2022/04/17 - 2022/04/17
11位(同エリア897件中)
たびたびさん
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今日は、下田温泉を出発して、鬼海ケ浦、妙見浦、十三仏公園、西平椿公園といった西海岸の夕陽のスポットを巡りつつ南下。大江天主堂・ロザリオ館や世界遺産の崎津集落のキリスト教関係の見どころが集中する地区を目指します。天草の西海岸から東シナ海を望む風景はちょっと秘境らしい雰囲気もあって、天草らしい期待通りの絶景だったと思います。そして、キリスト教関係はこの日のメイン。これまで積み上げてきた長崎市周辺や平戸、五島列島から続く教会めぐりの一区切りの意味もあったんですよね。
<五島列島の教会めぐり>
https://4travel.jp/travelogue/10879364
https://4travel.jp/travelogue/10879369
https://4travel.jp/travelogue/10879587
<長崎市から平戸の教会めぐり>
https://4travel.jp/travelogue/10911996
https://4travel.jp/travelogue/10912049
https://4travel.jp/travelogue/10912291
https://4travel.jp/travelogue/10912292
ただ、天草島原の乱の地元にしてはその印象はかなり穏やかなもの。天草島原の乱で荒廃をした人心の安定を図るとともに過度な年貢の半減を死を賭して幕府に訴えた天草初代代官、鈴木重成の存在や摘発された隠れキリシタンを宗門心得違いとして寛大な処置をした天草崩れの経緯等は、長崎の各地で起きた激しく凄惨なキリシタン弾圧の歴史と比べるとちょっと異質。惨禍の規模としては天草島原の乱の方が遥かに甚大で桁外れなのですが、一方でその後の流れは如何にその傷を癒していくかに心が砕かれていたという事実。必ずしもそんなにきれいなことではないのかもしれませんが、私としてはかなり意外なものでした。ちなみに、これに対して島原の方は乱で農民が減ってしまったことから大量の移民を受け入れる。過去の事件と関係がない人たちが新たな生活を築いたこともあって、地元の感覚としてはけっこうドライ。今でも一揆軍は普通に賊軍と呼ばれていたのを思い出します。また、五島列島の貧しくとも平和の地を求めた辺境の信仰生活が現代にもつながっている不思議な感覚や平戸の南蛮や中国との交易に彩られた栄光の陰に潜む暗いキリシタン弾圧の歴史とか。それぞれがそれぞれで、そんなに単純なものではないですね。天草でまたそんな当たり前のことを思い知らされたように思います。
と、ここで今日の目的はほぼ終了のはずだったのですが、崎津の観光案内所で、今日は牛深ハイヤ祭りが3年ぶりに開催されるという情報を得て。。それは行かないわけにはいきませんよね。急きょ、スケジュールを前倒しして、牛深まで足を延ばしました。
この日は、牛深ハイヤ祭りのハイライト、ハイヤ総踊り。
ハイヤ大橋を交通止めにして、道路いっぱいを使って踊りの集団が下ってきます。もともとは風待ちをする船乗りたちの酒盛り踊りだったというだけに複雑な動きではないのですが、舟をこぐような動きや網を引くような動きとか、腰を入れてリズムに乗った踊りは片意地を張ったところがなくて自然体。歴史を重ね、洗練された形になったことが窺えます。特に、ハイヤ娘の踊りはやっぱり動きがきれいだし、体全体が躍動するお兄さんの方も名人芸かな。そして、踊り手と見物人が一体となって、会場から町全体までが浮き浮きするような感じ。これはいいお祭りですねえ。全国のハイヤ節のルーツはここという説もあるようですが、そういう意味では本家本元の面目躍如といったところ。有明海、東シナ海、不知火海を控えた漁港でもあり、大阪から鹿児島を往復する海運船の風待ち港でもあったという文化の交流点、牛深の歴史にも思いを馳せました。
最後、本渡に戻って。晩飯の奴寿司で終了です。
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早朝の下田温泉。
昨日は夜遅く着いたので、宿の朝食の前に少し散策。 -
下田温泉五足の湯は、下田温泉のメインストリート沿い。海側の方にありました。明治40年に天草を訪れた北原白秋ほか五人の若手詩人による「五足の靴」に因んだネーミング。簡素ですが、ゆったりした造りの足湯です。
下田温泉は温泉街という感じもなくて、これくらい。
さて、朝飯を食べて出発です。 -
五足の靴はもう一つ。
下田温泉から海沿いの国道に出て左折。すぐに国道右手に鬼海ヶ浦展望所の駐車場がありまして、それを逆に山側に入った少し高台が五足の靴文学遊歩道の入口です。
海を臨む場所に雰囲気のある碑には、「寛・白秋 勇・杢太郎 萬里らが たどりし径ぞ 五足の靴で 濵名志松」とありました。 -
碑の先には、向かいの鬼海ヶ浦展望所の駐車場です。
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改めて、そちらに移動して。
駐車場から海に突き出た鬼海ケ浦の展望所へ。ここは日本夕陽百選のひとつということですが、天草下島の西海岸にはあちこちに夕陽のポイントがあるんですよね。 -
展望所からは岩がごつごつした半島みたいに見える島。
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その右手には岩場の先に広がる海が見渡せました。ダイナミックな地形とかを想像していましたが、そういう印象でもないですね。
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国道をさらに進んで
今度は妙見ヶ浦展望所。こちらも国道沿いにちゃんとした駐車場が整備されていて、その脇から妙見ヶ浦を見下ろすことができました。ただ、象の形をした島の姿はどこなんでしょう。天草西海岸の代表的な景勝地で、海岸一帯は断崖が連なり、大小の島が云々という情報もありましたが、そういう印象ではないですね~ -
鬼海ケ浦、妙見浦はちょっと外れ気味でしたが、気を取り直して今度は十三仏公園を目指します。ただ、鬼海ケ浦、妙見浦と違って、こちらは国道から海側の半島部に向かって少し入って行くことになります。これでまたがっかりだったらどうしようと心配でしたが、
海を臨むギリギリの崖に沿って石段。これを上って行った先が展望所ですね。 -
与謝野鉄幹、晶子の立派な歌碑があって
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振り返ると灯台の立つ半島とかがダイナミックじゃないですか。
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ただ、木製の展望所は海側に突き出ていて、高所恐怖症の私としてはさすがにこれはちょっと足がすくみますね。
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しかし、ここからだと妙見浦の象の形をした島の姿がばっちり見えているし、一気に挽回した感じ。スルーしなくてよかったです。
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帳尻があったところで、続いては高浜の集落へ。
天草下島の西海岸。岩場の続く西海岸ですが、ひょっこりとここには白鶴浜海水浴場という見事な砂浜のビーチがあるんです。 -
市街からビーチはすぐの距離なのですが、間にお堀のような川が流れているので、人道橋を渡る必要があります。で、その橋も少し外れにあるので分かりにくいかもしれません。
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さて、これが砂浜。
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砂浜を囲む右手の半島は、さっき十三仏公園から見えていた灯台のある半島。そういう位置関係でしたか。
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市街に戻って、これは高浜焼 寿芳窯。天草の磁器を代表する大手の窯元です。規模はさほどでもありませんが、きちんとした展示場。
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どこということもなく何度か見かけていましたが、この海藻のデザインは、江戸時代中期に描かれていた海松紋(みるもん)の復刻シリーズなのだそう。天草焼の美しい白地に映えるデザインだと思います。
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で、ここからが思いがけずの貴重な未知との遭遇。
お隣りにある立派なお屋敷は上田家庄屋屋敷なんですが -
高浜焼寿芳窯が管理している焼き物の展示施設、上田資料館というのがあって。つまり、上田家は高浜焼の草創に力を尽くしたという関係なんですね。
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高浜焼寿芳窯の人に話をしたら、快く鍵を開けて見せてくれました。
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館内には江戸時代の天草磁器の名品がずらり。
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天草の焼き物はここで陶石が採れたがゆえのもの。
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であれば、技術的には有田には遠く及ばないものだったというイメージがありましたが、全然そんなことはないですね。
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染付も色絵も見事な仕上がり。
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重厚さや格式まで感じる作品にはけっこう驚かされる。
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ある程度分業もして、経験や技術を持った職人が相当数いないとこのような作品は生まれないはず。
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お見事。
これを見ると天草焼のイメージが全く変わったような気がします。 -
上田資料館の素晴らしい出会いがありましたが、そうなってくるとこのお屋敷自体も気になりますよね~
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後ろの門から中に入って
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裏手の方へ。
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石組みを豊富に使った
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雰囲気のあるお庭はこれも何とも見応えがありますよ~
ただ、ここはそれだけではない。なんと、ここは冒頭に触れた天草崩れの現場。すごい歴史の場所だったんです!
というのも、代々高浜で庄屋を務めていた上田家の7代目当主、上田宜珍こそが天草崩れに際し寛大な裁きをしたその人。上田家は大坂城落城後に信濃から天草に渡り隠棲したというのですが、天草の初代代官、鈴木重成に庄屋を仰せつかったという因縁。キリシタンは弾圧すればいいという単純な思考に陥らなかったのは、少なからず重成の薫陶を受けていたことも一因だったかもしれません。 -
さて、調子が出てきましたよ~
続いては西平椿公園。国道からはかなり外れるのでどうしようか迷ったのですが、やっぱりせっかくですからね。 -
しかし、これは大正解。天草下島から西の海を臨む丘陵部は駐車場や遊歩道もきれいに整備されていてとても安全快適。視界が広くて、いきなりテンションが上がります。
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そして、ハイライトはこの大ケ瀬,小ケ瀬を正面に望む展望台。真っ青な海に真っ白な岩礁群が映えてとても美しいですねえ。
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イチオシ
かっこうのよい庭石みたいな配置になっていて、絶景中の絶景かな。天草の西海岸ではここが一番の見どころではないかと思います。
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西平椿公園から大江天主堂に向かう海岸沿いの一般道を走っているとこれはお万が池。カーナビには出てこなかったので諦めていたんですが、こんなところにありましたか。
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イチオシ
公園内には大型船や龍のモニュメント。これは龍と美女お万にまつわる伝説があるようで、それをモチーフにしたもの。
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ネットにその紹介があったので、参考まで。https://bunbun.hatenablog.com/entry/2015/04/25/150219
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イチオシ
大江天主堂に上って行く坂の下に建つ天草ロザリオ館。大江天主堂の前にこちらを訪ねます。
ちなみに、ロザリオというのは、キリスト教徒が祈りをささげる際のネックレスのような道具のこと。館内にはキリスト教の伝来から始まって、天草島原の乱や隠れキリシタンに関するパネル展示があれこれ。
巨大シアターでは、天草くずれという隠れキリシタンが大量に見つかった事件のことを拝見。既に何度か触れましたが、上田家代官所の裁きは「宗門心得違い」として全員を許すもの。1万人の住人の半分がキリシタンでとても全員を処分することはできなかったという事情はあったにせよ、厳しいキリシタン弾圧の歴史の中では空前絶後の異例の裁き。平和裏に収めたその後の経過によって、キリシタンが幕府の支配に害をなすものではないことが証明されたとも言え、少し心が軽くなったような気がしました。 -
続いての大江教会は、丘の上に建つ白亜の教会。キリスト教解禁後、天草で最も早く造られた教会ということです。
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現在の建物は昭和8年、フランス人宣教師ガルニエ神父が地元信者と協力して建立。
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中も少し拝見して、今度は敷地内を散策。
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丘の上なので見下ろす市街の先にはちょこっと海も見えるし、
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さらに進むとガルニエ神父の像や
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塔、ルルドの聖母マリア像があって、いい感じの順路。
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イチオシ
最後に建物をこうして下から仰ぐと純白の美しさがまた映えますよ~
平和で穏やかな雰囲気です。 -
続いては、崎津集落。大江天主堂からはすぐの距離です。
まずは、道の駅崎津。天草下島の西海岸を走る国道389号沿い。世界文化遺産「天草の崎津集落」を臨む道の駅です。
さほど大きくもない黒い木造の建物が建っていて、 -
内部は産直コーナーもなくて、天草の崎津集落の説明パネルや
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周辺の観光地図などがあるだけのシンプルな内容。
ここで駐車をして崎津集落まで歩くのを想定した施設かなと思います。
ただ、あまり観光客もいないようだし、車で集落に向かいましょう。 -
その前に、立ち寄ったのはケーキショップ クロシオ。
崎津の集落からは少し離れていますが、崎津の観光案内に掲載されたお店だったので、気になっていたんですよね。
自宅を改造したような小さなお店では女主人が黙々とケーキ造りをしているところ。 -
商品も手作り感があっていいですね。
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いただいたのは、イチゴのブリュレ。表面に少しバーナーを当てた砂糖のコーティング。その先に火の通ったいちごとぐちゅぐちゅの柔らかプリンの層。うーん、これはうまい。少し複雑系だけど、このおいしさはまさに直球ど真ん中。お菓子屋さんでも料理屋さんでも、技術よりも最後は作り手の舌が命ですからね。思い切りがよくて、ちょっと凄味も感じました。これは、崎津に行ったらぜひ訪ねるべきお店だと思います。
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崎津集落に入って、小さな駐車スペースを見つけてそこに車を入れました。
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散策を開始して、
これは崎津観光案内所。天草の崎津集落の中心部。崎津教会に向かう路地の入口にあって、スタッフが表に立って、積極的に情報提供をしてくれます。
なんと、この日は3年ぶりに牛深で牛深ハイヤ祭りが行われるとか。そうと聞けば、行かないわけにはいきません。崎津で予定していた時間を大幅に前倒しすることにしました。では、急げ急げ!巻いていきますよ~ -
宮下商店は、崎津の名物、杉ようかんのお店。
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トレーに入ったようかんは、杉の葉でデコレート。白と紅色のコントラストもインパクトがありますね。
ただ、この杉ようかんって、餡子の入ったお餅ですよね。柔らかいお餅に滑らかな甘い餡子の組み合わせは、とっても自然で素直な味わい。口の中で餡子とお餅が程よく溶け合います。 -
そこから山の手側に参道が続いていて、これが崎津諏訪神社。奥の石段を山懐に向かって上っていきます。
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雰囲気のある古びた石造りの鳥居を二つくぐるとその先が境内。
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建物はなんでもないものですが、ここは禁教時代、隠れキリシタンはこの神社の氏子となってキリシタンであることを隠すとともに、ここで密かに祈りを唱えていたという歴史の場所。深い思いがこもった神社かと思います。
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そして、その奥。約500段の石段を上った先がチャペルの鐘展望公園。
時間も押しているし、そこまでしていくところかなという気持ちもありましたが、そこは勢い。 -
しかし、上がってみると予想外に整備された一角。
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周囲に視界が広がって、なかなかのロケーション。
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イチオシ
崎津教会を中心とする崎津の街並みから
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羊角湾の青い海までがまるで箱庭のよう。
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公園もコンクリートできれいに整備されていて快適だし、時間があればもっとゆっくり楽しみたい場所ですね。
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イチオシ
市街に戻って、崎津教会へ。
ここは、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつである崎津集落の中心。禁教が解かれた15年後の1888年に木造の教会が造られたのが始まりだそう。
現在の建物は昭和9年、フランス人宣教師ハルブ神父の下で建てられたもの。外観は重厚なゴシック様式でちょっとした迫力も感じますが、内部は意外なことに畳敷きだしステンドグラスもむしろ穏やかな印象。敷地も限られているので、写真を撮るのはちょっと窮屈です。 -
崎津資料館みなと屋は、崎津教会入り口からすぐ。
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昭和11年に建てられた旅館「みなと屋」を改装し、崎津集落の歴史や文化を紹介する施設として平成28年にオープンしたもの。隠れキリシタンの潜伏期の信心具などもありますが、あまりおどろおどろしくはなくて、気軽に拝見できると思います。
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最後に海上マリア像へも。崎津集落の少し外れ。岬の先、海上に向かって立つ真っ白なマリア像です。海の上からだと近くで拝めるのだと思いますが、陸上からだと近づけません。海上マリア像展望デッキというのがあって、そこから眺めます。
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陸上からだこれで精いっぱい。ただ、マリア像の向こう側に沈む夕陽は天草夕陽八景の一つ。それならここでも十分かもしれません。
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さて、崎津集落を駆け足で見た後は牛深へ。
なんとか時間前に到着。ハイヤ大橋のたもと、港の駐車スペースに車を停めて -
会場に向かいます。
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ハイヤ大橋に向かう沿道には幟が立って
すっかりお祭り気分ですよ~ -
見物客がそれぞれ陣取っていますけど
これだけ広い場所ですから、まあまあ余裕です。 -
私は踊りの出発地点に場所を取って
始まりを待つことに。 -
先頭は地元の保存会。
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おばちゃんというかおばあちゃんのリーダーがチームを率います。
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冒頭に触れましたが、ハイヤ踊りは酒盛り踊り。
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酒席で興が乗るとこれを踊って羽目を外したといったところでしょう。
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軽快なリズムとちょっと人を喰ったような歌詞
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ハイヤエー ハイヤ
ハイヤで今朝出した船はエー
どこの港に サーマ 入れたやらエー -
エーサ 牛深三度行きゃ三度裸
鍋釜売っても酒盛りゃして来い
戻りにゃ本渡瀬戸徒歩渡り -
ハイヤエー きたかと
思えばまだ南風(はえ)の風ヨー
風さえ恋路の サーマ 邪魔をするエー -
エーサ 黒島沖からやって来た
新造か白帆か白鷺か
よくよく見たればわが夫(つま)様だい -
ハイヤ大橋をいっぱいに使って
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皆さん元気いっぱい
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3年ぶりに復活したハイヤ祭りは天気にも恵まれて
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最高のコンディションですよ~
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ハイヤエー ハイヤ
ハイヤで半年ゃ暮らすエー
後の半年ゃ サーマ 寝て暮らすエー -
エーサ 段々畑のサヤ豆は
ひとサヤ走ればみな走る
私しゃお前さんについて走る -
進むスピードには緩急があって
あれ?と思う間に踊り手が過ぎていったり
ちょっとまだ感覚が合っていないんですが、そこはこれからですよね。 -
これは宮崎のひょっとこ踊りのチーム
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飛び入りっぽいチームですから
そんなに期待はできませんけど -
そこはまあ雰囲気、雰囲気。
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ハイヤ節のリズムに合わせて
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楽しく踊ればいいんです
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こっちもあんまり分かってないし、これでいいと思います。
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NTT西日本のチーム
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若手の三人が先頭です
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なるほどね
でも、動きは固いかなあ -
練習は重ねたんでしょうけど
そんなに甘くはないのかな -
後半の着物の皆さんは堂に入ってますねえ
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手の動きや
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腰の入り
-
ためもあるし
-
これは落ち着いて見てられます
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肥後銀行のチーム
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こちらも先頭は若手
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まあまあ頑張ってますけど
-
ここでチームの先生をしていたんでしょうか
ハイヤ娘さんが登場
こぶしを握った手の動き -
左手を突き出して
-
イチオシ
軽くステップ
-
うーん
動きは滑らかで軽快 -
ハイヤ踊りの楽しさが
-
素直に伝わってきますね~
どこかに特徴的な山があるわけではないのですが、じわじわと楽しくなってくる踊り
さすがです -
はい
生徒さんたちも -
先生に続きます
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天草信用金庫のチーム
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この子たちもまだまだ若い
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リズムに乗り切れていなくて
もう少し経験が必要ですね -
天草市議会のチーム
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こちらも似たようなものかな~
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天草市役所のチーム
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は?
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先頭のお兄さんは
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なんかキレがありますよ~
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よっと
-
はっと
-
しゃんしゃん
-
はー
-
イチオシ
身のこなしがすごいじゃないですか
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ハイヤ節はもともとは男たちが踊っていたものなら
男性の名人はいて当たり前 -
この人すごいですよ~
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ちょっと目が釘付けです
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と
しかし、その他の人たちも -
あらよって感じかなあ
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皆さん身のこなしが素晴らしい
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ずいぶん練習したのか
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元々の才能なのか
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ハイヤ節が好きなことも当然かな
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このチームはちょっとレベルが違うように感じました。
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琉球国祭り太鼓のチーム
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沖縄だとエイサーですよね
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ハイヤ節とはどこかでつながっているのかなあ
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ちょっと分かりませんけど
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まあ、それはそれ
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明るいハイヤ節と
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エイサーの太鼓は
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それなりに相性は悪くないような気もします
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それにこんなところまでやってくるチームですから
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なんかプロみたいに
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一糸乱れぬパーフォーマンス。
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ハイヤ祭りの雰囲気をグングン盛り上げてくれました。
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飛び入り丸のチーム
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ハイヤ娘に導かれての素人集団かなと思ったら
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いやいや
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すぐ後ろで踊っているおじさんたち
けっこううまいじゃないですか~ -
チームには入れないけど
牛深にゆかりのある人たちなのかもしれません。
あっという間でしたけど
ハイヤ踊りいいですね!
もう少し追っかけてみましょうか -
ハイヤ大橋のたもとの公園で陣取ったハイヤ節の皆さん。
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ハイヤ大橋を下ってきた後は、この公園で最後に踊って終了となるんです。
ここで、待ち構えてさっきの市役所チーム -
あー、やってきましたよ
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キレがあって
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うーん、いい、いい!
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例のお兄さんを中心に
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このキレと勢い
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まったくスカッとする気持ちよさ
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ハイヤ踊りをすっかり堪能させてもらいました。
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沖縄のチームもこれで終了
お疲れ様でした -
ハイヤ総踊りが終わって
道の駅 うしぶか海彩館にも寄ってみます。
牛深港の一番奥に整備された大型施設。 -
コンクリートの建物は
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中央部に大きな空間もあって、たくさんの人が集うにはもってこい。
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こちらのかまぼこ市場という一角では
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練り製品を始めとする海産物がずらりと並んで活況でした。ただ、飲食店は意外に少ないかなと思います。
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イチオシ
うしぶか海彩館の裏手はすぐが海。
牛深ハイヤ大橋が見えていて。牛深港から海に向かって大きく弧を描くように伸びています。全長883mは熊本県内最長であり、街のランドマークと言っていいほど雄大。
牛深ハイヤ祭りの会場としてもとっても貴重。ハイヤ祭りのために造った橋ですというのが本当なのかなと思ってしまうくらい見事にハマっていました。 -
ここからは、牛深から本渡に戻りつつ。。
天草コレジヨ館のコレジヨは、宣教師の養成を目的とする大神学校のこと。かつて、そのコレジヨが天草にも作られていたんですね。 -
悠々とした広さの館内は、明るくて近代的。
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そこに当時付設されていたという印刷所のグーテンベルク式印刷機や
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西洋古楽器、南蛮衣装の展示はなかなかですね。
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さらには、活版印刷物である天草本の「伊曾保物語」(イソップ物語)に因んだコーナーでは
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それらしい登場人物の人形たち
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当時は異国の不思議な物語として受け止められていたんでしょう。そんなことも感じます。
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こちらは「世界平和大使人形の館」
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いろんな国を代表する人形たち
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お国柄が偲ばれてけっこう楽しめる。
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少し時間を取った方がいい施設かと思います。
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続いては、崇円寺。こちらは、天草・島原の乱が収まった後の天草初代代官、鈴木重成が再建したお寺。
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天草四ヶ本寺の中のひとつとされ、荒廃した民心の安定と改宗を導きました。
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何度か触れましたが、鈴木重成は、天草の軽減を幕府に訴え自決したと言われ、今でも天草ではその徳が慕われている人物。
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寺は少し荒れていますが、そうした歴史を思うとキリシタンの関係とは違った別の重いものがあるような気がします。
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そして、崇圓寺の裏手の山をしばらく登った先に河内浦城跡公園。
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この河内浦城というのは、中世時代の豪族天草五人衆の一人、天草氏の山城。小西行長に反抗して滅ぼされていますが、山の頂の開けた場所には、物見やぐらや柵列など。きれいに整備されているし、周囲の山々が見渡せて意外な気持ちよさです。
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さらに戻って、
道の駅 宮地岳かかしの里は、廃校となった宮地岳小学校を再利用したもの。国道からは少し奥まっているので注意が必要です。 -
売り場はシンプルですが、広々としていていいですね。
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そして、見どころは、敷地内にあるかかしの展示。
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ハイヤ祭りの踊り手の集団とか
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祭りの熱気をリアルに再現していて圧巻。
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イチオシ
これだけのものを作るって半端ではないですね。どこから湧いてきたモチベーションなのか。
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そっちの方も気になりました。
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さて、晩飯を予約していたのは奴寿司。なんとか時間に間に合いました。
ここはテレビで取り上げられたりするし、圧倒的な評価をする人もいる有名店ですよね。今回は比較的長期の旅行だしいい機会かなと思って、それなりに期待をして訪ねました。 -
ただ、結論としては、私の考え方とは真逆かな。天動説と地動説くらい違うかもしれません。
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まず出てきたのは、たこを醤油で煮付けたのと鯛の卵の出し汁。落ち着いた味わいなんですが、びっくりするくらい普通。これは家庭の味と言ってもいいでしょう。(5点)
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しかし、そんなことは意外に高級料理屋さんではあることで、次への何か伏線かもしれません。続いては、クルマエビの真薯。クルマエビの香りや旨味が口いっぱいに広がって、豊かな味わい。これはさすがですね。なるほどそう来ましたか。(8点)
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続いては、お造り。クエの塩麹につけた切り身でたっぷりのウニを巻いていただくのと鯛はあっさりと塩で。クエ、うに、鯛の組み合わせは豪華ですよね。ただ、クエとウニを組み合わせてしまうとウニが完全に勝ってしまってせっかくのクエの味がどこかに飛んで行ってしまいます。やっぱり、脂の乗ったクエのおいしさも味わいたいと思って、クエだけでも食べてみましたが、塩麹とはあんまり合っていないような。そして、鯛もちょっと固いですね。新鮮だからだと思いますけど、最後は飲んでしまうようなことなってしまって、鯛をじっくり味わうことはできませんでした。なんかちぐはぐなものを感じます。(6点)
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次は、フグの白子を焼いたのにからすみの粉を振ったもの。からすみの効果はどうかなあ。薄切りにしたのを使った方がよかったかもしれませんけど、どうなんでしょうね。(7点)
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茶碗蒸しはこれもウニが乗ってますけど、濃厚な出汁が効いていて、ウニがなくても十分芳醇ですけどね。(9点)
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太刀魚の揚げ物は、山菜とそら豆、玉ねぎのソースで合わせます。太刀魚の身がホロホロでこれはうまいです。(10点)
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さて、ここからがいよいよお寿司です。
え、最初にウニですか?と思う間もなく、 -
イシガキダイ(塩)から、
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イカ(カラスミ)に、
-
クエ?(?)、
-
ハマチ(柚子胡椒)、
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キンメ(青唐辛子)、
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鯛(?)、
-
五島列島のマグロ(何かに少し漬けた感じ)、
-
カンパチ(ガーリック)。
で、この辺りの醤油を使わずに工夫した組み合わせが独創的な所以なんでしょうね。いろんな試行錯誤をして辿りついたのだと思いますが、ただ、これでは魚の味より香辛料との相性の方に気を取られてしまって、天草の魚ってどういう味なのかを知りたかった私としては、はっきり言って、邪魔にしか感じられませんでした。百歩譲って、たまには目先を変えて食べてみたいというニーズなら分からなくもないのですが、それでも、そういう目線で私なりに修正しても、その独創性が魚のうまさを特に効果的に引き出しているようでもないような。せいぜい違和感を感じないというレベルかなと思います。(6点)
つまり、そうすると、前半の料理が濃厚でしたから、後半でもまたクールダウンせずにまた濃厚という展開。そうすると、深い味わいとかではなくて、味が濃いことが特に印象として残ってしまって、なんというか酒の肴をずっと食べさせられた感ですね。
大将の話を聞くと酒を飲むことを前提に味付けを考えているので、酒を飲まない人には合わないかもしれないということでしたが、もっと基本的なところで私の求めているものと違うような気がしました。
例えば、料理を酒に合わせるか。酒を料理に合わせるか。そんなに単純なことでもないでしょうが、やはり、基本、料理を酒に合わせるのはあり得ないです。食材に合わせて、まずはその食材を最大限に生かす料理を工夫する。そして、その次に、料理に合う酒を考えるのが順番。そうしたところから地方地方の多様な食文化が育まれるんですよね。例えば、高知の魚は淡泊なので、結局、酒は土佐鶴か司牡丹しか合いません。どんなに工夫しても、土佐の食材では青森の田酒に合う料理はできないのです。
酒を出発点にした料理すべてを否定はしませんが、それはやっぱり居酒屋の料理かな。天草の味を素直に味わいたいなら、あまりお勧めはできないお店のように感じました。 -
デザートはふた品。
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まあ、普通かな。
あと、大将はプラスチックの口ガードだけなのにやたら大声でしゃべる。これではコロナ対策にはほとんどならないのですが、あまり理解していないようですね。また、カウンター付近にはショウジョウバエが何匹か飛んでいて、これもかなり疑問。やっぱり、何かが違うと思います。 -
今夜の宿は、ホテルサンロード。
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値段はビジネスホテル並みですけどフロントの対応とか部屋の設えとか
それよりは少しいい感じ。ネットの評判がいいのは分かる気がします。
さて、明日は天草の最終日。本渡の市内から富岡城の周辺、鬼池港を回って、最後は玉名温泉まで。まだまだ気を抜けません。
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この旅行記へのコメント (3)
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- Antonioさん 2023/05/08 07:20:43
- 奴寿司、ホテルサンロード
- おはようございます。私も本渡でホテルサンロードを利用しました。広めの部屋を利用できてよかったですね。本渡には、プリンスホテルやプラザホテルのような名称を使っているホテルがあり、昭和の価値観を感じられて心地よかったです。
奴寿司は評価がわかれそうですね。私も利用しましたが、凄く気に入っています。大将の言動が昭和のおじさんそのもので、都心だとレッドフラッグが出そうですが、あの感性が料理にも反映されているように感じました。
-
- 中国の風景さん 2022/09/24 23:57:17
- 牛深ハイヤ節
- 遠い所までお疲れ様でした。牛深は妻の生まれ故郷です。小学校5年まで居たそうです。50年以上昔、天草五橋が出来た頃家族で一度だけ行きました。当時は牛深市でしたが今は天草市牛深になったようで観光とは縁遠い場所でした。旅行記を拝見すると随分変わった様で牛深大橋や道の駅、ハイヤ節やらびっくりするやら懐かしいやら、旅行記を楽しく拝見させていただきました。中国に行くより遠かった記憶です。「中国の風景」より
- たびたびさん からの返信 2022/09/28 13:22:28
- RE: 牛深ハイヤ節
- なるほど。。「中国に行くより遠かった記憶」という感覚は分からないでもないですね。本渡まででも遠いのに、そこから先もけっこうありますからね。ただ、それは陸上から行く感覚なのかな。海路で考えると有明海、東シナ海、不知火海に接していてむしろあちこちに開かれた場所かとも思います。
昨夜、大宰府、吉野ヶ里の旅から帰ってきて、これから三日目の天草旅行記を書くところ。気を抜くとすぐにいろいろ溜まってしまうので、なかなか大変です。
たびたび
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