2023/08/28 - 2023/08/30
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公共交通トラベラーkenさん
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この旅行記のスケジュール
2023/08/28
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軟式野球発祥の地
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班女塚
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八坂神社 大政所御旅所
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鉄輪の井戸
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八坂神社 御旅所 (西御殿)
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熱帯食堂 四条河原町店
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圓徳院 三面大黒天尊
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台所坂
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臺所門
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高台寺天満宮
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高台寺 開山堂
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高台寺 霊屋
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高台寺 傘亭
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高台寺 時雨亭
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利生堂
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菅原道真公 産湯の井戸
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日本聖公會初代監督シ・エム・ウィリアムス師旧邸
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この旅行記スケジュールを元に
2023年8月28日(月)~30日(水)の2泊3日で京都観光に出かけてきました。今までJR東海ツアーズの「フィフティプラス」という格安プランを利用して関西旅行に出かけていたのですが、そのプランが2023年9月をもって終了することになりました。今回は最後の「フィフティプラス」プランということで四条駅近くのホテルを起点に、主に京都の北側を観光します。猛暑の中、汗だくの観光で体力の消耗は激しかったのですが、カフェで休憩をしたりしながらなんとか2泊3日の行程をこなしてきました。
【旅行記その1】は、高台寺とその隣にある霊山観音(りょうぜんかんのん)がメインの観光地になります。豊臣秀吉の正室である北政所が建立した高台寺は有名な観光スポットですが、霊山観音の方は第二次世界大戦の戦没者および戦争の犠牲者を追悼するために1955年(昭和30年)に建立されたものです。あまり観光客が訪れる場所ではないかもしれませんが、実際に入ってみると結構いい感じの場所でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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新横浜から京都まで新幹線のぞみで約2時間、地下鉄に乗り換えて数分で四条駅下車、徒歩でホテルに向かいます。昔に比べて京都はとても近い場所になったと感じます。
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ホテルリソル京都 四条室町に宿泊します。まだチェックインはできないので、大きな荷物だけ預かってもらい、観光に出かけます。
観光に便利な立地 by 公共交通トラベラーkenさんホテルリソル京都 四条室町 宿・ホテル
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ホテルを出てさっそく観光開始です。
まずは繁昌神社という小さな神社を訪れます。 -
全国で唯一の商売繁昌についての神社と称しているそうです。
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清和天皇の御代(858年-876年)、藤原繁成という人の邸宅に功徳池という池があったそうです。延喜年間(901年-922年)、功徳池の中島に、安芸国の宮島から宗像三女神を勧請したのが繁昌神社の起源になります。
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立て看板の解説によると、この神社は元々、「班女ノ社」とも、「半女の社」とも称し、牛頭天王の妃針才女を祀り、それが転訛して班女になったと伝えられているそうです。また「宇治拾遺物語」巻三に「長門前司の娘が亡くなった後、遺骸を運び出そうとしたが動かず、塚になった」とあり、その塚が社の北西に今も残っている班女塚であるとのこと。
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繁昌神社の向かいには古い学校の建物がありました。門の看板には「京都市立成徳中学校」とありました。1869年、下京番組小学校の誕生を創立起源とする、大変歴史のある学校だったようです。学校は2007年3月末に閉校となっています。
旧成徳中学校 名所・史跡
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敷地の隅っこに子供の像があります。「軟式野球発祥の地」と書かれていました。
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軟式野球は日本発祥のスポーツなんだそうです。軟式野球のルール制定やボールの開発に京都の学校教員や文具商が関わっていたことから、京都が軟式野球発祥の地と言われているようです。
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班女塚を探して区画をぐるりと歩いてきました。
細い路地が続いているのでどうやらここらしい。 -
路地の突き当りに小さな社がありましたが、ここは延命地蔵大菩薩と天道大日如来とあるので違うようです。
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曲がり角を曲がったところに石の塚がありました。これが班女塚ですね。班女とは前漢11代皇帝・成帝に寵愛され、後にその寵を失い、失意の内に皇帝の許を去った班倢伃(はん・しょうよ)という女性。
この班女塚も男性と縁のなかった長門前司の娘を慰めるために設けられた塚で、未婚の女性がこの前を通れば破談となるという言い伝えがあるそうです。 -
続いて烏丸通の四条駅近くにやって来ました。八坂神社大政所御旅所という小さな社があります。
ここはかつて、祇園祭の神輿渡御のとき、三基の神輿のうち、大政所(素戔嗚尊)神輿と八王子(八柱御子神)神輿の二基が安置される場所でした。ちなみに残る一基は少将井(櫛稲田姫命)神輿で、烏丸竹屋町にあった少将井御旅所に渡御していました。
後に天正十九年、豊臣秀吉によりこれら二つの御旅所が四条寺町に移築・統合されて、現在の御旅所になりました。八坂神社大政所御旅所 寺・神社・教会
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寺社観光が続きます。次は平等寺。
平等寺 寺・神社・教会
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がん封じの祈祷で有名なお寺なんだそうです。
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境内には参拝客の姿が多く見られます。今でも人気のお寺みたいです。
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観音堂ではお坊さんが御祈祷の最中です。ここは洛陽三十三所観音霊場第27番札所になっています。
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松原通という路地を歩きます。所々に古い店構が残っています。
金庫専門店がありました。 -
紙の専門店。
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松原通から堺町通に入り、鉄輪の井戸という場所にやって来ました。住宅の隙間の細い路地の先にあるようです。入り口の戸は自分で開けて良いのでしょう。
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観光スポットとは思えないような通路です。
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昔この辺りにある夫婦が住んでいた。夫が浮気をしたため妻は嫉妬に怒り狂い、貴船神社に呪いの願掛けをした。呪詛の満願の前日である六日目に、女は力尽きて自宅近くの井戸のそばで息絶えていた。哀れに思った者が、女がかぶっていた鉄輪(三本の足を持つ鉄の輪)を塚と見立てて葬り、やがてその井戸は「鉄輪井戸」と呼ばれるようになった、という伝説があるそうです。
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ここの井戸の水を飲むと悪縁が切れるという「縁切りの井戸」の俗信があるんだとか。
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井戸のお隣にはお稲荷さんもありました。
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この鉄輪の井戸を題材にした謡曲「鉄輪」というのがあるらしい。
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伝説や謡曲ではかなり有名らしい鉄輪の井戸ですが、実際の場所は本当にわかりにくい場所にありました。
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続いて佛光寺にやって来ました。
佛光寺 寺・神社・教会
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真宗佛光寺派の本山の寺院になります。
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広い境内には本堂の阿弥陀堂と親鸞聖人坐像他を安置する大師堂が並んで建っています。
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かなり立派な建物で見ごたえがありました。
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「見真」、智慧によって真理を見きわめること。
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境内には他にオシャレな食堂などもあります。開店前からお客さんがきて境内で待っていました。
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京都市学校歴史博物館の裏手にやって来ました。
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ここにも古そうな店構えの建物が残っています。
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「井上清七薬房」とあります。
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看板には「御めあらひ薬」と書かれています。300年も続く薬の老舗なんだそうですが、今でも営業しているのでしょうか?
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京都市学校歴史博物館の正面入り口にやって来ました。
京都市学校歴史博物館 美術館・博物館
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京都では、明治2年(1869年)に、日本で最初に番組小学校とよばれる学区制の小学校が64校つくられました。ここではその当時の資料などを展示しているようです。建物は、統廃合で閉校になった元番組小学校のひとつである開智小学校の校舎を利用しているそうです。
外観のみ見学して先に進みます。 -
御旅所(西御殿)。
観光客相手のお店が並ぶ四条通のアーケードにあります。お店一軒はさんで八坂神社 御旅所 (東御殿)があります。八坂神社御旅所 名所・史跡
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御旅所(西御殿)の横には冠者殿社というお社がありました。素戔嗚尊荒魂(すさのをのみことあらみたま)が祀られているそうです。いずれも重要文化財に指定されています。
冠者殿社 寺・神社・教会
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続いて染殿院 (染殿地蔵院)に入ります。
和菓子屋さんの店内を通り抜けて境内に入っていきます。染殿地蔵院 寺・神社・教会
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ここは大同3年(808年)に空海によって創建された小堂からその歴史が始まっています。安産祈願の寺として有名なんだそうです。
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狭いお堂ですが、なかなか密度が濃いです。
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なぜかたくさんのピーマンが供えられています。
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現在は時宗の寺院になっているようです。
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熱帯食堂四条河原町店というお店で少し早めのお昼ご飯にします。
熱帯食堂 四条河原町店 グルメ・レストラン
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タイ料理とバリ島料理を同時に食べられるお店なんだそうです。
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窓からは東華菜館本店の歴史的建造物が良く見えます。ヴォーリズ建築の美しい外観を楽しみながら食べましょう。
東華菜館本店の内部も見たいのですが、中華料理は高くて嫌です。 -
こちらはリーズナブルなお値段でボリューム満点のランチが来ました。バリ料理らしい、ピーナッツソースのかかったカツ。とても美味しかったです。
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こちらはタイ料理のカオソーイのスープにうどんが入ったもの。
こちらもとても美味しかった。 -
お隣の東華菜館本店入り口。
中華料理屋がつぶれて、建物だけ京都市が管理して一般公開するようになればいいなと考えています。 -
四条大橋からの眺め。
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鴨川を渡ります。
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仲源寺に入ります。
仲源寺 寺・神社・教会
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本尊の地蔵菩薩は目疾(めやみ)地蔵とも称されて眼病に霊験があるそうです。
旅行から帰ってすぐに会社で健康診断があったのですが、視力検査の結果が去年より良くなっていました。ご利益ありかもしれません。 -
こちらも小さな境内にギュッと濃縮されたお寺です。観音堂には千手観音像がいます。洛陽三十三所観音霊場第16番札所になっています。
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大きな提灯が風情を感じさせます。
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交差点を渡って大和大路通へ入ったところに変なお店があります。
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壹銭洋食というお店です。壹銭洋食とはお好み焼きのルーツとなった粉もの焼きの元祖みたいなものらしい。お昼を食べたばかりなので外観のみ見て先に進みます。
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賑やかな四条通を歩いていてもあまり面白くないので、細い路地に入って見ます。隠れ家的な小さな飲食店があっていい感じです。
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八坂神社までやって来ました。この辺りは浴衣で歩く観光客の姿が多く見られます。
八坂神社 寺・神社・教会
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新型コロナが流行していた時には大勢の人がここにお参りにきて疫病退散を祈ったことでしょう。
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八坂神社の南楼門から出て、細い路地を歩きます。
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圓徳院三面大黒天尊がありました。
三面大黒天 寺・神社・教会
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三面大黒天様の像は小さすぎてよくわかりませんでした。小さいですが、ご利益はちゃんとあるはずです。
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歌仙堂というのもありました。
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高台寺掌美術館に入ります。小さな美術館ですが、豊臣秀吉の正妻・北政所(ねね)が開いた高台寺と関連寺院に収蔵されてきた名品が展示されています。さらに百鬼夜行の絵画なども展示されていて、見ごたえがありました。
高台寺掌美術館 美術館・博物館
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圓徳院にも入ります。美術館と高台寺と圓徳院の3館共通入場券を購入しています。
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秀吉公好みの手水鉢というのが庭にありました。圓徳院は豊臣秀吉の正妻、北政所ねねが晩年の19年間を過ごした地です。伏見城の化粧御殿とその前庭を移築し、ここから秀吉の菩提寺として建立した高台寺に通いました。
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白砂の線引きが美しい南庭。外国人観光客のグループが庭に面した縁側に座ってお茶を飲んでいました。日本的な風景だということで外国人受けするのでしょう。
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襖や掛け軸の絵画が見ごたえがあります。丸山応挙の幽霊図が掛かっています。
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枯山水を自分で作ってみよう。
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赤松燎画伯遺作「白龍」。
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すごい迫力の襖絵です。
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きれいな襖絵が続きます。
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百鬼夜行図の展示。
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日本の妖怪は何となくコミカルな感じがして、親しみが湧きます。
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宗旦狐。京都市上京区の相国寺に伝わる化け狐です。お茶会に出たり、僧侶に化けて寺の為に尽力したり、なかなか見どころのあるやつです。
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現代の作家による百鬼夜行の絵巻も展示されています。
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北庭の端にある桧垣の手水鉢。
北庭と共に伏見城より移設したもの。室町時代の石の宝塔の笠石を横に立て、軒の部分を深く切り込み水穴を掘った珍しい手水鉢なんだそうです。 -
京都検定に出題されたそうです。
京都検定というのがどういうものかよくわかりませんが、こんなに細かいことまで出題されるとすると、かなり難易度が高いようです。 -
なかなか見ごたえのある寺院でした。
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続いて高台寺を参拝します。
高台寺 寺・神社・教会
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ねねの道から高台寺に続く台所坂を上ります。
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坂の上にあるのが台所門。
この門をくぐると料理が上手になるんだとか。 -
祇園閣の特徴的な屋根が良く見えます。伊藤忠太が設計を手掛けた名建築です。いつか中に入りたい建物の一つです。
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高台寺にも百鬼夜行のお化けたちが点在していました。
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お寺の中は撮影禁止の場所が多いです。
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広い境内を見学ルートに従って観光していきます。
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臥龍廊。
臥龍池に掛かる屋根付きの階段で、開山堂と霊屋(おたまや)を結ぶ通路になっています。一般の立ち入りは禁止になっています。 -
池を回り込んで霊屋(おたまや)にやって来ました。秀吉と高台院が祀られています。
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霊屋(おたまや)からさらに上に上がった小高い丘にある、茶室「傘亭」。
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その隣にある茶室「時雨亭」。
2階建ての茶室というのが珍しいです。慶長20年(1615年)の大坂夏の陣の際、高台院はこの2階から、燃え落ちる大坂城の天守を見つめていたそうです。 -
高台寺の駐車場の端にある利生堂に入ります。
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高台寺所蔵の「涅槃図」を基に堂内の壁や天井一面にお釈迦様の般涅槃の場面を再現しています。ここはかなり見ごたえがありました。クーラーの効いた部屋で椅子に座ってゆっくり眺めることができます。
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利生堂の隣にあるFrench cafe CHASEN 高台寺で休憩します。
French cafe CHASEN 高台寺 グルメ・レストラン
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とにかく暑いので、こまめな休息と水分補給が欠かせません。
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高台にあるので景色がとても良いカフェです。観光客でにぎわう二寧坂 を一望できました。
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「お抹茶玉手箱」というメニューを注文しました。
フタを開けるとドライアイスの煙がモワモワと流れ出します。涼しげでいいですね。 -
スイーツが姿を現しました。
抹茶を使ったスイーツ各種が華やかです。一つ一つのスイーツの味もとても美味しかったです。 -
カフェでの休憩後、隣接する霊山観音(りょうぜんかんのん)に入りました。
第二次世界大戦の戦没者および戦争の犠牲者を追悼するため、1955年(昭和30年)、帝産グループ創設者、石川博資によって建立された、高さ24mの観音様です。霊山観音 名所・史跡
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観音像の下に入ることができます。
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沢山の仏像が並んでいました。
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観音様の裏手に建つメモリアルホールには世界無名戦士の碑があります。ここでは日に4回の法要が営まれているそうです。
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ここは鎮魂の為のまじめな宗教施設ですね。
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境内には色々な碑も建っています。
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霊牌殿の中。手前の棚の引き出しの中には小さな位牌がいっぱい保管されています。
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境内の一番奥にあった建物。
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奥深くまで続いています。勝手に入って行くべきではなさそうなので引き返します。
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台所坂を下りて高台寺エリアを後にします。石塀小路の風情ある道を歩きます。
石塀小路 名所・史跡
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高台寺表門が見えます。国の重要文化財です。
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下河原通という道を歩いています。この辺りには高台寺建立の際、高台院が連れてきた芸人が住み始め、後に下河原遊郭へと発展していったそうです。
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金剛寺(八坂庚申堂)に入ります。
八坂庚申堂 寺・神社・教会
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ここは庚申信仰発祥の地とされているそうです。
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お堂の庇からカラフルな玉が吊るされています。願いを叶える「くくり猿」というものらしい。
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境内は若い女性観光客で混雑しています。
このカラフルな様子がフォトジェニックなスポットとして注目されているそうです。 -
庚申信仰といえば三猿です。南方熊楠によると、青面金剛と猿の関係はインドに起源があるらしい。確かにインドでも三猿の像を見たような記憶があります。ただ調べてみると三猿というモチーフは古代エジプトやアンコール・ワットにも見られるそうです。
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八坂庚申堂の隣にある五重塔(八坂の塔)。
観光客が大勢集まる場所です。
これで初日に回る予定の観光スポットは全て見たのですが、まだ少し時間が早かったので、バスで烏丸丸太町に移動して観光を続けることにしました。法観寺 (八坂の塔) 寺・神社・教会
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烏丸丸太町に降りてすぐにある洋風建築、大丸ヴィラ(中道軒)。大丸百貨店店主の下村家が居宅として昭和7年にヴォーリズ建築事務所の設計、清水組の施工によって建てたものです。内部には入れないので塀の隙間からのぞいて、外観のみ観光させてもらいました。中道軒という名前は、この建物がイギリスのチューダー様式で作られているからなんだそうです。
大丸ヴィラ 名所・史跡
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京都御苑の下立売御門が見えます。
今回はここには入りませんでした。次に京都に来ることがあったら御所の中を観光しようと思っています。 -
菅原院天満宮神社にやって来ました。
菅原院天満宮神社 寺・神社・教会
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菅原道真公が生まれた地だと言われているそうです。
菅原道真公誕生の地と言われる場所は、菅原院天満宮神社の他に京都市下京区の「菅大臣神社」と京都市南区の「吉祥院天満宮」の2か所もあるそうです。
古代の京都人は心の底から道真公の祟りを恐れていたのでしょう。 -
菅原道真公産湯の井戸というのがありました。
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菅原院天満宮神社の隣にある聖アグネス教会。
日本聖公会 聖アグネス教会 寺・神社・教会
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聖アグネス教会の隣に続く平安女学院 中学校・高等学校。敷地内に明治館という近代建築があるのですが、中に入ることはできないみたいです。写真は道路に面した敷地北西隅に建つ平安女学院昭和館。1929年に建築されました。
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日本聖公會初代監督シ・エム・ウィリアムス師旧邸という石碑が立っています。
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結構普通の家っぽいです。
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奥にあるのがウイリアムス神学館。
特に観光用に開放しているわけではなさそうなので、外観のみ見学して先に進みます。 -
護王神社。和気清麻呂と姉の和気広虫を主祭神とする神社です。
遠い昔、歴史の授業で習った記憶があります。道鏡事件で活躍した姉弟ですね。護王神社 寺・神社・教会
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護王神社では狛犬ではなく狛猪がいます。これは和気清麻呂を守った猪の伝説にちなんでいます。
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境内のいたるところに猪がいます。
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ここは足腰健康の神社としても知られています。
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和気清麻呂は戦前のお札の肖像にも採用されていたそうです。裏面にイノシシが描かれたお札もあったそうで、「いのしし札」と呼ばれていたらしいです。
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手水舎もイノシシ。「幸運の霊猪」と言われていて、鼻をなでると幸せが訪れるのだとか。私は触り損ねました。
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かわいらしいイノシシがぎっしり。
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以前京都旅行に来た時、建仁寺の隣にある摩利支天堂でも狛イノシシを見ましたが、あちらのイノシシは摩利支天の神使でしたから、こちらとは関係はなさそうです。
なぜ和気清麻呂のピンチをイノシシが救ったという伝説が残っているのか、詳細は不明です。(ネットで調べていたら、和気彩那「和気清麻呂の霊猪伝説における一考察」という論文を見つけました。この旅日記を書き終えたら読んでみようと思います。) -
休憩所の中にもイノシシグッズがたくさん。
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剥製もありました。
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イノシシのテーマパークみたいになっています。いっそのこと生きているイノシシもの境内で飼育すればいいのに。
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旅行好きとしては、足腰御守のご利益をお願いしようと思っていたのですが、境内にちりばめられたイノシシグッズを探すのに夢中になってお参りを忘れてしまいました。
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ご本殿前のオガタマノキの根元にある願掛け猪。座立亥串(くらたていぐし)という願掛けの串がたくさんさしてあります。
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この人が和気清麻呂さんです。
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地下鉄で四条駅に移動してきました。駅近くのスーパーで夕食の総菜を購入して、ホテルに帰ります。膏薬辻子といういい感じの通りがあったので歩いてみます。
膏薬辻子 名所・史跡
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静かな通りです。なかなか古い建物が残っています。
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京都神田明神という神社がありました。ここは平将門の首が晒されたとされている地です。有名な空也上人がここに堂を建て平将門を手厚く供養したそうです。それからこの場所は「空也供養の道場」と呼ばれるようになり、クウヤクヨウ…がなまってコウヤク、細い路地に位置することから“膏薬の辻子(こうやくのずし)”という名前が付いたと、通りの入り口の看板に書いてありました。
膏薬辻子 名所・史跡
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どこを歩いていても古い歴史や由緒に出会うのが京都旅行の楽しみですね。
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大原神社があります。
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祇園祭の山鉾の一つ、綾傘鉾の保存会の会所がここにあるそうです。
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ホテルのすぐそばにあった小さな社。戸が閉まっていたので中には入れませんでした。
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やっとホテル到着。長い1日でした。
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ホテルは外国人観光客が多いみたいです。外国人が喜びそうな和風の内装です。
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スーパーで買ってきた弁当と総菜で夕食を済ませてしまいます。
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部屋には抹茶も用意されていました。茶筅で泡立てて、お団子と一緒に食後の一服。
1日の疲れが癒されていきます。
明日もたくさん歩くので早めに就寝しました。
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