2024/02/28 - 2024/02/28
56位(同エリア151件中)
杏仁豆腐さん
雛祭りも近い2月の終わり。岩槻に出かけました。
岩槻の街を散策するのは初めてです。車で通過することはありましたが。
岩槻駅から芳林寺、八雲神社、岩槻郷土資料館、岩槻大師と巡りました。
やや風が吹く日でしたが、雛人形を見ようと散策する人も少なくありません。
予想以上に見どころが多く、岩槻の歴史的価値が高まりました。
雛人形に誘われて岩槻散策(後半)☆東玉大正館・岩槻藩遷喬館・岩槻人形博物館☆ヨロ研カフェ☆2024/02/28
https://4travel.jp/travelogue/11890721
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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アーバンパークライン岩槻駅。
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みみずく土偶
岩槻区内の真福寺貝塚から出土したもので、鳥のミミズクに似ていることから「ミミズク土偶」と呼ばれています。
こちらは、レプリカで、実物は東京国立博物館に保存されています。 -
駅前のポストには、岩槻区のイメージカラーのやまぶき色の帽子をかぶって手を振った、さいたま市のイメージキャラクター「ヌゥ」がいます。
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芳林寺に来ました。
山門です。 -
山門の右側は駐車場になっていますが、隅に石塔が立っています。
戒壇石 寛保3(1743)塔の正面「不許葷酒入山門」。右側面には地蔵和讃供と刻まれています。 -
曹洞宗の寺です。
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地蔵堂・位牌堂
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太田氏資像
道灌公の玄孫です。芳林寺の開基でもあります。
後年は小田原北条家に仕えましたが、永禄10年(1567)三船山合戦敗退時に殿を務めて戦死しました。
富田憲二・山本明良の策、平成15(2003)年の建立。
太田氏資像は、母である芳林妙春禅尼像に向いています。 -
芳林妙春禅尼像
富田憲二・山本明良の作、平成16(2004)年の建立。
太田氏資の母で 当山の開祖です。 -
道灌堂
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白山社
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河津桜がきれいに咲いています。
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芳林寺には、画家・田中保の墓があります。
田中保画伯の略歴が掲げられています。
田中保画伯は岩槻の出身で、海外で活躍したエコール・ド・パリの画家です。 -
芳林妙春尼御霊廟 太田道灌公御霊廟 太田氏資公御霊廟
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正長御霊廟
高力正長(こうりきまさなが)は徳川家康の重臣で武蔵国岩槻藩主であった高力清長の長男です。正室は本多忠俊の娘です。
正長は父清長と同じく徳川家康に仕え、「三方ヶ原の戦い」や「長篠の戦い」「小牧・長久手の戦い」などで活躍しました。 -
芳林寺は、太平山と号します。
芳林寺は、かつて比企郡松山にあり地蔵寺と号していたといい、太田道灌が文明18年(1486)上杉定正の館で暗殺された際には、道灌の遺骨や遺髪を越生町の龍穏寺と当寺に納められたそうです。
永正17年(1520)八月火災に罹ったため、太田大和守資高が自分の居城であった岩槻へ当寺を移転し、太田資朝の母(陽光院殿芳林妙春大姉)が永禄10年(1567)逝去した際に、芳林寺と寺号を改めたといいます。 -
寶聚稲荷社
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紅千鳥
見事な梅の木です。 -
太田道灌公鷹狩之像
富田憲二・山本明良の作、平成26(2014)年の建立。 -
太田道灌騎馬像
平成19(2007)年に建てられました。葛飾区柴又在住の彫刻家である冨田憲二氏と山本明良氏の両名(彫刻工房十方舎)によって作られました。 -
春も近づいてきています。
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六地蔵
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芳林寺を出て、日光御成道(にっこうおなりどう)を歩きます。
江戸時代になり、家康廟が日光に移され、将軍の日光社参が行われるようになると、日光道中の別格として、御成道と呼ばれました。日光道中の幸手に合流するまで、わずか一三里ほどの短い脇街道ですが、歴史の主人公が数多く行きかった重要路でした。
岩槻藩高札場が残っています。 -
高札場とは現在の官報掲示板のことで、幕府が庶民に対し禁制や法度などを示したものです。人々が集まる道筋、舟乗場の橋のたもと、そして宿場などには必ず高札場が設けられました。元はこの場所ではなかったのですが、八百屋「安兵衛」前に復元されています。
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八雲神社に来ました。
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狛犬
溶岩で山を築く「獅山」 -
八雲神社本殿
本殿の胴羽目板は見事です。 -
神社の隣にある自治会館で、以前に八雲神社にあった玄武・青龍・白虎・朱雀の四神を展示していました。
玄武 -
青龍
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朱雀
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白虎
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「まちかど雛めぐり」のお雛様
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八雲神社神輿
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手水鉢
亨保11年(1726)約300年前に八雲神社に奉納された手水場と思われます。「市宿町施主萩原」が刻んであります。 -
日光御成道
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岩槻郷土資料館に来ました。
岩槻郷土資料館は、昭和5年(1930)に埼玉県土木課の設計により岩槻警察署として建築されました。昭和56年に改修し、現在まで岩槻郷土資料館として保存活用しています。 -
アーチ窓や丸柱なども見られ、昭和初期の特徴を良く示しています。
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階段の彫刻もおしゃれです。
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簡素な造りですが、丸窓など細部にアールデコ装飾が散りばめられています。
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雛人形の展示
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「岩槻のあゆみ」、「大昔のくらし」、「くらしの道具」の三つのテーマの展示があります。
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考古学史上著名な国指定史跡真福寺貝塚の出土品
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階段に雛人形
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岩槻郷土資料館 企画展「土人形~郷土玩具の主役」
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土人形は、粘土を型にはめ、成形した後、素焼きし、下地に胡粉などを塗り彩色を施した郷土玩具です。京都でつくられていた「伏見人形」をもとに、全国各地で作られるようになったといわれており、郷土玩具の主役的な存在です。
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岩槻大師彌勒寺に来ました。
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光岩山釈迦院岩槻大師彌勒寺と号し、草創は宝亀5年(774)。
開山は桓武天皇の兄・開成和尚が金色の弥勒菩薩を安置し開山し、岩槻では一番古い古刹です。 -
稲荷社
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写経剃髪殿
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写経剃髪殿は、童子に囲まれています。
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薬師堂です。
龍の彫刻扁額があります。 -
子育て人形大師像(弘法大師)
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大同2年(807年)、弘法大師が立ち寄り、自ら、大日大聖不動明王、四大明王を彫刻し、人々の願いを叶える「五大力尊」としました。
現在の御本尊は不動明王です。 -
岩槻大師を出て、歩いていると屋根の上に鐘馗様。
岩槻人形博物館方面に向かいます。
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