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今回は長野県を走る中山道の旅。特に多くの宿場町が残る西中山道を巡ることにした。中山道は東京から信州を経て名古屋方面へと走る街道だ。<br /><br />名古屋以西から江戸を目指す場合、東海道を歩いたほうが距離的には近いが、大きな河川を船で渡らなければならず増水で足止めを食らったり、特に姫君が着物を着て船で渡ることは容易なことではなかった。<br /><br />一方中山道は険しい道もありながらも移動面では障壁が少ないため、女性が多く利用したため、姫街道ともいわれている。<br /><br />こうした中山道だが塩尻から名古屋までの間、交通の利便性に難ある場所に点在した宿場町があり、今もなお当時の趣を残す。この旅はこうした宿場町を巡る。<br /><br />今回は藪原宿と宮ノ越宿を紹介する。<br />宮ノ越宿には本陣が残されており、一部は江戸時代に作られたままの建物が残されているので見ごたえがある。

姫街道:西中山道の宿場町巡り 07藪原宿と宮ノ越宿

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2023/11/02 - 2023/11/02

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旅行記グループ 信州の旅

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worldspan

worldspanさん

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今回は長野県を走る中山道の旅。特に多くの宿場町が残る西中山道を巡ることにした。中山道は東京から信州を経て名古屋方面へと走る街道だ。

名古屋以西から江戸を目指す場合、東海道を歩いたほうが距離的には近いが、大きな河川を船で渡らなければならず増水で足止めを食らったり、特に姫君が着物を着て船で渡ることは容易なことではなかった。

一方中山道は険しい道もありながらも移動面では障壁が少ないため、女性が多く利用したため、姫街道ともいわれている。

こうした中山道だが塩尻から名古屋までの間、交通の利便性に難ある場所に点在した宿場町があり、今もなお当時の趣を残す。この旅はこうした宿場町を巡る。

今回は藪原宿と宮ノ越宿を紹介する。
宮ノ越宿には本陣が残されており、一部は江戸時代に作られたままの建物が残されているので見ごたえがある。

  • 奈良井宿の次に訪れたのは藪原宿。こちらは本陣は跡形も残されていない。

    奈良井宿の次に訪れたのは藪原宿。こちらは本陣は跡形も残されていない。

    奈良井宿 名所・史跡

  • 藪原宿には昔ながらの建物が残されていないのかな。。

    藪原宿には昔ながらの建物が残されていないのかな。。

    藪原宿にぎわい広場 笑ん館 グルメ・レストラン

  • 中山道の様子。明治以降の建物が残されているが。。

    中山道の様子。明治以降の建物が残されているが。。

  • かえでの紅葉がすごいよかった

    かえでの紅葉がすごいよかった

  • かつて旅籠屋だった建物で囲炉裏も残されているおぎのや

    かつて旅籠屋だった建物で囲炉裏も残されているおぎのや

    おぎのや グルメ・レストラン

  • あ!SLが静態保存されている!

    あ!SLが静態保存されている!

  • 大きい機関車だと思っていたらD51だ!

    大きい機関車だと思っていたらD51だ!

  • かつて中央本線を力強く牽引していたんだろうなー

    かつて中央本線を力強く牽引していたんだろうなー

  • 藪原駅の表示板がある

    藪原駅の表示板がある

    藪原駅

  • 藪原宿周辺の山々

    藪原宿周辺の山々

  • かつて木材を搬出するために敷設された木曽森林鉄道の名残でMCが静態保存されている

    かつて木材を搬出するために敷設された木曽森林鉄道の名残でMCが静態保存されている

    木曽森林鉄道記念館 美術館・博物館

  • 伐採した木材を牽引したり工夫を里から山奥まで運んでいたのだろうか

    伐採した木材を牽引したり工夫を里から山奥まで運んでいたのだろうか

  • 藪原宿をあとにして、中津川方面に車を進めた。<br />そこに小さな橋がかけられているのをみつけた。このアーチの橋は1933年に架けられた菅橋。

    藪原宿をあとにして、中津川方面に車を進めた。
    そこに小さな橋がかけられているのをみつけた。このアーチの橋は1933年に架けられた菅橋。

  • 菅橋は橋としての役割を終えたがこうして保存されている

    菅橋は橋としての役割を終えたがこうして保存されている

  • 続いて訪れたのが巴淵(ともえがふち)。木曽で「巴」と聞けば人物の名前を思い浮かべる人もいるのではないだろうか。

    続いて訪れたのが巴淵(ともえがふち)。木曽で「巴」と聞けば人物の名前を思い浮かべる人もいるのではないだろうか。

    巴ケ淵 自然・景勝地

  • そう、木曽義仲の妻、巴御前だ。

    そう、木曽義仲の妻、巴御前だ。

  • この場所は巴御前にゆかりのある場所でもある。

    この場所は巴御前にゆかりのある場所でもある。

  • 巴御前はこの地で水浴し、泳ぎながら武技を考えたといわれている。

    巴御前はこの地で水浴し、泳ぎながら武技を考えたといわれている。

  • そしてこの付近の野山を駆け巡り育った。

    そしてこの付近の野山を駆け巡り育った。

  • 巴淵では素敵な紅葉を堪能できる

    巴淵では素敵な紅葉を堪能できる

  • 続いて訪れたのが宮ノ越宿だ。

    続いて訪れたのが宮ノ越宿だ。

    宮ノ越駅

  • 宮ノ越宿には本陣が残されている。

    宮ノ越宿には本陣が残されている。

    宮ノ越本陣 名所・史跡

  • 江戸時代の宮ノ越宿の宿内家数は137軒、うち本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠21軒で宿内人口は585人だったと言われる。

    江戸時代の宮ノ越宿の宿内家数は137軒、うち本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠21軒で宿内人口は585人だったと言われる。

  • 本陣はなんと無料で見学できる。

    本陣はなんと無料で見学できる。

  • 宮ノ越では1883年に大火に見舞われた。

    宮ノ越では1883年に大火に見舞われた。

  • 大火により90軒の家が燃え、本陣の主屋部分も焼失した。

    大火により90軒の家が燃え、本陣の主屋部分も焼失した。

  • しかし客殿部分は焼失を免れ現在に至っている。

    しかし客殿部分は焼失を免れ現在に至っている。

  • 木曽11宿の中でたった1宿残されたこの客殿部分でもある。

    木曽11宿の中でたった1宿残されたこの客殿部分でもある。

  • 木曽の宿場町回りをするなら本陣見学は外せない。

    木曽の宿場町回りをするなら本陣見学は外せない。

  • 門構えもしっかりしており、威厳を感じる。

    門構えもしっかりしており、威厳を感じる。

  • 本陣をあとにして少しだけ散策

    本陣をあとにして少しだけ散策

  • 大火にあったせいか、江戸時代から明治時代の雰囲気を残す建物は少ない。

    大火にあったせいか、江戸時代から明治時代の雰囲気を残す建物は少ない。

  • 田中邸は1883年の宮ノ越大火の際、搬出された建具類と隣村から運んだ建物部材を使用して後に再建された建物を、平成26年に修復復元工事したもの。<br />現在は観光の無料休憩所や、地域住民のイベント会場などに使用されている。

    田中邸は1883年の宮ノ越大火の際、搬出された建具類と隣村から運んだ建物部材を使用して後に再建された建物を、平成26年に修復復元工事したもの。
    現在は観光の無料休憩所や、地域住民のイベント会場などに使用されている。

    田中邸 名所・史跡

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