2021/12/14 - 2021/12/14
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kojikojiさん
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霧島温泉の夜明けを楽しんだ後はもう一度温泉に浸かりに行き、朝ごはんから出発へと流れていきます。バスに乗って霧島神宮の大鳥居の前を通過して宮崎県に向かいます。この日最初の立ち寄り先は「霧島ファクトリーガーデン」です。ここは赤霧島などで有名な霧島酒造の工場でした。残念ながらコロナ禍で工場見学は出来ませんが、醸造用の水が汲めたり、ショップがあったり、パン屋さんがあったり、ミニミュージアムがあったりと盛りだくさんです。ここではお土産に宮崎限定の焼酎や原酒を買い求めました。都城市を出た後は左手に霧島連山を眺めながら高速に乗って宮崎市に向かいます。途中の田野辺りでは稲刈りの済んだ田んぼに「大根やぐら」や切り干し大根を干す光景が見えました。これは鹿児島や宮崎の冬を代表する風景だそうです。宮崎インターチェンジから海岸線に沿って走るとジャイアンツがキャンプするマリンスタジアム宮崎が見えたり、宿泊するANAホリデイ・インリゾート宮崎が見えたりします。1軍はこちらのホテルですが2軍は青島グランドホテルと差があるそうです。そんな話を聞いていると「AOSHIMAYA」でバスを降ります。ここでお昼になるのですが、時間があるのでその前に各自で青島神社を参拝することになります。鬼の洗濯岩など聞いたことはあっても見るのは初めてだったので楽しかったです。妻にとっては歩く距離が長いので嫌だったみたいですが。青島神社の参道の俗っぽさも面白かったです。妻は島を1周しませんでしたが、灯台があったり景色もきれいな上に天気も最高でした。お昼は鍋と簡単なセットメニューだったのでちょっと残念でした。もう少し地産の料理があっても良いと思います。宮崎出身の友人から教えてもらった青島名物の「ういろう」も忘れずにお土産にしました。鵜戸神宮へ向かう途中に立ち寄った堀切峠からの太平洋の眺めも素晴らしかったです。少々干潮の時間を過ぎていましたが、奇岩の海岸線は素晴らしい景色でした。最後の観光地の鵜戸神宮は駐車場を降りてから階段を延々と昇り、トンネルをくぐった後は延々と階段を降りてようやくたどり着きました。ここだけの参拝で50分ほど時間を取った理由が分かります。歩くのが遅いうえに途中でひょっとこ踊りのお面を買ってみたり、どんどん遅くなってしまいます。運球も投げましたが、男の人は左で投げなければならないので左利きでよかったです。ほとんどが惜しかったのですが、最後の1個が何とか亀石の背中のくぼみに入りました。帰りは最寄りの宮崎空港だったのも良かったです。早めにチェックインすると帰りは3人並びの座席でした。空港のショップで購入した缶チューハイで乾杯して羽田に向かいました。また3人でどこかへ旅してみたいものです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス 船 JALグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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ホテルの部屋のベランダから眺めた早朝の鹿児島の風景です。
ホテル霧島キャッスル 宿・ホテル
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桜島がうっすらと浮かび上がっています。
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大隅半島の山々も浮かび上がっていますが朝霧の絨毯のようです。
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桜島の色もどんどん薄紫色にくっきりと見えてきます。
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この朝霧の景色は東山魁夷の絵画を観ているような気になってきます。
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霧島市と沖合の辺田小島と鹿児島湾と桜島の景色眺めた後は最後の霧島温泉の湯を楽しみに行きます。このホテルの温泉は地下に大浴場があり、露天風呂は1度着替えてから1階に上がるのが面倒ですが、露天風呂は空いています。
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一度地下の大浴場のお湯につかった後に1階の「木立の湯」という露天風呂に向かいます。
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露天風呂はこんな通路の奥にあります。
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地下の大浴場からは一度着替えて来るのでここに入る人は少ないようです。
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お湯は熱くて気持ちよい風呂でした。
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朝ご飯も同じ席が確保されていて、バイキングの料理をいただきます。地元の料理は真ん中の薩摩揚げくらいですが、旅先の特に温泉の朝ご飯は美味しいのでおかわりして食べてしまうのはなぜでしょうか。
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部屋で荷造りして出発の時間を待ちます。出発前は混みあうので精算は朝ご飯の後に済ませておきました。
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団体ツアーの場合朝の出発時にホテルの方が見送りしてくれますが、このホテルの方々は大きな看板を持ってバスが見えなくなるまで見送ってくれます。
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大きく「あいがともさげもした。」と書かれてあります。
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山間から立ちのぼる源泉は冬の方が湯気が立ちのぼるのでしょうね。いったい何か所あるのか分からないほどの数です。
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バスの右側の車窓からは見納めの桜島です。
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桜島を見るのはこれが最後でした。
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霧島神宮の大鳥居が左側の車窓から見えました。この菊の御紋が1メートルという大きさも納得できる迫力でした。これで霧島神宮に思い残すことはありません。
霧島神宮 寺・神社・教会
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山の中を1時間ほど走ると宮崎県の都城市に入り、最初の目的地の「霧の蔵ブルワリー」はもうすぐです。
霧の蔵ブルワリー グルメ・レストラン
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周囲は霧島酒造の工場がたくさん並んでいます。これまで「いいちこ」の三和酒類が日本一だったそうですが、現在は霧島酒造が日本一になったそうです。
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「霧の蔵ブルワリー」の到着しました。lここではトイレ休憩も含めて30分ほどの時間がもらえます。
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まずはショップの中を見学します。工場の蒸留器などが置かれていて臨場感があります。
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ガラス越しに蒸留タンクが並んでいます。
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帆前掛けが売っていましたが、生地が薄いので買いませんでした。蕎麦打ち用の物を持っていますが、そろそろ年越し蕎麦の準備をしなければなりません。友人のお土産用に原酒と宮崎県限定の焼酎を買い求めました。
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表には湧き水があり、この水で焼酎が造られているそうです。
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水栓がいくつかあって自由に水をくむことが出来ます。地元の方が50本くらいペットボトルを持ってきて水を汲んでいました。そのせいか1つの水栓はバスツアー優先になっていました。
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前の日からずっと見てきた霧島連山の高千穂峰が都城市からもきれいに見えることに驚きました。
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以前は陶器の甕で醸造されていたのでしょうか。逆さまになった甕がいくつも並べられ、絵になる風景になっています。
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ショップの奥に霧島創業記念館があります。まだ時間があるので覗いてみます。霧島創業記念館「吉助」は霧島酒造の本社の川東工場に残されていた創業時の建物を平成13年の2001年に霧島酒造の歴史を伝えていく建物として移築しました。
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創業者である江夏吉助が川東で焼酎造りを始めたのは大正5年の1916年のことで、その後火事にあった後に再建されたのがこの建物です。
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玄関を入ってすぐの広い土間は店舗として使われて、その奥が住居となっており、大正時代の商家の佇まいを色濃く残しています。ここは将棋の大会にも使われる建物のようです。
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まだ少し時間があるので奥の「霧の蔵ベーカリー」にも寄ってみることにします。
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焼酎造りの過程で得られる焼酎モロミを用いて、パンづくりの研究を進めてきたそうです。その結果、香ばしい風味のソフトな食感が持続する美味しいパンが生まれたそうです。
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店内にはオーブンがあってここで1日に数回パンが焼かれているそうです。
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最後に立ち寄ったので皆さんがパンを買った後なのでいくつも残っていませんでした。日持ちのするレーズンの入ったパンを買いました。家で焼いて食べてみたら外はカリカリで、中はふわふわで美味しかったです。
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貯蔵用の甕が壁のように並んでいます。
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工場やショップの建物には風情は感じられませんが、この甕と竹藪の風景は心に残りました。30年来の友人はこの都城の霧島酒造の近くで生まれ育っています。霧島連山の山並みを毎日見てたのかと思うと羨ましくも思えました。
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これが赤霧島や黒霧島になるのかと思うとただのタンクには見えなくなります。手前のグランドでは地元のお年寄りがグラウンド・ゴルフを楽しまれていました。
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町中に出るとどこからでも高千穂峰がきれいに見えました。
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市街地を出るとさらにその山並みの美しさが強調されます。先ほどの霧島酒造のビジュアルとイメージが重なります。
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これから赤霧島を飲んだらこの風景を思い出すだろうなと思いました。今までいろいろな国の酒造やワイナリーを巡りましたが、その時の思い出はかけがえのないものです。
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高速で田野町を通過するときに添乗員さんが「大根やぐら」について教えてくれました。宮崎市の田野町や清武町を中心とする地域では、昭和の初期から戦後まで千切り大根を中心とする産地として発展してきたそうです。大根やぐらのはじまりは昭和35年頃と言われており、その当時は杉などの木材を使用していたそうです。鹿児島の一部地域の大根やぐらは片側だけしか大根を掛けないそうですが、宮崎市では、やぐらの両面に大根を掛けているそうです。これは宮崎の「わにつかおろし」という北西の風と鹿児島の気候と風土などの違いによるものだそうです。
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バスは宮崎市内を通過します。宮崎空港が見えてくると旅の終わりを感じます。
宮崎空港 (宮崎ブーゲンビリア空港) 空港
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ひなた木の花ドームはジャイアンツが宮崎キャンプの時に雨天練習場として使っているそうです。車窓の左側になるので球場とかの写真は帰りに撮ることにします。
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青島神社の近くの「AOSHIMAYA」というレストラン兼ショップの前でバスを降ります。お昼の時間まで1時間ほど自由行動になります。
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宮交ボタニックガーデン青島という植物園がありますが、戻ってくるまでに時間がかかってしまい中の見学は出来ませんでした。
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AOSHIMA BEACH PARKの前にはトゥクトゥクが客待ちしていました。どこかタイのビーチリゾートに来たような気分です。これは青島トゥクトゥクトローリーといって、地域活性化のために宮崎商工会議所の事業として始まったものを地元の方が引き継いだものだそうです。
青島神社 寺・神社・教会
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他のツアーメンバーの方は歩いているので、時間もあるのでトゥクトゥクには乗らずにゆっくり先に進みます。
アオシマクレープ グルメ・レストラン
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海上に立つような赤い鳥居が不思議な感じがします。40年程前の諸星大二郎の「海竜祭の夜」という作品を思い出してしまいます。
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時間的には干潮の時間帯なので俗にいう「鬼の洗濯岩」の姿が良く見えます。この辺りは添乗員さんの裁量で鵜戸神宮を先に行ったり時間調整するのだと思います。
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宮崎県の南部に来るのは初めてなので「鬼の洗濯岩」を見るのも初めてですが、もう少し細かいピッチで岩が並んでいるのかと思っていました。やはり「見ると聞くとは大違い」なのですね。
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「弥生橋」を渡って青島に向かいます。
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奥に見えるのがジャイアンツの1軍が宿泊するANAホリデイ・インリゾート宮崎が見え、手前は2軍の宿舎になる青島グランドホテルということです。
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「鬼の洗濯板」と呼ばれる珍しい波状岩は正式には「隆起海床と奇形波蝕痕」と呼ばれ、青島の周囲と日南海岸の海岸線に見られます。大昔に海面下にあった岩が地質変動によって水面上に現れ、波や海水に浸食されて現在のような形が出来上がったそうです。
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干潮時には海岸線に沿って沖合100メートルに及ぶ大自然の不思議を思わせる岩肌が出現し、見事な景観を楽しむ事ができます。
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写真を撮っている間に妻はだいぶ先に行ってしまいました。
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3000万年前から1500万年前に海中で出来上がった油津層群と呼ばれる砂岩と泥岩が交互に重なった層が地殻変動などで隆起し、さらに長い時間をかけて波に浸食されて出来上がったもので、比較的柔らかい泥岩層が波に寄って少しずつ削られ、硬い砂岩層との間で凹凸が出来て現在の様な姿になったと聞いてもピンときません。
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ようやく妻に追いつきました。指宿の砂むし風呂と霧島温泉の湯では足の痛さが癒されることはなかったようです。今回の旅では杖を持ってきましたが、役に立ったようです。
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この旅の1週間後に函館から札幌までのツアーに参加しましたが、積雪があるので以前に買ったストックが役に立ちました。湯の川温泉と登別温泉の湯も足の痛さには効果が無かったようです。
青島 自然・景勝地
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近くでじっくり見ると不思議な形をしています。普段は海中に沈んでいるのに海藻も全く生えていません。
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妻にまた置いて行かれそうになります。
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青島神宮に到着しました。他の方は参拝を終えて、島を1周しているようです。かえって静かなので良かったかもしれません。
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ここは昨日の夕方に参拝した霧島神宮の祭神の子供である彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)と嫡后の豊玉姫尊(とよたまひめのみこと)が祭られています。手水舎で手を清め、手のひらに水を受けて 口をすすぎます。
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手水舎の奥には祓い串が置かれてありました。「修祓の儀」を行うもので、まず大麻(おおぬさ)祓い串に一礼して、大麻を取って「払へ給ひ清め給へ」と唱えながら、左・右・左と自分を祓います。
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山幸彦と海幸彦(やまさちひことうみさちひこ)は「記紀」において、天孫族と隼人族との闘争を神話化したものとされます。主に「海幸山幸(うみさちやまさち)」と呼ばれ、古代日本において南九州にいたとされる熊襲の平定服従を元に説く日向神話(ひむかしんわ)に登場します。
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名前のごとく山の猟が得意な山幸彦(弟)と、海の漁が得意な海幸彦(兄)の話では、兄弟はある日猟具を交換して山幸彦は魚釣りに出掛けたましたが、兄に借りた釣針を失くしてしまいます。困り果てていた所に塩椎神(しおつちのかみ)に教えられ、小舟に乗り「綿津見神宮(わたつみのかみのみや)」に赴きます。山幸彦は古事記では火遠理命、日本書紀では彦火火出見尊と呼ばれます。
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海神(大綿津見神)に歓迎された山幸彦(彦火火出見尊)は娘の豊玉姫(豊玉毘売命・とよたまひめ)と結婚し、綿津見神宮で楽しく暮らすうち既に3年もの月日が経ってしまいます。山幸彦は地上へ帰らねばならず、豊玉姫に失くした釣針と霊力のある玉「潮盈珠(しおみつたま)」と「潮乾珠(しおふるたま)」を貰い、その玉を使って海幸彦をこらしめ、忠誠を誓わせます。この海幸彦は交易していた隼人族の祖と考えられます。その後妻の豊玉姫は子供を産み、それが鵜草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)であり、この後に参拝する鵜戸神宮の祭神です。
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本殿の脇にあった「御縁継ぎ」は面白いものです。巨大な五円玉の上に2本の鉄の棒が立ち、5円玉と50円玉が納められています。ここにお金を納めて横の石臼を所定の回数回すそうです。
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妻は「重軽石」に願いを込めていました。願いことをしてから置かれてある丸石を持ち上げて、軽く感じれば願いが叶い、重く感じると叶わないそうです。妻の願いは足腰の痛さなので石など持たない方が良さそうな気がします。
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青島は陸地に近い島で本土にくらべて特異な植物が繁茂した北半球最北の貴重な群落とされます。自生栽培植物は226種で、熱帯及び亜熱帯植物27種も含まれ、その代表的な植物ビロウ(ヤシ科)の成木は約5,000本もあるそうです。ビロウの純林は群落地の6分の1を占め、最高樹齢350年を越えるそうです。ビロウ樹の成因は古来の遺存説と黒潮に乗って漂着したとする漂着説があるそうです。ヤシの種類としては嗜好品の檳榔樹とは違う種類だそうです。
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「元宮」この島のほぼ中央に鎮座しているのが青島神社の元宮です。ここでは古代祭祀に使われたとする勾玉や土器や獣骨や貝殻が多数出土しているそうです。
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この「波状岩」に神社前の砂浜で真砂(貝殻の中から自分の心情に合った貝)を探して、ここに納めるそうです。青島ではタカラガイと呼ばれる貝が真砂と呼ばれたそうです。
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「天の平瓮投げ」にも願いを込めます。ここでは投瓮所で二礼してから願いを込めて投げます。
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土器の皿は祭器 (お祭りに使う道具)の1つであり、平瓮(ひらか)と言います。これは200円ですが、昨日からの参拝で小銭がほとんどなくなってしまいました。このツアーに参加する場合は2000円分くらいの100円玉が必要です。
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ここでは帆立の殻を投げてみましたが、奥までは届きませんでした。
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夫婦共々健康で旅ができるようにお願いしました。
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参拝が終わって、妻は同じルートで戻ることにして、1人で青島を1周することにしました。
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島の奥には「日向青島灯台」がありました。こんな鬼の洗濯岩の上に建っている姿はちょっと異様な感じがしました。ほぼ水面近くに建っているので満潮時には孤立してしまうと思います。小さいようですが高さは12メートルもあるそうです。
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岩の上をしばらく歩いてもいますが、歩きにくいので島の海岸に戻ります。
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海岸線にもビロウ樹が並んでいました。風が強いのか曲がった木ばかりですが、何かそれ以外のパワーを感じます。
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誰かが積み上げたとしか思えない不思議な岩です。大きさがほぼ揃っている理由も分かりません。
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「霧島神宮」の祭神と「青島神社」の神と「鵜戸神宮」の神の系図が分かりやすい看板がありました。鵜戸神宮に祭られた御孫の鵜萱草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)と嫡后の玉寄姫尊(たまよりひめのみこと)の子供が神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)で神武天皇となります。
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「AOSHIMAYA」に戻ってお昼ご飯になりました。宮崎名物の切り干し大根と揚げ出し豆腐と山菜の和え物とカツオのたたきと鍋のセットでした。
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風の強い青島を歩いてきたので、あったかい鍋は何よりでした。ご飯を食べ終えて1階でお土産に青島名物の「ういろう」を買い求めると集合時間になりました。
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バスに乗って次に行ったのは堀切峠近くの「道の駅フェニックス」です。ここで20分ほどの時間がもらえます。干潮の時間を過ぎましたが、まだまだ鬼の洗濯岩を見ることが出来ました。
道の駅 フェニックス 道の駅
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海の中に鉄柱が2本立っていて、近くのプレジャーボートの大きさから考えるととても巨大だと気が付きました。これは中国籍の浚渫(しゅんせつ)船が沈没したものだそうです。2本立っている柱はスパッドという装置で船体を海底に固定するもののようです。
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「宮崎観光の父」とも称される宮崎交通の始祖の岩切章太郎が昭和11年の1936年から日南海岸にフェニックスの植栽を始め、現在の景観に続いているそうです。そんなフェニックスの木がこの展望台にも植えられていました。
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青島の景観も素晴らしかったのですが、高い場所から見下ろす堀切峠の景観もすごい迫力です。展望所から南を見る景観は日南海岸を紹介する観光ポスターやパンフレットなどに数多く使われているそうです。三角形の巾着島のシルエットが印象に残ります。
堀切峠 自然・景勝地
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目の前には180度の太平洋の水平線が広がっています。
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我が家の新婚旅行は石和温泉でしたが、宮崎に来てみたかったです。
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干潮だともっと広い範囲に鬼の洗濯岩が見るそうです。
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日当たりの良い展望台は真冬だというのにたくさんの花が咲いていました。
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これは花ではありませんが竹富島で見たポインセチアの原種だと思います。
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「昔はあたしより痩せてたのよ。」と親友の語る高校生の頃の妻の話しは涙なしには聞けません。
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一応仲良しの写真も撮っておきましょう。
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こんな場所ですが釣りをしている方がいらっしゃいました。岩の大きさがよく分かると思います。
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ハイビスカスの蕾がたくさん出来ていました。開花時期は6月から9月頃のようですが、12月だというのにこれから咲くのでしょう。
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道の駅に売っていた「ういろう」は「ときわ屋」でしたが、先ほど買ったのは「きくや」でした。経木で包まれただけういろうは黒糖のシンプルな味でした。防腐剤とかが入っていないので冬でも3日しか賞味期限がありません。10切れ入って500円という安さも嬉しいです。
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台風14号の影響による大雨で被災し、9月16日から青島駅と志布志駅間で不通になっていた日南線はこの旅の数日前の12月11日に開通したところでした。
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海岸線の地層を見てもすぐに崩れそうなのは素人目に見ても分かります。
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そして最後の立ち寄り先の鵜戸神宮に向かいます。
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静かな駐車場でバスを降ります。小型の乗用車の場合はもっと上まで行けるそうですが、大型バスはかなり下の駐車場までになります。まずは延々と八丁坂参道を上ります。
鵜戸神宮 寺・神社・教会
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登り切ったところにあるトンネルをくぐります。
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トンネルの先には土産物屋があり、売っているお面が気になりました。11月に大阪の万博記念公園の国立民族学博物館に行った影響かもしれません。お店の方に尋ねると「ひょっとこ踊り」のお面だそうです。ひょっとこ踊りは江戸末期から明治初期にかけて豊作や商売繁盛を祈る踊りとして日向市(宮崎)などで行われていたそうです。お面には「おかめ」「ひょっとこ」「狐」「鬼」など合わせて18種類の型があるそうです。石粉粘土と日向美々津和紙でできた顔の仕上げが面ごとに異なるため、同じものはほとんど出来ないそうです。
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思わず気に入ってしまいいくつか買い求めることにしました。本当は実際に被って使える大きなものが欲しかったのですが、妻は節分に飾る小さいものが良いというので、小さな「おかめ」と「鬼」と「狐」を買いました。よく出来ているのに数百円という安さも気に入りました。
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気が付くと周囲には誰もいません。妻と2人で八丁坂を下りますが、帰りはこの坂を登らなければなりません。
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ようやく「神門」に到着して、神社の参拝らしくなりました。
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続いて「楼門」をくぐります。中央には菊の御紋を掲げた扉が閉じられています。
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「ウド」は空(うつ)や洞(うろ)に通じる呼称で、内部が空洞になった場所を意味します。祭神名の「鸕?(う)」が鵜を意味するのに因んで、「鵜戸」の字を充てているそうです。
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古代以来の海洋信仰の聖地で、社伝によれば本殿の鎮座する岩窟は豊玉姫が主祭神を産むための産屋を建てた場所で、その縁により崇神天皇の御代に上記6柱の神を「六所権現」と称して創祀され、推古天皇の御代に岩窟内に社殿を創建して鵜戸神社と称したと伝えるそうです。
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この参道からの太平洋の眺めは非常に美しく、今まで参拝した神社の中で一番美しいと思います。
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そんな景色を眺めていると急な下り坂に差し掛かります。ここを下った先に本殿があります。
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海中に聳える奇岩怪礁ともあいまって、修験道の一大道場として「西の高野」とも呼ばれる両部神道の霊地として栄えたという話も頷ける景観です。
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妻は降りたら上がらなければならないので嫌がりましたが、ここまで来て参拝しないのも残念なので一緒に降りることにします。
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巨大な洞窟の中に本殿があります。なんとなくべトナムのハノイ郊外のパフューム・パゴタを思い出しました。規模はもっと巨大ですが、洞窟の中にあるシチュエーションが似ています。
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主祭神の産殿の址とされる洞窟内に建つ朱塗りの色鮮やかな本殿です。御祭神の外に五柱の大神様をお祀りしています。延暦元年の再興以来に何回となく修改築されていて、近いところでは昭和43年に257年振りに行い、平成9年にも改修を行っているそうです。
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「御霊石」は室町時代より祀られていて鵜戸山大権現仁王護国寺信仰の名残と思われます。
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「産湯の跡」には祠が祭ってありました。
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床に足跡があって、ここから洞窟の岩の壁を眺めると「お乳岩」の姿が分かります。
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下に置かれた矢印の形が「お乳石」です。豊玉姫が御子の育児のために両乳房をご神窟にくっつけて行かれたと伝える「おちちいわ」は、今もなお絶え間なく岩清水を滴らせて、安産や育児を願う人々の信仰の拠り所となっているそうです。
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そして社務所の横にあるのが「運球」です。
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これは「運玉」と呼ばれるもので、古くより参拝者は亀石の枡形穴に向かってお金を投げ入れる風習がありました。ところが昭和27年頃に落ちたお金を求めて崖を降りて磯に出る子がいて問題になりました。賽銭に替わるものをと鵜戸小学校と鵜戸神官ともに試行錯誤した結果、昭和29年に粘土を丸め運の文字を押した「運玉」が誕生します。
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運玉は粘土の素焼きで直径2センチ、重さ6グラム程で、鵜戸神宮の近くにある鵜戸小中学校のPTAなどで、この運玉をつくっています。正月三が日は約20万個の運玉が投げ込まれるそうです。
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「霊石亀石」は豊玉姫が出産の為に乗って来られたと言われます。この亀石の背中に桝形の窪みがあり、この窪みに男性は左手で女性は右手で「運玉」を投げ入れ、見事入ると願いが叶うといわれています。
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妻は右手で投げて1個も入りませんでした。生まれてこの方左利きでよいことはあまりありませんでしたが、この時だけはサウスポーでよかったと思います。最後の5個目でうまく桝形に入れることが出来ました。
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伊勢の二見が浦にもあった茅の輪がありました。ここでも神頼みをして参拝を終わります。
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急に参拝者の姿が途切れて妻と2人だけになってしまいました。
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こんな大きな神宮でもこんなこともあるのですね。早くバスに戻らなければならないという不安感に襲われます。
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「神犬石」は本殿の方向を向き、見守っているかのように見えることからこの名前が付いたそうです。
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さあ、先ほど下ってきた八丁坂を登るときが来ました。ツアーの中には妻より10歳くらい年上の3人のおじいさんとおばあさんがいましたが、ここで軽く抜かれてしまいました。何とか集合時間に間に合ったので安心です。
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鵜戸神宮の参拝が終わると後は宮崎空港へ戻るだけです。
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美しい海岸線を北上していきます。
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加江田川に架かるトロピカルブリッジが見えてくるともう宮崎市内になります。
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ひなたサンマリンスタジアム宮崎の写真もうまく撮れました。この球場の名付け親は長嶋監督だそうです。
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しばらくはフェニックス並木を通過します。
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宮崎空港に到着しました。
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宮崎空港には宮崎空港線がアクセスしていて、特急列車の「にちりん」が停車していました。池田湖で見たウナギに似ているので「池田湖の大ウナギだ。」というと皆さんに受けました。
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空港の愛称は宮崎ブーゲンビリア空港というそうです。第2次世界大戦中は日本海軍の航空基地であり、航空機用の掩体壕が現存しているそうです。同基地から出撃した特攻隊員約380人いらしたそうです。
JR宮崎空港線 乗り物
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空港のアトリウムのステンドグラスは影絵作家の藤城清治の作品でした。令和元年5月に宮崎空港に完成した「神話のステンドグラス」は、日向の地を舞台にした天孫降臨や岩戸開きなど、いにしえの神話の数々が色鮮やかに描かれています。
宮崎空港 (宮崎ブーゲンビリア空港) 空港
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買い物になるといきなり主婦になってしまいます。どうやら空港で買った薩摩揚げが晩御飯のおかずになりそうです。
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午後5時発のJALの便は3人並びの席になりました。
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ほぼ定刻の出発かと思いましたが10分ほどディレイになりました。
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せっかくの窓側ですが離陸したらすぐに陽が沈んでしまいそうです。
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滑走路に出ると同時に太陽が沈みました。
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往路の鹿児島便も復路の宮崎便もほぼ満席の状態でした。もうコロナを感じることはマスク以外にはありません。
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海に向かって離陸するようです。この滑走路から特攻機も出撃したのだと思うと感慨深いものがあります。
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便数が少ないのであっという間に離陸しました。
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宮崎と言えば「フェニックス・シーガイア・リゾート」ですね。何かおかしいと思ったらオーシャンドームがあった場所が更地になっています。総事業費2,000億円で建設されましたが、利用客数の低迷もあいまって、毎年200億円前後の赤字が発生し、2001年に第3セクターとしては過去最大の負債3,261億円で会社更生法の適用を申請したことを思い出しました。
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往路で通過した航空自衛隊の新田原基地が見えました。ほぼ同じルートで東京へ向かうようです。
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空港で買った日向夏の缶チューハイで乾杯してGOBOCHIをつまみにします。
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四国に入る前に辺りは暗くなってしまいました。
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この景色は世界共通なので海外旅行に行けないフラストレーションが解消されます。
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あっという間に東京上空です。
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伊丹空港から戻ってくるよりも早い気がしました。
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最後の最後で沖止めだったのでバスに乗るため疲れました。
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初めての3人旅も楽しく終えることが出来ました。また近いうちにどこかへ一緒に行きたいものです。羽田空港でお別れして、それぞれリムジンバスで家路を急ぎます。
羽田空港 第1旅客ターミナル 空港
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