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滋賀県を代表するお城と言えば、城跡なら小谷城、そして天守閣が現存する彦根城。<br />「おんな城主 直虎」の井伊直政、幕末の大老・井伊直弼の居城だったところです。<br />天守閣は井伊の時代から奇跡的に現在まで生き残り国宝。<br />彦根城と彦根城下町をまわってきました。

井伊直政、井伊直弼の彦根城

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2021/08/09 - 2021/08/09

266位(同エリア1201件中)

あおし

あおしさん

この旅行記スケジュールを元に

滋賀県を代表するお城と言えば、城跡なら小谷城、そして天守閣が現存する彦根城。
「おんな城主 直虎」の井伊直政、幕末の大老・井伊直弼の居城だったところです。
天守閣は井伊の時代から奇跡的に現在まで生き残り国宝。
彦根城と彦根城下町をまわってきました。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
交通
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 昨晩宿泊した米原からJR琵琶湖線に乗って1駅、彦根駅で下車します。<br />駅前には井伊直政の銅像がありました。

    昨晩宿泊した米原からJR琵琶湖線に乗って1駅、彦根駅で下車します。
    駅前には井伊直政の銅像がありました。

    彦根駅

  • 井伊直政は小姓で徳川家康に使えて、家康に可愛がられ(一説には愛人関係だったとか)、徳川譜代の本多、酒井、大久保などの一族を抜き去って、この彦根で譜代一番の大名となりました。<br />近江と言えば、当時は一国で100万石の全国一の金持ち県、もとい「米持ち国」。<br />琵琶湖海運を利用した商業も盛んで、京都の隣でもあり全国でももっとも重要な国でした。<br />源頼朝は流人時代からの家人で一番信頼していた佐々木定綱、足利尊氏は盟友・佐々木道誉、豊臣秀吉は一番の腹心・石田三成を置き、織田信長は安土を本拠にするほどでした。<br />徳川家康が井伊直政に近江を与えたことからしても、いかに家康の信頼が篤かったか想像できます。<br />「おんな城主 直虎」では家康に仕え始めたころの若き直政を菅田将暉さんが演じていました。

    井伊直政は小姓で徳川家康に使えて、家康に可愛がられ(一説には愛人関係だったとか)、徳川譜代の本多、酒井、大久保などの一族を抜き去って、この彦根で譜代一番の大名となりました。
    近江と言えば、当時は一国で100万石の全国一の金持ち県、もとい「米持ち国」。
    琵琶湖海運を利用した商業も盛んで、京都の隣でもあり全国でももっとも重要な国でした。
    源頼朝は流人時代からの家人で一番信頼していた佐々木定綱、足利尊氏は盟友・佐々木道誉、豊臣秀吉は一番の腹心・石田三成を置き、織田信長は安土を本拠にするほどでした。
    徳川家康が井伊直政に近江を与えたことからしても、いかに家康の信頼が篤かったか想像できます。
    「おんな城主 直虎」では家康に仕え始めたころの若き直政を菅田将暉さんが演じていました。

    井伊直政公像 名所・史跡

    JR彦根駅前にある銅像です。 by あおしさん
  • 彦根駅から大通りの向こうに彦根城が見えます。<br />まずは彦根城に向かって歩き始めます。<br /><br />台風が近づいているようですが、とりあえず青空がひろがってるうちにお城を目指します。

    彦根駅から大通りの向こうに彦根城が見えます。
    まずは彦根城に向かって歩き始めます。

    台風が近づいているようですが、とりあえず青空がひろがってるうちにお城を目指します。

    彦根市観光案内所 名所・史跡

    JR彦根駅を出たところにあります。 by あおしさん
  • まず「中堀」を通り過ぎます。<br />満々と水のある見事な堀が残っています。

    まず「中堀」を通り過ぎます。
    満々と水のある見事な堀が残っています。

    彦根観光センター 名所・史跡

    彦根城の入り口にある観光案内所 by あおしさん
  • 彦根城の入口、「佐和口」。<br />高校生もお城に入っていくので、なんでかな、と思ったら、お城の中に高校がありました。<br />甲子園に何度も出場した彦根東高校です。<br />城の中で勉強なんて優雅ですね。

    彦根城の入口、「佐和口」。
    高校生もお城に入っていくので、なんでかな、と思ったら、お城の中に高校がありました。
    甲子園に何度も出場した彦根東高校です。
    城の中で勉強なんて優雅ですね。

    開国記念館 美術館・博物館

    存在意義がわからない by あおしさん
  • 佐和口を入ったところにある馬屋。これも井伊時代からの建物で重要文化財です。

    佐和口を入ったところにある馬屋。これも井伊時代からの建物で重要文化財です。

  • 馬屋から今度は「内堀」を渡ると彦根城の表門。<br />ここからは有料でチケットを購入して城の中に入ります。<br />当時の石段や石垣もしっかり残っています。<br />井伊直弼もこの石段を何度も登ったことでしょう。

    馬屋から今度は「内堀」を渡ると彦根城の表門。
    ここからは有料でチケットを購入して城の中に入ります。
    当時の石段や石垣もしっかり残っています。
    井伊直弼もこの石段を何度も登ったことでしょう。

    彦根城 名所・史跡

    さすがは国宝。天守閣だけではなく、そのほかの櫓や門など城郭そのものが残っています。 by あおしさん
  • 石段を登り終わったところが「大堀切」。<br />木の橋が城の入口に架かっています。

    石段を登り終わったところが「大堀切」。
    木の橋が城の入口に架かっています。

  • 「大堀切」からぐるりと回ったところにあるのが「鐘の丸」。<br />ここからの彦根の市街の景色はよかった。

    「大堀切」からぐるりと回ったところにあるのが「鐘の丸」。
    ここからの彦根の市街の景色はよかった。

  • 「鐘の丸」からさきほどの木の橋を渡り、彦根城の本丸に入ります。<br />まずこの入口は「天秤櫓」<br />2つの櫓がまるで天秤のようなので、この名前になっています。

    「鐘の丸」からさきほどの木の橋を渡り、彦根城の本丸に入ります。
    まずこの入口は「天秤櫓」
    2つの櫓がまるで天秤のようなので、この名前になっています。

  • 天秤櫓をくぐり、本丸への入口である「太鼓門」。<br />城内への合図である太鼓が置かれたことからこの名前になったとか。<br />これも重要文化財です。

    天秤櫓をくぐり、本丸への入口である「太鼓門」。
    城内への合図である太鼓が置かれたことからこの名前になったとか。
    これも重要文化財です。

  • 太鼓門をくぐったところが本丸。<br />天守閣があります。<br />江戸時代からの天守で、国宝です。<br />ややこぶりですが、美しい天守です。

    太鼓門をくぐったところが本丸。
    天守閣があります。
    江戸時代からの天守で、国宝です。
    ややこぶりですが、美しい天守です。

  • 江戸時代から残る「ホンモノ」の天守なので木造です。<br />鉄筋コンクリートの再建天守では味わえない雰囲気を持っています。

    江戸時代から残る「ホンモノ」の天守なので木造です。
    鉄筋コンクリートの再建天守では味わえない雰囲気を持っています。

  • 階段も当時のままなので、ものすごい急です。<br />これは敵から攻めれらた時、重い鎧を着た武士が登るのに苦労させるためなのでしょう。

    階段も当時のままなので、ものすごい急です。
    これは敵から攻めれらた時、重い鎧を着た武士が登るのに苦労させるためなのでしょう。

  • 天守は窓が小さく、ながめはいまひとつ。<br />しかも網が貼ってあるので写真はうまく撮れませんでした。<br /><br />琵琶湖が見えます。

    天守は窓が小さく、ながめはいまひとつ。
    しかも網が貼ってあるので写真はうまく撮れませんでした。

    琵琶湖が見えます。

  • 天守から降りてきて、本丸の展望台へ。<br />琵琶湖はここから見た方がきれいに見えました。

    天守から降りてきて、本丸の展望台へ。
    琵琶湖はここから見た方がきれいに見えました。

  • 彦根城から見える小さな山。<br />佐和山です。<br /><br />かつてはここに石田三成が佐和山城を築き、居城としていました。<br />壮大な城だったようで、「三成に過ぎたもの2つあり 島の左近(名将で有名だった家臣・島左近のこと)と佐和山の城」と言われました。

    彦根城から見える小さな山。
    佐和山です。

    かつてはここに石田三成が佐和山城を築き、居城としていました。
    壮大な城だったようで、「三成に過ぎたもの2つあり 島の左近(名将で有名だった家臣・島左近のこと)と佐和山の城」と言われました。

  • 「本丸」のある天守に続く、「西の丸」<br />城主が普段過ごしたり、役所でもある、お城の中では一番重要な場所です。<br />

    「本丸」のある天守に続く、「西の丸」
    城主が普段過ごしたり、役所でもある、お城の中では一番重要な場所です。

  • 西の丸には屋敷は残っていませんが、三重櫓が残っています。<br />これも重要文化財です。

    西の丸には屋敷は残っていませんが、三重櫓が残っています。
    これも重要文化財です。

  • 「西の丸」から城を降りていくと、城の庭園である玄宮園へ。<br />

    「西の丸」から城を降りていくと、城の庭園である玄宮園へ。

    玄宮園 公園・植物園

    彦根城と入場券が共通です。彦根城観光のあとに見ることになります by あおしさん
  • 加賀百万石・金沢城の庭園である兼六園に比べるとやや小さ目ですが、それでも美しい庭園です。<br />

    加賀百万石・金沢城の庭園である兼六園に比べるとやや小さ目ですが、それでも美しい庭園です。

  • 庭園からも彦根城の天守が見えました。

    庭園からも彦根城の天守が見えました。

  • 玄宮園を出ていくと、幕末の大老・井伊直弼の銅像がありました。<br /><br />日本の歴史上、この人ほど善悪の評価の分かれる人も少ないでしょう。<br />多くの人を弾圧し、死に至らしめた「暴君」と批判する人もいれば、開国を断行し、日本を救った「恩人」という見方もあります。

    玄宮園を出ていくと、幕末の大老・井伊直弼の銅像がありました。

    日本の歴史上、この人ほど善悪の評価の分かれる人も少ないでしょう。
    多くの人を弾圧し、死に至らしめた「暴君」と批判する人もいれば、開国を断行し、日本を救った「恩人」という見方もあります。

    金亀公園 公園・植物園

    井伊直弼の銅像と「花の生涯」の記念碑がありました。 by あおしさん
  • 井伊直弼の銅像の前にある「花の生涯」の記念碑。<br /><br />昭和38年に始まったNHKの大河ドラマの最初の作品は「花の生涯」<br />主人公は井伊直弼でした。<br />直弼は尾上松緑、他に中井貴一さんの父で37歳の若さで交通事故で亡くなった佐田啓二、淡島千景などがメインキャスト。<br />58年前の作品でもあり、出演者のほとんどは鬼籍に入られました。<br />最近では朝丘雪路さん、八千草薫さん、田村正和さんが亡くなり、ご健在なのは香川京子さん(89歳)だけになってしまいました。

    井伊直弼の銅像の前にある「花の生涯」の記念碑。

    昭和38年に始まったNHKの大河ドラマの最初の作品は「花の生涯」
    主人公は井伊直弼でした。
    直弼は尾上松緑、他に中井貴一さんの父で37歳の若さで交通事故で亡くなった佐田啓二、淡島千景などがメインキャスト。
    58年前の作品でもあり、出演者のほとんどは鬼籍に入られました。
    最近では朝丘雪路さん、八千草薫さん、田村正和さんが亡くなり、ご健在なのは香川京子さん(89歳)だけになってしまいました。

  • いったん、お城の外(中堀の外)の出て、「埋木舎」へ。<br />ここは井伊直弼が藩主になるまで過ごしていたところです。<br /><br />藩主の14男、しかも母が側室ということで彼はこの小さな屋敷だけを与えられて若いころはすごしていました。<br />「埋木舎」というのはこのまま世に埋もれたまま生涯をおえることを自嘲した直弼が名づけたものです。<br />実際、藩主の子の屋敷とは思えない小さな屋敷で、家老などは言うに及ばず、下級武士レベルの屋敷でした。

    いったん、お城の外(中堀の外)の出て、「埋木舎」へ。
    ここは井伊直弼が藩主になるまで過ごしていたところです。

    藩主の14男、しかも母が側室ということで彼はこの小さな屋敷だけを与えられて若いころはすごしていました。
    「埋木舎」というのはこのまま世に埋もれたまま生涯をおえることを自嘲した直弼が名づけたものです。
    実際、藩主の子の屋敷とは思えない小さな屋敷で、家老などは言うに及ばず、下級武士レベルの屋敷でした。

    埋木舎 名所・史跡

    井伊直弼が不遇の時代を過ごした場所。みすぼらしい屋敷で驚きました by あおしさん
  • 凡人ならここで腐ってのんべんだらり、飲んだくれにでもなりそうですが、そこは非凡な彼のこと。<br />1日4時間寝れば十分と、学問はもちろん、剣は居合の達人となり、また茶道でも茶人として一流のレベルになっていました。<br />彼の茶道の極意は、彼の考えた言葉「一期一会」のもてなし。<br />宮崎あおいさん主演の「大河ドラマ・篤姫」では安政の大獄に憤慨した篤姫を中村梅雀さん演じる直弼がお茶でもてなし、「こんなにおいしいお茶は初めて」と感嘆する場面がありました(第32回 「桜田門外の変」)。<br /><br />また和歌、鼓も達人の域に達しましたが、そんな彼は「ちゃかぽん(茶・歌・鼓(ポン)」と世の中の人には物笑いの種になっていたそうです。<br />そんな生活を15年ここで過ごした後、兄たちが次々に死んでしまいまさかの彦根藩主となり、さらに大老井伊直弼として歴史に登場していきます。

    凡人ならここで腐ってのんべんだらり、飲んだくれにでもなりそうですが、そこは非凡な彼のこと。
    1日4時間寝れば十分と、学問はもちろん、剣は居合の達人となり、また茶道でも茶人として一流のレベルになっていました。
    彼の茶道の極意は、彼の考えた言葉「一期一会」のもてなし。
    宮崎あおいさん主演の「大河ドラマ・篤姫」では安政の大獄に憤慨した篤姫を中村梅雀さん演じる直弼がお茶でもてなし、「こんなにおいしいお茶は初めて」と感嘆する場面がありました(第32回 「桜田門外の変」)。

    また和歌、鼓も達人の域に達しましたが、そんな彼は「ちゃかぽん(茶・歌・鼓(ポン)」と世の中の人には物笑いの種になっていたそうです。
    そんな生活を15年ここで過ごした後、兄たちが次々に死んでしまいまさかの彦根藩主となり、さらに大老井伊直弼として歴史に登場していきます。

  • 埋木舎を見た後、再度城の中に戻り、彦根城博物館へ。<br />かつての表御殿が復元されて博物館として使われています。

    埋木舎を見た後、再度城の中に戻り、彦根城博物館へ。
    かつての表御殿が復元されて博物館として使われています。

    彦根城博物館 美術館・博物館

    有名な日本刀「虎徹」もありました by あおしさん
  • 井伊直政の鎧兜。<br />「井伊の赤鬼」と言われた赤い鎧です。<br />

    井伊直政の鎧兜。
    「井伊の赤鬼」と言われた赤い鎧です。

  • 能の舞台も復元されました。<br />直弼もここで舞ったことでしょう。<br /><br />なかなか見ごたえのある博物館で、彦根市ってお金持ちなんですね。

    能の舞台も復元されました。
    直弼もここで舞ったことでしょう。

    なかなか見ごたえのある博物館で、彦根市ってお金持ちなんですね。

  • 彦根城の別の出口に残っている家老屋敷の門。<br />現在は裁判所の塀として使われています。<br /><br />

    彦根城の別の出口に残っている家老屋敷の門。
    現在は裁判所の塀として使われています。

    旧西郷屋敷長屋門 名所・史跡

    彦根城から夢京橋へ行く途中にあります。 by あおしさん
  • この家老屋敷の門の前にあるのが彦根東高校です。<br />お城の中の高校です。<br /><br />何度か甲子園に出場したことがあり、その記念碑がいくつか建っていました。

    この家老屋敷の門の前にあるのが彦根東高校です。
    お城の中の高校です。

    何度か甲子園に出場したことがあり、その記念碑がいくつか建っていました。

  • この門から出たところにかつての城下町の雰囲気の夢京橋キャッスルロード。<br />お土産物店や食事店が並びます。

    この門から出たところにかつての城下町の雰囲気の夢京橋キャッスルロード。
    お土産物店や食事店が並びます。

    夢京橋キャッスルロード 名所・史跡

    城下町のイメージの飲食店、おみやげ物店の商店街 by あおしさん
  • せっかくなので、近江牛を食べたと思い、ちょっと遅めのランチ。<br />ローストビーフのどんぶり。

    せっかくなので、近江牛を食べたと思い、ちょっと遅めのランチ。
    ローストビーフのどんぶり。

    近江や 蔵 グルメ・レストラン

  • 食事を終えて、再度彦根城下町散策を。<br />夢京橋キャッスルロードに隣接する「四番町スクエア」。<br />夢京橋が江戸の城下町なら、こちらは大正レトロ。<br />雰囲気のよさそうな店やカフェが並んでいました。

    食事を終えて、再度彦根城下町散策を。
    夢京橋キャッスルロードに隣接する「四番町スクエア」。
    夢京橋が江戸の城下町なら、こちらは大正レトロ。
    雰囲気のよさそうな店やカフェが並んでいました。

    四番町スクエア 名所・史跡

    夢京橋キャッスルロードに隣接する街並み by あおしさん
  • 四番町スクエアから、足軽屋敷町跡へ。<br />彦根城下は軍事都市でもあり、城の外は足軽の家が立ち並び、城を防衛する町となっていました。<br />細い路地などに当時の町の面影が残っています。

    四番町スクエアから、足軽屋敷町跡へ。
    彦根城下は軍事都市でもあり、城の外は足軽の家が立ち並び、城を防衛する町となっていました。
    細い路地などに当時の町の面影が残っています。

    善利組足軽組屋敷 名所・史跡

    見張り小屋になっていた足軽の家です by あおしさん
  • 十字路もわざと食い違いの形にして、敵の軍勢が一気に攻めてこられないように工夫されています。<br />また木の窓のある監視小屋からは十字路をこのような形にすることで敵を見えやすくなっていました。

    十字路もわざと食い違いの形にして、敵の軍勢が一気に攻めてこられないように工夫されています。
    また木の窓のある監視小屋からは十字路をこのような形にすることで敵を見えやすくなっていました。

    芹川けやき道 公園・植物園

    彦根城下町の境にある芹川沿いの遊歩道 by あおしさん
  • 足軽町から少し歩いていくと商人町。<br />当時の町屋や商店を使った商店街。

    足軽町から少し歩いていくと商人町。
    当時の町屋や商店を使った商店街。

  • 商店街近くの芹川駅から近江鉄道に乗って彦根駅へ。<br />ところがJRが台風の影響とかで電車が止っていました。<br />仕方がないので、再度近江鉄道で米原駅へ。<br /><br />米原駅に行くと、新幹線もJR東海も運転されていました。<br />しっかりしろ、JR西日本!

    商店街近くの芹川駅から近江鉄道に乗って彦根駅へ。
    ところがJRが台風の影響とかで電車が止っていました。
    仕方がないので、再度近江鉄道で米原駅へ。

    米原駅に行くと、新幹線もJR東海も運転されていました。
    しっかりしろ、JR西日本!

    ひこね芹川駅

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