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富山港周辺、滑川を散策した後、本日の宿泊地・高岡にやってきました。<br />高岡と云えば瑞龍寺が思い浮かぶのですが、色々と事前に調べていたら、瑞龍寺だけではなく、高岡市は古い街並みが残る歴史ある街であることが分かりました。<br />夕刻でしたが時間の許す限り、高岡の街をぶらぶらと散策してみます。

富山訪問2023③(加賀前田家二代目藩主・前田利長公を祀る国宝寺院:高岡市Ⅰ・瑞龍寺、総持寺、高岡関野神社、高岡御車山会館他)

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2023/03/10 - 2023/03/11

186位(同エリア629件中)

旅行記グループ 富山訪問

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赤い彗星

赤い彗星さん

この旅行記スケジュールを元に

富山港周辺、滑川を散策した後、本日の宿泊地・高岡にやってきました。
高岡と云えば瑞龍寺が思い浮かぶのですが、色々と事前に調べていたら、瑞龍寺だけではなく、高岡市は古い街並みが残る歴史ある街であることが分かりました。
夕刻でしたが時間の許す限り、高岡の街をぶらぶらと散策してみます。

旅行の満足度
4.5
  • 滑川から、本日の宿泊地の高岡に移動。<br />高岡駅瑞龍寺口から、歩いて約10分ほどの場所にある瑞龍寺に向かうため、綺麗に整備された瑞龍寺の参道を歩いています。<br />明日まで天気が崩れる予報でしたが、午前中雨がぱらついただけですっかり天気も回復しました。

    滑川から、本日の宿泊地の高岡に移動。
    高岡駅瑞龍寺口から、歩いて約10分ほどの場所にある瑞龍寺に向かうため、綺麗に整備された瑞龍寺の参道を歩いています。
    明日まで天気が崩れる予報でしたが、午前中雨がぱらついただけですっかり天気も回復しました。

  • 瑞龍寺が経営している参道の麒麟茶屋で販売されている大判焼きの看板。

    瑞龍寺が経営している参道の麒麟茶屋で販売されている大判焼きの看板。

  • 高岡山 瑞龍寺の石碑に到着しました。

    高岡山 瑞龍寺の石碑に到着しました。

  • 正面に重要文化財の大きな総門が見えています。<br />総ケヤキ造りの薬医門です。

    正面に重要文化財の大きな総門が見えています。
    総ケヤキ造りの薬医門です。

    瑞龍寺 寺・神社・教会

    国宝に指定されている前田利長の菩提寺 by 赤い彗星さん
  • 銅板葺替以前に使用されていた法堂の鬼瓦が展示されていました。<br />隣の建物と比べて貰えばわかりますが、鬼瓦とは思えないほど巨大な瓦です。

    銅板葺替以前に使用されていた法堂の鬼瓦が展示されていました。
    隣の建物と比べて貰えばわかりますが、鬼瓦とは思えないほど巨大な瓦です。

  • 瑞龍寺は曹洞宗寺院で、境内は禅宗仕様の伽藍配置になっています。<br />人体になぞらえて伽藍配置されているのは知りませんでした。

    瑞龍寺は曹洞宗寺院で、境内は禅宗仕様の伽藍配置になっています。
    人体になぞらえて伽藍配置されているのは知りませんでした。

  • 瑞龍寺は、加賀前田家2代当主・利長の菩提寺で、3代当主・利常により建立されたため、総門には前田家の加賀梅鉢紋が装飾されています。<br />5つの円を梅の花に見立てており、前田家が菅原道真の子孫を称していたことから、道真が使用していた梅鉢紋を用いていたそうです。

    瑞龍寺は、加賀前田家2代当主・利長の菩提寺で、3代当主・利常により建立されたため、総門には前田家の加賀梅鉢紋が装飾されています。
    5つの円を梅の花に見立てており、前田家が菅原道真の子孫を称していたことから、道真が使用していた梅鉢紋を用いていたそうです。

  • 総門から山門に至る通路の周りは、広大な白砂利に覆われたスペースが拡がっています。

    総門から山門に至る通路の周りは、広大な白砂利に覆われたスペースが拡がっています。

  • 国宝の山門。総門同様、総けやき造りで柿葺き屋根の山門です。<br />寺院建立時に建てられた山門は、延享3年(1746)火災で失われており、文政3年(1820)に再建されたものが、現在の山門です。

    国宝の山門。総門同様、総けやき造りで柿葺き屋根の山門です。
    寺院建立時に建てられた山門は、延享3年(1746)火災で失われており、文政3年(1820)に再建されたものが、現在の山門です。

  • 瑞龍寺の山号である高岡山の扁額が、山門に掛けられています。

    瑞龍寺の山号である高岡山の扁額が、山門に掛けられています。

  • 山門を護る金剛力士像(吽像)。

    山門を護る金剛力士像(吽像)。

  • 山門を護る金剛力士像(阿像)。

    山門を護る金剛力士像(阿像)。

  • 山門をくぐると、周囲を回廊に囲まれた境内の正面に国宝の仏殿が建っています。<br />昭和後期に10年の歳月を掛けて修繕工事が行われ、創建当時の姿に回復されました。ガイドさんの話によると、修繕されるまで一部崩れた場所や壁の剥落なども多く、かなり傷んだ状態だったようです。

    山門をくぐると、周囲を回廊に囲まれた境内の正面に国宝の仏殿が建っています。
    昭和後期に10年の歳月を掛けて修繕工事が行われ、創建当時の姿に回復されました。ガイドさんの話によると、修繕されるまで一部崩れた場所や壁の剥落なども多く、かなり傷んだ状態だったようです。

  • 左手には、回廊に連なった場所に重要文化財の禅堂。

    左手には、回廊に連なった場所に重要文化財の禅堂。

  • 右手には、こちらも重要文化財の大庫裏。

    右手には、こちらも重要文化財の大庫裏。

  • 国宝の仏殿。内部は撮影禁止です。<br />総欅造りで屋根は鉛板で葺かれている珍しい建物です。<br />屋根が鉛板で葺かれている建物は、瑞龍寺仏殿と金沢城石川門だけだそうです。<br />どちらも加賀前田家が造営した建物ですね。

    国宝の仏殿。内部は撮影禁止です。
    総欅造りで屋根は鉛板で葺かれている珍しい建物です。
    屋根が鉛板で葺かれている建物は、瑞龍寺仏殿と金沢城石川門だけだそうです。
    どちらも加賀前田家が造営した建物ですね。

  • 国宝の法堂。江戸時代前期の建物です。<br />加賀二代藩主の前田利長の菩提を弔うために、三代藩主の利常により建立された寺院なので、法堂の中央奥内陣には、利長のご位牌が安置されています。

    国宝の法堂。江戸時代前期の建物です。
    加賀二代藩主の前田利長の菩提を弔うために、三代藩主の利常により建立された寺院なので、法堂の中央奥内陣には、利長のご位牌が安置されています。

  • 回廊からちょこんと飛び出ている2階建ての建物は鐘楼です。<br />望楼型天守もしくは、櫓のようにも見えます。<br />城郭近くの寺院は、戦時は出城や砦として利用する前提で造られていたので、実際に櫓として利用する目的もあったかもしれませんね。

    回廊からちょこんと飛び出ている2階建ての建物は鐘楼です。
    望楼型天守もしくは、櫓のようにも見えます。
    城郭近くの寺院は、戦時は出城や砦として利用する前提で造られていたので、実際に櫓として利用する目的もあったかもしれませんね。

  • 周囲の建物と比べて、年季が入っているように見える燈籠。

    周囲の建物と比べて、年季が入っているように見える燈籠。

  • 法堂に掛けられている瑞龍寺の扁額。

    法堂に掛けられている瑞龍寺の扁額。

  • 法堂の内部は、廊下部分は撮影可でした。

    法堂の内部は、廊下部分は撮影可でした。

  • 瑞龍寺の伽藍配置を現したミニチュア。<br />瑞龍寺は、前田家の菩提寺ということで特定の檀家などもなく、施設の維持管理は拝観料収入に大きく頼っているので、沢山の人が訪問してくれるとうれしいとガイドさんがおっしゃっていました。

    瑞龍寺の伽藍配置を現したミニチュア。
    瑞龍寺は、前田家の菩提寺ということで特定の檀家などもなく、施設の維持管理は拝観料収入に大きく頼っているので、沢山の人が訪問してくれるとうれしいとガイドさんがおっしゃっていました。

  • かなり傷んでしまっていて元の状態の想像が付きませんが、格天井には色鮮やかな絵画が描かれていたと思われます。

    かなり傷んでしまっていて元の状態の想像が付きませんが、格天井には色鮮やかな絵画が描かれていたと思われます。

  • 重要文化財の大茶堂。全国で瑞龍寺含めて2例しか確認されていない珍しい建物です。七堂伽藍と書院や小庫裏の間に位置していて、火災時の類焼を防ぐため、壁面は土蔵並みの土壁。天井も船底形に漆喰で固められた土天井になっており、完全な防火対策が取られています。

    重要文化財の大茶堂。全国で瑞龍寺含めて2例しか確認されていない珍しい建物です。七堂伽藍と書院や小庫裏の間に位置していて、火災時の類焼を防ぐため、壁面は土蔵並みの土壁。天井も船底形に漆喰で固められた土天井になっており、完全な防火対策が取られています。

  • 鐘楼にぶら下がっている小さめの鐘。<br />他の寺院のように、境内に単独の建物として建っているわけではないので、天候が悪くても往来に不便しない造りです。豪雪地帯の寺院という事も関係しているのかもしれません。

    鐘楼にぶら下がっている小さめの鐘。
    他の寺院のように、境内に単独の建物として建っているわけではないので、天候が悪くても往来に不便しない造りです。豪雪地帯の寺院という事も関係しているのかもしれません。

  • 鐘楼の1階に安置されている延命地蔵菩薩。

    鐘楼の1階に安置されている延命地蔵菩薩。

  • 法堂から見た仏殿。

    法堂から見た仏殿。

  • 法堂から山門まで、ぐるりと巡っている回廊。<br />日差しが差し込み、非常に明るい廊下ですが、先が見えないくらい長い直線廊下です。

    法堂から山門まで、ぐるりと巡っている回廊。
    日差しが差し込み、非常に明るい廊下ですが、先が見えないくらい長い直線廊下です。

  • 瑞龍寺の境内の風景①

    瑞龍寺の境内の風景①

  • 先程境内から見た大庫裏の内部。<br />複数の大釜を炊くことの出来る大きな竈です。

    先程境内から見た大庫裏の内部。
    複数の大釜を炊くことの出来る大きな竈です。

  • 台所(庫裏)の守り神韋駄尊天が安置されていました。<br />お釈迦様のために快足を飛ばして食事を用意(御馳走)していたことから、台所の守護神として祀られています。

    台所(庫裏)の守り神韋駄尊天が安置されていました。
    お釈迦様のために快足を飛ばして食事を用意(御馳走)していたことから、台所の守護神として祀られています。

  • 東司(厠)に安置されていた烏枢沙摩明王のレプリカ。<br />(実物も安置されていますが撮影禁止。)<br />不浄を転じて清浄と成すトイレの神様です。

    東司(厠)に安置されていた烏枢沙摩明王のレプリカ。
    (実物も安置されていますが撮影禁止。)
    不浄を転じて清浄と成すトイレの神様です。

  • 瑞龍寺の境内の風景②

    瑞龍寺の境内の風景②

  • 禅堂前の回廊部分。<br />回廊と建物が一体化していて、回廊に出入り口が付けられている様式です。

    禅堂前の回廊部分。
    回廊と建物が一体化していて、回廊に出入り口が付けられている様式です。

  • 重要文化財の禅堂。<br />座禅修行する場ということで、入口に「坐禅」の看板がぶら下がっています。<br />京都の東福寺、萬福寺と並んで、重要文化財に指定されている禅堂の一つです。

    重要文化財の禅堂。
    座禅修行する場ということで、入口に「坐禅」の看板がぶら下がっています。
    京都の東福寺、萬福寺と並んで、重要文化財に指定されている禅堂の一つです。

  • 庫裏前の回廊に架かっている事が多い、魚板がぶら下がっていました。

    庫裏前の回廊に架かっている事が多い、魚板がぶら下がっていました。

  • 瑞龍寺の境内の風景③

    瑞龍寺の境内の風景③

  • 瑞龍寺の送迎バスが、瑞龍寺前に止まっていました。

    瑞龍寺の送迎バスが、瑞龍寺前に止まっていました。

  • 運転手はドラえもん。<br />ちゃんとシートベルトは付けているけど、そもそも足が届いていないような。

    運転手はドラえもん。
    ちゃんとシートベルトは付けているけど、そもそも足が届いていないような。

  • 菩提寺である瑞龍寺近くに建っている前田利長の銅像。<br />高さ127cmの「銀鯰尾兜」と名付けられた兜を使用していました。

    菩提寺である瑞龍寺近くに建っている前田利長の銅像。
    高さ127cmの「銀鯰尾兜」と名付けられた兜を使用していました。

  • 総持寺を訪れようと近くまで来ましたが、参道を線路が横切っている場所を見つけたので寄り道してみます。一見通れそうな感じで柵はありませんが、線路に入るなと立札があるので、近くの踏切を渡って対面に廻り込みます。

    総持寺を訪れようと近くまで来ましたが、参道を線路が横切っている場所を見つけたので寄り道してみます。一見通れそうな感じで柵はありませんが、線路に入るなと立札があるので、近くの踏切を渡って対面に廻り込みます。

  • 槌宮神社の拝殿。<br />創建年代は不明ですが、南北朝時代から残る古い神社のようです。

    槌宮神社の拝殿。
    創建年代は不明ですが、南北朝時代から残る古い神社のようです。

  • 槌宮神社の本殿。<br />拝殿の裏手、小川を渡った離れた場所に鎮座しています。

    槌宮神社の本殿。
    拝殿の裏手、小川を渡った離れた場所に鎮座しています。

  • 先程対面から見かけた鳥居が建っています。<br />線路を挟んだ向かい側に総持寺が鎮座しています。

    先程対面から見かけた鳥居が建っています。
    線路を挟んだ向かい側に総持寺が鎮座しています。

  • 再度踏切を渡って、総持寺にやってきました。

    再度踏切を渡って、総持寺にやってきました。

  • 総持寺の周囲に安置されている六十六部の石仏群。<br />古代・中世の国数、六十六ヵ国を廻って納経する聖に因んで、六十六体の石仏を納めたものだそうです。三十八体が現存しています。

    総持寺の周囲に安置されている六十六部の石仏群。
    古代・中世の国数、六十六ヵ国を廻って納経する聖に因んで、六十六体の石仏を納めたものだそうです。三十八体が現存しています。

  • 平成15年に建立された本堂の曼荼羅堂。<br />総持寺は真言宗寺院ということで、堂内では弘法大師空海が伝えた真言密教を表す曼荼羅世界をイメージした仏像配置がなされているそうです。

    平成15年に建立された本堂の曼荼羅堂。
    総持寺は真言宗寺院ということで、堂内では弘法大師空海が伝えた真言密教を表す曼荼羅世界をイメージした仏像配置がなされているそうです。

    総持寺 寺・神社・教会

  • 鐘楼の前に高岡と呼ばれることになった由来が刻まれた石碑が建っています。<br />22世快雄和尚が、加賀前田家2代当主の前田利長に、関野と呼ばれていたこの地域を中国の古典から引用した高岡という地名に変更するよう提案したことが、現在の高岡の発祥となったそうです。

    鐘楼の前に高岡と呼ばれることになった由来が刻まれた石碑が建っています。
    22世快雄和尚が、加賀前田家2代当主の前田利長に、関野と呼ばれていたこの地域を中国の古典から引用した高岡という地名に変更するよう提案したことが、現在の高岡の発祥となったそうです。

  • 江戸時代に建てられた宝篋印塔。<br />本来の目的である納経のためではなく、弘法大師千五十年忌の際に記念建立されたものです。

    江戸時代に建てられた宝篋印塔。
    本来の目的である納経のためではなく、弘法大師千五十年忌の際に記念建立されたものです。

  • 重要文化財の千手観音菩薩像が納められているお堂。<br />年に1度、11月15日に御開帳されるそうです。

    重要文化財の千手観音菩薩像が納められているお堂。
    年に1度、11月15日に御開帳されるそうです。

  • 先程の門より立派で石碑も建っているので、こちらが表参道のようですね。

    先程の門より立派で石碑も建っているので、こちらが表参道のようですね。

  • 前田利長を祀っている高岡關野神社にやってきました。<br />高岡の街を造り、そこで生涯を終えた利長は、高岡の街の至る所で名前が出てきます。<br />5月1日に行われる「高岡御車山祭」では、7基の曳山が高岡市街を巡行します。曳山は、格納庫が境内に並んでいました。(高台にある神社の道路側側面。)

    前田利長を祀っている高岡關野神社にやってきました。
    高岡の街を造り、そこで生涯を終えた利長は、高岡の街の至る所で名前が出てきます。
    5月1日に行われる「高岡御車山祭」では、7基の曳山が高岡市街を巡行します。曳山は、格納庫が境内に並んでいました。(高台にある神社の道路側側面。)

  • 江戸時代が始まったばかりの1604年に射水郡水戸田の密蔵寺から分霊され、熊野宮と称したのが神社の始まりです。加久彌神社・関野神社・高岡神社の3社を合わせて関野三社と呼ばれていたものが、1806年に三社共に現在地に遷座し、同一の境内で祀られています。

    江戸時代が始まったばかりの1604年に射水郡水戸田の密蔵寺から分霊され、熊野宮と称したのが神社の始まりです。加久彌神社・関野神社・高岡神社の3社を合わせて関野三社と呼ばれていたものが、1806年に三社共に現在地に遷座し、同一の境内で祀られています。

    高岡関野神社 寺・神社・教会

  • 1914年(大正3年)に高岡共立銀行本店として建てられ、富山銀行本店として2019年まで使用されていました。東京駅を設計した辰野金吾による監修で建てられた、赤煉瓦製の県内唯一の本格西洋建築物です。

    1914年(大正3年)に高岡共立銀行本店として建てられ、富山銀行本店として2019年まで使用されていました。東京駅を設計した辰野金吾による監修で建てられた、赤煉瓦製の県内唯一の本格西洋建築物です。

  • 旧富山銀行本店前の高岡御車山会館に入場します。

    旧富山銀行本店前の高岡御車山会館に入場します。

    高岡御車山会館 美術館・博物館

    高岡御車山を通年展示している施設 by 赤い彗星さん
  • 高岡御車山会館は、先程訪れた高岡関野神社の例大祭として毎年行われている「高岡御車山祭」の高岡御車山を通年展示している施設です。

    高岡御車山会館は、先程訪れた高岡関野神社の例大祭として毎年行われている「高岡御車山祭」の高岡御車山を通年展示している施設です。

  • 2Fから見た高岡御車山。<br />豊臣秀吉が、後陽成天皇を聚楽第に迎える際に使用した御所車を前田利家が拝領し、二代利長が高岡城を築く際に、町民に御所車を与えたことが始まりと云われています。

    2Fから見た高岡御車山。
    豊臣秀吉が、後陽成天皇を聚楽第に迎える際に使用した御所車を前田利家が拝領し、二代利長が高岡城を築く際に、町民に御所車を与えたことが始まりと云われています。

  • モスラをイメージした飾りだと思ったら、胡蝶と名付けられた伝統的な飾りでした。寄木彫刻に漆塗りを加え、金箔を施している大きな飾りです。

    モスラをイメージした飾りだと思ったら、胡蝶と名付けられた伝統的な飾りでした。寄木彫刻に漆塗りを加え、金箔を施している大きな飾りです。

  • 7基の高岡御車山が、勢揃いした様子を現したミニチュア。

    7基の高岡御車山が、勢揃いした様子を現したミニチュア。

  • 重要文化財の菅野家住宅。<br />夕刻となりすでに閉まっていたので、明日再訪することにします。

    重要文化財の菅野家住宅。
    夕刻となりすでに閉まっていたので、明日再訪することにします。

    菅野家 名所・史跡

  • 商家をリノベーションし、商業施設として利用している山町ヴァレー。<br />古い街並みの残る山町筋に溶け込んでいます。

    商家をリノベーションし、商業施設として利用している山町ヴァレー。
    古い街並みの残る山町筋に溶け込んでいます。

    山町ヴァレー ショッピングモール

  • 高岡駅の古城公園口から、道路を渡った先の広場に「ドラえもんの散歩道」があります。ドラえもんの主要キャラクターたちが、笑顔で迎えてくれています。

    高岡駅の古城公園口から、道路を渡った先の広場に「ドラえもんの散歩道」があります。ドラえもんの主要キャラクターたちが、笑顔で迎えてくれています。

    ドラえもんの散歩道 名所・史跡

  • 高岡駅から、屋根付きの高架通路を通って5分程の場所にある、らぁめん次元さんにやってきました。

    高岡駅から、屋根付きの高架通路を通って5分程の場所にある、らぁめん次元さんにやってきました。

    らぁめん 次元 グルメ・レストラン

  • 富山のラーメンと云えば、富山ブラック。<br />高岡名物のコロッケと昆布おにぎりのセットを頂きました。<br />普通のコロッケなんだけど、揚げたてで美味しかった。

    富山のラーメンと云えば、富山ブラック。
    高岡名物のコロッケと昆布おにぎりのセットを頂きました。
    普通のコロッケなんだけど、揚げたてで美味しかった。

  • 高岡駅の古城公園口。<br />この高架の下の広場にドラえもんの散歩道が設けられています。

    高岡駅の古城公園口。
    この高架の下の広場にドラえもんの散歩道が設けられています。

  • 高岡駅瑞龍寺口方面のホテルに戻ります。

    高岡駅瑞龍寺口方面のホテルに戻ります。

    高岡駅

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