡

  • 鋭い猛禽類の目つきで雄々しく羽ばたいている2羽の鷲の像。<br />昭和6年の豊橋市公会堂建設当時から、公会堂と共に時を重ねているそうです。

    鋭い猛禽類の目つきで雄々しく羽ばたいている2羽の鷲の像。
    昭和6年の豊橋市公会堂建設当時から、公会堂と共に時を重ねているそうです。

  • 豊橋市公会堂の裏手には、豊橋市役所とNHKが並んで建っています。

    豊橋市公会堂の裏手には、豊橋市役所とNHKが並んで建っています。

  • 豊橋市のマンホール蓋は、豊橋市のシンボル吉田城と豪快に火花を散らす手筒花火が描かれていて、流れる川は豊川、市の木であるクスノキもデザインされています。

    豊橋市のマンホール蓋は、豊橋市のシンボル吉田城と豪快に火花を散らす手筒花火が描かれていて、流れる川は豊川、市の木であるクスノキもデザインされています。

  • 国道1号線沿いの吉田神社の側面には、「手筒花火発祥之地」と書かれた大きな看板が立てられていました。

    国道1号線沿いの吉田神社の側面には、「手筒花火発祥之地」と書かれた大きな看板が立てられていました。

  • 平安時代の天治元年(1124)にこの地で疫病が流行った際に、牛頭天王を勧請し疫病退散を願ったのが、吉田神社の始まりと云われています。<br />源頼朝を始め、今橋城主:牧野古白や後の歴代吉田城城主達から篤く信仰され、社殿の造営や修築が行われていたそうです。<br />現在の社殿は、明治26年に造営されたものです。

    平安時代の天治元年(1124)にこの地で疫病が流行った際に、牛頭天王を勧請し疫病退散を願ったのが、吉田神社の始まりと云われています。
    源頼朝を始め、今橋城主:牧野古白や後の歴代吉田城城主達から篤く信仰され、社殿の造営や修築が行われていたそうです。
    現在の社殿は、明治26年に造営されたものです。

    吉田神社 寺・神社・教会

  • 吉田神社の拝殿横に鎮座する境内社の金柑丸稲荷社。<br />牧野古白が今橋城を築いた際の本丸で、後の吉田城の金柑丸となった場所に城内5ヶ所の稲荷社を合祀し、現在は吉田神社の境内に末社として移転された神社です。

    吉田神社の拝殿横に鎮座する境内社の金柑丸稲荷社。
    牧野古白が今橋城を築いた際の本丸で、後の吉田城の金柑丸となった場所に城内5ヶ所の稲荷社を合祀し、現在は吉田神社の境内に末社として移転された神社です。

  • マンホール蓋のデザインはかなり豪快な感じでしたが、実際の写真は想像以上の火花が吹き上がっていて、迫力があり過ぎる様子が写っていました。<br />この状況で両足を踏ん張って、手筒花火を抱え続けている花火師の方が凄すぎる。

    マンホール蓋のデザインはかなり豪快な感じでしたが、実際の写真は想像以上の火花が吹き上がっていて、迫力があり過ぎる様子が写っていました。
    この状況で両足を踏ん張って、手筒花火を抱え続けている花火師の方が凄すぎる。

  • 境内に建てられている三河伝統の手筒花火発祥の地を記念した石碑。

    境内に建てられている三河伝統の手筒花火発祥の地を記念した石碑。

  • 影降石(ようごういし)とも天降石とも呼ばれる岩石。<br />江戸時代に鳥居を建てようとしたところ、参道にこの巨石(一部が地表に出て、ほとんど埋まっている巨石らしい)が埋まっているのが発見され、神籤による神託で巨石はそのままとし、祀られることになったそうです。

    影降石(ようごういし)とも天降石とも呼ばれる岩石。
    江戸時代に鳥居を建てようとしたところ、参道にこの巨石(一部が地表に出て、ほとんど埋まっている巨石らしい)が埋まっているのが発見され、神籤による神託で巨石はそのままとし、祀られることになったそうです。

  • いつものように側面の入場口から境内に入ってしまったため、参道正面の鳥居を見るのは一番最後。

    いつものように側面の入場口から境内に入ってしまったため、参道正面の鳥居を見るのは一番最後。

  • 豊橋公園側面に鎮座する吉田神社から、公園前面に鎮座する安久美神戸神明社にやってきました。(豊橋駅の方向から見て)

    豊橋公園側面に鎮座する吉田神社から、公園前面に鎮座する安久美神戸神明社にやってきました。(豊橋駅の方向から見て)

  • 安久美神戸神明社で行われる「豊橋鬼祭」で行われる神事の「天狗と赤鬼のからかい」の主人公、赤鬼と武神天狗が顔出しパネルになっています。<br />祭りでは、赤鬼と天狗が秘術を尽くして戦い、敗れた赤鬼が償いにタンキリ飴と白い粉(小麦粉)を撒きながら境内を後にするそうで、この白い粉を浴びて飴を舐めれば、厄除け・病除けにもなるそうです。

    安久美神戸神明社で行われる「豊橋鬼祭」で行われる神事の「天狗と赤鬼のからかい」の主人公、赤鬼と武神天狗が顔出しパネルになっています。
    祭りでは、赤鬼と天狗が秘術を尽くして戦い、敗れた赤鬼が償いにタンキリ飴と白い粉(小麦粉)を撒きながら境内を後にするそうで、この白い粉を浴びて飴を舐めれば、厄除け・病除けにもなるそうです。

  • 平安から鎌倉時代に盛んだった田楽を基にした神事が、古式を崩さずに伝わっているようで、毎年2/10・11日に鬼祭が行われています。<br />こちらは赤鬼が展示されている社。

    平安から鎌倉時代に盛んだった田楽を基にした神事が、古式を崩さずに伝わっているようで、毎年2/10・11日に鬼祭が行われています。
    こちらは赤鬼が展示されている社。

  • 赤鬼さんは、大柄な上にかなりの小顔。<br />お母さんと参拝していた小さな男の子が、怖がって近寄ろうとしませんでした。子供が見ると、顔つきだけではなく、体格の大きさも怖さに拍車をかけるんでしょうね。

    赤鬼さんは、大柄な上にかなりの小顔。
    お母さんと参拝していた小さな男の子が、怖がって近寄ろうとしませんでした。子供が見ると、顔つきだけではなく、体格の大きさも怖さに拍車をかけるんでしょうね。

  • 昭和5年に建てられた安久美神戸神明社の神庫。

    昭和5年に建てられた安久美神戸神明社の神庫。

  • 平安時代中期の天慶3年(940)に「平将門の乱」平定のお礼として、朝廷から伊勢神宮に三河国飽海郷が、神領として寄進されました。<br />この時に神領に天照大神を祀って地域の繁栄を祈願したのが、安久美神戸神明社の始まりです。祈願の際に行われた神事が、鬼祭の起源ともなっています。

    平安時代中期の天慶3年(940)に「平将門の乱」平定のお礼として、朝廷から伊勢神宮に三河国飽海郷が、神領として寄進されました。
    この時に神領に天照大神を祀って地域の繁栄を祈願したのが、安久美神戸神明社の始まりです。祈願の際に行われた神事が、鬼祭の起源ともなっています。

    安久美神戸神明社 寺・神社・教会

    豊橋鬼祭が行われる神社 by 赤い彗星さん
  • 吉田城内から、明治18年に現在地に遷座した際に造営された神楽殿。

    吉田城内から、明治18年に現在地に遷座した際に造営された神楽殿。

  • 安久美神戸神明社と豊橋公園の間に位置する豊橋ハリストス正教会。<br />見学したかったのだけど、建物は丁度解体修理中でした。<br />令和6年末まで修理予定で、令和7年4月以降に内部見学再開予定とのことです。

    安久美神戸神明社と豊橋公園の間に位置する豊橋ハリストス正教会。
    見学したかったのだけど、建物は丁度解体修理中でした。
    令和6年末まで修理予定で、令和7年4月以降に内部見学再開予定とのことです。

    豊橋ハリストス正教会 寺・神社・教会

  • 吉田城や手筒花火版とは、別バージョンのマンホール蓋。<br />豊橋市公会堂と豊鉄がデザインされています。

    吉田城や手筒花火版とは、別バージョンのマンホール蓋。
    豊橋市公会堂と豊鉄がデザインされています。

  • 道路を挟んで安久美神戸神明社、豊橋ハリストス正教会などとも面している豊橋公園にやってきました。

    道路を挟んで安久美神戸神明社、豊橋ハリストス正教会などとも面している豊橋公園にやってきました。

    豊橋公園 公園・植物園

  • 豊橋公園は、吉田城から歩兵第十八聯隊の駐屯地を経て、複数のスポーツ競技場や文化施設を含んだ複合的な城址公園となっています。

    豊橋公園は、吉田城から歩兵第十八聯隊の駐屯地を経て、複数のスポーツ競技場や文化施設を含んだ複合的な城址公園となっています。

  • 空堀に掛けられた橋を渡って、吉田城の本丸跡に向かいます。

    空堀に掛けられた橋を渡って、吉田城の本丸跡に向かいます。

  • 本丸の石垣の上のあまり目立たない場所に、吉田城址の石碑が建てられていました。

    本丸の石垣の上のあまり目立たない場所に、吉田城址の石碑が建てられていました。

  • 本丸跡の川に面した一角に模擬再建された鉄櫓。<br />昭和29年に豊橋産業文化大博覧会に合わせて復元され、期間中は資料館として公開していたそうですが、長らく内部は非公開だったようです。<br />平成17年(2005)から、築城500年に合わせて改装や補強工事を行い、一般公開されています。

    本丸跡の川に面した一角に模擬再建された鉄櫓。
    昭和29年に豊橋産業文化大博覧会に合わせて復元され、期間中は資料館として公開していたそうですが、長らく内部は非公開だったようです。
    平成17年(2005)から、築城500年に合わせて改装や補強工事を行い、一般公開されています。

    吉田城 名所・史跡

  • 鉄櫓と名付けられた隅櫓だったようですが、幕府への遠慮で櫓と呼んでいただけで、実質天守相当の建物だったんでしょうね。

    鉄櫓と名付けられた隅櫓だったようですが、幕府への遠慮で櫓と呼んでいただけで、実質天守相当の建物だったんでしょうね。

  • 初めて目にする注意書きの看板。<br />鷹狩の好きだった家康に因んで、鷹や隼を飛ばしたりしている人がいたのだろうか。。

    初めて目にする注意書きの看板。
    鷹狩の好きだった家康に因んで、鷹や隼を飛ばしたりしている人がいたのだろうか。。

  • 鉄櫓横には、武具所跡の石碑と展望台が設けられています。

    鉄櫓横には、武具所跡の石碑と展望台が設けられています。

  • 吉田城は、豊川と支流の朝倉川の合流地点に接して縄張りされていて、川が天然の水堀となっていました。

    吉田城は、豊川と支流の朝倉川の合流地点に接して縄張りされていて、川が天然の水堀となっていました。

  • 資料館となっている吉田城鉄櫓に入場します。<br />内部は無料で公開されています。

    資料館となっている吉田城鉄櫓に入場します。
    内部は無料で公開されています。

  • 在りし日の吉田城本丸の模型。<br />四隅に二層三層の櫓が設けられていて、石垣に白壁とかなり立派な城郭です。<br />東海道の要衝を守るための城として整備されていて、代々譜代大名が城主を勤めていました。

    在りし日の吉田城本丸の模型。
    四隅に二層三層の櫓が設けられていて、石垣に白壁とかなり立派な城郭です。
    東海道の要衝を守るための城として整備されていて、代々譜代大名が城主を勤めていました。

  • こちらは明治初期に撮られた吉田城の写真です。<br />明治維新や昭和の戦争による空襲で日本各地に残っていた城郭の建物のほとんどが失われてしまったのが、本当に惜しいですね。

    こちらは明治初期に撮られた吉田城の写真です。
    明治維新や昭和の戦争による空襲で日本各地に残っていた城郭の建物のほとんどが失われてしまったのが、本当に惜しいですね。

  • 手筒花火の実物も展示されていました。<br />抱えるだけでも結構大変そうですが、それがとてつもない火花を散らし続けるなんて、考えるだけで恐ろしい。

    手筒花火の実物も展示されていました。
    抱えるだけでも結構大変そうですが、それがとてつもない火花を散らし続けるなんて、考えるだけで恐ろしい。

  • 鉄櫓からの朝倉川の風景。<br />屋根に草生えてる。。。

    鉄櫓からの朝倉川の風景。
    屋根に草生えてる。。。

  • 石垣で囲まれた本丸は、明治6年に失火により、ほとんどの建物が失われてしまったので広い野原になっています。

    石垣で囲まれた本丸は、明治6年に失火により、ほとんどの建物が失われてしまったので広い野原になっています。

  • 本丸を囲んでいる空堀。

    本丸を囲んでいる空堀。

  • 市役所前停留場から、豊橋駅に戻ります。

    市役所前停留場から、豊橋駅に戻ります。

    市役所前停留場

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