2014/07/19 - 2014/07/19
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たびたびさん
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佐世保の市街をあちこち回って、今日のハイライトは九十九島です。佐世保は、ハウステンボスが有名なので、正直言えば、観光の優先はそっちでしょう。かく言う私も、ハウステンボスは二回行ってますが、九十九島は初めてです。
さて、九十九島観光の拠点、西海パールシーリゾートは、佐世保市街から車で30分弱。景勝地である九十九島に面したレジャーの総合施設といった感じです。水族館「海きらら」や飲食店・土産物店に加えて、九十九島を巡る遊覧船もここから出ます。点々と浮かぶ島々を縫って進む遊覧船は、最後に深い入江でUターン。深い青の海と濃い緑が少し神秘的な場所でした。
その後は、この日の宿の田平に向かうだけだったのですが、途中の大悲願や日本最西端公園、神崎教会、冷水公園なども、想像以上のインパクトがあって、この地区の観光資源の豊富さも抜群でした。実際に回ってみないと分からない。気持ちとしては、今日はちょっとつなぎ的な日のはずだったのですが、これはこれで旅の醍醐味を満喫できる一日となりました。
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早朝は佐世保の中央公園へ。といっても、実は地元の人でも場所の特定がはっきりしないようです。
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交通公園の並びの広場がそれとしている案内地図もあるのですが、ある人によれば、交通公園の道路を挟んだ向かい側の山が中央公園だということ。長くて急な石段をふうふう言いながら上がると展望台もありました。しかし、正直言えば、最近は人も来なくて荒れ果てた感じ。周囲の木が大きくなって見晴らしも悪くなっていました。
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佐世保キリスト教会は、その中央公園への登り口。高台に建つ、尖塔の美しい教会です。プロテスタントの教会で、明治35年に、佐世保市比良町に建てられましたが、大空襲で全壊。戦後、この場所に新しく建てられたということです。内部の拝観は鍵がかかっていてできませんでしたが、もしかしたら、私が入口を間違えたのかもしれません。
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戻ってきて、これが佐世保市交通公園。隣接する中央公園と一体となって、辺りを散歩する人もそれなりに多い緑が豊かなエリアです。公園には、信号機や標識のある全長500mのゴーカートコースがあって、利用料は1回110円のようです。
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そこから、東公園に向かいますが、途中にあったのが和菓子舗 梶山。ただ、道が狭いのに、ものすごく車の通行量が多いので、店の前に車を置くのに冷や冷やもの。ちょっと寄るのがすごく難しいお店です。
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いただいたのは、売出し中という「ゆずもなか」。長崎でゆずってなんですかと尋ねたら、最近、長崎でもいい柚子ができるようになってきたんですとのこと。ゆずの香りが白餡にくっきり残って、これはいい。完成度の高い仕上がりになってます。
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で、東公園に到着。こちらは、旧海軍墓地を整備した公園です。佐世保市内から、車で10分くらいかかりました。
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公園内には、至る所に軍艦毎の墓石が建っていますが、基本的には佐世保鎮守府に籍を置く九州・四国出身者を祀っているのだそうです。
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東郷平八郎の銅像もありましたが、東郷は、第7代佐世保鎮守府司令長官を務めたこともあるようです。
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東公園から市内に帰る途中にあったのが福石観音。行基作の十一面観音を岩穴に安置した安産祈願の観音です。
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交通量の多い国道からほんの少し入っただけなのですが、いきなり深山の雰囲気。北側にある弘法大師が羅漢像を安置したと伝えられる羅漢窟は、平戸八景の一つであり、オーバーハングの崖はけっこうダイナミック。とっても迫力があります。
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なお、現在の本堂は、天明5年(1785年)に、平戸藩主松浦清の寄進により建立されたものです。
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佐世保駅に帰ってきて、駅の周辺を歩いてみることにします。
裏に回るとすぐにはきれいに整備された港が広がります。 -
正面に見えるのは佐世保鯨瀬ターミナル。ここからは、九州商船の上五島航路が出ていて、有川・小値賀・宇久平へと向かいます。
ちなみに、小値賀から野崎島に渡ると旧野首教会。これは世界遺産候補の一つとなっている教会なんですが、今回の予定にはとても入りませんでした。またいつか行ける機会があればと思っているところです。 -
さらに先に進むと、させぼシーサイドパーク。港の端っこといった場所です。これは、鯨のモニュメント。
辺りはちょっと小高い丘のようになった地形で、沖に自衛隊や米海軍の艦船を見ることもでるロケーションです。 -
こちらのまるなか本舗は、佐世保の駅の構内にある練り物屋さん。
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一番人気の「ハトシ」というのをいただきました。海老のすり身の塊りを食パンに挟んで揚げたもの。海老のすり身のボリューム感がすごくて、とってもうまーい。説明によれば、卓袱料理の中にもある料理だそうです。
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イチオシ
カトリック三浦町教会も、佐世保駅から歩いてすぐ。大通りを見下ろすような場所にそびえるこの辺りでは、ランドマーク的な建物。
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昭和6年に竣工し、昭和20年の佐世保大空襲でも危うく焼失を免れています。
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内部は、クリーム色の色調。こうもり天井も見事です。
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ステンドグラスは、幾何学模様。
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当初のものがそのまま引き継がれているのだと思います。
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玄関のステンドグラスも渋いですねえ。
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駅の周りを歩いたのは、時間調整のため。時間が来たので、倉島岸壁海上自衛隊艦艇の一般公開に向かいます。
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敷地内に入って、
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イチオシ
公開は、はつゆき型護衛艦です。
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実際に乗って、甲板をぐるりと一周します。その間、乗務員の若い人がちょっとした説明をしながら案内をしてくれました。
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このミサイルなど、近くで見るとかなりでかいです。
やっぱり、使われないで、飾り物になっているのが本当はよいことなんですが。。
いろんなことを考えると恐ろしいような気持ちにもなってしまいました。 -
あとは、例によって市内のスイーツチェックなど。
志げる製菓舗は、佐世保駅の近くの国道35号線沿い。三浦町教会からの帰りに気が付いて、ちょっと寄ってみましたが、外から見たのと違って、中はなかなか老舗風の構えです。 -
いただいたのは、ごま饅頭。香ばしいごまがびっしりまぶされて、まあそれは普通としても、餡子のうまさがいいですね。この滑らかな味わいは、一流の証だと思います。
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佐世保は、直線に繋がったアーケード街としては日本一の長さを誇る商店街があることで知られていますが、その商店街の中核をなすのがこの四ヶ町商店街(よんかちょうしょうてんがい)。この商店街だけで、全長は516m。これに連続する三ヶ町商店街を含めると960mとなります。これと並行して国道35号が走ってます。
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松月堂は、1キロある佐世保商店街の中ほどにある老舗のお菓子屋さん。基本的にはカステラ屋さんだと思いますが、店内は歴史を感じさせる風格が漂います。ただ、いただいたのは、まるぼうろ。しっとりした甘さは、どっちかというと大人しめ。変なところでジタバタしていないということでしょう。まるぼうろは、唐津なんかでも地元の名物となっていますが、長崎から佐賀にかけての、この辺り全体の名物なのだと思います。
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九十九島せんぺい本舗の本店は、佐世保の商店街ではなくて、国道沿い。
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九十九島せんぺいは、あちこちで売っているので、それなりにお馴染ではあるのですが、本店の限定商品はこれですと「九十九島」ではなくて、「ありがとう」と書いたせんぺいをいただきました。味の方は、変わらないんですけどね。。
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アルバカーキ橋は、玉屋方面から佐世保公園に渡る橋。
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佐世保川に架かっている人専用の橋で、佐世保市の姉妹都市である米国ニューメキシコ州アルバカーキ市との友好のきずな、日米親善の架け橋となることを願って、「アルバカーキ橋」と命名されたものです。
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橋を渡ったところが佐世保公園。佐世保市街の中心部にあって、玉屋からでも歩いて5分もあれば行ける場所です。
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公園は、佐世保川に面しているので、見るからに潤いがある。また、それなりの広さがあって木々の緑も豊か。とても美しい公園だと思います。
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続いて、佐世保玉屋にも寄ってみます。多分、佐世保ではここが一番店ではないかと思います。百貨店なのに、一階にスーパーのエリアがあったりして、これがけっこう便利ですし、浴衣を着たエレベーターガールがいたりして、百貨店ならではのサービスも兼ね備えている。商店街にあって気軽な楽しさを演出しているような感じです。
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そして、このラビアンローズが佐世保玉屋の一階にある老舗のサンドイッチ屋さん。佐世保バーガーばかり食べても仕方ないなあとか思って訪ねました。
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薄い食パンのサンドイッチは美しくて、見るからにうまそう。ところが、このマヨネーズって、佐世保バーガーに使われる甘いマヨネーズなんですね。甘いマヨネーズを使うと、こうなりましたかあ。新鮮な味わいが楽しめる、これは佐世保の名物であることに間違いありません。
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島瀬公園もこの近く。佐世保の商店街と国道35号線のバス停に挟まれた、広場といった方がいいような公園です。基本は、商店街のイベントに活用されたりする場所ではないかと思います。
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佐世保市博物館島瀬美術センターは、島瀬公園にある施設。企画展示「岩合光昭写真展 ねこ歩き」というのをやっていましたが、私は常設展を拝見。佐世保は、洞窟遺跡の数が日本一だそうで、発掘された遺跡の立派なジオラマ展示などもあって、意外に力が入った内容でした。
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市内の最後は、海上自衛隊佐世保史料館。
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入口を入って、まずは最上階の7階に上がって、そこから降りてくるのが順路。ビルも大きいし、階もそれだけあるのですが、幕末の黒船来航あたりから海防の歴史を解説しているので、これだけ大規模なものになるのですね。その充実ぶりは、呉や舞鶴はもちろん、横須賀だと戦艦三笠をも凌いでいるのではないかと思いました。ちなみに、尖閣諸島など注目が集まっていますが、管轄するのはこの佐世保なんです。重要性がますます増している基地だと思います。
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ここから市街を離れます。
弓張公園は、佐世保市内からくねくね道をしばらく上った山の上。 -
展望所があって、その眺めの良いことで知られていて、ここから展望所へは歩きです。
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弓張岳展望台は、佐世保市街を見下ろす有名な展望台。地図では佐世保市内からは近いように見えましたが、曲がりくねった道をかなり登る感じ。夜景のベストスポットとも紹介されていましたが、夜に上るのはどうかなあという感じです。
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イチオシ
ただ、佐世保市外を眼下に見下ろす眺めは、確かに素晴らしい。佐世保観光ではぜひ寄ってみたい場所の一つでしょう。
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眼下に市街が見えますが、大きく場所をとっているのは米海軍佐世保基地。ここは、海上自衛隊と違って、見学等はできませんが、弓張展望台から佐世保市街を見下ろすとその位置や規模がよく分かりました。
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なお、展望所は二か所あって、
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それを結ぶ回廊が林の上を歩く空中回廊のようで、けっこう楽しい。
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第二展望台からは九十九島の方が眺められます。全体に、公園として、よく整備されていると思います。
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ここから、いよいよパールシーリゾートへ。
私は、間違って、パールシーリゾートを過ぎてしまいました。遠くに、海賊船が見えています。 -
間違ったついでに展望所から先に回ります。
最初の船越展望所は、パールシーリゾートからだと一番近い展望所。主要道沿いに突然現れます。九十九島を正面に見るアングルは、次に回る石岳展望所と同じですが、距離が近い分、遊覧船の様子や島の細かいところも見えるので、やっぱりここはここの特徴があると思います。 -
さらに上って行ったところが石岳展望台。船越展望所からは車でもしばらく行った感じです。そして、駐車場からも、さらに石段の山道を進んだその先といった具合で、アクセスはあまりよくないかもしれません。
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イチオシ
しかし、景色はなかなかのもの。九十九島の全景がコンパクトに眺められて、これはわざわざでも行く価値はあるでしょう。森から明るい展望台に出た瞬間のまばゆさも爽快です。
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展望台を終わって、パールシーリゾートです。今日はいい天気だし、こちらは、人が大勢。賑わっています。
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遊覧船の出航時間まで間があったので、九十九島ビジターセンターにも寄ってみます。
九十九島の自然や歴史をパネルなどを使って紹介しています。遊覧船の乗り場の隣りになるので、遊覧船の待ち時間を使って寄ってみるには手ごろです。 -
イチオシ
これが九十九島を巡る遊覧船のパールクィーン。約一時間の行程です。
ところで、九十九島は、「くじゅうくしま」と読みます。佐世保から平戸市にかけての広い範囲にあって、西海国立公園に指定されています。つまり、正確に言うと、佐々川を境として北側が「北九十九島」、南側が「南九十九島」で、西海パールシーリゾートの辺りは「南九十九島」にあたります。 -
さて、出港です。
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船は、ゆっくりと
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静かな海を滑るように進みます。
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さっき見た展望所の景色もよかったのですが、間近でみる九十九島はどうでしょうね。
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点々と浮かぶ島の間を抜けていくんですが、
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島の配置の妙よりも、
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イチオシ
赤っぽい岩の形や色に
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濃い緑がきれいですねえ。
白砂青松という白い砂浜と青い松の美しさもいいですが、赤い岩と青い松というのも、また魅力的な美しさがあるようです。テンションが上がってきました。 -
沖合いに出てくると、
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これは九十九島ならではの景色。例によって、点々と連なる島影がこちらの特徴的です。
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ただ、ちょっとここからは逆光気味。残念ながら、この島々の感じは展望台からの方がきれいだったかもしれません。
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さて、船は、ジグザグに島の間をうまく抜けて行きます。
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真珠や牡蠣の養殖いかだもあるし、
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きれいなだけじゃなくて
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豊かな海であることも感じます。
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船からは、ひとつひとつの島の説明もあるんですが、ゆったりした船旅の気分を感じるだけでもいいでしょう。
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島の名前は分からなくても
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イチオシ
それぞれに
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長い風雪を経たような、いわば研ぎ澄まされた美しさを感じます。
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島々と並んで、海岸線も複雑。
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島と同じように変化のある景色が楽しめます。
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しばらく進んで。
ちょっと島影がなくなってきたような。 -
ここから、入江に入って行くようです。
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海も深くなって、
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海の色が濃くなってきました。
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ドン詰まりに来たと思ったら、ここでハイライトの入江の奥のUターン。
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イチオシ
緑色に輝く入江に白い軌跡を描いて、
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見事に回り切りました。
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この辺りも展望台から見えていたんでしょうが、
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やっぱりこれは、遊覧船じゃないと醍醐味はわかりませんよね。
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天気だし、条件も最高だったでしょう。
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これで帰りにはなりますけど、
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微妙にコースが違うので、
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来た時とは印象が違います。
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ただ、すっかり、目も慣れてきて、
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残りののんびりした船旅を楽しみます。
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うららかな天気で
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海も相変わらず穏やかです。
この後の行程もまだまだ長いし、今のうちに体も休めておかないと心配です。 -
終盤になって、何んという島だったか忘れましたが、潜水艦のような島。
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港ももうすぐです。
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我々と入れ替わりで出て行く海賊船。
では、いってらっしゃ〜い。 -
遊覧船が終わって、ここの予定はおしまい。そして、展望所も二つ回ったしとは思ったのですが、時間もあるのでやっぱり展海峰も気になります。なので、もうちょっと頑張ってみますか。
と、途中にあったのが森のパン屋さん くるりん。案内の出ている脇の道を少し山の上に上ったところです。
案内につられて、割と多くの車が上がってきます。 -
試しに、ハード系のパンを買ってみましたが、なかなかいい感じ。パン自体にしっかりした味わいが感じられて、宣伝は上手だし、ちゃんと実力もあるお店と拝察した次第です。
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九十九島を眺める展望台の中で展海峰はパールシーリゾートからだと一番遠いんです。それでも、なんとか到着です。
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と、ヤギさんが迎えてくれました。子供は、展望所より、ヤギさんの方に興味津々といったところですね。
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さて、ここが展望台。
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九十九島を正面眼下に眺める感じは、船越展望台や石岳展望台の方がしっくりくるような。見える範囲はここの方が広いのですが、横から見ているような感じがして、これは好き好きがあるかもしれません。
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再び、パールシーリゾートに戻って来まして。ちょっとお腹がすきました。
このBell Beachは、パールシーリゾートの食べ物屋さんが集まる一角にも店舗がありますが、近くのコンビニの中に入っているのが、本来の店舗だと思います。私は、こちらの方で買いました。 -
佐世保バーガーは、競争が激しいので、生き残っているお店はそれなりのレベルがある店ばかり。こちらのバーガーも、マクドナルドのハンバーガーとかと比べたら、もう比較にならないほどうまいです。ジューシーな肉にもっちりしたパン。佐世保バーガーのうまさがちゃんと味わえるお店でした。
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今夜の宿は、田平。ここから、途中の観光スポットを確認しながらの北上です。
こちらの相浦教会堂は、西日本最大級の規模を誇る佐世保魚市場のある相浦地区にある教会。 -
相浦の信徒は、平戸や西彼杵郡大島からの移住者に始まり、現在の教会堂が建立されたのは昭和35年。鉄筋コンクリート造りの白亜の美しい教会ですが、内部のステンドグラスは赤一色。独特の雰囲気が目を奪います。
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こちらは、佐々教会。大きな倉庫を再生して造られた教会。この地区には、教会がなくて、長年の悲願がやっと実った教会ということでした。中を拝見しましたが、神父さん自らが優しく案内してくれました。
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叶家末廣も、佐々町。佐々教会からすぐの場所です。こんな片田舎にあるのが不思議な感じのするほどおしゃれなお店。
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スワンをかたどったシュークリームをいただきましたが、カスタードクリームのうまさがちょうどいい感じ。競争もない場所と自画自賛になってしまうこともあるかもしれませんが、そうならないよう、これからもがんばってもらいたいと思います。
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イチオシ
続いて寄ったのは、大悲観公園。小佐々町馬込免にある一見地味な公園だったのですが。。
このそそり立つ岩は何でしょう。怖いくらいの大迫力じゃありませんか。 -
そして、その先には、この巨岩に刻まれた「大悲観」の大文字があるんです。
大文字は、松浦藩主熈(ひろむ)の書「大悲観」を岩壁に刻んだもの。1830年に彫られ、一文字に約1俵の米が入るともいわれます。
平戸八景の一つですが、大岩の下から見上げると、とんでもないスケール。一方で、この岩は倒壊の危険があるようで、実のところはかなり注意が必要です。 -
次に向かったのは、神崎教会。神崎は、日本本土最西端の地。佐世保からでも、平戸からでも、交通の便はかなり悪いと思いますが、そんなところだからこそ、こうした信仰の伝統が生きている。そんなことを実感させるような立派な教会です。
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内部も、すっきりしとした美しさ。
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絵画のステンドグラスも見事で、
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整った美しさを感じます。
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まったくもって、信仰心の表れでしょう。
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教会からは少し距離があるし、道が分かりにくいのですが、やっと到着。この神崎鼻公園が日本本土最西端の地を象徴する公園です。
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遊歩道を丘の方に上がると、海を臨む見晴らしのいい原っぱがあって、日本本土最西端の碑が建っていました。
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遠くには、漁を終えて帰って行く漁船です。
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イチオシ
遊歩道を海岸の方に降りると最西端のシンボル塔があって、その下の岩場では釣りをしている人の姿。ここは、有名な釣りのスポットでもあるようです。
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さきほどの漁船が帰ってきた漁港。鏡のような海に停泊する小舟。美しい光景です。
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だんだん、日が傾いてきました。時間は微妙ですが、カーナビに冷水岳公園という表示です。どうしましょう。
ここは、ほとんど行く予定はなかったのですが、国道から入口の看板も見えたので、ハンドルを切ってしまいました。ただ、これがけっこう遠いじゃないですか。くねくね道をどんどん上がって行って、ちょっと後悔しかかったところでやっと到着。 -
しかし、駐車場に車を止めて、展望広場に出ると、なんともいい景色。
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高く上った分、芝生からは360度の視界が開けてすばらしい。痛快な景色が広がっていました。これは、ご褒美をいただいたような気分ですね。
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さて、もうここからは時間に余裕なし。ひたすら田平を目指すしかありません。
ただ、国道24号線沿いにひょっこり現れたのは、本陣跡 山下家もと蔵。平戸からの参勤交代で、江戸に向かう際の最初の宿場街、江迎宿にあった本陣の跡です。 -
江迎本陣の建物として、藩主が滞在する御成りの間や重臣控えの間が残されているそう。もし、ご主人がいれば見せてあげられるんですが、今はいないので事前に予約をしてくださいとのことでした。でも、外観からでも雰囲気は伝わってくるよう。こんなところがあるということが確認できたことでよしとしましょう。
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やっと、田平地区に入ってきました。
この昆虫の里たびらは、入口に建つ巨大なカブトムシのモニュメントが目印の道の駅です。近くには、昆虫観察施設「たびら昆虫自然園」があって、田平は、昆虫の里というのがウリになっているようです。ただ、道の駅の施設としては、食堂などはなく、比較的簡素かと思います。 -
これが平戸大橋。
私は、平戸はこれで三回目。懐かしいような景色です。平戸島と本土部を結ぶ赤い吊り橋は、長さ665m、高さ30m。橋の下は、潮の流れもけっこうあるのですが、その流れに逆らって船が行き交います。 -
晩飯は、この辺りで。
萬福は、たびら平戸口の市街中心部にある元気な食堂です。店の前の駐車スペースに車が何台も止まっていました。 -
いただいたのは刺身定食に、名物という「うちわ海老の味噌汁」。
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うちわ海老を最後の最後まで身をほじって食べる方法というのを説明していましたが、イセエビみたいに高級感のある味でした。確かに、地元の自慢というだけのことはあるようです。
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今日の宿、サムソンホテルに到着しました。
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ただ、チェックインの前に。
焼罪史跡公園は、サムソンホテルの脇の道を海岸の方に降りて行った場所。平戸市街を海越しの正面に見るロケーションです。
ここは、1622年、キリスト教禁令の中、イタリア人宣教師カミロ・コンスタンツォ神父が火刑に処せられた場所です。ちなみに、島原の乱の勃発は1637年。15年後のことになります。 -
さて、ホテルは海を挟んで正面に平戸の市街がきれいに見える絶好のロケーションです。
カプセルタイプのプランがあって、それを利用しました。10人くらいが泊まれる部屋は、もしかしたら以前は従業員が泊まるためのものだったのかもしれません。しかし、大浴場は、平戸市街を眺める絶景を楽しめる露天風呂もあって、何の問題もなく快適に過ごしました。写真は、その露天風呂から平戸市街を眺めた景色です。
今日もたくさん走りましたが、明日からは、平戸島を巡ります。
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この旅行記へのコメント (3)
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- kiju-jiさん 2021/05/22 10:10:20
- たびたびさん。初めまして。kiju-jiと云います。
- 私が5歳から18歳まで(昭和22年~昭和36年)育った佐世保市の観光は懐かしくはいけんしました。4か町のアーケードは確かに長い。私が育った頃は佐世保バーガーなどなかった。あったとすれば港町(玉屋の近く)に米軍相手の特飲街があったので米軍相手に作っていたかも・・・。また、米軍相手の映画館(港⇒国際)もあり日本人が入れない施設も当時たくさんありました。映画・ローマの休日は東京の有楽町の封切館館より1週間早く封切りした歴史があります。また、米軍が昭和20年9月1日に上陸した都市でもあります(マッカーサー元帥は8月29日に厚木飛行場に)。そして、9月2日に東京湾での戦艦ミズーリ号での降服(今は降伏と云いますが私達は降服と習いました)文書に重光葵外相以下が署名して太平洋戦争(第2次世界大戦)して終戦。日本は8月15日が終戦と云っていますが歴史上では9月2日が正しい。
米軍は赤崎海岸(弓張岳の下あたり)に上陸したのは、佐世保市が日本海軍の軍港だだったから。日露戦争における日本海海戦のロシア艦隊がきた信号を出したのが針生島にある3本の信号塔。
余談ですが、高校生の頃は九十九島が海水浴の場所、たびたびさんのブログにある潜水艦島あたりは漁師から借りた伝馬船で行きました。懐かしいです。
弓張岳には、私達が春セミ(形大きさは夏の夕せみと似ている)というセミが4月の終わり頃に生息していましたが今はいるか分かりませんが・・・。
それから、大磯の左義長も、平塚の町も、大磯には43年ぐらい住んでいますが、たびたびさんの方が詳しい。大磯はまあ田舎です。昔は明治の元勲などが別荘地としたらしが今は後継者が相続税の関係で多くが無くなっています。
長くなりましたが、たびたびさんのブログは説明が丁寧で参考になります。ではまた。
- たびたびさん からの返信 2021/05/24 18:20:02
- RE: たびたびさん。初めまして。kiju-jiと云います。
- 大磯、長崎の旅行記をご覧いただきありがとうございます。
長崎の方は少し昔の旅だったので、自分でももう一度読み返して当時を思い出しました。軍港や今ならハウステンボスで知られる佐世保は長崎市からもけっこう遠いし、独特の雰囲気がある町。それから、平戸の歴史は長崎の歴史より古いし、キリシタンの伝統や平戸藩の文化的な先進性も意外に知られていないのが残念なところです。
私は、その後、五島列島の教会回りなんかもしてみて、長崎県の歴史・文化の厚みはそれなりに整理できているつもりですが、やっぱり、地元に縁のある方の情報をもらうとそんなのはごく表面的なことでしかないなあと思わざるを得ない。いただいたコメントからは、そんなことも感じました。
今はコロナ過ですが、旅に出れない分、逆に読みたかった本とかをゆっくり読める利点もあるような。古代の大和朝廷の成立の謎や聖徳太子以降の日本仏教の進展、朝鮮儒教の歴史などなど。日本の精神構造や死生観とかに影響したものってどういうものなんでしょうね。鎌倉武士の価値観や江戸期の商品経済の発達や町人文化も小さくないような。。知りたいことはまだまだある。そんなところです。
たびたび
- kiju-jiさん からの返信 2021/05/24 18:58:24
- RE: RE: たびたびさん。初めまして。kiju-jiと云います。
- > 大磯、長崎の旅行記をご覧いただきありがとうございます。
> たびたび
早速のご返事ありがとうございます。
佐世保も長崎も随分変わったと思います。父の生まれ故郷の長与町(長崎市の隣)に、かえるので長崎のホテルに・・・。実家には弟が住んでいます。佐世保には中学校の同期会の時に、たまに帰ります。同級生の多くが故人です。
ではまた。失礼します。
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