2021/12/20 - 2021/12/20
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ちふゆさん
2021年12月20日(月)朝5時過ぎ、東京竹芝から伊豆大島へ向かう船のベッドで目覚める。幸いに海が荒れることもなく、よく眠れた。食堂は付いてないので、前日買っておいたパンなどで朝食を済ませ、下船準備。
予定通り朝6時到着と云うことで、10分前に準備を終えてデッキに出る。西側、伊豆半島の灯りをバックにした伊豆大島灯台の上にはまもなく沈もうとする月が見え、東の空は朝日で明るくなってきている。
到着する伊豆大島、国土地理院の地図では単に大島は伊豆諸島最北端の島で、全国に大島と呼ばれる島が沢山あるため、区別のために伊豆大島と呼ばれることが多い。伊豆半島と房総半島の間に位置し、北西の伊豆半島までは約25kmしか離れていない。島の名は伊豆諸島で一番大きい島から付けられたようだ。
伊豆諸島は伊豆大島から孀婦(そうふ)岩までの間にある100余りの島嶼からなる。全て東京都だが、かつて伊豆国に含まれていたことから伊豆諸島と呼ばれる。人が定住している島は9。大島のほかは利島(としま)、新島(にいじま)、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島と青ヶ島。かつては鵜渡根島や八丈小島、鳥島にも定住者がいたが、今は無人島になっている。
大島から神津島までを北部、三宅島から青ヶ島までを南部に分けて表すこともある。また、最南部は豆南(ずなん)諸島とも呼ばれる。さらに式根島と青ヶ島はそれぞれ新島、八丈島の属島とされていたことから伊豆七島とも呼ばれる。さらに小笠原諸島を含めて東京諸島とも呼ばれる。
島は水深300から400mほどの海底からそびえる火山の陸上部分であり、海底部分まで含めると1,000m程度の高さになる。山頂部にはカルデラがあり、その中には中央火口丘に標高758mの三原山がある。
活動的な火山で、数多くの噴火記録が残っており、20世紀以降も1912年-1914年、1950年-1951年、1986年に中規模以上の噴火があった。特に1986年の噴火では、高度1万6千mもの噴煙柱を伴う割れ目噴火や、溶岩流が人口集中地区に迫るなどして全島民が避難した。
島全体が東京都大島町(所属郡はなし)となっている。大島町は1908年(明治41年)に島嶼町村制施行で発足した岡田(おかた)村、元村、泉津村、野増村、差木地村、波浮港村が1955年(昭和30年)に合併して発足した町。いや、同い年やわ。町名は島名から。所属郡がないのは、1940年(昭和15年)に島嶼町村制から普通町村制に移行したのだが、その時点では既に「郡」は行政組織としては廃止され、名目だけの存在になっていたから。
古くは伊豆国に属したが、近世には江戸幕府の直轄地となり、明治に入り所管が転々と変わったが、1876年(明治9年)の静岡県編入を経て、1878年に東京府に編入された。元々江戸との結び付きが強かったので、当然の帰結とも云える。
また、中世から近世には伊豆七島は流刑地とされ多くの流罪人が送り込まれ、島の社会に影響を与えた。大島は本土に近いと云うことから比較的罪の軽いものが流されており、江戸時代で約150人。一番多い三宅島には約2300人、一番少ないのは利島への約10人だったそうで、島の広さと距離に寄るようだ。ただ、近いと云っても泳いで逃げ出せる距離ではないが・・・
町(島)の面積は90平方㎞強で、東京都の62区市町村で6番目に広い。人口は7千人弱で、東京都の62区市町村では下から11番目。1950年辺りの約13万人をピークとして、年々減少している。大島町役場と元町港がある元町が1番人口が多く、2番目が波浮港の西に隣接する差木地。
旅客船は東京(竹芝桟橋)、横浜(大さん橋)、熱海、利島、新島、式根島、神津島との間に定期航路がある。季節によっては久里浜港や館山港にも寄港する便が設けられる。発着港は島の西部中央部にある元町港がメインだが、北部の岡田港も風向きや海況によって使われる。午前と午後で発着港が異なることもある。かつては南東部の波浮港発着の航路もあったそうで、他に泉津、差木地、野増に漁港がある。
北西部に大島空港があり、新中央航空の調布飛行場との航空路の他、東京愛らんどシャトルによる伊豆諸島間のヘリコミューターも乗入れている。2015年までは全日空の羽田便が就航されていた。
気候は温暖で、年間平均気温は摂氏15.8度。三原山、椿、あんこさんで知られるが、観光整備の遅れから観光客は減り続けている。
農業は気候を活かした花き類とサヤエンドウが中心だが、離島ゆえの物流コストの高さや輸送時間の問題から生産量の減少に歯止めがかかっていない。畜産は搾乳が中心で、かつては高品質の「大島バター」で知られたが、戦後は輸入品に押され、2007年2月にバター生産を断念した。漁業も産業の柱だが、いずれも高齢化や人口減少のため衰退傾向。
三田明の「美しい十代」やレコード大賞を受賞した橋幸夫の「霧氷」の作詞家、宮川哲夫は波浮の出身。彼の作品でなく星野哲郎の作詞だが、都はるみの「アンコ椿は恋の花」は波浮の港が舞台。
この日、船が到着したのは北部の岡田港。1940年(昭和15年)に竣工した伊豆諸島で最初の接岸桟橋を持つ港で、元町港を補完している。三原山が噴火した際には、島民が脱出するための避難港の一つに指定されている。
防波堤の先の岡田港防波堤灯台が迎えてくれる。1939年(昭和14年)に造られたもので、1992年に改築されている。定刻通りに接岸。乗客も多くないのですんなりと下船。2005年に整備された風雨を防ぐシェルターとなる汐風プロムナードから船客待合所を通り抜ける。待合所は2019年に建て直されたもので、1階がチケットカウンターと待合所、2階が売店、交流スペース、3階がレストラン、12.9メートルの高さの屋上部分は津波避難施設となっている。
港を出たところすぐにあるレンタカー屋でレンタカー手続き(下の写真1)。早朝にも関わらず船の時間に合わせて店を開けてくれてるのが嬉しい。この日借りたのは裏砂漠に乗り入れできる三菱のパジェロミニ(下の写真2)。12時間で5000円ポッキリは安い。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.8797884636948149&type=1&l=223fe1adec
まだ真っ暗な中、大島観光に出掛けるが、続く
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