2023/05/02 - 2023/05/05
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ミズ旅撮る人さん
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2023年GWに南九州を周遊しました。
旅行記の最後を飾るのは、熊本・鹿児島・宮崎県のSLたちです。
最初は熊本城の隣にある熊本博物館に屋外展示されている69665です。
以前、来た時は熊本地震の直後で熊本城が被災し、博物館も閉鎖されていました。
今回がリベンジです。建物の外に置かれていますが、外からは見えないので入館します。
SL人吉に乗車した後、霧島連山の両側にある2つのSLを訪ねました。
鹿児島県国分のC6119と宮崎県小林市のC58277です。
途中、霧島神宮と坂本龍馬の新婚旅行の湯で有名な塩浸温泉に立ち寄りました。
おまけで、愛媛県の内子町の町並みと内子座の様子を掲載しています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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熊本電気鉄道上熊本駅です。熊本駅の一つ北側にあるJR北熊本駅のロータリーに始発駅があります。
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菊池線がメインで、合志市まで走っていますが、北熊本でわずか2駅の藤崎線が分岐します。
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ロータリーを挟んで南側には市電のB系統の始発駅があります。これを乗り継いで中心部に向かう人が多いようです。健軍町から西に向かい、途中で別れてA系統はJR熊本駅を経て田崎橋へ、B系統は上熊本に来ます。
熊本市内は、交通網が発達しているので、鉄道巡りも楽しそうですね。特に熊本城の周りにはたくさんの路面電車が走っているので乗りたくなります。上熊本駅前停留場 駅
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熊本城の天守は修復されましたが、それ以外の櫓などは、まだまだこんな状態です。
新堀櫓(監物櫓)です。ここから入ると三の丸駐車場に行かれます。博物館に一番近い駐車場です。 -
三の丸第一駐車場から、博物館の塀越しに蒸気機関車が垣間見えます。
近寄っても一層見えなくなるだけなので、正式に入館して見学するしかありません。
入口は右の小道を奥まで入って玄関になります。大人400円です。 -
熊本博物館の玄関です。
熊本博物館 美術館・博物館
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館内の案内板。屋外の展示場に行くには館内をあちこち曲がりながら突き抜けて行かなくてはなりません。
SL目当ての人が多いのか、SLまでの案内表示がしっかりしています。 -
駐車場から見えていた69665です。
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2023年は69665が製造されてから100周年なので、建物の出入り口にこのプラカードが置かれています。
これを自由に持って行って撮影することが出来ます。 -
今回の表紙です。なかなか写真写りのいい機関車です。
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熊本地震の後、休館となっていたので、その間に整備されたのでしょうか。とても綺麗です。100歳おめでとう!
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私の好きなシリンダー部分。見事な「塗りっぷり」です。
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博物館の展示品としては、綺麗に塗られて上等な出来だと思うのですが、あまりにしっかり塗られてしまって、個体番号が塗り潰されてしまっています。
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ここはなんとか全桁が読み取れます。後は部分的に見える程度。う~ん、仕方ないか。
博物館は鉄道マニアではないので、如何に綺麗に見せるかが大事だから。 -
これを見て育つ子供は、本物の機関車はこうじゃないんだよと言ってもわからないだろうな。
現在、九州を走っている蒸気機関車は人吉しかありません。それも来年で引退です。現役の実物を見る機会がなくなってしまいます。豪華な観光列車ならいっぱい走っているのにね。 -
「この機関車は通称96形(キューロク・クンロク)と呼ばれ、大正年間(1912~1926)に貨物用として770輌造られたものの一つです。プレート番号の69665は、666番目に造られた96形の車輛であることを意味します。
昭和15(1940)年からは熊本~大分間の豊肥線を30年以上も活躍した最も熊本にゆかりのある機関車です。大正12(1923)年に造られてから昭和48(1973)年に廃車となるまでの走行距離は、2,538,921㎞に達し、地球63周分にも及びました。」 -
川崎造船所製造。全長16.563m、全重量70.33t。
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この69665は熊本と大分を結ぶ豊肥本線を走っていましたが、
その北側で福岡県久留米市と大分を結ぶ久大本線の豊後森駅の前には
「豊後森機関庫ミュージアム」があり、完璧に修復された29612が展示されています。
直方の「汽車倶楽部」の人々が精魂込めて、震えが来そうなほど美しく修復してくれました。同じ9600型ですが、両者の塗りの違いは見ればわかります。 -
69665。屋根無しなのが心配だけど、いつまでも長生きしてね。
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「6.26大水害」で曲げられたレール
昭和28年6月25日から降り始めた豪雨は、28日まで降り続きました。
4日間の総雨量は熊本の年間降水量の半分にも達する程で、熊本市だけでも死者206名、行方不明者125名にのぼり、人々の生命や財産に甚大な被害を与えました。
特に26日の雨は激しく、家屋、道路、橋などが次々に浸水・損壊し、ついに同日午後9時30分、豊肥線竜田駅近くに架けられていた白川第2鉄橋も流出してしまいました。
飴のように曲がったこのレールは、当時の水害が、如何にすごいものであったかを今に伝えています。 -
館内に展示されていた69665の輸送風景です。
なんと、鉄骨で四方を囲み、そのままの状態で輸送しています。 -
大抵の機関車は3分割されて、別々にトラックに載せられて輸送されますが、この69665は、丸ごと抱えられて移動して来ました。これは貴重な車輛です。
ナンバープレートの69665が随分簡素ですね。 -
ここからは鹿児島県に入ります。
霧島温泉に泊まったので、ついでに霧島神宮にお参りしました。 -
霧島神宮は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を祀る神社で、540年に最初の社殿が建立されました。噴火によって焼失し、現在の場所に移転し、1715年に今の社殿が建てられました。
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菊の御紋が付いています。
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本殿の奥に回廊があり、拝殿へと繋がっています。神社の本殿に回廊があるのはいいですね。
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この参拝者の列は見事です。駐車場もかなり車が入っていたし。
屋台もいくつか出ていて、意外にも福岡県の太宰府で有名な梅が枝餅を売っていました。 -
霧島神宮展望台。霧島は鹿児島の北端にあり、南を向くと錦江湾が見渡せます。鹿児島空港から鹿児島市・指宿(いぶすき)・開聞岳までは薩摩半島です。残念ながら雨上がりなので展望はほとんど見られませんでした。
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霧島温泉と言えば、坂本龍馬が日本初の新婚旅行をした場所として有名です。ただ、その温泉は今の霧島温泉郷ではなく、少し南に下ったところにある塩浸温泉です。
塩浸温泉龍馬公園 公園・植物園
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二人の銅像があります。立ち寄り湯があるので、実際にその温泉に入ることが出来ます。国道223号線沿いにあり、道の両側に駐車場があって交通整理の係員もいます。
塩浸温泉龍馬公園 公園・植物園
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二人の旅程が地図になっています。ここまで詳細にわかっているというのがすごいなあ。
塩浸温泉龍馬公園 公園・植物園
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霧島温泉から南下して来ると国分市になります。
JR国分駅の東にある城山公園に来ました。城山公園 公園・植物園
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観覧車の下にある蒸気機関車なんて、ここくらいじゃないかな?
城山公園は、山の上にあり、駐車場はほとんど満杯。園内は家族連れで賑わっています。こんなにのびのびと遊べて、たくさんの子供たちが飛び回っている賑やかな公園だとは思ってもみませんでした。大抵SLのある公園は人気が無いことが多いので。城山公園 公園・植物園
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雨ざらしなので、全体的に雨だれによる縞模様が目立ちます。
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そして、何より気になるのが煙室扉を開けるコックが無いこと。間抜けた顔に見えます。
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シリンダー部分は、錆びて穴が空いたのか、別の板を張り付けてあります。覗き窓は厚ぼったく塗りこめられ、空気弁の網は何故か真っ赤。
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クロスヘッドはもちろんベタ塗り。
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本体に比べたら随分いい方です。鹿児島は割と雨が多いからなあ。
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運転席の窓も、がらんどうで虚ろな空間に見えます。
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出入り口の枠はズタボロ。公園の中にあっても、管理する人がいなかったんですね。
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説明板だけはやけに立派です。「ハドソンの名機」なのだそうです。
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炭水車のナンバープレートは無くなっています。
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C6119。C62と同じ2C2の配置です。
前輪が2、動輪が3なのでC、従輪が2の「2C2」は日本では珍しい配置で、アメリカ式呼称ではハドソンと呼ばれます。
因みにC58のような1C1はプレーリー、D51の1D1はミカドと呼ばれました。 -
運転室の計器類がどうなっているかは、推して知るべしでしょうね。
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元が金色だった部品やコードは何故か水色。アクセントになってはいるけど、ちょっと妙。
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こんな姿を子供たちに見せないで欲しいなあ。「ハドソンの名機」なんでしょ?
1番違いのC6120は、復活を遂げてJR東日本で「SLぐんま・みなかみ」として営業運転をしています。 -
城山公園は「北に霧島連山、南に桜島の雄姿と波穏やかな錦江湾、そして、眼下に国分平野をのぞむ高さ192mの高台にあり、すばらしい景観が望め」るそうです。そもそもは隼人城跡でした。高さ35mの展望台からはきっと錦江湾が見えるのでしょうね。
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さて、霧島連山を跨いで、北側の宮崎県小林市に来ました。
小林市立小林中学校の隣にある緑ヶ丘公園です。
野球場とテニスコートがあり、丘の上には忠霊塔があり、その横に機関車が保存されています。 -
青いナンバープレートの上の前照灯がありません。円筒形の給水加熱器が横たわっているだけです。
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シリンダーはなんとか原型を保っていますが、厳しい状態。空気弁は金網もカバーも無くなっています。
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個体番号の位置がずれて、半分欠けています。こういうのは珍しい。
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クロスヘッド周辺には、いくつかの個体番号がはっきりと見られます。
気持ちいい! -
C58277。昭和16年3月23日汽車製造。昭和50年廃車。
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説明看板がひび割れて悲しい状態です。
先程の国分のC61の立派な看板は昭和53年の物でした。
これは昭和52年。どうしてこんなに違いがあるのでしょうね。 -
前照灯に加えて上の尾灯と赤いバックライトもありません。先行き暗いなあ。
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屋根があって今のように雨が降っても大丈夫なんだから、長生きして欲しいなあ。
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運転室。全部真っ黒。
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炭水車側には鉄格子が嵌められています。
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これらの部品は、別に何色かに塗る予定だったのかな?
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L C5875と刻まれた部品。他の車輛からの流用品です。
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シリンダーの横に取っ手の付いた蓋があります。あまり見ない部品です。やっぱり油壷?
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こんな風に個体番号が付いているのも珍しい。結構、特徴のある機関車です。
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門鉄デフなのは、熊本博物館の69665と一緒ですが、あちらの方がスマートですね。
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反対側からも運転室を覗いて見ます。やはり埃が溜まった侘しい状態ですね。
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どうしてこんな打刻になったんだろう?この機関車は生い立ちが特殊なのかしら?
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台車にも刻印があります。由緒正しき汽車製造の機関車なのに、ちょっと特異なのがおもしろい機関車です。
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今の台車は、ここに付いています。動輪と従輪の間です。
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ここは忠霊塔がある以外、広場だけで何もない場所です。せめて子供たちと楽しい余生を暮らして欲しいな。
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少し余裕があるので、今回の九州周遊の旅で四国を横断した折に訪れた愛媛県内子町を紹介します。
この写真は、2014年GWの内子駅の駅前広場の機関車です。 -
C12231。昭和14年9月28日日本車輛製造。
仙台の小牛田機関区、会津若松機関区、宇和島機関区で活躍後、昭和45年3月廃車。
煙突の縁がフリフリしている珍しい機関車です。
この時は機関車を撮影しただけで、町の中は訪れなかったのですが、内子町は古い街並みと内子座という劇場が有名な町でした。 -
近年、城に泊まることが出来たり、予讃線の列車に幟旗を振ったり出来て人気上昇中の大洲の東隣に内子町はあります。
江戸時代末期から大正時代にかけて建てられた町屋や豪商の屋敷が軒を連ねています。内子座は、大正天皇即位を祝って、町の有志によって大正4(1915)年に設立されました。内子座 名所・史跡
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木造二階建て、瓦葺き入母屋造り。昭和60年には老朽化のため取り壊されるところを復原。平成27年に国の重要文化財に指定されました。
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まるで歌舞伎座のような佇まい。これが令和の年代にも現役で使われているとは恐れ入ります。
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全部木製なので、とても落ち着きます。
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もちろん、この座布団に座って舞台を眺めてみました。
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1階の客席は舞台に向かって少しずつ下がって行きます。
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舞台には回り舞台や、迫り出しの仕掛けがされています。
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さすがに部隊の奥行きは長いです。
2023年8月には、17~20日が文楽、22・23日が狂言稽古、26日は音楽公演が行われます。
7月には鼓童の公演があったりしました。 -
奈落です。つまりは舞台の地下部分で、頭の上の回り舞台をここで人力で回しています。また、迫りの仕掛けも花道の下にあって、役者を地下から舞台の上に押し上げます。
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滅多に見られない古い芝居小屋が現役で使われています。
興業が行われている時は見学できないこともあるので、HPで確認してください。 -
内子町の町歩きをして行きます。
内子町ビジターセンター。昭和11年に内子警察署として建設されました。昭和55年には図書館となり、平成25年からはビジターセンターとなっています。 -
1階で商店を営んでいたのでしょうが、その部分が全体の雰囲気とは違っているのが残念。
2階の角の造りがとても堂々としています。古い窓ガラスがいいなあ。 -
「商いと暮らしの博物館」薬屋の様子を再現しています。
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HOTELこころ.くら。古民家や蔵を改装したホテルです。
早めにチェックインして街歩きを楽しんでから、暮れなずむ町並みをゆっくり鑑賞するのもいいですね。 -
旧下芳我家住宅。保存地区には上芳我家があります。
下芳我邸 グルメ・レストラン
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伊予銀行。明治29(1896)年に設立された内子銀行が前身です。
この角を左に曲がると重要伝統的建造物群の並ぶ保存地区です。伊予銀行 内子支店 名所・史跡
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ここからは上り坂になります。内子座から伊予銀行までは平坦な道なのに、何故この結構急な坂道伝いに屋敷が建てられたのでしょう?
右は、創業明治26(1893)年の森文醸造という酢・醤油・味噌の製造業者です。 -
和蝋燭屋さん。
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傾斜のきつい坂道ですが、綺麗に整地されているので歩きやすいです。
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古い街並みはそのままに、しっかり修繕されていて、今昔が混ざり合ったような家並みです。
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一際目を引く大きな蔵があります。
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非公開ですが、本芳我家住宅です。
本芳我家は、精蝋業で栄えた芳我一族の本家で、内子木蝋の基礎を築いた家です。
木蝋は、ハゼノキの実から絞り出した植物油の事で、それを精製したものを鬢(びん)付け油や織物の艶出し、軟膏類などに使われました。
明治時代半ば、内子町は全国木蝋生産高の3割を占めていました。本芳我家住宅 名所・史跡
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漆喰細工が実に贅沢で見事です。隣に鶴もいます。
先程の蔵の軒には本芳我家の商標である「旭鶴」を現した鏝(こて)絵が施されていました。 -
大正15(1926)年に活動写真館として建てられた旭館です。
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高倉健への思い入れが相当強いらしくて、あちこち健さんだらけです。
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内子座への道に降りて来ました。坂見輝月堂の栗饅頭で、ひと休み。
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内子町の地図を添付しておきます。左の方に内子座があり、右に歩いて行くと伊予銀行。そこを曲がって坂道を上って行きます。
それでは、今回はここまで。
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