2024/02/15 - 2024/02/22
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ミズ旅撮る人さん
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チュニジアツアー6日目の午前中は古代ローマのドゥッガ遺跡を見学しました。午後は首都チュニスに戻って1時間の旧市街(メディナ・大聖堂)の観光です。メディナには早朝に行って来たので、昼間はどう変わるのか。これまでの地方都市のメディナと違って、お土産になるようなものを売っているか。ツアーならではの見どころを教えてくれるかなと期待して出掛けました。
コースは、フランス門から観光客向けのジャーマ・エツィトゥナ通りを進んでグランド・モスクに到達します。ここで解散となりました。自力では帰れない人は再集合の時間にモスクに戻って来て、後は夕食までにホテルに戻ればOK。即座にメディナの雑踏の中に分け入って行きました。
翌日はツアー最終日。午前中にカルタゴ遺跡とシディ・ブ・サイドを観光して帰国となります。今回はカルタゴ遺跡までにします。見学したのは、タニト神の聖域、かつての軍港跡、アントニヌスの共同浴場、ビュルサの丘です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
いきなりビールです。チュニジアはイスラム国家なので、アルコールを飲む国民は少ないのですが、ヨーロッパ各地からバカンス客が来るので、ビールやワインを生産しています。
ビールの唯一の銘柄がこのセルティア(Celtia)。このサイズで10ディナール(500円弱)。ワインは赤ワインで、ボトルが50ディナール(ホテルのレストラン)。グラスワインはありません。 -
見せたかったのはこちら。いのしし料理です。ドゥッガ遺跡を見学した後の昼食に出されました。イスラム教徒は食べませんが、料理としては出されます。非常に柔らかく、もちろん臭みもなく、普通の豚肉よりずっと柔らかくて美味しかったのは、調理方法がいいのでしょうね。とにかく美味しかったです。コーラは5ディナールだったと思います。
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ドゥッガからチュニスに戻ります。こうした郊外の田園風景?を見るのも最後です。
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なんだかよくわからない写真ですが、チュニスに着いて、フランス門からメディナの中を歩いています。
外観を観光すると言う大聖堂は、その前を歩いて通っただけでした。今朝見たように、バリケードを張られて、大きな銃を抱えた兵士がたくさんいる間をすり抜けて通るので、写真どころではありませんでした。そんなに治安が悪いのかなあ。ハビブ・ブルギバ通りは兵士だらけ。ボルドー博物館の二の舞にはなりたくないから、足早にメディナに向かいました。メディナの中が安全かと言えば、違う意味で危険地帯ですが(スリ天国)。
観光客向けのメインストリートであるジャーマ・エツィトゥナ通りを列を作って歩いています。 -
これじゃあ、写真は撮れないなあと思いつつ、よし、撮った。
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通路は屋根があって暗かったり、ひょこっと外に出たり。迷子の出る心配もない程、真っ直ぐな通りです。
ジャマア エッツィトゥナ通り 散歩・街歩き
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そして、グランド・モスクに突き当たりました。ここでこの通りは終わりです。観光もこれで終わり。それではつまらない。すべて徒歩観光で、ホテルに16時に帰る予定でしたが、メディナとホテルはメインストリートのハビブ・ブルギバ通りを真っ直ぐ歩いて来ればいいので、ここで解散して、自力で帰れない人はここに再集合。その他の人は、夕食までに各自ホテルに帰ることになりました。
ジャーミア ズィトーナ モスク (オリーブモスク) 寺院・教会
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突き当たったグランド・モスクを左手に見ながら通りを歩いて行きます。メディナの中は小規模な商店がぎっしりなので、とにかく歩いてみるしかありません。
グランド・モスクは、別名「オリーブの木のモスク」と呼ばれます。698年から100年以上かけて建設されました。ケロアンのグランド・モスクに次いで、2番目に古いモスクです。 -
店頭に吊り下げられている三角錐のヒラヒラしたものは何だろう?
昔、日本も毎日食料品を主婦が買いに行っていた時代には、こうした
買い物かごを持っていたなあ。海水浴なんかにも、ビニールバッグが流行るまではこれでした。 -
モスクの角まで来たので、Souk Attarineに入って行きます。
スークとは市場という意味です。どこもみんなスークのような気がするけど。 -
2月なのでストールなどは厚手で、柄はかなり地味。手に取る気にもなれずに素通りします。
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ナッツ類とお菓子を売っています。量り売りなのでしょう。
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かごがいっぱい。これは庶民向けだなあ。観光客が喜びそうな商品は扱っていないみたいです。
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通りの両側から店が迫り出して来るので、通れる範囲が狭まります。
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しばらく店を見て歩いて、自分の買い物は諦めて、雰囲気を楽しむことにしました。店がこんなにぎっしりあるのに、買う物がないなんて。
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これは観光客向け。扉と窓のモチーフの土産物が目立ちます。
モロッコで有名なのがタジン鍋ですが、チュニジアのタジンとは全く別の物なのだそうです。 -
メディナの中を、気が向いたら曲がる方式で、適当に歩き回ります。
ガイドブックにはお勧めコースなどがあった気がするけど、指定された通りに歩くのはつまらない。時間は十分にあるので、おもしろそうなところを探して歩く歩く歩く。 -
あら明るい。暗い通路ばかりではないのが、慣れない人間には助かります。
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バブーシュを買ってみようかと思ったものの。革製品の強い臭いに店に近寄れませんでした。革製品は色落ちするのでやめておいた方がいいと言われました。
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屋台でナッツを売る人達。1人で良さそうだけど、イスラム教徒は集まるのが好き。トルコのエジプシャンバザールで、香辛料はしけしけで香りも抜けていたり、ナッツがしけしけでカリッとした歯ごたえもなかったりしたので、どうも買う気になれません。
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ここは食堂街だったかしら。意外に明るい一角。
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アラブのファストフード店。
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こういう場所を覗き込むのは好きなんだけど、商店に興味を持てないのが辛いなあ。
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ザクロジュースを飲ませる店。ザクロの実を小刀で輪切りにして、装置にセットして絞り出します。
ジョージアで飲んだことがありますが、酸味が強くてちょっとビミョー。日本で食べるザクロの実は熟して甘みもあって美味しいのですが。チュニジアのザクロはどうなんだろう。 -
横道に入ったら、金属製品ばかりを扱うスークになりました。
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絨毯や敷物を扱う店。この辺りは客も少なくて、穏やかに見て歩けます。
狭い路地ばかりを歩いているので、カメラの位置情報があやふやになっています。 -
最初の店で見たヒラヒラ。いったい、何の役に立っているのでしょう???
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適当に歩いていたら、なんか見たような道に出ました。
どうやら、メインストリートに戻ってしまったようです。ちょこちょこ曲がったから方向がわからなくなっていたんですね。仕方がないからフランス門に向かいます。メディナの中の店を見ても私には楽しめないとわかったので、メディナの外に活路を見出すことにします。
私がメディナ観光に失敗したのは、スークばかりを見て歩いてしまったからでした。巨大なメディナの中には、かつての豪商たちの邸宅がダールと呼ばれて点在しています。ホテルになっていたり、クラブや文化センターになっていたり。それらをしっかり調べて見て回っていればすごく感動の旅になったでしょう。まさかこんなに何時間もフリータイムが出来るなんて思っていなかったので下調べが半端でした。ああ、大失敗。 -
フランス門を出て、アルジャジーラ通りを南に歩いて行きます。
目的地があるのではなく、ただなんとなく探索の道行きです。 -
ほら、見つけましたよ。メディナの店よりもっと庶民の店が並んでいます。ここは、アルジャジーラ通りからメディナ側に入って来た通りで、メディナの一部なのでしょうが、南北に走る端っこの通りです。
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ここまで来ると何を売っているのか怖いもの見たさになって来ます。
何故か、中心部の東西に走る通りにあるスークより、雰囲気がこなれていて、日常の臭いがします。ここの方が気持ちが落ち着くなあ。 -
手前に並んでいるスプーンは1本ずつ売っているのではなく、同じ物を4~5本重ねて束にして売っているのです。そういう売り方もあるのですね。
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なんだか段々すごくなって来たので離脱します。元のアルジャジーラ通りに出ます。
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アルジャジーラ通りを突き抜けて、そのままエスパーニュ通りに入ります。
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アルジャジーラ通りはここから南方面には大きな街路樹が木陰を作るようになります。
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アルジャジーラ通りとエスパーニュ通りの交わる交差点に菓子やナッツを売る店がありました。右端の手前に殻付きアーモンドを見つけました。日本では殻付きは滅多に売っていません。ろくに買い物が出来なくて、明日は帰国。財布には両替して殆どそのまま残っている現地通貨が。よし、これを買おう。1㎏16ディナール(800円弱)です。
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せっかくなので、おじさんに写真を撮らせてもらいました。
帰国して、いざ食べようと思ったら、日本では殻付きでもそのまま食べられるように炒ってあるのですが、これは生のままでした。殻を割るには銀杏割り機を使いました。なかなか大変でしたが、美味しかったです。甚だ単純ではありますが、珍しい物が手に入ったのでご機嫌です。1㎏のアーモンドを持って町歩き再開です。 -
こちらの食料雑貨屋さんは賑わっています。大きなへちま?がぶら下がっています。何に使うのかしら?ハマムで背中をゴシゴシなんて?
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エスパーニュ通りを東に向かうと、フランス植民地時代のコロニアル風の建物が並んでいます。1階は店のようですが、この辺りはシャッターが閉まっている店が殆ど。
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市場の建物の裏手のような場所で、デーツを売っている店がありました。本当にデーツは生活必需品なんですね。後で中央市場だったのだとわかりました。やれやれ、入り口がこちら側にあれば入って見られたのになあ。全然気が付きませんでした。
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市場の周りはどうしても汚い部分があります。いすゞのD-MAXが走って行きます。
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グランド・オテル・ドゥ・フランス(Grand Hotel de France)。名前がすごいので、つい立ち止まって見てしまいました。バックパッカー向けの安宿ですが、建物がかつてのフランス時代の物をそのまま使っているので、内部の装飾はかなり綺麗です。
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中に入って見たかったな。きっとこうした遺物がこの町にはたくさん眠っているのでしょう。メディナを真っ直ぐに突っ切って終わりというような味気ない観光ではなくて、メディナの中にもある邸宅跡を利用した施設などを見学する方が、ずっと中身が濃いと思うのだけれど。
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この町並みは宝だと思います。カンボジアのシェムリアップでは、フランス植民地時代のコロニアル建築の町並みを見事に生かして、外国人観光客がたむろする繁華街を作っています。観光をした後に安心して寛げるカフェやレストランがどれだけ外貨を稼ぐことか。
チュニジアに来て、まだそうした場所を見た事がありません。明日のシディ・ブ・サイドにはあるのでしょう。 -
フランス門近くのスーパー、マガザン・ジェネラル(Magasin General)にも行ってみましたが、あまりに庶民の雑貨屋さんクラスで、何も買えませんでした。ツアーの人によると、ヨーロッパで売っているボディソープなどがかなり安かったそうです。
一旦ホテルに戻ってから、再び探索に出掛けて来ました。今度の目的は交通機関です。チュニスにはメトロと呼ばれる路面電車が6路線走っています。 -
6輌連結しているので、かなりの輸送量があると思われます。それだけ利用者が多いのでしょう。
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バルセロナ広場の東側に来ました。ここは市内交通機関の集積地です。全てのメトロが集まり、市バスが発着し、鉄道駅まであります。
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2連結のバスに人々が群がっています。ここが始発駅なのでしょう。
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バス乗り場には相当な数の路線があるようです。
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バルセロナ広場の南端に面して鉄道駅が見えます。あそこに行ってみようと思います。
チュニス駅 鉄道系(地下鉄・モノレールなど)
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これは広場の北側にあるメトロのチケット売り場です。
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ここから始発のメトロが出発して行きます。
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メトロは広場に入って来た時とは違う道を通って北上、ハビブ・ブルギバ通りを目指します。そして大聖堂の前を通って行くのです。
さて、鉄道駅を目指すので、後ろを向いて広場の南に歩いて行きます。
ところが、突然土砂降りがやって来ました。 -
あまりの大雨に、メトロのゲートまで戻らざるを得ませんでした。
ゲート脇に少しだけ屋根があるのです。ゲートの中にはチケットがないと入れません。「チュニジアではここ数年、まとまった雨が全く降りません。」ガイドはそう言った筈なのですが、これは数年分まとまって降っているのでしょうか。日本で言う夕立ちです。それも全然収まる気配がありません。 -
ゲートが開いてメトロが出て来るかと思ったのですが、まだ出発時刻ではないようです。仕方なく少し弱まった時に意を決してホテルに戻りました。鉄道駅には行く事が出来ませんでした。
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夕立ちはそのまま雷雨となり、一晩中降り続けました。
翌朝ホテルを出発する頃にはようやく止んで、これからカルタゴ遺跡の観光です。 -
チュニス湖の真ん中を横断するグレット道路を通っています。
カルタゴ遺跡はチュニス湖を挟んで反対側にあります。 -
カルタゴ遺跡と一言で言いますが、実は散開している遺跡の総称です。
B.C.814年にフェニキアの王女エリッサによって町は建設されました。地中海貿易で繁栄したカルタゴは、古代ローマ帝国と3次に亘るポエニ戦争を繰り広げます。
B.C.146年に陥落し、町は徹底的に破壊されます。その後、ローマ帝国下で、植民市として再度繁栄し、やがてアラブによって廃墟にされました。栄枯盛衰を体現している遺跡です。トフェ 史跡・遺跡
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摩耗して何が描かれているのかわからなくなっている石碑が立ち並ぶここは、トフェと呼ばれるタニト神の聖域です。カルタゴの守護神である女神タニトを祀る聖域で、数少ないカルタゴ時代の遺跡です。
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1920年代にトフェと呼ばれ始めたこの聖域は、7層に分かれており、現在は第5層まで発掘されているのだそうです。ここで急にまた雨が降り始めました。
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一番手前の細長くて白い石柱の上部には、「タニトの印」が見られます。「タニトの印」は、水平線の上に丸、下に三角を描きます。タニトはカルタゴの守護神ですが、同時に冥界の神でもありました。現在でもタニトの印は所々で見掛けます。
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雨脚が強く既に大きな水たまりになっていますが、下の層に降りて行ってみます。
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悪夢のような大雨に、ぬかるんだ足元を気を付けながら降りて来ました。チュニジアにもゲリラ豪雨があるんですね。
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レンガ塀に穴が開けられています。これは行かなくては。
この辺りはローマ同様に、掘れば何らかの遺跡が出ると予想されています。ただ、現在では高級住宅地なので、掘らせてはくれないのだとか。 -
穴の中には苔が生えた石碑が並べられているだけです。手前にはもっとたくさんありました。
トフェとは、乳児を火に投じて生贄にする儀式を行っていたエルサレム近くの谷の名(聖書にも書かれているそうです)です。1921年の発掘中に、「子供を抱いた僧侶」が刻まれた石柱と、大量の焼かれた子供の骨が発見されました。これが生贄だったのか、乳児死亡率の多い時代に火葬にされたのかは判明していません。しかしながら、以降トフェと呼ばれるようになりました。 -
バスで移動して、カルタゴの軍港跡に来ました。雨は殆ど止んでしまいました。
古代カルタゴ軍港と商業港 史跡・遺跡
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先程の写真が向かって左、こちらが右側です。なんとなく察しが付くと思いますが、軍港はドーナツ状になっています。左側からは海に出ることが出来、右側には隣にあるもう一つの船溜まり(商業港)に入ってから海に出ることが出来ます。
左端に小さなドームのある白い建物が海洋博物館で、その手前に商業港と行き来する水路があります。 -
軍港のドーナツの中心には島があり、ローマ神殿などが発掘されています。カルタゴ時代の軍港は二重の防壁を持ち、直接海から侵入できない構造になっていたそうですが、ローマ時代に円形に整備されました。
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この後に訪れたアントニヌスの共同浴場にある展示に、カルタゴ時代の軍港の様子がありました。
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そしてローマ時代のカルタゴ。円形闘技場や競馬場、ビュルサの丘に造られた中央政庁の巨大建造物が目立ち、町が広がっているのがわかります。
画面右の町の外れには海に面してアントニヌスの共同浴場、そこから内陸に入った所には劇場もあります。劇場は修復され、現在でもカルタゴ国際フェスティバルが開催されています。 -
軍港の中心にあった軍船の係留所の想像図です。こんな風に立派な駐艇場になっていたとは思ってもみませんでした。
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アントニヌスの共同浴場の見取り図です。現在地は下部中央に赤い吹き出しが付いています。そこから真っ直ぐ上に向かい、大通りを右に曲がってそのまま海辺の共同浴場に下って行きます。
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海に向かって広いバルコニーがあり、そこから共同浴場を見ています。先ずは右端から。チュニス湾を挟んで反対側の山が見えています。その左方向の先端がボン岬です。
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中央付近。
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そして左側。遺跡をちょっと高い場所から見渡せるので、規模や配置がわかってすごくいいです。
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まだまだ左には遺跡が展開していますが、ツアーでは真ん中に降りて行って右側に抜けて行きます。
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共同浴場は、2世紀にアントニヌス・ピウスが建設しました。2階建で、100を超える部屋を持ち、フレスコ画や彫刻、モザイクタイルがふんだんに使用された贅沢な造りでした。
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1階の復元図です。
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さっきまでの大雨で遺跡の中は水浸しです。
因みに、共同浴場の隣には写真を撮ってはいけない建物があります。アーチの向こうに見える白い塀の向こうがそれです。要人の別荘だそうです。カルタゴからシディ・ブ・サイドにかけての沿岸一帯は、高級別荘地になっていて、中には軍隊が擁護する「撮ってはいけない」建物も点在しています。観光客からしてみれば、見られたくない別荘なら、観光地から見えない場所にして欲しいものです。 -
この辺は1979年、世界遺産に登録されるにあたり、修復されました。
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フリギダリウムという冷浴室の上に、高さ15mの円柱が復元されました。かつてここにはドームも作られていて、天井の高さは30mにもなったそうです。カルタゴ遺跡の円柱は殆どが持ち去られ、モスクの庭を飾っています。
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水溜りの向こうに白い円柱が立っています。大理石の円柱でしょう。
大理石はチュニス湾の南側に突き出した半島の先端ボン岬のエル・ハワリアなどから運ばれて来ました。 -
カルタゴ王国の遺跡と思ってしまうけれど、これは古代ローマ帝国の遺跡なのです。それをアラブが破壊し、大理石や円柱を持ち去る。目の前に歴史があります。
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こんなに巨大な共同浴場を建設する必要があったのでしょうか。共同浴場はローマ皇帝の威信の現れ。権力を誇示するための建物。
昨今では共同浴場という垢抜けない名称よりも「テルマエ」の方が通りがいいのでは?表記にもThermes d'Antoninとあります。 -
立派な赤い大理石の柱。いつか起こしてもらえるといいね。
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これを見ると、当時が神殿並みの豪華さだったことが伺えます。
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よくこれだけ円柱飾りが残っていたなあ。ここには大きな建物があったのでしょうか。太陽が出て美しく輝いているチュニジア湾の海を見ながら、テルマエを後にします。
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ビュルサの丘に上って来ました。不思議なことにカトリックの大聖堂があります。その隣がカルタゴ博物館です。ツアーではどちらにも入りません。丘からの眺めを見るだけです。
サン ルイ教会 アクロポリウム 寺院・教会
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ビュルサの丘の配置図です。駐車場は大聖堂に面してあります。その右側に博物館があります。下部には古代ローマの遺跡があり、それを見つつ、その先に広がるチュニス湾の風景を堪能します。
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博物館の前庭なので、展示物の円柱飾りなどが置かれたテラスからは、チュニス湾が一望の下です。
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右の方に最初に行った軍港が見えます。
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手前がドーナツの軍港、向こう側が商業港です。境界にドームの付いた海洋博物館。
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白く輝くチュニス湾と、白い別荘群。海辺の風景はこれ一色。
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海岸線から少し内陸に目を転じると都市が広がります。
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更に内陸を見るとチュニス湖が見えます。その上に白い飛行機が降下して来ています。チュニス国際空港はチュニス湖の畔にあります。私達も今夜そこから飛び立ちます。
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こんな風にここに佇んで町を見下ろしていたローマ人がいたのでしょうね。ナイスポイントに胸像が置いてあります。ミロのビーナスがそうですが、古代ローマの胸像って、手足や頭がない方が雄弁な気がします。
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チュニス湖。真ん中に横断道路が伸びており、右端の対岸辺りがホテルのある新市街です。
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ポエニ人の住居跡です。カルタゴ博物館は、1890年に宣教師の神学校として建てられた建物にカルタゴやローマの出土品が多数展示されています。
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では展望台ビュルサの丘から降りて行きましょう。
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駐車場から見た大聖堂。サン・ルイ教会と呼ばれます。1840年に建てられた礼拝堂を、1890年にフランスが建て替えました。十字軍で無くなったフランス国王ルイ9世に捧げられました。現在ではイベントに使われています。
さて、これからチュニジア最大の観光地シディ・ブ・サイドに向かいます。それでは次回にて。サン ルイ教会 アクロポリウム 寺院・教会
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