2023/07/24 - 2023/07/24
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ちふゆさん
2023年7月24日(月)朝に観覧した祇園祭後祭山鉾巡行に参加した11基に付いて記しているが、最後の3基。10時前、開始から30分ほどで、全体の9番目、最後の舁山である鈴鹿山がやって来る。応仁の乱以前に起源を持ち、他所への移転なく今日に至る山。
伊勢の鈴鹿山で人々を苦しめた悪鬼を退治した鈴鹿権現・瀬織津姫命の伝説に由来する山。瀬織津姫命は謎の多い神様で、天照大神と同一神とする説や天照大神の妻だった説などがあり、古事記や日本書記には記されておらず、意図的に存在を抹消されたと云う説もある。
鈴鹿山の会所は、烏丸御池を一筋下がった烏丸姉小路の交差点の南西角にある。ビルとビルの谷間にある小さな和風の建物。新風館から烏丸通を挟んだ向かい側で、そこから烏丸通の三条に掛けての場之町が鉾町。かつては人馬が盛んに行き交う場所で、室町時代の記録に「三条米場之町」とあり、洛中洛外図に米俵を背負う馬が描かれており、米の通関所があったと云う。
御神体は鈴鹿権現の人形で、金の烏帽子に大長刀を持つ女人の姿で現わされている。山洞には退治された悪鬼の首を表す赭熊(赤く染めた毛飾り)が掛けられ、真松には鳥居・松・木立と宝珠を描いた絵馬が付けられ、巡行後に盗難除けの護符として授与される。
山鉾一の美女と言われる御神体人形は完全な人間の形をしていて、頭や手足を取り外すことは出来ない。しかも、巡行時の衣装は能装束なので、常着から着替えるのも大変な作業。装束付けを担当するのはプロの能楽師で、祇園祭の御神体の中では数少ない女性の神様でもあり、装束の下には安産祈願の腹帯も着けられている。この美しく勇ましい女神様は、なんと身長176cmで、スーパーモデル並みの体格をしている。
前懸は1988に新調された砂漠を往来する駱駝を描いたエキゾチックな綴綿「黄砂の道」。襴縁金具は山鹿清華氏下絵による四季花鳥文様。胴懸は2001年新調の紅葉図綴織。見えてないが反対側は1999年新調の桜図綴織で、共に今井俊満氏の原画。見送は1982年新調の皆川月華氏作の染彩「布哇(ハワイ)の蘭花」。
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続いて昨年(2022年)に196年ぶりに巡幸復帰を果たした鷹山。祇園祭の山鉾巡行が始まったのは、室町時代初期(14世紀)と云われているが、応仁の乱(1467~77年)以前に60基近い山鉾があった記録があり、この鷹山もその一つ。
当時は「鷹つかひ山」と呼ばれていたそうで、鷹を遣って獲物を狩る鷹狩りをモチーフにしていた。始めは肩で担ぐ小さな山だったが、毎年巡行の順番が決まっている「くじ取らず」の山で、後祭の最後の大船鉾の直前を巡行していた。
江戸時代に曳山となり、天明の大火(1788年)で罹災するも寛政年間(1789~1801年)に大屋根を持つ曳山として復活したが、1826年(文政9年)の大風雨により大きな損傷を受けたため、翌年から巡行に参加しない休み山となった。さらに幕末の禁門の変(1864年)に伴う大火で、御神体の鷹匠・犬飼・樽負と一部の懸装品を残して、本体や装飾品のほとんどを焼失した。
以後長く宵々山と宵山の両日に残された御神体と懸装品を町内で展示するだけで、一般への粽の販売も行わないという控えめな居祭を行っていた。1972年からしばらくは宝物の一般公開もせず神名を記した掛け軸を祀るだけと云う居祭を行ったこともあったそうだ。鉾町は三条通の室町と新町の間の衣棚通近辺の衣棚町。袈裟衣商の店が多くあったことから付けられた町名らしい。
2015年、前年の大船鉾の復活にも触発され鷹山保存会が発足、粽などの販売や祇園囃子の演奏を復活させる。2017年には禁門の変で焼け残った鉦(かね)の成分分析に基づいて新しい鉦を鋳造、また衣装や裾幕などのデザインの取り組みが始まった。そして、2019年よりご神号を納めた木箱を運ぶ唐櫃巡行に加わり、ついに2022年に巡行復帰を果たした。
夏の青空に真松が立ち、真新しい白木の屋根が青空に映える。真松にはキジの懸装品が飾られ、キジにとって天敵の鷹をさらに引き立てている。胴の上部を飾る3層の水引は、京都の龍村美術織物が精緻な手織りで復元したもの。雲や麒麟が立体的に浮かび上がって見えて来る。
山の胴部を飾る毛織物は記録資料を元に西アジアから仕入れた舶来品。前懸と後懸にはアンティークのトルコ絨毯が、側面の胴懸にはイランの工房で2年以上かけて新調されたペルシア絨毯が用いられている。蟹や蓮、ざくろなどの文様も再現されており、なんともエキゾチック。
山鉾の後部を飾る見送は、京都の染色家・皆川月華氏が1986年に「将来の復興のために」と寄贈した鷹之図(染彩猛禽之図)を飾る。風を受けると、大きく羽ばたいて見える姿は壮観。
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そして一番最後はやはりくじ取らずで後祭の殿(しんがり)を務める大船鉾。前祭の占出山や船鉾と同じく日本書紀の神功皇后の新羅出船に由来している。
神功皇后は仲哀天皇の后で応神天皇の母。応神天皇を身ごもりながら海を渡り、新羅・高句麗・百済を平定したと云われている。戦のゆくえを占うために鮎を釣られた姿を表しているのが占出山、戦に出陣する船を表しているのが船鉾、戦に勝って凱旋する船を表しているのが大船鉾。
2つの船鉾は同時に巡行することがなかったので、江戸時代以降は共に船鉾と呼ばれており、区別する場合は祭の日程から十四日船鉾と呼ばれていた(当時は旧暦の6月14日に後祭が行なわれていた)。居祭りを行うようになってから、凱旋船鉾と称されたが、これは前祭の船鉾が神功皇后の出陣を表すのに対し、後祭の船鉾は戦に勝った凱旋の船を表すものであることによる。その後1984年に「祇園社記」に記述されている「大船」の呼称を元に、大船鉾と改称した。
御祭神の神功皇后は元治の兵火の際にも難を逃れ、特に御神面は江戸時代以前の作で、天明の大火をも免れたもので、町内の人々により大切に守られて来た。宵山の際に飾り席にお祀りされる。御神体、御神面や懸装品の121点が京都市有形民俗文化財に指定されている。
この鉾の始まりは古く、応仁の乱より45年前の1422年には既に存在したという記述が室町時代の公家である権大外記の中原康富の日記に残る。応仁の乱では他の山鉾と共に焼失するが、23年後の1500年に再興したと云われる。
始めは人形だけを乗せた比較的簡素な舟だったが、江戸時代に入り装飾が加えられ、囃子も加わって、船鉾と呼ばれるようになった。1788年の天明の大火で神功皇后の御神面を残して焼失するが、1804年には以前にも増して豪華な鉾として再興。現在残る懸装品や金幣はこの後に整えられたもの。
しかし、幕末の禁門の変(1864年)に伴う元治の大火で焼失、以後は休み鉾となり御神体と懸装品を飾るだけの居祭りを行っていたが、1995年にはそれも休止、神事のみとなる。が、1997年に宵山の囃子が復活、2006年に飾り席も復活し、2012年には142年振りに唐櫃による巡行復帰を果たす。そして後祭が復活した2014年、大船鉾は150年振りに復興を遂げ、祇園会の巡行列の掉尾を飾った。
鉾町は四条町で、新町通の四条通と綾小路通の間。新町通は豪商や武士の屋敷などが立ち並ぶ栄えた通りで豊かな町だった。町内を北四条町と南四条町に分け、一年交替で巡行を受け持っていた。そして南が前祭に、北が後祭に巡行しており、大船鉾は北四条町を鉾町とする。
鉾全体で船型を象り、巡幸時には見えないが、屋型中央部に神功皇后、前部に副将住吉明神、艫部に操舵手鹿島明神、舳先に龍神安曇磯良四神を安置する。御神体の神功皇后以外の3神は焼失して、後に復元されたもの。
舳先の飾り物として北四条町が1804年製の龍頭を、南四条町が1813年製の大金幣を所有し、隔年巡幸で使用していたが、元治の兵火により龍頭は焼失、大金幣のみ現存している。2016年に瀧尾神社の寄進等で龍頭が復元され、以後は隔年で舳先を飾り巡行している。今年は大金幣だった。
一番水引は刺繍裂渡来赤羅紗地の飛龍波涛図。その下の二番水引は綴織裂 翔雲文散らし花模様。艫高欄には緋色の地に鳳凰の刺繍、天水引は金地に雲龍の綴織が飾られる。胴幕の二色の幕に使われている羅紗は16世紀ポルトガル製であると伝わる。前懸は2015年に江戸時代後期に制作されたとみられる紅地雲龍青海文綴織を復元したもの。後懸は五爪の金龍と波濤文様が織と刺繍で19世紀に日本で製作された渡来赤羅紗地 降り龍と波濤の図。
囃子に使う鉦は1個のみ現存し、1839年南條勘三郎の作。現存した鉦の銘を知った五代目にあたる南條一雄が、1984年の国際伝統工芸博にあわせて12個を製作している。
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10時45分頃大船鉾が通り過ぎ、後祭の巡幸は終了。
祇園祭の話は以上
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