2022/10/30 - 2022/10/31
75位(同エリア4650件中)
旅猫さん
京における旅の後半は、嵯峨野散策である。倉敷での街歩きの経験により、人気の観光地では夜と朝が狙いだと改めて知ったので、今回は嵐山に宿を取ったのだ。そして、旅の最後には、今回の旅の目的でもあった鳥居本を歩くことにした。
(2022.11.24投稿)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- 楽天トラベル
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京都河原町駅から乗った特急列車を桂駅で下車。そこから、嵐山線に乗り換え、嵐山駅へと向かう。乗り込んだ列車は、日曜日と言うこともあり、混み合っていた。
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立ったまま、10分余りで嵐山駅に着いた。一緒に降りた大勢の観光客は、一斉に渡月橋へと向かって歩いて行く。その流れに乗って進むと、嵐山の象徴とも言える渡月橋が現れた。
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すれ違うのも大変なほど混み合う渡月橋の上からは、桂川と嵐山が織り成す、馴染みの景色が広がっていた。
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渡月橋の北詰を西へ入り、最初の丁字路を曲がると、石塔が立っている。小督塚と呼ばれるものである。平安時代、高倉天皇の寵愛を受けた小督局が、平家を恐れて隠れ住んだとされる場所である。嵯峨野では、平清盛の娘で中宮であった徳子、後の建礼門院のほうが名が知れているが、個人的には、小督局の哀れの方が心を打つ。
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この辺りは、狭い意味での嵯峨野に当たる。いくつか角を曲がると、茅葺屋根の建物があった。喫茶になっていたが、外からは観ることが出来た。旧小林家住宅と言うもので、園部町宍人にあったものを移築復元したそうである。宍人村の庄屋を務めていたそうで、その地域における江戸時代後期の農家の典型だそうだ。摂丹型と呼ばれるそうである。
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その向かいには、湯豆腐の店である『嵯峨野』がある。学生の頃、嵯峨野を訪れた時に写真を撮らせてもらった場所である。変わらぬ佇まいで嬉しくなる。それにしても、学生時代以来、嵯峨野を一度も訪れていなかったことに驚いた。
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嵐山羅漢の脇を過ぎると、天龍寺の塔頭である宝厳院の入口がある。ちょうど特別公開中だったので、立ち寄ることにした。なかなか風情のある境内であるが、平成14年(2002)に再興されたものだそうだ。
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苔生した庭園は、天龍寺の塔頭であった旧妙智院のものらしい。『獅子吼の庭』と呼ばれ、江戸時代に編纂された『都林泉名勝図会』に掲載された名園だそうだ。紅葉の名所でもあるらしいが、まだ色付き始めであった。
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庭を歩いていると、獅子の形をした『獅子岩』があった。その岩が、この庭の名の由来となったもののようである。それにしても、周辺には行列が出来るほど混み合う喫茶などもあるのに、ここは人影も疎らで実に静かであった。流行りの店に並び、そこで撮った写真をSNSに投稿することを目的とする人が多いおかげで、かえって静かな京を楽しむことが出来るのかもしれない。
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宝厳院の拝観券は、弘源寺と共通となっていた。宝厳院が今の場所に移転するまでは、その弘源寺内に身を寄せていたそうである。寺は、天龍寺の参道沿いにあった。幕末の蛤御門の変の際、長州藩士が滞在し、その時に切り付けられた刀傷が、柱などに残されていた。
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参道を行きかう人波から、天龍寺の賑わいが感じられる。わざわざ混み合う場所に行く必要は無いので、天龍寺の北、小倉山の東麓に佇む常寂光寺を訪れることにする。嵐電の嵐山駅前を通る道は、車道にまで人が溢れるほどであったが、JRの踏切を越えると、嘘のように人が少なくなった。
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しばらく歩くと、空き地の向こうに茅葺屋根の建物が見えた。落柿舎である。蕉門の俳人向井去来が庵を結んだ場所である。芭蕉は、ここを三度訪れたそうである。周囲は住宅街となっているが、そこだけは嵯峨野の往時の風情を色濃く残していた。
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写真を撮りながら、のんびり歩いて30分足らずで常寂光寺に着いた。拝観券売り場では、黒猫がだらけている。私が拝観券を求めている間も、ずっと同じ姿勢であった。長閑なものである。
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境内は、まだ青紅葉である。
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仁王門の脇から続く石段も風情がある。
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真っ直ぐに上がる石段の脇の斜面には、苔がびっしりと生えている。
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本堂で参拝した後、多宝塔を観に行く。その登り口にちりめん山椒を売る露店があり、その店の方が教えてくれた比叡山が望める場所から展望を楽しむ。その後、さらに登ると、萩に覆われた石段の先に、優美な多宝塔があった。元和6年(1620)に建てられたものだそうである。
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多宝塔のさらに上に展望所があるようなので、行ってみる。そこからは、京都市街地と比叡山などの山並みを望むことが出来た。
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常寂光寺の北側にある二尊院にも立ち寄ってみる。大きな総門を入ると、一直線に伸びた参道がある。歩いて行くと、その先に石段が見えて来た。観たことのある光景である。紅葉の名所として知られている場所である。知らずに訪れたので、結構驚いた。まだ色付き始めだが、それでも悪くはない。紅葉すれば見事なものだろうが、人が多くて写真など撮れないことだろう。それにしても、人が少ない。嵐山の喧騒はどこへ行ったのか。
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二尊院は、その名の通り、本堂に『釈迦如来』と『阿弥陀如来』を祀っている。そのせいか、本堂は横に長い造りとなっていた。
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二尊院を後にし、宿へと向かう。途中、往きに見かけた落柿舎に立ち寄る。庭では、小菊など、秋の花がたくさん咲き、名前の由来ともなった柿も実っていた。
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嵐山駅前を通り抜ける。駅周辺も混み合い、人で溢れている。多くの観光客は、渡月橋や天龍寺を観て、嵯峨野界隈を歩き、話題の店に立ち寄るのだろう。ある一定の場所だけ混雑し、他の場所は静かと言う、鎌倉などでもよくある光景である。桂川沿いに少し歩くと、今宵の宿に着いた。
公共の宿ですが、悪くない。 by 旅猫さん京都嵐山 花のいえ 宿・ホテル
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その宿は、教職員組合の保養所の様だ。知らずに予約していたが、一般の人も泊まれるそうである。料金も、和風旅館にしては少し安い。通された部屋は、8畳の和室であった。
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窓の外を眺めると、寺院の庭の様であった。ふと、高野山で止まった宿坊を思い出したが、庭の広さがまったく違う。
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とりあえず風呂に入り、汗を流す。温泉では無いが、広い湯船につかるのは気持ちが良い。その後、夕食となった。公共の宿と知り、食事は期待しなかったが、出て来た料理は思いの外良さそうである。
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お酒は、宿独自のものと言う『花錦』を頼んだ。その酒は、かつて、京伏見の『名誉冠酒造』で醸されていたものだそうだ。今は、『山本本家』が引き継いでいるそうである。すっきりとした味わいの吟醸酒で、食中酒にはちょうど良い。
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熱々の天婦羅は衣がサクサクで美味しかったが、茶碗蒸しに松茸の欠片が入っていたのは嬉しかった。今年、最初で最後の松茸である。
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鍋は、茸入りの湯豆腐であった。そして、最後に出て来た水菓子は、栗のプリンである。栗が載り、なかなか美味しかった。全体的に、秋らしい料理が並び、味も良かった。安い宿で、思いがけず美味しい料理に出会うのは嬉しいものである。
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翌朝、6時頃に目が覚めた。早朝なら、かの竹林の小径も空いているのではないかと思い、散歩に出ることにする。歩いて行くのも面倒なので、宿の向いにある角倉町バス停で時間を確認すると、6時半に始発のバスが来る。バス停で待っていると、ちょうど朝日が昇って来た。
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野々宮バス停で降り、野宮神社へ至る小路に入る。神社への参拝は帰りにすることにし、とりあえず、天龍寺の北門の先にある竹林の小径へと向かう。しばらく歩くと、道の両側に小柴垣が現れ、美しい竹林に囲まれた。
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道は、途中で大きく曲がっていた。考えてみれば、竹林の小径を訪れるのは初めてであった。学生の頃に買った交通公社のエースガイドブックには、野宮神社は載っていたが、竹林の小径は書かれていなかった。名が知れるようになったのは、その後かもしれない。
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その曲がりが終わると、直線の道となっていた。そこに、欧州系の外国人の男女がとバイクに乗った男性がひとり写真を撮っていた。拘りの写真を撮りたいようだったが、こちらは散歩の途中なので、サクッと撮らせてもらう。初めて来たが、なるほど、なかなか風情のある場所である。
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この先に、大河内山荘があるのだが、時間が早いのでまだ開いていない。今回は、鳥居本に行くことにしているので、またの機会としよう。
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バイクの男性が去った後、欧州系の若い女性の方が一人現れた。綺麗な方で、日本情緒溢れる風景の中、とても絵になっていた。
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大河内山荘の前で引き返す。結局、この時であったのは、先の4人だけ。朝の竹林の小径は静かである。昨日は、野々宮バス停から入る道が大混雑していたので、ここは渋谷並みに混んでいたことだろう。
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時間は7過ぎ。戻る頃には、多くの賑やかな観光客とすれ違ったので、早くに来て良かった。そして、野宮神社に参拝。ここは、平安時代、伊勢神宮に仕える斎王が、3年間暮らし、身を清めた場所である。源氏物語の舞台でもあるので訪れる人も多いのだが、さすがにこの時間では誰にも会わなかった。
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帰りはのんびり歩いて宿へ戻る。昨日、車道まで溢れていた観光客の姿はまったく無い。中学の卒業旅行と大学時代に訪れて以来だが、これほど静かな嵯峨野は初めてである。どんなに人気のある観光地でも、やはり、朝は清々しい。
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押すな押すなの賑わいであった嵐電の嵐山駅も、人影はまったく無い。嘘のような光景に、しばらく佇んでしまった。
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渡月橋も、人影は疎らで、車もほとんど来ない。正直、驚きである。
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朝陽が桂川の水面に当たり、とても綺麗である。
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朝の散歩を終え、宿に戻る。朝風呂を使った後、離れの食堂で朝食をいただく。渡り廊下からは、美しい庭園が眺められた。
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朝食会場に入ると、結構混んでいた。それでも、通されたのは窓際の席であった。おかげで、庭園を観ながらの食事となった。焼き鮭や海苔があり、私の好きな品揃えで、とても良かった。
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しばらく休んだ後、9時に宿を辞した。まだ、観光客の姿は少なく、多くの人が景色を眺めていた渡月橋の袂も、人影は無かった。
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嵐山天龍寺前バス停から、9時18分発の鳥居本へ向かうバスに乗る。そして、大覚寺道バス停で下車。そこから、旧愛宕街道へと入る。歩き始めてすぐ、道の脇に佇む猫に出会った。旅先で猫に出会うのは、運が良い。今日も、良い一日になりそうだ。
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その先で、干し草ロールを見かけた。まさか京都で出会うとは思ってもいなかった。しかし、畑に置いてあるのはなぜであろう。
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さらに歩いて行くと、山の麓に、樹々に埋もれるように佇む茅葺屋根の民家が見えた。まるで、向井潤吉の絵画のようである。昭和の頃までは、このような景色が普通に観ることが出来たのだが、今や奇跡のような世界となっている。
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愛宕街道からそれ、小倉山の東麓へと続く道へと入る。時間もあるので、昨日立ち寄れなかった祇王寺などを訪れることにしたのだ。その分岐近くにあった蔵造りの建物の玄関脇には、綺麗な小菊が飾られていた。
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しばらく歩くと、祇王寺へ続く道が分かれた。その道へ入ると、壇林寺と言う寺があった。寺は、嵯峨天皇の皇后であった橘嘉智子により創建されたとされる。また、禅の始まった寺とも云われるそうだ。なかなか大きな寺であるが、個人的には裏門の佇まいに風情を感じた。
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その寺の先に、祇王寺の入口があった。竹垣のある道に情緒を感じる。
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苔生した屋根のある場所から境内へ入る。この辺りは、訪れる人も少ないようで、とても静かである。京都らしい趣を感じる。
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境内は、緑に包まれていた。庭一面を苔が覆い、何とも言えず美しい。今回の旅で観た中では、一番の美しさである。平家物語によれば、平清盛に仕えた白拍子である祇王が、母刀自、妹祇女と共に出家して移り住んだと云われ、後に仏御前も加わったとされている。本堂には、5人の像が置かれていた。また、祇王姉妹の墓と、清盛の供養塔と云われるものも立っていた。ここで出会ったのは、初老の夫婦だけであった。
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祇王寺の奥に滝口寺がある。正式には三宝寺と言うそうだが、平安時代の滝口の武士であった斎藤時頼と建礼門院の雑仕女であった横笛の悲恋に纏わる寺であったことから、滝口寺と呼ばれるようにあったそうだ。出家してこの寺に入った時頼は、後に高野聖となり、平維盛の熊野における入水に立ち会っている。ここもまた、歴史を伝える場所であるが、訪れる人は少なく、この時は他に誰もいなかった。
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境内の片隅に、新田義貞の首塚があった。諸説あるものの、義貞の首は京に送られたとされる。その首は、妻であった勾当内侍が密かにこの地に葬ったと云われている。傍らには、勾当内侍の供養塔も立っていた。
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愛宕街道に戻り、鳥居本の街並みを歩く。ところが、思っていた街並みと違い、かなり整備されて綺麗になってる。山間の寂れた集落を思い浮べていたので、かなりがっかりであった。重伝建に指定され、観光地として整備したのであろう。それがかえって風情を無くすことに思いを巡らせてほしいものである。
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町並みの途中に、有名な化野念仏寺がある。趣のある緩やかな石段が山門へと続いている。名が知れているだけあり、ここには観光客の姿が多く見られたが、途中には人がいないので、やはり車で移動しているのだろう。
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山門を入ると、すぐの所に、苔に覆われた石仏や五輪塔が置かれていた。
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平安時代、風葬の地とされていた化野であるが、その無縁仏を供養するために建てられたのが念仏寺である。本堂前には、西院の河原と呼ばれる場所がある。明治時代に掘り出された五輪塔などが、約八千も安置されている。その光景は、何とも言えないものがある。
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その境内の奥、墓地に向かう道沿いに竹林があった。朝方歩いた竹林の小径ほどの風情は無いが、こちらもなかなかの趣であった。その奥にある墓地の傍らに、六面六体地蔵なるものがあった。時計回りにお参りすると御利益があると言うのでやってみたが、逆回りをしていたことに気付き、慌ててしまった。
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その後、西院の河原の脇を通り外に出た。古い旅行案内などの写真では、かなり不気味な感じであったが、今は明るく、怖いと言う感じは無い。
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念仏寺を後にして、愛宕街道をさらに歩いて行く。しかし、バスの時間が迫っていたので、途中で切り上げることにした。とは言え、ほぼ歩き切っていたので、名残は無い。
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10時53分発のバスに乗り、阪急の嵐山駅に出る。嵐山駅から、11時14分発の列車に乗り込む。往きとは違い、楽に座ることが出来た。この後、烏丸駅に出て、地下鉄に乗り換え、京都駅に戻った。
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予定では、京都駅で昼食を摂り、13時過ぎの新幹線で帰ることにしていたのだが、あまりにも京都駅が混んでいたので、そのまま帰ることにした。駅構内の売店で、『狐の鶏めし』なるものを購入。そして、のぞみを2本見送り、12時24分発の『のぞみ18号』の自由席に乗り、京都の旅を終えた。乗車してすぐ、買い込んで来た駅弁を食べる。『狐』と言うだけあり、油揚げが入っていた。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ポテのお散歩さん 2022/11/24 22:57:01
- 嵐山
- 旅猫さん こんばんは。
本来の嵐山を歩かれて 嬉しく思いました。
今まさに美しい所へ人は集まるので、紅葉前の宝厳院や竹林・祇王寺は
現在と比べると嘘のような静けさですね。
大陸の方が来られるようになったら、また変わってしまいます。
早朝から行動されますから(^-^;
ただ滝口寺だけは紅葉の時期でも、あまり訪れる人はいません。
滝口入道と横笛の悲恋 新田義貞と勾当内侍の悲恋と二つの悲恋が
語り継がれているので女性には受けると思うのですが、少し荒れているのが
いけないのか、ここまで来る方は少ないです。
お泊りになられたお宿、場所もいいし風情のあるお宿ですね。
お食事も良かったようですね。 松茸が。。。羨ましい(^-^)
ポテ
- 旅猫さん からの返信 2022/11/25 23:20:42
- RE: 嵐山
- ポテさん、こんばんは。
いつもありがとうございます。
今ごろは、宝厳院も祇王寺も、多くの人で賑わっていることでしょう。
紅葉の少し前がねらい目ですね。
滝口寺は、どう見ても観光地にはなりませんね。
歴史好きの人くらいでしょう。
女性も、悲恋より、恋愛成就のパワースポットがお気に入りの様です(笑)
嵐山で泊まった宿は、公共の宿でしたが、安い割には良かったです。
庭も風情があり、料理も悪く無かったですし。
他の泊り客が、賑やか過ぎたのが困りましたが。
松茸は、欠片が一枚入っていただけですけど、今年唯一の松茸でした!
旅猫
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