2019/10/07 - 2019/10/21
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旅 夢太郎さん
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旅も12日目に入り、美しい村ジヴェルニーにある「モネの家」へ、そして華麗なる宮廷文化の舞台「ヴェルサイユ宮殿」及び宮殿の離宮「プチ・トリアノン」また、アントワネットが愛した「王妃の村里ルアモー」を訪れます。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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パリの北西70Kmの所にある美しい村ジヴェルニーにある「モネの家」を訪れました。モネ(1840年~1926年)はフランス印象派を代表する画家です。1883年(43歳の時)ここに移住し、家を建て庭を造成して行きます。「水の庭」には睡蓮を植え、モネが好きだった日本の浮世絵に描かれている、日本風太鼓橋が架けられています。
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モネの作品 その1
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モネの作品 その2
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家の様子 その1
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家の様子 その2
寝室には日本の浮世絵が飾られていました。 -
家の様子 その3
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睡蓮が植えられている池
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水の庭に架けられた太鼓橋
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モネお墓が近くにあるということで行ってみました。
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お墓には森に囲まれた静かな村の中を通って行きます。
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モネの墓です
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プチ・トリアノン
今回の旅の目的の1つに、マリーアントワネットの痕跡を尋ねることにありました。
ヴェルサイユ宮殿の離宮「プチ・トリアノン」はルイ15世の公妾デュ・バリー夫人に贈られた娯楽棟ですが、その後ルイ15世が去った後、アントワネットが居住したところです。 -
マリーアントワネット(1755年~1793年)は、ヨーロッパの名門ハプスブルク家に生まれ、14歳の時、オーストリアとフランスの政治的同盟のため、ルイ16世に嫁ぎます。最後はフランス革命の渦に巻き込まれ処刑されるといった、波瀾万丈の人生を送りました。
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アントワネットの寝室
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ヴェルサイユ宮殿と違って、煌びやかさは少なく落ち着いた雰囲気のある離宮でした。
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ビリヤードを備えた部屋
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田舎風生活を真似た「王妃の村里ルアモー」を訪れました。ここは、アントワネットが最も幸せの時を過ごした場所といわれています。
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王妃の村里ルアモーの風景 その2
ここには、イギリス式庭園風景に理想的な村を模して、居住用では無い装飾用の建築物が建てられています。アントワネットのために、ヴェルサイユ宮殿の一角プチ・トリアノンに造られています。 -
王妃の村里ルアモーの風景 その3
アントワネットにとって、しきたりと宮廷生活の厳しさから逃れることが出来る、隠れ家のような場所であったと言われています。 -
王妃の村里ルアモーの風景 その4
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王妃の村里ルアモーの風景 その5
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王妃の村里ルアモーの風景 その6
大きな野菜畑があります。アントワネットも農作業の真似事をしていたそうです。 -
王妃の村里ルアモーの風景 その7
アントワネットが暮らした館です。(表紙の写真も同様) -
王妃の村里ルアモーの風景 その8
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ヴェルサイユ宮殿
1682年フランス王ルイ14世が建てた宮殿。宮殿内には地方の有力貴族の居住空間も用意されており、権力の一極集中を実現していた。そのため、フランス絶対王政の象徴的建造物ともいわれています。一方、ここには貴族、臣下、召使等多くの人(3000人)が暮らしておりましたが、生活環境はあまり良くなかったと言われており、「トイレが少ない」という逸話は有名です。 -
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鏡の間
第一次世界大戦後、ドイツとの講和条約であるベルサイユ条約が締結された場所 -
王妃の寝室
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ノートル・ダム大聖堂で行われた、ナポレオンの載冠式を描いた絵
ヴェルサイユ宮殿の見学も終わり、明日は最終日。楽しみにしている「パリの自由散策」に臨みます。
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