2024/04/28 - 2024/04/28
149位(同エリア2994件中)
+mo2さん
市立しものせき水族館「海響館」を見た後、自宅(沼津)に帰りますが、途中、広島で降りて、前から行きたかったひろしま美術館へ寄りました。平成31年ポーラ美術館で「ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅」が開催されました。日本有数のフランス近代美術コレクションを有するポーラ美術館とひろしま美術館の競演ということで楽しんだのですが、その時からいつかひろしま美術館へと思ってきました。今回、念願かなって訪問してきました。なお、すべてのコレクションが常時展示されているわけではないので、ポーラ美術館等で見た(写真撮影)作品についてもアップしておきます。写真が多くなったので旅行記分割します
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 新幹線
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下関(海響館)から広島の路線を検索すると小倉からのほうが早いようなので、小倉へ。九州上陸です。
小倉駅 (福岡県) 駅
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駅の近くに湖月堂 の本店があるということで訪問
湖月堂 (本店) 専門店
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栗饅頭やバームクーヘンなど並びます
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栗饅頭を購入。御菓印もいただきました
ここの栗饅頭、本当においしい!!絶品でした。 -
広島駅で路面電車に乗り換えます
広島駅 (JR) 駅
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路面電車「紙屋町東」で降りて5分ほど歩くと広島城です
広島城 名所・史跡
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広島城内にある護国神社に参拝
広島護国神社 寺・神社・教会
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広島護国神社の御朱印
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緑に囲まれた広島市中央公園の一角に位置するひろしま美術館は、1978年に広島銀行の創業100周年を記念して設立しました
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「愛とやすらぎのために」をテーマに、ミレーやモネ、ルノワール、ゴッホ、マティス、ピカソ、シャガールといったヨーロッパ近代美術の巨匠たちの作品などが約80点常設展示されています。黒田清輝、浅井忠、藤島武二といった日本近代洋画や、竹内栖鳳や横山大観などの日本画も所蔵。特別展「フィンランドのライフスタイル」が開催されていました
ひろしま美術館 美術館・博物館
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ここの建物は美術館としては珍しい完全な円形で、 これは原爆ドームをイメージしたものだといいます。一方そこに至る施設の回廊は、 厳島神社をイメージしていて、正に郷土の美術館となっています。
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館内は中心部分が広目のホールになっており、円周に沿って4つの展示室があります。中心には、アリスティド・マイヨール「ヴィーナス」1918-28年
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フランチェスコ・クルラーディ「聖家族」16世紀末~17世紀前半
幼子イエスに慈愛に満ちた眼差しを送る聖母マリア。その横で礼拝する養父ヨセフ。この聖家族に洗礼者ヨハネを加えた図像です。本作の作者クルラーディは、フィレンツェで活躍した画家であり、人気の画題を個人の礼拝用に制作したものと考えられています -
ウジェーヌ・ドラクロワ「墓地のアラブ人」1838年
ドラクロワは、1831年の暮れからモロッコへのフランス政府使節団に記録画家として随行しています。墓の傍に座るのはフランス使節団の護衛隊長を務めたモロッコ王の近衛兵ベン=アブー -
カミーユ・コロー「花の輪を持つ野の女」1869年頃
1850年以降、コローの絵画にはギリシャ風やオリエント風、あるいはイタリア風の衣装をモデルにつけさせた全身像や半身の人物画が頻繁に登場するようになります。本作におけるイタリアの若い農婦の衣装を着た女性は、ルネサンス風の端正な肖像画を思わせ、コローの古典主義への傾倒とイタリアへの変わらぬ憧憬をうかがわせます -
カミーユ・コロー「ボロメ諸島の浴女たち」1872年頃
コローが憧れの地イタリアを初めて訪れたのは1825年のことでしたが、この作品は半世紀も後に描かれたものです。ボロメ諸島とは、北イタリアの景勝地マジョーレ湖に浮かぶ島々だそうです。
※2019.3 ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅にて撮影 -
ジャン=フランソワ・ミレー「羊の毛刈り」1862年
羊の毛刈りは夏の到来を象徴する主題で、古くから描かれてきており、ミレーも何度かこの主題に取り組んでいます。 -
ギュスターヴ・クールベ「雪の中の鹿のたたかい」1868年頃
狩猟はクールベが情熱を傾けたもののひとつであり、パリで制作を続けていた間も、狩りのシーズンになると、ジュラ山脈の緑深い故郷の町オルナンに帰省するのを常としていたそうです。はりつめた空気の中、1頭の牝鹿をめぐって争う2頭の牡鹿の角の音が聞こえてきそうな作品です -
ウジェーヌ・ブーダン「ベルク、浜辺に座る漁婦」1880-85年頃
ブーダンの海景画には本作のような砂浜に座る漁婦たちをはじめとして、港で働く人々、砂浜へレジャーで訪れたブルジョワの紳士淑女にその子供たちなど、しばしば人々の姿が描かれました。 -
ウジェーヌ・ブーダン「ボルドー風景」1874年
1870年代よりブーダンは海景を求めて、フランスの大西洋岸各地を旅し、港町ボルドーにも数回にわたって足を運んでいます。ブーダンの海景画は画面の大部分を空が占めますが、湿潤な大気と光が織り成す空を表した彼を、コローは「空の王者」と称しています
※2019.3 ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅にて撮影 -
エドゥアール・マネ「バラ色のくつ(ベルト・モリゾ)」1872年
モデルは、自らも画家であったベルト・モリゾ。彼女は、1868年からマネの弟と結婚する74年まで、マネの作品で幾度もモデルを務めていますが、中でも本作は、立ち姿の全身像を描いた唯一の作品として知られています。 -
エドガー・ドガ「右手で右足をつかむ踊り子」1896-1911年
ドガは、油彩のほか、版画、パステル、写真、彫刻にも熱中したことで知られています。 -
アルフレッド・シスレー「サン=マメス」 1885年
本作ではセーヌ河の左岸から上流を望み、家並みやサン=マメス橋を描いています。水平線を画面の中央よりやや低く置き、すばやい筆致で、雲の動きや 明るく照らされた河岸の草むらや川面、家々をとらえた本作品は、 色彩が心躍るように煌めいていて、彼とこの風景を眺める楽しみを共有し、 絵画を観る喜びをしみじみと味合わせてくれます。
※2019.3 ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅にて撮影 -
クロード・モネ「アムステルダムの眺め」1874年
1870年に普仏戦争の戦火を逃れる為、ロンドンに渡ったモネは翌年、帰国の際にオランダに立ち寄り制作を行っています。 -
クロード・モネ「セーヌ河の朝」 1897年
1896年と翌年の夏、モネはジヴェルニーの自宅からほど近いセーヌ河に通い本作を含む「セーヌ河の朝」の連作に取り組んでいます。 -
カミーユ・ピサロ「ポン=ヌフ」 1902年
ピサロは、1900年以降シテ島にアパルトマンを借り、様々な気象条件のもとで、橋と右岸の眺めを描いています。
※2019.3 ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅にて撮影 -
カミーユ・ピサロ「水浴する女たち」 1896年水と若い女性というモティーフは、セザンヌやルノワールの水浴図の連作をはじめとして、印象派の画家たちにとって重要な課題のひとつでした。ピサロも、数は少ないが、水浴する裸婦を描いています
※2019.3 ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅にて撮影 -
ピエール・オーギュスト・ルノワール「パリ、トリニテ広場」1875年頃
ルノワールはあまり都市の風景を描いていませんが、この時期は「ポン=ヌフ」などいくつかのパリの風景画を手掛けています -
ピエール・オーギュスト・ルノワール「クロワシー付近のセーヌ河」1911年
パリの西郊、ナンテールからブージヴァルの辺りを流れるセーヌ河の中の島のシャトゥー島とクロワシー島の間にあったラ・グルヌイエールは、行楽地として人気の場所で、ルノワールはマネとともに訪れ、競作を行いました。 -
ピエール・オーギュスト・ルノワール「パリスの審判」1913-14年頃
3人の女神ヘラ、アテナ、アフロディテ(ヴィーナス)が名乗りをあげた美女選びの場面。 -
ピエール・オーギュスト・ルノワール「麦わら帽子の女」1915年
1915年、ルノワールは通称デデと呼ばれた赤毛の少女アンドレ=マドレーヌ=ウシュランを新しいモデルとして描き始めます。快活な彼女は最晩年のお気に入りのモデルとして多くの作品に登場しており、本作もその一点とされます -
ピエール・オーギュスト・ルノワール「勝利のヴィーナス」1913年
ルノワールは70歳を過ぎてから彫刻作品に没頭するようになります。本作は、晩年に好んだ主題の1つパリスの審判に由来しており、アフロディテ(ヴィーナス)がまるで絵画から抜け出したかのように象られています。 -
ベルト・モリゾ「若い女と子供」1894年
印象派の画家のひとりとして活躍した女性画家。1874年から開催された印象派展には、全8回のうち7回にわたって参加しました。プロの画家として当時は珍しかった女性ならではの視点と感性で、身近な人々や日常風景などを多く描いたことで知られています -
アンリ・ルソー「要塞の眺め」1909年
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ポール・セザンヌ「ジャ・ド・ブファンの木立」1871年頃
「ジャ・ド・ブッファン」は、セザンヌの父が1859年に購入した、エクス市郊外の広大な屋敷の名称です。そこには農場と、かつてプロヴァンス地方の総督が住居にしていたという美しい館がありました。1880年代初頭から、セザンヌはエクスで過ごすことが多くなり、82年以降の作品には「ジャ・ド・ブッファン」の館やマロニエの並木、用水池、農場、屋敷の周囲の塀などがしばしば描かれるようになります -
ポール・セザンヌ「座る農夫」1897年頃
1890年代、セザンヌはカード遊びを題材とする絵画を5点描いています。本作もそのシリーズとの関連で語られることが多い作品です -
ポール・ゴーギャン「ボア・ダムールの水車小屋の水浴」1886年
ゴーギャンは、1886年の夏から秋にかけて、ブルターニュの小村ポン=タヴェンに滞在しており制作された作品。 -
「ボア・ダムールの水車小屋の水浴」(部分拡大)
無心に遊ぶ子供たちやブルターニュの風景の素朴さは、文明を厭うゴーギャンにとって、一種のアルカディアでもあったようです。その思いはやがて、ゴーギャンをタヒチへと導きます。 -
ポール・ゴーギャン「真珠のついた偶像」 1892-93年
1891年にフランスからタヒチへ渡ったゴーギャンは、現地の木材を使って彫刻を制作しています。本作はオルセー美術館所蔵の同名の木彫作品を原型として、後にブロンズで鋳造されたもの。 -
フィンセント・ファン・ゴッホ「ドービニーの庭」1890年
亡くなる2週間ほど前に制作された代表作であり、ゴッホが敬愛したバルビゾン派の画家ドービニーの庭と住宅を描いたもの -
「ドービニーの庭」(部分拡大)
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ポール・シニャック「ポルトリュー、グールヴロ」1888年
スーラとともに「新印象主義」の実験、いわゆる「点描法」を精力的に行なっていた頃の作品
※2019.3 ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅にて撮影 -
ポール・シニャック「パリ、ポン=ヌフ」 1931年
セーヌ河の右岸からシテ島をのぞむ風景。ポン=ヌフ(新橋の意)の背後のシテ島には、ノートルダム寺院とサント・シャペルの尖塔が見えます。
※2019.3 ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅にて撮影 -
ジョルジュ・スーラ「村はずれ」1883年
1882年頃からスーラは、元はシガーボックスの蓋であった小さな板に描いた油彩習作を数多く残しました。 -
エドヴァルド・ムンク「マイスナー嬢の肖像」1907年
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アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「『ルイ13世風の椅子のリフレイン』(アリスティド・ブリュアンのキャバレーにて)」1886年
※2019.3 ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅にて撮影 -
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「アリスティド・ブリュアン」 1893年
ロートレックは、モンマルトルの有名人、歌手であり詩人であり、キャバレーの経営者でもあるブリュアンのために4点のポスターを制作しており、これは3作目「彼のキャバレーでのアリスティド・ブリュアン」の油彩習作。
※2019.3 ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅にて撮影 -
混雑していないのでじっくり鑑賞できます
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アンリ・ウジェーヌ・ル・シダネル「エタプル、帰りくる羊の群れ」1889年
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アンリ・ウジェーヌ・ル・シダネル「ジェルブロワ、胸像」1902年
※2019.3 ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅にて撮影 -
アンリ・ウジェーヌ・ル・シダネル「離れ屋」1927年
シェルブロワの自庭を描いた作品 -
ピエール・ボナール「ピガール広場」1905年頃
モンマルトルに程近いパリの歓楽街ピガール広場の賑わいがユーモラスに描かれています -
ピエール・ボナール「白いコルサージュの少女(レイラ・クロード・アネ嬢)」1930年
本作はレイラ・クロード・アネ嬢を描いた作品です。
レイラの父親クロード・アネは有名な作家かつ美術収集家で、この父親の依頼で描かれた作品です。 -
アンリ・マティス「ラ・フランス」1939年
1939年、フランスがドイツに宣戦布告した年に制作された作品。女性はフランス国旗の色、自由(青)・平等(白)・博愛(赤)を 示す3つの色で彩色された衣装をまとっています。 -
アンリ・マティス「赤い室内の緑衣の女」1947年
-
ジョルジュ・ルオー「ピエロ」1936-37年
ルーベンス、レンブラント以降最大の宗教画家と評され、自らも「キリスト教画家」と称していました。フォーヴィスムの画家たちと同世代で、表現主義的な作品を残しましたが、むしろ生涯独自に造形性と色彩の美しさを追求した画家でした -
アルベール・マルケ「ポン=ヌフとサマリテーヌ」 1940年
遠景の半円形の建物がサマリテーヌ・デパート、橋の中ほどにはアンリ4世の騎馬像が見えます。この頃マルケのアトリエは、画面の手前に位置するアパルトマンの5階にあり、その窓からポン=ヌフを正面に望むことができたそうです。
※2019.3 ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画~印象派、記憶への旅にて撮影 -
ラウル・デュフィ「エプソム、ダービーの行進」1930年
ロンドン郊外、エプソムで開かれるダービーは英国で最も格式の高いレース。 ヨーロッパの競馬場は女性がお洒落を競う場所でもありました。
両親とも音楽家で、根底に音楽の素養を持つ画家に育ったデユフィの リズム感が溢れ、鮮やかな色彩の帯が互いに響きあうパノラマ。 初夏の祝祭の一日が晴れやかに表現されています -
アンドレ・ドラン「風景の中の裸婦」1925-26年
1920年代以降、ドランの古典への傾倒を示す作品であり、風景の中の裸婦というルネサンス的な舞台設定となっています -
モーリス・ド・ヴラマンク「木のある風景」1950年頃
1901年に見たゴッホ展に衝撃を受け、マティスらとともに激しい色彩による画風を展開し、フォーヴィスム(野獣派)のひとりと考えられています。フォーヴィスムの嵐のあとも、ゴッホを目標に荒々しい画風に、独特の雰囲気を加えて、情趣豊かな風景画を描き続けました -
パブロ・ピカソ「酒場の二人の女」1902年
ピカソの「青の時代」にあたるのは1901年から1904年。これは、ピカソの親友カサマジェスが1901年初頭に自殺したことがきっかけでした。19歳だったピカソは、バルセロナとパリを往復しながら、青を主調色に貧しい人々の姿を描き、生と死、貧困といったテーマへと踏み込んでいきます。この時期のピカソは困窮しており、制作された絵画の多くは同じキャンバスに何度も描き直しされています -
パブロ・ピカソ「女の半身像(フェルナンド)」1909年
ジョルジュ・ブラックとともに幾何学的な様式を模索していたピカソは、1909年(27歳のとき)にキュビスムを確立。1912年にはコラージュも取り入れ、独自の表現を探求していきました。 -
パブロ・ピカソ「仔羊を連れたパウロ、画家の息子、二歳」1923年
1921年、オルガとの間にピカソの最初の子供であるパウロが生まれています。ちょうどパウロが生まれた頃に古典への傾倒が始まり、当初はオルガとともに母子像で描かれていましたが、1923年になるとパウロが単独の肖像画として描かれるようになりました。 -
パブロ・ピカソ「女の半身像」1970年
第二次世界大戦後ピカソは、南仏を転々とした後、45歳年下の2番目の妻、ジャクリーヌ・ロックと最後の住まいとなった南仏ムージャンで生活をはじめます。最晩年になってなお、旺盛な制作意欲をもっており「子供のように描きたい」と望んでいたピカソですが、まさにこの作品ではそれが実現しています。 -
パブロ・ピカソ「母子像」1921年
表現として頭部や手足を大きく誇張すすことで重厚感が誇張され、体の部分がまるでブロックのような印象を受けます。対象を単純な形の組み合わせで表現するキュービズムの技法との共通点を感じます。一方で衣服などの影の個所は光が透けるほど薄く、明るい箇所は厚く絵具を塗っています。これはレンブラントやベラスケスなど17世紀の巨匠たちからの、伝統的な技法に忠実にあろうとするピカソの意識を読み取ることができます。
※R4.10 ポーラ美術館開館20周年記念展 ピカソ 青の時代を超えてにて撮影 -
パブロ・ピカソ「四人の水浴する女」1920年
1920年夏、ピカソはオルガとともに南仏アンティーブ岬の麓の小さな町ジュアン=レ=バンで過ごしています。この作品は、ピカソが古典的傾向を示した最盛期の重厚な形態表現とは異なり、輪郭線とわずかな陰影で水浴する女性の形態を見事に描いています。
※R4.10 ポーラ美術館開館20周年記念展 ピカソ 青の時代を超えてにて撮影 -
パブロ・ピカソ「画家とモデル」1970年
この作品は、1971年春にパリのルイーズ・レイリス画廊で開かれた「ピカソ-1969年12月15日から1971年1月12日の間のデッサン」展に出展された作品です。約2年間のデッサン194点には、さまざまなテーマの作品が見られますが、1970年7月前半には多くの「画家とモデル」シリーズが描かれました。
※R4.10 ポーラ美術館開館20周年記念展 ピカソ 青の時代を超えてにて撮影 -
パブロ・ピカソ「手を組む女」1959年
※R4.10 ポーラ美術館開館20周年記念展 ピカソ 青の時代を超えてにて撮影 -
ジョルジュ・ブラック「果物入れと果物」1935年
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フェルナン・レジェ「踊り(第1作)」1929年
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この旅行記へのコメント (2)
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- +mo2さん 2024/05/21 08:08:03
- おはようございます。
- おはようございます。たらよろ様
ひろしま美術館は、ポーラ美術館で共同展覧会をみた後、行きたかったんですが、今回念願かないました。地方にもいい美術館たくさんありますので、また訪問したいと思います
+mo2
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- たらよろさん 2024/05/20 22:19:39
- 衝撃を受けたことを覚えています
- こんばんは、+mo2さん
随分前になりますが、
ちょっとした時間潰しのつもりで、
ひろしま美術館に行きました。
何の予備知識もないままに入って、
そして、シャガールやモネなど、名だたる画家さんの作品がたくさんあって、
凄く衝撃を受けました。
何て凄い美術館なんだーって。
地方都市にこんな素晴らしい作品があったんだなぁーって。
そんなことを思い出した旅行記でした。
たらよろ
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