2024/02/24 - 2024/02/29
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nichiさん
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NHKのブラタモリで知った一乗谷遺跡。
朝倉の城と街がここにあったのは知っていましたが、キチンと発掘調査がなされ、一部街が復元されていることを知りました。
江戸より前の戦国の街を見るのにシニア夫婦はワクワク。
山に囲まれた一乗谷川沿いに東西約500メートル、南北約3キロメートルの一乗谷の街。戦国時代の城下町全体が遺跡となって残されているのは全国でもここだけです。
天然の要塞で、福井平野から少し山の中に入ったところにあります。
元々は南北朝時代から朝倉氏はここを拠点にしていましたが、応仁の乱により荒廃した京から、多くの公家や高僧、文人、学者たちがココに移り住みました。そのため、華やかな京文化がここで開花ています。最盛期には人口1万人を超え、京都から足利将軍である義昭を接待しています。
越前の中心地として栄えていたようですね。
信長に滅ぼされるまで。。。
朝倉と言えば朝倉義景。
小学校の時の授業で習った姉川の戦いで知った戦国武将です。
織田信長・徳川家康連合軍VS朝倉義景・浅井長政連合軍の戦いです。
浅井長政は、織田信長の妹であるお市の方を妻にもらったり、その3人娘は日本一有名な三姉妹(淀君、お初、お江)になるわけですが、それに対し朝倉義景は平安時代から続く伝統ある家柄である以外、謎が多い武将です。
NHKの大河ドラマでユースケ・サンタマリアが演じていたのが記憶に新しいです。
信長に焼き払われてしまった一乗谷ですが、だからこそ江戸時代から明治大正昭和にかけて長い間、農地となって現代まで残ることができたのですね。
これはまた奇跡でもありますね。
朝倉氏が築いた室町戦国の街、じっくりと拝見することができました。
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永平寺から車で30分。
一乗谷朝倉氏遺跡に到着しました。
冷たい雨が降ってます。。。 -
ココは、一乗谷の街の玄関口です。
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足羽川に沿って南北に細長い城下町を築いていましたが、ココは街の北側の入口です。
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東西の山が迫り、幅が約80mと狭くなったところに設けられた北側の街の入口で、下城戸と呼ばれる場所です。
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10t~40tの石が積まれています。
この下城戸は、重要な防御施設になっています。 -
大きな壁になっている幅15m高さ4.5mの土塁と大きな石積みがそれを物語っています。
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戦国時代が偲ばれます。
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一乗谷川の奥には石垣が見えます。
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その上には町が広がっていたのですね。
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一乗谷の街の玄関口であった下城戸から車で数分。
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一乗谷史跡公園に到着しました。
冷たい雨が降ってます。
ちょっとミゾレ??
が降ってます。。。 -
一乗谷の復元された街並みに入ってみます。
330円×2名 -
一乗谷のMAPを戴きました。
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このポスターがわかりやすい。
手前の大きな川が足羽川で、そこから上(南)に伸びているのが一乗谷川です。
山に囲まれた一乗谷川沿いに東西約500メートル、南北約3キロメートルの一乗谷の街。
というのがこの空撮でよくわかります。 -
最初に一乗谷についての解説ビデオを拝見します。
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街の模型で説明を受けました。
一乗谷川の左岸には川に近い所に町家群、そして中級武士の屋敷。
そしてその奥に上級武士の屋敷が並んでいました。
京都のように整然と町割りができていたことがわかります。
約200mの道路に面して整然と並ぶ街並みを、発掘調査で見つかった塀の石垣や、建物礎石をそのまま使い、出土品に基づいて忠実に再現したそうです。
さあ復元された街並みに行ってみましょう。
戦国時代にタイムスリップ! -
敵の侵入に備え、先が見通せないように、そして大人数が一直線に攻めてこられないようにT字路やクランクになっています。
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クランクを超えて、街を歩いてみます。
ミゾレが止んで急に晴れてきた! -
ちゃんと水路ができています。
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左側(川側)に中級武士の館が並んでおり、右には上級武士の屋敷が並んでいました。
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左側の門を入ってみます。
礎石の上に4本の柱が立っているのが薬医門。
2本の柱で立っているのが棟門ですが、薬医門は上級武士の屋敷の門で、棟門は中級武士の館の門です。
この門は棟門ですので中級武士の館の門ですね。 -
中に入って、門を振り返ります。
門越しに上級武士の館の壁が見えますね。 -
中級武士の館でもそこそこ広いですね。
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敷地の真ん中に井戸がありますが、この街では各家に井戸があったようです。
共同井戸ではありません。 -
左側の再現された小屋に行ってみます。
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中は粗末なつくり。
中級武士の使用人の家のようです。 -
ココは水回り。
下水につながっているようです。 -
奥にあったこの建物は?
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トイレです!
これ、ブラタモリで見た!
日本一古い金隠しが発見されたのがココです!
後ほど、博物館でその金隠しを拝見しました。 -
街の中で多くのこのような穴が見つかって何の穴かわからず、科学的に分析したら多くの寄生虫の卵の化石が発見され、トイレであることが判明したそうです。
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トイレの奥には母屋。
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母屋に入ってみましょう。
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室内には畳が敷かれ、部屋の間には障子などの引戸があったようです。
江戸時代より前のことです。
ビックリですね~
柱や梁にはカンナやチョウナを使った跡が、、、
一乗谷が文明的な場所であったことがわかります。 -
将棋が盛んであった一乗谷。
今の将棋と一つ違うのが、酔象という駒があったこと。
この駒、王の前に置き、真下以外にすべて動くことができる駒だったようです。
この酔象があったころの将棋はなかなか勝負がつかなかったそうです。
発掘でここまでわかったのですね~ -
ここは土間です。
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大きな囲炉裏と炊事場がありました。
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風呂も。。。
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建物の周りのには、石で囲った溝があって、碓井が流れるようになっています。
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回りをキチンと土塀で囲まれています。
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一乗谷川越しの対岸が見えます。
一番高い所(標高473m)に一乗谷城の一の丸、二の丸、三の丸がありました。 -
再び通りに出ました。
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ココに多くの往来があったのですね。。。
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今度は道路の反対側の礎石の上に4本の柱が立っているのが薬医門をくぐってみます。
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ココには上級武士の館がありました。
上級武士の館は復元されていません。 -
朝倉氏の重鎮のお屋敷であったようです。
この上級武家屋敷の中だけで6ケ所もの井戸が発見されています。
敷地の北側には工房の跡が発見されており、武家屋敷の中に職人が配置されていたそうです。
庭園跡も発見されており、和歌や茶の湯が屋敷の中で楽しまれていたのですね~
石が並んでいる奥は隣の武家屋敷です。 -
さらに北に進みます。
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さっきまでのみぞれ交じりの雨が嘘のように晴れてきました。
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めっちゃ寒いけど・・・
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ココには商家が復元されています。
ココも発見された石垣や溝などの遺構を使って建物を復元しています。 -
一乗谷川越しの一乗谷城の山が正面に見えます。
城からは街の様子がよく見えていたのですね。 -
このお店は焼物などを売るお店です。
妻が焼物を売っています。
奥には鎧兜が。。。
いつでも出陣できるように準備がされていました。
左の戸の影から子供が覗いていますが、その奥は狭い寝室です。
生活用具など、発掘されたものから色々判ってきて復元したのですね。 -
角のお店に入ってみました。
土間の真ん中に井戸があります。
共同井戸ではなく、各戸に井戸があったのがこの一乗谷の特徴だそうです。
江戸時代だって下町は共同井戸だったのに、ビックリですね~
また、一乗谷の井戸は京都のような木製ではなく、雪に強い石で造られています。
右奥に瓶や炊事道具が並んでいます。 -
商家の窓は板で、下から開くタイプです。
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こちらは染物屋さんでしょうか?
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染物に使ったと思われる多くの瓶が発見されたようです。
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商家の裏側には厠があって、小さな庭もあります。
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隣の商家は、
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お米屋さん??
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そもそも商家の建築には、多くの職人がかかわっており、
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チョウナやカンナが発見されています。
建物は、礎石の上に柱を載せて建てる工法ですが、柱と壁、開き戸と引戸など、色々発見されています。
鋳物職人、鍛冶職人、曲物師、織物師、研師、などの職人がいたことがわかっています。
凄いね~~ -
いいお天気になってきましたね~
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商家の反対側は武家屋敷。
この館も朝倉家の重臣の屋敷とのことです。
薬の調合の書籍や調合の為の道具が発見されており、医師がいたこともわかっています。
なななんと、日本で2番目となった医学書はこの朝倉で出版されています。 -
復元された街並エリアを出て、一乗谷川を渡ります。
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一乗谷川です。
この川、氾濫して街が水没することもあったそうです。
でも土地が肥沃な大地となって田畑が潤うのはエジプトのナイル川と同じですね。 -
川を渡った一乗谷川の右岸は、朝倉一族の館と一乗谷城があったところです。
川上に400mほど歩いて行くと、町の南の入口である上城戸跡があるようです。
下城戸跡のように大きな土塁があるようです。
そこまでは行かず、諏訪館跡に向かいます。
諏訪館まで50m? -
目の前のこんもりした丘が諏訪館跡のようです。
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ココに諏訪館がありました。
朝倉義景の妻であった「小少将」の館です。
大きな館だったのですね~ -
諏訪館跡の奥には、立派な庭園の跡がありました。
4mを超える巨石が庭の中心でした。
朝倉義景の妻で、美しさのあまり義景が政務を放棄してしまうほどだったそうです。
寵愛するあまり、莫大な資金を投じて小少将の住まい「諏訪館」を建設したほか、贅沢好きの小少将の言うがままに華美な生活を送っていたと言われています。
凄いですね~~
姉川の戦いに朝倉が敗れたのも、政務放棄という説もあるようです。 -
諏訪の館跡からは、一乗谷の街が一望にできます。
こちらは一乗谷川の川下方面。
先ほど訪れた再現された街も良く見えます。 -
アップで!
ココからみんなの生活も良く見えたのでしょうね~ -
こちらは街の南側で一乗谷川の川上方面です。
両側から山が迫っている所に土塁が見えます。
あそこが街の南側の入口ですね。 -
左右から迫る尾根の一番狭い所に土塁が見えますね。
あれが上城戸跡です。 -
さらにアップで!
この土塁、長さ100m、高さ5m。
この土塁の上にはさらに塀があったと考えられています。
一乗谷の南側の入口です。 -
諏訪館跡の石垣です。
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諏訪屋敷跡から山の中腹を北側に歩いて行くと、空堀の橋の上から下を眺めました。眼下に広い朝倉館跡が見えます。
一乗谷川の向こうは復元された街並みエリアです。 -
さらに山の中腹を北に歩きます。
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ここは朝倉義景の実母であった光徳院のための屋敷です。
中の御殿と言われた館の跡です。
朝倉義景の華やかな時代の象徴の一つです。
この屋敷の奥にも庭園の跡が発見されています。 -
中の御殿から山の中腹をさらに数十メートル北に進むと湯殿跡庭園に出ます。
朝倉屋敷跡を見下ろす高台にあります。
どの石も力強い表情を見せています。
当時、京都で流行していた石もあるそうです。
水路と池の跡が発見されています。 -
湯殿跡庭園の真下は朝倉義景の館があったところです。
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ここから朝倉屋敷跡に下りて行きます。
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眼下に見えるのは、朝倉義景の館があった場所。
規則正しく並んだ石の上に、建物の柱が立ち、大きな建物群を構成していたようです。
ココには朝倉義景が将軍であった足利義昭を招き、盛大にもてなした記録が残っています。 -
空堀が見えます。
ずっとこの山を上がって行くと、山の頂上一乗谷城の一の丸、二の丸、三の丸の跡があります。
ここから約1時間で登れるそうです。
行かないけど。。。 -
ココにいは朝倉義景の墓所もあります。
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朝倉氏滅亡の後、江戸時代にココに菩提寺(松雲院)が建てられ、後に移転しています。
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ココに大きな朝倉義景の館があったのですね。
十数棟の建物が並んでいたことがわかっています。
主殿、会所、日本最古の花壇、台所や厠、蔵などが整然と並んでいたようです。
屋敷の一部が朝倉氏遺跡博物館に復元されていますので、後程伺ってみました。 -
朝倉義景の館跡の入口には唐門があります。
これは、朝倉義景の菩提を弔うために移築された松雲院の山門で、豊臣秀吉が朝倉義景の善提を弔うために寄進したものと伝えられています。 -
だから、屋根の上には朝倉のの紋。
屋根の下には豊臣の紋があります。
面白いですね~ -
門を出ると、左右に館を囲むように堀があります。
こちらが北側。 -
こちらは南側。
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立派な門ですね。
きちんと残してほしいものです。 -
堀越しに唐門を撮影。
良く残ってましたね。
このアングル、一乗谷の紹介でよく見る絵です。 -
山を見上げると空堀が見えます。
先ほど通ってきた、諏訪館跡庭園と湯殿跡庭園を結ぶ橋が見えます。 -
一乗谷川まで戻ってきました。
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静かに流れる一乗谷川です。
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ここも発掘されたエリアです。
多くの井戸の跡が見えます。 -
各戸に井戸があったことがよくわかりますね。
さあ朝倉氏遺跡博物館に行ってみましょう。
つづく
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