2020/09/21 - 2020/09/21
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zenkyou01さん
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岩槻城・岩槻散策 埼玉県県さいたま市 全行程5時間57分 岩槻駅~(55分)一里塚跡碑・岩槻人形博物館(25分)~(59分)岩槻城址公園・岩槻城址(59分)~(1時間16分)遷喬館(5分)~(40分)芳林寺(22分)~(16分)岩槻駅
「日時」2020年9月21日
「アクセス」東武野田線岩槻駅下車
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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願生寺本堂 南朝朝臣久保右近が出家して庵を結んだのが始まりで、1522年開山圓蓮社寂誉上人により開創される。さいたま市指定有形文化財阿弥陀三尊図像月待供養板碑を有する
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丹過長谷川家店蔵と母屋 白木綿問屋を営んでいた長谷川家の店蔵と母屋は明治初期の建物で、国登録有形文化財です。鮮やかな白い漆喰塗が引き立ちます。内部は見学できません
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愛宕神社全景 言い伝えによると、1457年太田資清・道灌親子が岩槻城築城の際、傍らにあった祠を土塁上に移し祀ったのが始まりとされる。鳥居を潜り参道を進むと、石段がある小高い所に神社拝殿、その奥に本殿があります。拝殿軒下の繊細な彫刻が見事です。岩槻城の大構え遺構がみられます。神社が建つ小高い土塁が大構えの一部です。岩槻城下町は周囲を土塁と外堀で囲まれており、この土塁と堀を大構えという。(お土居ともいわれ、秀吉が築いた京都のお土居が有名です)
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大龍寺本堂 曹洞宗の一寺、開基は岩槻城主青山伯耆守忠俊、開山は一峯麟曹和尚、本尊は釈迦牟尼仏です。山門を潜ると正面に本堂、右手に客殿、右手前に宗祖道元禅師の像がある。本殿と山門に施されている龍の彫刻は見事です
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日光御成街道一里塚跡 御成街道が通っている岩槻の一里塚は3か所ありここ下久保宿町もその内の一つですが、現存しておらず碑(現在にぎわい交流館いわつきの前に建つ)のみです
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にぎわい交流館いわつき 岩槻人形博物館と併設されている建物で、交流・休憩室、カフェ、ショップ、人形作り、お菓子作り等体験学習室、イベント会場用貸室等があります
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岩槻人形博物館 入場料は65歳以上150円です。市立の博物館で、2020年2月に開館したばかりです。人形の頭の作り方、古典人形、節句人形、ひな壇、郷土玩具等が展示されていました
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浄安寺本堂 浄土宗の一寺、創建は1505年、開山は天誉了聞和尚です。控え柱にも屋根を乗せた高麗門を潜ると、正面に本堂、左手に焔魔堂、本堂の左奥に墓群がある。塾「遷喬館」を開いた児玉南柯の墓や、岩槻城主高力清長・家康の六男忠輝の子徳松丸・徳松丸の母竹ノ局の墓があります
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時の鐘 江戸時代に製造された時刻を告げる鐘楼で、市指定文化財になっています。(銅鍾は一度改鋳されています)。江戸時代は一日に12回、現在は朝夕6寺と正午の3回鐘が鳴ります
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岩槻城址公園わんぱく広場 岩槻城南部分の新曲輪一帯が岩槻城址公園になっています。遊具が多くあるわんぱく広場、トウテムポールの立つピクニック広場、噴水、池、散策路、空堀・土塁・馬出・門等城址の遺構、野球場、テニスコート等大人から子供連れ家族が楽しめる公園です。春は桜の名所でもあります
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鍛冶曲輪に建つ白鶴城址碑 築城主は太田道真・道灌親子、築城年は1457年、別名白鶴城と呼ばれています。現在は主曲輪の南岸にある新曲輪ブロック周辺が岩槻城址公園になっています。菖蒲池は沼地の名残の一部で、水堀の役目を担っていました。更に南に進むと、鍛冶曲輪に入り、城址碑、土塁が見られます。更に進むと土橋、空堀、馬出が見られます。空堀(ふるさと散策路)を歩きます。障子堀跡に来ます。ほとんど埋まっているので、障子堀であるということが想像できません
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岩槻城黒門 黒門は城内での位置は不明であるが、黒く塗られているところから黒門と呼ばれています。現存遺構としてここに移築されています
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諏訪神社拝殿 創建は不詳であるが、岩槻城築城の時創建されたものと言われている。ご祭神は建御名方命です。石鳥居の先に朱色の鳥居その先に拝殿がある
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浄源寺本堂 浄土真宗本願寺派の一寺、開基は河津三郎祐重(出家して僧善正)です。山門、本堂、浄土真宗開祖親鸞聖人御像、親鸞聖人御幼少之像が配されています
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梅照院本堂 日蓮宗の一寺、創建は1578年、開基は梅照院日如です。門、本堂、本堂前両脇に日蓮宗開祖日蓮上人像と慈母観音が配されています
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住吉神社社殿 新曲輪町にあったし祠を、1889年現在地の新築社殿に遷宮されました。ご祭神は住吉大神等です。こじんまりした神社で鳥居と社殿が見られます
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酒蔵資料館 月曜日のため休館日でした。立派な蔵風の建屋のショウウインドウには陶器の酒瓶(花瓶かな)が飾られていました
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学蔵寺本堂 日蓮宗の一寺、創建は1544年、開基は学乗院日恵です、本尊は日蓮大菩薩です。門、本堂、鐘楼(修理中で、梵鐘が下におろされていました)、七面大明神、稲荷大明神等が配されています
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遷喬館 江戸後期、岩槻藩の学者児玉南柯の開いた教育のための私塾で、後に藩校になります。現存する建物は当時の校舎として使用されていたものです。さいたま県文化財に指定されています
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郷土資料館 市立博物館の分館で、国登録有形文化財である旧岩槻警察署庁舎を建物として使用している。さすが元、警察署庁舎です、窓に鉄格子が嵌められています。民族資料、大昔の暮らし、武州鉄道、茶商の店、岩槻城ジオラマ、岩槻のあゆみ等が展示されています
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八雲神社拝殿 1560年、勝田佐渡守が創建する。ご祭神はスサノオノミコトです。 こじんまりした神社で鳥居と社殿が見られます。子供たちの遊び場になっています
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岩槻大師本堂 真言宗智山派の一寺、創建は774年、開山は開成和尚(桓武天皇の兄)、本尊は五大明王像です。大きな提灯が下がる山門を潜ると、十三仏、稲荷堂、写経剃髪殿、人形大師(修行大師像)、薬師堂、正面に鉄筋コンクリート製の本堂があります
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太田道灌像 平成時代制作の銅像です。道灌は扇谷上杉定正の家宰として仕え、江戸城、岩槻城、川越城を築く。文武両道の武将として名高い。「七重八重・・・」で始まるヤマブキの詩で有名です。岩槻人形博物館の入口にも鷹狩り姿の太田道灌像が建っていました
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芳林寺本堂 資正の嫡子氏資が母芳林妙春尼や合戦で亡くなった将兵の御霊を供養するため1523年、芳林寺を開基する。山門を潜ると広場、その先に入口門柱がある。右手に太田道灌騎馬像、左手に地蔵堂、開基太田氏資像、道灌苑、弁天堂、稲荷大明神、白山神社と続く。正面に本堂がある。本堂左手奥に墓群があり、その中に道灌・氏資・芳林妙春尼御霊廟と岩槻城藩主高力正長に御霊廟がある
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岩槻大正館 明治十六年両替商中井新左エ門が中井銀行を開設し、大正年間にレンガ造りの二階建て西洋館(店舗)を建てました。現在は個人所有となり国登録有形文化財に登録されています。イベント開催時のみ内部見学ができるようです
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