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2021年12月20日(月)1時過ぎ、中央火口の東南縁からお鉢巡りの後半へ差し掛かる。道はいったん下った後、剣ガ峰を登って越える。外側には朝行った外輪山の月と砂漠ラインの白石山から櫛形山が有り、黒い裏砂漠が広がる。左手には中央火口に三原新山。<br /><br />先に進むと北側の火口原が見えてくる。ここは安永噴火で溶岩が流れたところにさらに1986年噴火の溶岩が流れたところで、安永噴火により外輪山の北東部約四分の一がなくなっている。さらに進むと車を置いてきた山頂口も見えてくる。その後ろには伊豆半島の山並みも望める。<br /><br />剣ガ峰を越えると右側に1986年割れ目噴火のB2火口がある。11月15日夕方(17時25分)に中央火口南端のA火口からの噴火が始まったが、その6日後の21日夕方(16時15分)に安永の大噴火で出来たなだらかな丘の奥のここで565年振りの割れ目噴火が発生した。約1.1㎞に及ぶ8つの噴火口から高さ1500m以上の溶岩噴泉が立ち上がり、噴煙は16000mにも達した。観測された溶岩噴泉の高さとしては世界最高。<br /><br />この割れ目噴火の火口はB火口列と呼ばれ、南東側から番号が振られたが、B5以降の火口列は噴出物に埋もれて不明瞭となり、B1からB4までが今は残る。剣が峰を越えたところの北側すぐにあるのがB2火口。これらの火口は三原山の一部に新たに穴を開けてできた火口であるため、三原山の内部構造を観察することができる貴重なものとなっている。<br /><br />なお、この割れ目噴火の1時間半後(17時45分)にはカルデラの外、北西部の外輪山山腹で新たな割れ目噴火が発生、最終的に11個のC火口列が形成された。このC5火口から流下した溶岩流が元町に向かう谷を勢いよく下り、全島避難の理由の一つになった。<br /><br />B火口列の丘の南側を降りていくとお鉢巡りスタート地点の大型アグルチネート岩塊が見えてくる。1時20分過ぎにテキサスコース分岐を通過。テキサスコースはここから東岸北部の大島公園までを結ぶ5.7kmのハイキングコース。メキシコ国境に近い米国テキサス州の砂漠をイメージして名付けられたらしい。途中で大島温泉ホテルと裏砂漠を結ぶ温泉ホテルルートと交差している。<br /><br />1時半前、スタートから1時間10分ほどで、スタート地点の大型アグルチネート岩塊へ戻る。お鉢巡りが50分、火口西展望所への火口見学道が片道10分なので、予定通りのタイムやった。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8883396625063616&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />最後にこの合流地点から下がったところにある三原神社にお参りする。もともとは大島の総鎮守・三原大明神として三原山を祀り、ふもとに鳥居があるだけだったが、いつの頃からか山頂に小祠が設けられ、大正時代中頃に三原山中腹にコンクリート造りの立派な社殿と、山頂に小さな祠が建てられた。<br /><br />その後、1951年噴火の溶岩流に社殿が埋没してしまったが、、山頂の小祠は無事でのちに建て直された。当時は三原山登山道の登り坂から参道に繋がっていた。<br /><br />1986年噴火の際は、1951年溶岩の高まりがあったことによって、溶岩流は社殿を避けるように両側の低いところを流れ落ち、社殿は埋没をまぬがれた。その後、新たに遊歩道が整備され、三原山の火口一周道路(お鉢巡り)から三原神社へと下る参道が作られた。<br /><br />朝にはよく見えていた富士山が見えなくなっていたが、晴れて視界がクリアな時には一乃鳥居越しに外輪山(山頂口辺り)、伊豆半島の山並み、そして富士山を望めるパワースポットになっている。<br /><br />一乃鳥居を抜けてゆるりと下がると右に曲がって進むと弐ノ鳥居と社殿がある。毎年6月1日に御山参り(山開き)が行われている。山頂口の左手の森の中の三原神社下社はこの神社の遥拝所。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8910817765654835&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />1時半過ぎ、三原神社を出て、20分余りで山頂口に戻る。2時頃山頂口を出発。帰りは三原山登山道路を通る。元町の大島空港南西の大島高校辺りで大島一周道路と分岐して山頂口に至る東京都道207号大島公園線の別名。<br /><br />この道路は元々は元町と東岸の大島公園を外輪山の北側を越えて結んでいた都道だったようで、1954年(昭和29年)に途中の湯場から御神火茶屋を結ぶ有料道路の三原山ドライブウェイが分岐していた。その後、大島温泉ホテルまでは湯場三叉路から延長されていた。<br /><br />その状況を一変させたのが1986年の割れ目噴火のC火口列。三原山ドライブウェイは溶岩によって分断されてしまった。その代わりとして新たに通されたのが、大島温泉ホテルから御神火茶屋までの道路。と云うことで、現在は元町・御神火茶屋(山頂口)が都道207号線となり、通称三原山登山道路と呼ばれている。なお、湯場三叉路と大島公園間はあじさいレインボーラインと呼ばれている。<br /><br />登ってきた御神火スカイラインとの分岐をまっすぐ来た方向に進むとすぐに展望駐車場。元町から伊豆半島を見下ろすパノラマが見事。ただし、曇っていたので、晴れていれば見える富士山が見えなかったのは残念。<br /><br />そこから500mほど進むと、旧三原山ドライブウェイとの分岐。1986年の割れ目噴火まではこの道しか車が走れる道はなかった。現在はこの分岐から750mほどで溶岩跡に突き当たり行き止まりとなるが、車を止めて今も残るC火口列まで歩いて行くことが出来る。<br /><br />旧三原山ドライブウェイには入らずに直進すると500mほどで右手に新火口展望台。ここからはB火口列がよく見える。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8910827802320498&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />2時10分、新火口展望台を出発して三原山登山道路を元町に向かう。大島温泉ホテルの横を通り、あじさいレインボーラインとの分岐を過ぎ、湯場三叉路を通過。湯場三叉路からの三原山ドライブウェイは閉鎖されており、通ることはできない。<br /><br /><br />三原山を後にしたが、続く

東京 伊豆大島 三原神社(Mihara-jinja Shrine,Oshima,Tokyo,Japan)

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2021/12/20 - 2021/12/20

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ちふゆ

ちふゆさん

2021年12月20日(月)1時過ぎ、中央火口の東南縁からお鉢巡りの後半へ差し掛かる。道はいったん下った後、剣ガ峰を登って越える。外側には朝行った外輪山の月と砂漠ラインの白石山から櫛形山が有り、黒い裏砂漠が広がる。左手には中央火口に三原新山。

先に進むと北側の火口原が見えてくる。ここは安永噴火で溶岩が流れたところにさらに1986年噴火の溶岩が流れたところで、安永噴火により外輪山の北東部約四分の一がなくなっている。さらに進むと車を置いてきた山頂口も見えてくる。その後ろには伊豆半島の山並みも望める。

剣ガ峰を越えると右側に1986年割れ目噴火のB2火口がある。11月15日夕方(17時25分)に中央火口南端のA火口からの噴火が始まったが、その6日後の21日夕方(16時15分)に安永の大噴火で出来たなだらかな丘の奥のここで565年振りの割れ目噴火が発生した。約1.1㎞に及ぶ8つの噴火口から高さ1500m以上の溶岩噴泉が立ち上がり、噴煙は16000mにも達した。観測された溶岩噴泉の高さとしては世界最高。

この割れ目噴火の火口はB火口列と呼ばれ、南東側から番号が振られたが、B5以降の火口列は噴出物に埋もれて不明瞭となり、B1からB4までが今は残る。剣が峰を越えたところの北側すぐにあるのがB2火口。これらの火口は三原山の一部に新たに穴を開けてできた火口であるため、三原山の内部構造を観察することができる貴重なものとなっている。

なお、この割れ目噴火の1時間半後(17時45分)にはカルデラの外、北西部の外輪山山腹で新たな割れ目噴火が発生、最終的に11個のC火口列が形成された。このC5火口から流下した溶岩流が元町に向かう谷を勢いよく下り、全島避難の理由の一つになった。

B火口列の丘の南側を降りていくとお鉢巡りスタート地点の大型アグルチネート岩塊が見えてくる。1時20分過ぎにテキサスコース分岐を通過。テキサスコースはここから東岸北部の大島公園までを結ぶ5.7kmのハイキングコース。メキシコ国境に近い米国テキサス州の砂漠をイメージして名付けられたらしい。途中で大島温泉ホテルと裏砂漠を結ぶ温泉ホテルルートと交差している。

1時半前、スタートから1時間10分ほどで、スタート地点の大型アグルチネート岩塊へ戻る。お鉢巡りが50分、火口西展望所への火口見学道が片道10分なので、予定通りのタイムやった。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8883396625063616&type=1&l=223fe1adec

最後にこの合流地点から下がったところにある三原神社にお参りする。もともとは大島の総鎮守・三原大明神として三原山を祀り、ふもとに鳥居があるだけだったが、いつの頃からか山頂に小祠が設けられ、大正時代中頃に三原山中腹にコンクリート造りの立派な社殿と、山頂に小さな祠が建てられた。

その後、1951年噴火の溶岩流に社殿が埋没してしまったが、、山頂の小祠は無事でのちに建て直された。当時は三原山登山道の登り坂から参道に繋がっていた。

1986年噴火の際は、1951年溶岩の高まりがあったことによって、溶岩流は社殿を避けるように両側の低いところを流れ落ち、社殿は埋没をまぬがれた。その後、新たに遊歩道が整備され、三原山の火口一周道路(お鉢巡り)から三原神社へと下る参道が作られた。

朝にはよく見えていた富士山が見えなくなっていたが、晴れて視界がクリアな時には一乃鳥居越しに外輪山(山頂口辺り)、伊豆半島の山並み、そして富士山を望めるパワースポットになっている。

一乃鳥居を抜けてゆるりと下がると右に曲がって進むと弐ノ鳥居と社殿がある。毎年6月1日に御山参り(山開き)が行われている。山頂口の左手の森の中の三原神社下社はこの神社の遥拝所。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8910817765654835&type=1&l=223fe1adec

1時半過ぎ、三原神社を出て、20分余りで山頂口に戻る。2時頃山頂口を出発。帰りは三原山登山道路を通る。元町の大島空港南西の大島高校辺りで大島一周道路と分岐して山頂口に至る東京都道207号大島公園線の別名。

この道路は元々は元町と東岸の大島公園を外輪山の北側を越えて結んでいた都道だったようで、1954年(昭和29年)に途中の湯場から御神火茶屋を結ぶ有料道路の三原山ドライブウェイが分岐していた。その後、大島温泉ホテルまでは湯場三叉路から延長されていた。

その状況を一変させたのが1986年の割れ目噴火のC火口列。三原山ドライブウェイは溶岩によって分断されてしまった。その代わりとして新たに通されたのが、大島温泉ホテルから御神火茶屋までの道路。と云うことで、現在は元町・御神火茶屋(山頂口)が都道207号線となり、通称三原山登山道路と呼ばれている。なお、湯場三叉路と大島公園間はあじさいレインボーラインと呼ばれている。

登ってきた御神火スカイラインとの分岐をまっすぐ来た方向に進むとすぐに展望駐車場。元町から伊豆半島を見下ろすパノラマが見事。ただし、曇っていたので、晴れていれば見える富士山が見えなかったのは残念。

そこから500mほど進むと、旧三原山ドライブウェイとの分岐。1986年の割れ目噴火まではこの道しか車が走れる道はなかった。現在はこの分岐から750mほどで溶岩跡に突き当たり行き止まりとなるが、車を止めて今も残るC火口列まで歩いて行くことが出来る。

旧三原山ドライブウェイには入らずに直進すると500mほどで右手に新火口展望台。ここからはB火口列がよく見える。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8910827802320498&type=1&l=223fe1adec

2時10分、新火口展望台を出発して三原山登山道路を元町に向かう。大島温泉ホテルの横を通り、あじさいレインボーラインとの分岐を過ぎ、湯場三叉路を通過。湯場三叉路からの三原山ドライブウェイは閉鎖されており、通ることはできない。


三原山を後にしたが、続く

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