2024/02/15 - 2024/02/22
15位(同エリア69件中)
ミズ旅撮る人さん
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チュニジアは古代ローマ遺跡が多く残ることで有名です。その中でも規模が大きく保存状態が優れているのがドゥッガの遺跡です。ドゥッガは、チュニスから南西へ100km、小麦畑とオリーブ畑に囲まれた標高600mの丘の上にあります。都市遺跡が丸ごと19世紀に発掘され、1997年に世界遺産に登録されました。
イタリアやトルコなどで古代ローマ遺跡は多く見られますが、ここ程その規模と景観の美しさが素晴らしい遺跡はそうはありません。どこを撮っても絵になります。写真を撮るのが楽しみです。ようやくチュニジアを代表する観光名所に来た気がします。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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チュニジアの首都チュニスから南西100㎞にあるドゥッガに向かってホテルを出発しました。新市街のハビブ・ブルギバ通りから南下して巨大なジェラズ墓地に行き、そこから西に曲がって巨大な湖セブア・セジューミの周囲をぐるっと周って行きます。
チュニスの中心街はこのセブア・セジューミとチュニス湖の二つの湖に挟まれた町です。地中海に面した町という認識はちょっと違っていました。 -
チュニスにはルアージュという短距離の乗り合いバスが走っています。
ガイドブックにはルアージュは黄色と書いてあるのですが、白地に赤線のマイクロバスを多く見たので、2020年のガイドブック当時とは変わっているようです。(2024年2月現在の最新版が2020年版です。情報が変わっていて困りました) -
町の外れは、いつもの通りのゴミの山。これを抜ければ気持ちのいい郊外です。
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今の時期はお花畑が広がります。その向こうはオリーブ畑。
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高速道路の脇に広がる草原には羊の群れが、あちこちで見られます。
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路上の果物屋さん。レモン・オレンジ・バナナ・リンゴが並べられています。こういうところは地中海沿岸ですね。
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チーズ屋さん。牛乳よりも山羊や羊の乳製品の方が多そうです。看板を見ると店頭にあるよりもチーズの種類は多そうです。逆さまに重ねられた大き目のカップ。これはもしかしてヨーグルトを入れるのかな?
ブルガリアのリラの僧院の裏手の店で売っていた山羊のヨーグルトは、あまりに酸っぱくて食べられなかったのですが、美味しいという人もいておもしろいです。
足元の緑色の籠には卵が入っているようです。外国では卵は高価なので1個売りで、日本のように生卵では衛生上の問題で食べられないのだとテレビで放送しているのを観ました。日本の有難みを感じます。 -
町なかの男の寄合所?そんなに寒くはないのですが、砂漠が近い住民には寒いのかダウンばかり。その中で一人だけ、スターウォーズの衣装で有名なマントを着た人がいます。
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オリーブ畑の前でオリーブの実とオイル、レモンを売っていました。これは買いたかったな。町のスーパーでは、日本と変わらない値段のオリーブオイルしか売っていなかったので。
アジアの旅行では、こうした路上で特産品を買うためにバスを停めてくれたりしますが、今回の旅行では塩湖で停まっただけでした。カンボジアで買った椰子の実を煮詰めて固めた砂糖菓子、ジョージアやブルガリアで買ったハチミツなどは忘れられません。 -
馬に鋤を曳かせている人たちを見掛けました。もう農耕馬を実際に見ることは無いと思っていましたが、まだ現役で働いていました。インドなどでは、こぶ牛が元気に働いています。
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丘陵地帯に入って来ました。ドゥッガは標高600mの場所にあるので、これからどんどん上って行きます。
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坂の途中の店頭には、竈が取り付けられていて、屋根の上に煙突が出ています。ここでは何を調理しているのか、すごく気になりました。チュニジア料理はオリーブオイルの揚げ物が多いので、ブリックなどが食べられるのかな?レストランの安心安全な食べ物じゃないものが、食べてみたかったです。
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テブルス-ク(Teboursouk)の町を眼下に見ながら山道を上って行きます。
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小麦畑とオリーブ畑が綺麗に広がっています。ドゥッガの遺跡は町から離れた丘の上に展開しています。
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お向かいの岩山の左端に、サターン神殿の柱が見えました。この緑地帯をぐるっと回り込んで、あそこまで行きます。
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サターン神殿(Temple de Saturne)の柱は列柱になっています。
サターンとは、ローマ神話では農業の神であり、土星の別名でもあります。 -
見晴らしのいい高台でバスを降ります。ドゥッガの遺跡の入り口です。
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広大なドゥッガの遺跡の一番手は劇場です。古代ローマ遺跡を象徴する建物です。1997年に世界遺産に登録されています。
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遺跡は周囲一帯に点在していて、このようにポツンと存在する小さなものもあります。そうした小さなものを、ほっつき歩きながら探して歩けたら、ドゥッガとよく知り合えるのになあ。
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それでは、劇場に行きましょう。
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劇場の手前には地下の通路があります。舞台の裏方でしょう。
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古代ローマ字が刻まれています。古代ローマ遺跡なのですから当たり前ですが、臨場感が増します。
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ドゥッガは、B.C.2,000年頃にヌミディア人が住み始め、「トゥッガ」という名前の都市として発展しました。B.C.3世紀にカルタゴの支配下に入り、A.D.46年にヌミディア王国が古代ローマ帝国に吸収されます。その後、3世紀頃からローマ帝国に農産物を送る集積地として発展、5,000~1万人が住んでいたとされます。
やがてベルベル人が城壁を築いて村を支配し、牧場を意味する「ドゥッガ」という名前になります。7世紀にイスラム教徒によって町は破壊され、衰退し、19世紀に考古学者が発掘をした頃には、アラブ人たちが細々と暮らす村になっていました。 -
ドゥッガの町は、2~4世紀の最盛期に、ヌミディア人の都市を基盤に、フォルム(広場)、キャピトル、劇場、神殿、貯水池、公衆浴場など数多くの建造物が造られました。後にビザンチン帝国が要塞化して、ローマ・ビザンチン複合遺跡となっています。
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劇場は、マルクス・クアドルトゥスによって168年に建てられました。きっと、碑文に残っていたのでしょう。
丘の斜面に19段の観覧席があり、クラシックのフェスティバルが行われます。観覧席は3等に分けられていて、1等と2等席との間には仕切り石が置かれています。 -
舞台部分。ここでどのような演奏会が開かれるのでしょう。
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コリント様式の柱に支えられた2階部分がわずかに残っています。
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舞台の裾には、トーガを来た彫像が残されています。こんな衣装を着た人々が演じ、それを鑑賞したのでしょう。
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列柱の上を飾っていたと思われる桁石が床に置かれていました。
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劇場から離れて次の建物に向かいます。辺りには破片と化した石材が点在していて、かつては建物が林立していたことを伺わせます。今は、緑が綺麗に覆って、可愛い花が咲いています。
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劇場からは、ちょっと階段を降りて石壁に囲まれた通路を進んで行きます。
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下った分は坂道を上って取り戻します。なんだか理不尽な気がします。
実は、階段を降りなくても真っ直ぐ行けばいい道があるのですが、当時のメインストリートなので仕方がないのでしょうね。 -
おや、珍しい。これまで見掛けなかった犬が、ひょっこり顔を出しました。
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周りは小さな花だらけで、なかなかに幸せ気分です。
遺跡は土と石ばかりで味気ないので、整備されている遺跡には草花が咲くようになっています。これが本当に目に沁みる一幅の清涼感。 -
かつてのメインストリートも年月が経ったので、なかなかの酷道になってしまいました。
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名前の分からない神殿らしき建物が散在しています。
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当時栄えた都市の真ん中なので、どちらを向いても整備された道と建物があります。
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犬と野花。カレンダーになりそうですね。
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目を惹く門が建っています。あそこまで行ってみたいなあ。
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ドゥッガの遺跡で最も有名なキャピトルが見えて来ました。
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都市には大小様々な空間があって、もはや何だったのかわかりません。
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今、下って来た道です。古代ローマ帝国は、道を大事にしました。
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南側には古いモスクがあります。古代ローマ遺跡にモスク?と思いますが、ドゥッガがアラブ人勢力によって破壊された後、モスクに転用されたのでしょう。ケロアンなどでも、古代ローマ遺跡から転用した柱などがモスクに使われていました。
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キャピトル(⑤)を中心とした地域の予想復元図です。
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この辺りは、建物や道が入り組んでいて、賑やかで楽しそうな場所です。
殆ど壁もわずかに残っているだけなのに、都市の息吹を感じる一角です。 -
キャピトルの前の「風の広場」です。
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広場の一角に12種類の風の名前が彫られていたことに由来します。
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風の広場の北側、キャピトルの横には180~190年に建てられたマーキュリー神殿跡⑥も見られました。
低い列柱が4本と、円柱飾りが2個置かれている辺りです。 -
マーキュリー神殿の前⑧の広場に来ました。マーキュリー神殿の右隣には、2世紀に建てられたアウグスタン・ピエティ神殿⑨もありました。
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キャピトルとは、ユピテル(ジュピター)、ユノー(ジュノー)、ミネルヴァの3神を祀った神殿です。ジュピターはホルストの「惑星」で有名になりましたが、木星の別名です。
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6本のコリント様式の円柱がすっくと立つ威風堂々とした神殿です。
マルクス・アウレリウスとルキウス・ヴェルスの2人の皇帝に捧げられました。かつて内部には高さ6mのジュピター像が安置されていたそうです。 -
コリント様式の柱を象徴するアカンサス文様が綺麗に残っています。
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ペディメント(正面上部の山型の部分)には鷲のレリーフがありますが、これはマルクス・アウレリウスとルキウス・ヴェルスの2人のローマ皇帝の力を象徴したものでした。
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ここから見渡すと、周囲にビザンチン時代に造られた要塞跡らしきものが見えます。この遺跡はなんて広いのでしょう。そして、なんて見どころが多いのでしょう。
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名もない古い建物の跡。緑の草に囲まれて綺麗です。私は立派な神殿よりこちらの方が好きなようです。
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雄大な景色の中にある遺跡なので、開放感があって、心がのびのびします。
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このように緑に包まれていなかったら、さぞかし味気ない遺跡だったことでしょう。2月なのに、いい時期に訪れたものです。丘陵地帯なので、風が強めで、チュニスよりは寒く感じました。夏は40℃を越し、冬は吹雪くことがあるそうです。2月って冬じゃないんですね。
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文字が丸い石板に刻まれています。こういうのは珍しいと思います。
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遠くに見えていた門。アレクサンデル・セヴェルスの凱旋門です。3世紀前半、セヴェルス朝最後の皇帝アレクサンデルの時代に建てられました。凱旋門の外側一帯にはドゥッガの町を維持していた貯水場がいくつか点在しており、そこから各地に水道が敷設されていました。
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その少し南に、カエレスティス神殿があります。222年に女神たちを祀った神殿として建てられましたが、5世紀のビザンチン時代にキリスト教会に変えられたそうです。背後の緑の斜面が遺跡を引き立てているのが最高に素敵です。
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キャピトルの西隣にはフォルムと呼ばれる広場があります。
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フォルムの南側には市場跡があります。
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市場跡から見た先程のモスク。一応小っちゃなドームがあります。
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こんないい眺めなんて、そうそう無い気がします。ドゥッガは最高に気に入りました。
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堅牢な造りだったからか、壁がしっかり残っている建物があります。
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東南の方向を見ていますが、途方に暮れる広さです。ここはテルス神殿と思われます。
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石積みの遺跡は、どれも同じように見えます。
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観光客が少ない時期なので、あまり人がいませんが、たまにいると遺跡が生き生きとして見えます。
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たった一つの玄関の枠組みがあるだけで、なんと建物は主張して来るものなのか。あの枠組みがあると無いとでは景色は雲泥の差です。
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この辺りは一般人の家や商店が点在していたのでしょうか。
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商店の看板だったかも?
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斜面を利用して地下室もある家。
ドゥッガから北西に行った先にブラ・レジアという遺跡があります。紀元前のヌミディア王国の首都でした。ローマ帝国の同盟国として第3次ポエニ戦争でカルタゴを滅亡へと追い込みました。3世紀の大地震で地上の建物の大部分が崩壊します。しかし、ブラ・レジアは夏の酷暑を避けるために、地下に住居を設けていたので、見事なモザイクタイルが色彩豊かに残されました。大部分はボルドー博物館に移設されましたが、訪れてみたい遺跡です。ドゥッガにもそうした地下室があったのかな? -
ここを歩いた人々の足音がだんだん聞こえて来るようになりました。
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イチオシ
う・わ~~~!地元の人でしょうか。風景に似合い過ぎる。
よくぞそこに来てくれました。感謝です。 -
足元の黄色い花は、タンポポかと思ったら、三つ葉にマーガレットのような花でした。
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ローマ人の住居跡には、床にモザイクタイルが見られます。エル・ジェム博物館でモザイクタイルをたくさん見て来たので、遺跡の中のタイルが見られて感激です。
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裕福な邸宅だったのでしょうね。
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絨毯のようにタイルが敷かれています。どちらが贅沢なんだろう。
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イチオシ
振り返ると緑に縁どられた石畳の先にキャピトルが君臨していました。
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見た事もない植物が繁茂していて、2月とは思えない花盛りに心が浮き立ちます。
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もう、この景色に惚れちゃいました。歩き回らないで、しばらくこの眺めに浸りたい・・・
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こんなに建物がいっぱいだったら、どうすればいいのか見当も付きません。途方に暮れて、正にお手上げ状態です。
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なんだか著しく様式の異なる塔が立っています。リビコ・ブュニック廟です。古代ローマ時代より古いB.C.3世紀ヌミディアの指導者の「アテバン、イエブタマタの息子、バルの息子」を記念したもの。高さは21m。1842年に碑文が大英博物館に持ち出された際に廟は崩壊。後にフランス政府が再建しています。
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大きな建物が見えて来ました。リキニアの浴場です。
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薬草商の家からは、玄関枠を額縁に見立てた写真が撮れます。
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下層から見上げるとどこも石造りの建物だらけ。そしてその頂上にキャピトルがあります。支配する者の存在を視覚的に表しています。
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建物の壁や天井が残っています。丸い天井は何だったのでしょう。
アーチ構造だったので、他の天井は落ちても崩れずに残ったのかな?
アンコール建築では、石を少しずつずらして屋根を掛ける工法しか持てなかったので、崩壊してしまいました。古代ローマはアーチ構造を駆使したので、巨大な建築物を大量に造ることが出来ました。 -
リキニアの浴場に向かいます。古代ローマ遺跡に浴場は付き物ですが、ここは冬季に使われたのだそうです。
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門のところで振り返ると、リビコ・ブュニック廟がいい位置に見えます。
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門と建物の間にも部屋があったようで、もしかして全部繋がっていたのかも?建物の配置はどうであっても、この景色は最高です。
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浴場の壁は大理石で覆われていましたが、やはり後世に剥がして持って行かれてしまったそうです。よく円柱が残っていたものです。
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床のモザイクタイルがかなり残っています。
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冬の社交場として相当賑わっていたことでしょう。
ずっと昔、トルコのベルガマ(ペルガモン)にある古代ローマ遺跡を訪れましたが、その中のアスクレピオンはお風呂を使った医療施設になっており、水道管を頭の下にして寝転がり、水流の音を聞いて精神を安静に導いたと聞いて驚きました。今でいうヒーリングですね。 -
古代ローマ帝国は、領土拡大のための侵略戦争に明け暮れていましたから、デトックスなどよりも、心身のリフレッシュが必要だったのかもしれません。
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こんな風に建物の一部が残っていると、具体的に想像できていいですね。
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遺跡は上から見るとなんとなく建物の構造がわかって、頭の整理が出来ます。
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オリーブ畑に囲まれて、視界がはるか遠くまで広がるので、本当に気持ちがいい遺跡です。
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モザイクタイルは、浴場だけでなく、いくつかの場所で見られました。
チュニスのバルドー博物館には世界でも最大規模を誇るモザイクコレクションがあります。オスマン帝国時代の支配者の宮殿だった建物なので、内部はそれは見事なのだそうです。このツアーでは立ち寄らなかったのが残念です。2015年に日本人3人を含む外国人観光客22人が銃撃されて亡くなっているので、割愛されるのでしょうか。 -
リキニアの浴場を出て、坂道を下って行きます。途中で振り返って見ます。前ばかり見ない事が、たくさんの物を見る秘訣です。
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脇道に逸れて、下って行きます。
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急な階段を下った先に大きな邸宅があります。トリフォリウムの家です。
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公営の売春宿だったという事ですが、真ん中に綺麗な中庭が整備されています。トリフォリウムというのはクローバーの事で、三つ葉をあしらった部屋があるのだそうな。隣にはキクロプスの公衆浴場があり、人目につかずに売春宿に行かれるようになっていたそうです。
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キクロプスの浴場では、見どころは浴場ではなく、公衆トイレです。
穴の上に座って用を足す訳ですが、仲良く隣に座って話しながら用を足したのでしょうか・・・ちゃんと石の内部には水が流れていて、水洗トイレだったのですよ。 -
こうして一般居住区から見上げると、政庁の中心部と一般区域とは明確に分けられているのがわかります。
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小劇場。
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更に下って行く道もありますが、始めに見た劇場へと登って行きます。
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最後は、登山のような斜面を登るコースでした。足元は危ないし、もう少し穏やかな道はなかったのかしら。
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山越えをして劇場の前に戻って来ました。
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小さな花々に癒されながら、ドゥッガ遺跡を後にします。
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本当にいい季節にドゥッガ遺跡を訪問出来ました。とは言え、風が強い場所なので平地よりも寒く感じます。歩いているうちに慣れますが。
次回は、午後にチュニスに戻って昼間のメディナ観光をした時の様子と、翌日、カルタゴの遺跡を訪れた様子を合わせて紹介する予定です。
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