2023/05/26 - 2023/05/28
545位(同エリア1443件中)
赤い彗星さん
この旅行記スケジュールを元に
明治村に行ってみようと思い立ち、計画した東海道西下旅最終日。
旅行の最後に目的地の明治村に到着しました。
空いているかと思っていたら、イベント期間中で至る所で
謎を解いている大勢の観光客や修学旅行生で村内は賑わっていました。
北海道の開拓村も広かったけど、明治村も相当な広さ。
予約した新幹線の時間もあり、村内を廻り切ることは出来ませんでした。
またいつか来村したいと思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
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犬山駅前の明治村行きのバス停。
ここからバスで約20分で明治村に到着します。 -
名鉄犬山駅前に建っている大きなカラクリ時計。
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明治村に到着し、門前でバスを下車。
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明治村は広大な施設なので、移動に村内を走るレトロバスを利用する事が出来ます。正門前と5丁目の帝国ホテルを結んでいるレトロバス。
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私は初訪問なので、徒歩で1丁目から散策を開始します。
正門近くに建つ大井牛肉店。
神戸開港に伴い、神戸に入港する外国船相手に牛肉を提供していた店舗です。村内はとにかく広く、多くの歴史的建造物が並んでいます。 by 赤い彗星さん博物館 明治村 テーマパーク
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建物内は実際にレストランになっていて、牛鍋を食すことが出来ます。
牛鍋屋 大井牛肉店 グルメ・レストラン
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明治21年に建設され、昭和40年代まで小学校として利用されていた三重県尋常師範学校・蔵持小学校。
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小学校の教室では、来村した観光客の皆さんが、当時明治村で行われていたイベントの「不完全な事件帖」の謎解きに夢中になっていました。
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明治21年に皇居警察署庁舎として建設され、工事途中に近衛局本部付属舎として仕様変更された建物です。明治44年の近衛局移転後は、皇居警察本部として使用されていました。
明治村では、インフォメーションセンターとして使用されています。 -
ポツンと立っている古い電話ボックスのような建物は、赤坂離宮正門哨舎です。離宮警備のための門番が立哨していました。
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赤坂離宮正門哨舎裏の坂を登っていくと、二つの塔を持つ聖ヨハネ教会堂が現れます。
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教会正面の2階部分に用いられたステンドグラス。
聖ヨハネ教会堂は、京都府下京区の河原町から移築されました。 -
会堂として使用されていた2階部分。
聖ヨハネ教会堂は、明治期の教会堂の代表的な建築物として重要文化財に指定されています。 -
接客や仕事を行うための洋館と住居用の和館で構成されている学習院長官舎。
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日露戦争に従軍した乃木希典は、第10代学習院長を務めていたそうです。
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こちらは住居用の和館内部。昭和の頃まで普通に見かける事が出来た和室ですね。
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明治期に閣僚を務めていた西郷隆盛の弟、西郷従道が国内外の来賓を接客するために建てた洋館。南国に建てられたお洒落な別荘のような造形です。
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西郷従道邸の一室は、当時行われていたイベントにも使用されていました。
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来賓接客に使用されていた食堂も再現されています。
ヨーロッパなどで見かける貴族の宮殿と変わらないですね。 -
寝室はシンプルですが、畳や板敷ではなく絨毯敷きですね。
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明治村には移築された建物だけではなく、日本庭園も設けられています。
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東京の文京区駒込千駄木町から移築された森鴎外・夏目漱石住宅。
森鴎外と夏目漱石は、同じ住宅を借りていたんですね。
森鷗外が明治23年から1年半、夏目漱石が明治36年から3年暮らした邸宅です。 -
明治期の文豪たちの邸宅という事で、一室には大きな棚にびっしりと書籍が格納されています。
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移築された邸宅の前で夏目漱石の娘3人が、並んで撮影された写真も展示されていました。
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漱石の「吾輩は猫である」のモデルとなった猫の模型。
爪の先まで黒い子猫だったそうです。 -
修理中だった三重県庁舎。
明治天皇も行幸された洋風建築物で、昭和39年まで三重県庁舎として使用されていました。 -
県庁舎に設けられていた朝日之間の写真と家具。
フランスの18世紀末の様式で造られた部屋で、置かれていた家具もフランス人から納入されたものでした。 -
着せ替え人形ではないですが、福笑いの装束版で遊べるようになっていました。
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明治期の扇風機などの生活用具も展示されています。
畳や障子で当時の部屋の雰囲気を感じる事が出来る展示になっていました。 -
三重県庁舎は、三重県の大工・清水義八をはじめとする三重県土木掛によって造営されました。清水義八は、後に先ほど見学した三重県尋常師範学校・蔵持小学校の建設にも携わっています。
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県庁舎の中央2階に設けられていた応接室。
マスコミ向けに貴賓との会談や握手などを行っている部屋は、今でもこのような感じですね。 -
2階に設けられていた知事室。
家具などは少なく、広々とした部屋です。 -
明治22年に建てられた後、大正8年に大井に移築され、昭和41年まで使用されていた鉄道局新橋工場。
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工場内には、明治天皇と昭憲皇太后のために製造された御料車が展示されています。御料車は外観のみ見学可能です。
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明治23年に建設された第4高等学校の物理化学教室。
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真っ直ぐで天井の高い廊下です。
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昭和期に学生時代を過ごした人は、このような木造の講義室で授業を受けた人もいるかもしれないですね。
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明治村を造った、元名古屋鉄道株式会社会長の故・土川元夫氏の言葉。
明治村で見学できる建物は、全て実際に使用されていた建物を移築したものです。 -
明治村2丁目の一番高台に建っている東山梨郡役所。
この建物の一角に明治村の村長室が設けられています。 -
2階には机と椅子が置かれていて、休憩できるスペースになっています。
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明治村の村長室。
平成27年に第4代村長に就任した阿川 佐和子さんの写真も飾られていて、記念撮影が出来るようになっています。 -
東山梨郡役所の斜め横の清水医院。
日本古来の土蔵造りに洋風様式を合わせて造られた建物です。 -
診察室のすぐ横が和室というのは、現在は見かけないですね。
待合室か応接室として使用されていたと思われますが、明治期は洋風の部屋より、このような畳敷きの部屋の方が落ち着く人が圧倒的に多かったでしょうね。 -
診察から薬の調合まで全て医者が行っていた時代なので、薬品や薬研も展示されています。
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重要文化財の商家、東松家住宅。
3階建ての建物ですが、増築により3階建てになったそうです。 -
商家ということで1階には、番台が置かれています。
箪笥などの家具も古い時代のものです。 -
庭に置かれていた謎の石像。狸かな。
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今でいうロフトのような場所に造られている女中部屋。
まだ着物を着ていた時代ですし、毎日梯子で登り降りは大変だったでしょうね。 -
京都御所近くの造り酒屋だった中井酒造。
旧酒造の見学以外にも、甘味処なか井茶寮で休憩も出来ます。 -
若竹という銘柄の日本酒を醸造していたようです。
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過去に訪れた酒蔵では、醸造所の一角に麴室が設けられていましたが、昔は地下で麹を育てていたそうです。
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重要文化財の札幌電話交換局。
明治33年から、北海道でも電話交換業務が行われるようになりましたが、高価な交換機を火災から守る目的で石材を用いて建設されたそうです。 -
明治期に高価な貴重品であった交換機も展示されていました。
シャーシが木製なので、機械というより家具のようにも見えます。 -
明治31年に運行が開始された名古屋鉄道の名電1号形。
名古屋で製造され、明治40年代まで名古屋鉄道で使用されていましたが、その後札幌電軌鉄道に購入され、昭和11年まで札幌で活躍していた車両の中で唯一現存する一両です。
明治村50周年記念事業の一つとして、札幌市交通局から借り受けて展示されていました。 -
現在でもレトロ車両としてそのまま使用する事が出来るくらい、きれいな状態に復元されていました。
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当時の権力者が住んでいたと聞いたら、全く疑うことなく信じそうな大きな洋館は、北里研究所本館・医学館。建物の一部を移築したものです。
北里博士が学んだドイツの研究所にちなみ、バロック調の建物となっています。 -
抗毒素血清製造のために免疫馬の採血を行っている、昭和初期の風景。
馬を倒馬器に固定し、全血液を採血していたそうです。
ハブ毒、破傷風やジフテリアなどの死に繋がる怖い疾病克服の蔭には、多くの動物の貢献があったんですね。 -
白衣を着て、記念撮影出来るようになっています。
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明治44年に建てられた、大阪の豪商・芝川又右衛門の別荘。
大きなテラスが印象的な和洋折衷の建物です。 -
長崎の外国人居留地に建てられた長崎居留地二十五番館。
長崎のグラバー邸を彷彿とさせるような建物です。 -
食器も淡いブルーに統一されていて、映画とかに出てきそうな食堂。
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個人宅の廊下というには広すぎるスペースなので、サンルームとして使用されていたのかもしれないですね。
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長崎の軍艦島のミニチュアが展示されていました。
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先程は長崎でしたが、こちらは神戸山手西洋人住居。
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大正大学の前身であった宗教大学本館の正面に設けられた宗教大学車寄。
奥の湖は、国内最大級の貯水量を誇る農業用ため池の入鹿池。 -
シアトル日系福音協会。
新興住宅地に建てられた一般住宅が、第二次世界大戦後に日系移民の集まる福音協会となったため、外観には教会らしさが全くありません。 -
暖炉のあるリビングルームが教会として利用されていたようです。
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シアトル日系福音協会のベッドルーム。
小さめの部屋ですが、寝具や家具、窓際に机と一通り揃っています。 -
名古屋市に設営された陸軍病院であった名古屋衛戍病院。
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当時の手術台はこのようなものだったんですね。
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ウルユスは、日本で初めて洋風の名前が付けられた薬です。
胃を空にする効能を持った薬だったそうです。 -
1910年代のX線高電圧装置。
当時も写真の現像とか出来たのかな。当時の最新機器を備えた病院だったようですが、写真一枚現像するのも時間が掛かったでしょうね。 -
病室には、武骨な木製ベッドが並んでいます。
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皇室から賜った御料地に建てられていた日本赤十字社中央病院病棟。
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日本赤十字社は、明治10年の西南戦争の時に、敵味方関係なく負傷者を救護するために設立された博愛社が発展したものです。
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日本赤十字社中央病院は、大規模病院だったということで、真っ直ぐな廊下もかなりの長さです。建物1棟も結構な大きさですが、このような病棟が9棟も並んでいたそうです。
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先程の名古屋衛戍病院のベッドや寝具と比べると、こちらの方が心地よく過ごせそうに思います。
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病院の朝食例。豆腐と大根、シイタケの煮物かな。
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お昼は、サンドイッチとシチューかな。
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夕食は肉じゃがですね。
帰りの新幹線に間に合わなくなるので、今回の明治村訪問はここで終了。
4丁目に少し差し掛かるぐらいまで散策したので、残りはまたいつか再訪したいと思います。
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