2018/04/29 - 2018/05/05
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この旅行記のスケジュール
2018/05/02
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日本の東西南北の端っこを全て制覇し到達証明書をゲットしてきた自分が、次なる端っこを探していたところ見つけてしまいました『日本最北西端』なる場所!!
何とも強引な感じがしますが、それは長崎県の離島、対馬にあります。
対馬といえばツシマヤマネコぐらいしか自分の知識にはありませんでしたが、調べれば調べるほど魅力を感じてしまいます。
対馬は長崎県に属するのに博多港から船で行く事が出来ます。(飛行機は福岡空港からも長崎空港からも出ています)
博多港から対馬までは直接距離で132kmなのに対し、韓国の釜山港からは50kmと韓国の方がはるかに近く、天気が良ければ肉眼で釜山を見る事が出来ます。
その為、日本人観光客より韓国人観光客の方が圧倒的に多いというまさに『国境の島』。
それでいて、島民は30,000人以上と結構います。
あと、対馬には続百名城スタンプラリーの金田城があるので、スタンプラリーをやってる自分にはちょうど良いタイミングです!
百聞は一見に如かず!とても気になるので、とりあえず行く事にしました。
2018年の旅行なので記憶が曖昧な点があったり、交通機関の運賃や時間が現行と違うところがあると思いますが、そこは大目にみてください。
それでは、国境の島へ行ってみましょう!
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 2.5
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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-
5月1日 火曜日 19:10
壱岐 芦辺港18:05発のジェットフォイルに乗って、ついに対馬 厳原港に到着しました!
今日はこのまま歩いてホテルに向かい、明日からレンタカーで対馬を巡ります。
対馬には今日を含め4日間滞在します。
それにしても、さすが対馬は国境の島だけありますね。
看板にハングルが併記されています。
自分が訪れた当時(2018年)の対馬は、観光客の半分以上が韓国人だそうです。 -
対馬の位置はここです。
九州より韓国の方が圧倒的に近いですね。
これでも一応長崎県に属しています。
この地図を見ると、改めてとんでもないところに来たんだなぁって実感が湧いてきました。
中国の歴史書『魏志倭人伝』では、中国から当時の日本(倭国)の中心である邪馬台国までの行程を記す中で、最初に登場するのがこの『対馬国』です。
本文では『絶海の孤島で、山は険しく、森は深い。戸数は1000戸余り』と記されています。
今では30,000人以上の人が住んでいますが、険しい山と深い森は健在です。 -
厳原港から歩いて約15分、対馬に滞在している間お世話になるホテル対馬に到着です。
今日から3日間、よろしくお願いします。ホテル対馬 <対馬> 宿・ホテル
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ホテルの入り口に早速ハングルが!?
全く読めないけど、多分歓迎してくれてるんだと思います。 -
これは値段表ですね。
数字が書いてあるから、なんとなく分かります。 -
あっちがフロントですね。
早速チェックインしましょう。
ていうか、ここまでハングルで書かれていると、逆に日本語が通じるか不安になってきました。 -
対馬は長崎県ですからね、当然日本語で大丈夫です!
では、部屋に荷物を置いて夕食を食べに出掛けましょう。 -
ホテルの前の道路は中央に厳原本川が流れ、川岸には柳が植えられており、温泉街の様な良い雰囲気を醸し出しています。
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厳原本川のある通りから一本東側に入ると、飲食店が立ち並ぶ通りがあります。
薄暗くて人通りも寂しいですが、お店はいっぱいあります。 -
今晩の夕食はこちらでいただきます。
お食事処八丁。
対馬近海で取れた魚介類や、対馬の郷土料理がいただけます八丁 グルメ・レストラン
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さて、何を食べようかなぁ・・・って、メニューにもハングルが!
-
対馬の郷土料理に『石焼き』や『いりやき』があります。
『石焼き』は焼いた石英斑岩(せきえいはんがん)の上に直接魚介などを乗せて焼いて食べる料理です。
なかなか映えそうな料理ですね。
『いりやき』は地鶏またはブリやメジナなどの魚をたっぷりの野菜と一緒に煮込む寄せ鍋の一種です。
もともとは鶏肉や魚を椿油で炒ってから料理した為『炒り焼き』と名付けられたそうです。
でも、どちらも二名から注文可との事。
ここが一人旅の弱点ですね。
という事で、刺身定食と天ぷらを注文。
がっつり食べて明日からの英気を養います。
ごちそうさまでした。 -
ホテルに戻って来ました。
対馬はあちこちハングルばかりで異国感がありますが、テレビは当然日本の番組が映ります。
明日からレンタカーを借りて対馬を満喫します。
明日はまず対馬の南側にあたる下島を巡りたいと思います。
ではでは、お休みなさい。ホテル対馬 <対馬> 宿・ホテル
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5月2日 水曜日 旅行4日目
おはようございます。
今日からいよいよ対馬を巡ります。
朝はしっかりエネルギーをチャージします。
という事で、朝食のバイキングをいただきます。
先客で韓国の団体さんが並んで料理を取っていたので、自分も一緒に並んで料理をチョイス!
各料理には親切に名前が表記してありましたが、それが全てハングル表記!
いや、読めないって!
自分以外の宿泊客はみんな韓国の方なの?
まぁ、ハングルは読めなくても料理を見れば何か分かるから良いけど・・・
ただ唯一分からなかったのが卵!
山積みで置かれてるけど、これは生卵なのか、ゆで玉子なのか?
とりあえず一つもらって割ってみたら、ゆで玉子でした。
それにしても、バイキングだとどうしても料理の色合いが茶色くなりがちですね。
ごちそうさまでした。
そして、朝からちょっとしたハプニングがありました。
朝食後、部屋で荷物をまとめていると、急に部屋の扉の鍵が開いて清掃員が中に入ってきました!
いやいや、ちゃんとフロントでチェックアウトした事を確認してから清掃しに来てよ!!
ていうか、チェックアウトは10時のはずだけど、まだ8時をちょっと過ぎたぐらいなのに清掃来るの早くない!?
まぁ、これも旅の思い出という事で、気を取り直して対馬の旅に出発しましょう! -
という事で部屋を出たのですが、廊下暗いよ!
これじゃあ清掃員も宿泊客がもういないと勘違いしてもしょうがないですよね。 -
今日の対馬は、今にも雨が降りそうな曇り空。
今の自分の心境と同じぐらいどんよりしてます。
あっ! -
厳原港に博多港からのフェリーが到着しています。
ようこそ、対馬へ!
お互いに良い旅をしましょうね。
ボン・ボヤージュ! -
対馬でのレンタカーは、オリックスレンタカーでお借りします。
ホテルまで配車してくれるうえ、ホテルのロビーまでレンタカー屋の方が来て受付をしてくれます。
さらに、ホテル対馬の宿泊客は10%割引きに!
まさに至れり尽くせりです。
という事で、対馬での相方はこちら。
壱岐もそうでしたが、対馬も長崎県なので当然長崎ナンバーです。
二日間、よろしく!
では、安全運転でいってきまーす! -
道路を走っていると、こんな看板が!
対馬ならではの看板ですね。
テンションが一気に上がってきました! -
さて、対馬での観光は上見坂(かみざか)公園からスタートです。
標高358mの位置に展望台があり、展望台からは日本有数のリアス式海岸である浅茅(あそう)湾を一望する事が出来ます。
また、天気が良ければ九州本土や韓国の山々も見る事が出来るそうです。
韓国が見えるって、さすが国境の島ですね。上見坂展望台 名所・史跡
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あっ、あれがその展望台です。
では、登ってみましょう!
どれどれ、韓国は見えるかなぁ・・・? -
そりゃこんな天気じゃ、こんな景色しか見えないだろうね!
韓国どころか、浅茅湾すら見えない。
ていうか、駐車場から展望台さえも、もやで霞んでうっすらしか見えなかったしね。 -
次は厳原のある島の東側から西側に移動し、小茂田浜神社に来ました。
小茂田浜神社は、元寇の際に元軍が上陸した地に鎮座しています。小茂田浜神社 寺・神社・教会
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元寇とは、文永11年(1274年)と弘安4年(1281年)の2回にわたる元軍(モンゴル帝国)の日本侵略の事です。
一般的には神風が吹いて元軍が退散して日本は侵略を免れたと言われています。
自分も授業でそう習った記憶がうっすらあります。
でも実は、対馬や壱岐では甚大な被害を受けたそうです。
特に1274年の文永の役では、兵約30,000人、軍船約900隻の元軍が対馬の西海岸一帯を侵略し、その内約1,000人の兵がここ小茂田浜に上陸しました。
その際、対馬の武将、宗助国(そうすけくに)がわずか80余騎で迎え撃ちましたが全滅し、島内各地で惨劇が繰り広げられたそうです。 -
ここには、文永の役で戦死した宗助国とその部下達が祀られています。
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自分は歴史についてそんなに詳しくはないのですが、現地に行ってみないと知る事の出来ない事実っていろいろあるものですね。
勉強になります。 -
境内で一際目立つこの花は『ヒトツバタゴ』です。
別名は『ナンジャモンジャ』。
絶滅危惧Ⅱ類に指定されており、愛知県や岐阜県、長野県の一部の地域と、ここ対馬にしか自生していません
対馬では、北部にある鰐浦地区のヒトツバタゴ自生地が国の天然記念物に指定されています。
ゴールデンウィーク頃がちょうど見頃になるので、白い花が咲き誇っています。 -
小茂田浜神社のすぐ隣の小茂田浜海浜公園に来ました。
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ここが元軍が上陸してきた小茂田浜です。
今では海水浴場になっています。 -
あの海の向こうから、元軍の船が大挙としてやって来たんですね。
750年近く前の出来事ですが、想像しただけで恐ろしいですね。
そんな歴史に思いを馳せたところで、次の目的地に向かいます。 -
続いてやって来たのは金田城跡です。
金田城跡 名所・史跡
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西暦663年、百済を救援する為朝鮮半島に大軍を派遣していた倭国は、白村江(はくすきのえ)の戦いで唐・新羅連合軍に大敗しました。
倭国は西日本各地に城を築き、唐・新羅の侵攻に備えました。
667年に浅茅湾南岸の城山(じょうやま)にこの金田城が築かれ、東国から派遣された防人(さきもり)たちが城山山頂から朝鮮半島を睨み続けたといいます。
当時の対馬は国防の最前線であり、まさに国境の島でした。 -
駐車スペースはこんな感じで、4,5台駐車するスペースがあります。
おっ、先客が来てますね。
隣に停車している軽自動車は、なんと東海地方のナンバーでした!
東海地方から軽ではるばる九州の離島まで来るなんて、旅人として尊敬します。 -
金田城は2018年4月6日(城の日)にスタートした続百名城スタンプラリーに認定されています。
スタンプはここにはなく、美津島地区公民館と観光情報館ふれあい処つしまに置いてあるので、後でもらいに行きます。
それにしても、スタンプラリーがスタートして1ヶ月も立たないのに、かなり難易度の高いところに来れました!
もともとスタンプラリーが始まる前から対馬に来る計画を立ててたので、偶然なんですけどね。 -
城山は標高276mあります。
それほど高くはないですが、山頂までは50分ほどのトレッキングです。
では、張り切って行ってみましょう!
ちなみに金田城跡にはトイレがないので、ここに来る前に必ず済ませて来てくださいね。 -
勾配は急ではありませんが、足元は岩でデコボコしています。
でもかなり整備されているので登りやすいです。 -
登山道の周辺はこんな感じで、まさにトレッキングです。
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あっ、目の前が開けてきました。
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おーっ、素晴らしい景色!
眼下に広がるのは黒瀬湾です。
金田城は三方を入江に囲まれた半島に造られた天然の要塞となっています。 -
金田城の南門です。
ここには間口約3.2m、奥行き約1.84mの城門が建っていたそうです。 -
あれ?
何か思ったのと違うなぁー。
南門はただいま修復中の様です。 -
金田城には総延長約2.2kmの石塁(石垣)が全周に渡って築かれており、その遺構が見事に残っています。
石塁で使われている石は、ここ城山で産出される石英斑岩(せきえいはんがん)と呼ばれる石で積まれています。
郷土料理の石焼きで用いるのと同じ石ですね。 -
こちらは東南角石塁。
石垣と黒瀬湾のコラボが見事な絶景です。 -
再び山道をトレッキングです。
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石垣の上を歩いて進みます。
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こちらは南西部石塁です。
ちょっと標高が上がったせいか、もやがひどくなってきましたね。 -
トレッキングコースのあちこちに石垣の遺構が残っています。
1,300年以上の間残ってきたんだから、昔の人の石積みの技術はすごいですね。 -
間もなく頂上です。
金田城は築城されて1000年以上が過ぎた日露戦争の際に再び要塞として整備され、頂上付近に旧日本陸軍が巨大な砲台を据え付けました。
そういえば、ここまで登って来る道が比較的に整備されているなぁと思いましたが、当時旧日本陸軍が砲台を造る際の材料を運搬する馬車が通れる様に作った道だそうです。
岩山をダイナマイトで破砕したり、削り取りながら山頂までの登山道を切り開いたそうです。
そのお陰で快適なトレッキングが出来てる訳だから、旧日本陸軍には感謝ですね。 -
この石垣を上がれば頂上です。
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あっ、何か見えてきました。
-
これが旧日本陸軍の軍司施設です。
もやがかかって幻想的というか、何か不気味な雰囲気がしますね。
でも何が不気味って、今ここには自分以外誰もいないので、この静けさがより不気味さを醸し出しています。
何しろ1時間ほど登って来ましたが、誰とも会わなかったですからね。 -
入り口が開いています。
怖いけど、ちょっと中を覗いてみましょう。 -
当たり前だけど、中は空っぽです。
もしこの中に人がいたら、おそらくビックリしすぎて心臓が止まっていたと思います。 -
ここは、城山砲台跡です。
28cm榴弾砲の砲座の跡が残っています。 -
砲座跡の他にはさっき覗いた弾薬庫や観測所、井戸などの遺構が残っています。
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あちこちに施設内へ入る入り口がありますが、やっぱり何か出てきそうで不気味ですね。
ちょっと自分には入る勇気がありませんでした。 -
これは観測所跡ですかね?
城山砲台跡から5分ほど登ると城山山頂に到着します。
天気が良ければ浅茅湾を一望出来るそうですが、今日はもやがひどくて景色も見えそうにないので、山頂は諦めてここで下山します。 -
ちょっとここで小休止。
ここは山頂へ行くコースと石塁を巡るコースの分岐点となっています。
ここから石塁コースへ進みます。 -
ここから先は、ほぼ未整備の登山道になります。
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いやいや、本当に整備されなさ過ぎじゃない?
これ、無事戻って来れるかな? -
まずはビングシ土塁。
城内で最も広い平場であり、金田城の中枢的機能を担っていたとされる場所です。
形が女性の髪飾り(鬢櫛)に似ている事からこの名が付けられたそうです。
ここには以前、門が建てられていたそうです。 -
これが土塁です。
土塁とは、土を盛って造った堤防の事です。 -
続いては掘立柱建物跡。
派遣された防人達が生活していた詰め所と考えられる建物があったそうです。 -
今は休憩所となっています。
大きさは1間(1.8m)×3間(5.4m)とかなり小規模です。
遠く離れた離島の山中に派遣され、こんな狭い所に住み込むなんて、国を守るって大変な仕事ですね。 -
次は三ノ城戸を目指します。
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標識が出てたけど、道はこっちで合ってるのかなぁ?
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着いた着いた。
ここが三ノ城戸です。
石垣がだいぶ崩れていますね。 -
金田城跡の石塁を見学する際は、写真の事に注意しましょう。
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崩れている部分もありますが、高さ約6.7mの石垣が見事に残っています。
下から見上げるとすごい迫力です、
ここから先、二ノ城戸、一ノ城戸と続きますが、時間の都合で今回はここで戻ります。
後から調べたところ、この二ノ城戸、一ノ城戸の石垣が一番の見処だった様です。
しまったー、もうすぐだったから行けば良かった! -
城山を下山し、スタンプをもらいに美津島地区公民館を目指します。
ところが、ナビで検索しても出て来なかったので道に迷ってしまいました。
交番で聞いてなんとかたどり着きました。
苦労して押したスタンプなので、思い入れも一入ですね。
金田城、討ち取ったり!! -
無事にスタンプもゲットし、次は対馬空港にやって来ました。
対馬は博多港からジェットフォイルやフェリーで上陸出来ますが、福岡空港と長崎空港から飛行機を使えば30分ほどで来島する事が出来ます。対馬空港 (対馬やまねこ空港) 空港
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さすが国境の島!
日の丸と太極旗が並んでいます。
何しろここは、九州より韓国の方が近い場所ですからね。 -
天気が良ければ見る事が出来ます。
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空港の中に来ました。
早速対馬のゆるキャラ『つしにゃん』のお出迎えです。 -
対馬野生生物保護センターには明日行きます。
ヤマネコ君、待っててね。 -
福岡空港へは1日4便、長崎空港へは1日最大5便のフライトがあります。
結構便数が多いですね。 -
という事で、壱岐空港と違って空港内が明るく活気づいてる感じがしますね。
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・・・ちょっと言い過ぎでしたかね。
待合所には誰もいませんでした。 -
交通事故ゼロ記録の標識。
でも対象がまさかのヤマネコ!
対馬ならではですね。
逆に言えば、45日前にヤマネコを轢いた人がいるという事ですね。
自分も運転には十分気を付けます。 -
今日は天気が悪いので、飛行機どころか滑走路も先が見えませんね。
そういえば何便か欠航になってたけど、このもやで無事に飛べるのか?
という事で、そろそろ次の目的地に向かいます。 -
今日の最後の目的地は姫神山砲台跡です。
早速行って見ましょう!姫神山砲台跡 名所・史跡
-
えっ!?こんな所車で登って行くの?
ちょっと不安になるなぁ。
何か山深い所にある一軒家に行くアノTV番組みたいになってきましたね。 -
道はこっちで合っているみたいです。
-
何とか到着しました。
ここには先客もおらず、貸切状態です。 -
あっ!
もやの向こうに建物が見えます。 -
姫神山砲台は、日露戦争に備え1901年(明治34年)11月に竣工し、日露戦争のあった1904年(明治37年)には6門の28cm榴弾砲が備え付けられました。
その後、島内には第2次世界大戦の昭和20年まで30箇所を超える砲台が建設され、当時の対馬は『海上の要塞』とまで言われていました。
姫神山砲台は、当時対馬にあった要塞の中でも最大級の規模で、対馬海峡を望む山の上に赤レンガで造られた砲台は『天空の要塞』とも呼ばれています。 -
ここは弾薬庫です。
それにしてもいっぱいありますね。
姫神山砲台の規模の大きさが伺い知れます。
こちらもちょっと覗いて見ましょう。 -
中は広々しています。
さすがに薄気味悪いので、覗いただけで入るのは遠慮しておきました。
それにしても、この静まり返った山の中でまた一人きりって、ちょっと不安になってきます。 -
弾薬庫の裏側に来ました。
こちら側には砲台の砲座跡が残っています。 -
2門1対となった28cm榴弾砲の砲座跡です。
-
28cm榴弾砲で使用する砲弾です。
こんな大きな砲弾を飛ばすんだから、大砲ってすごいですね。
でも、使用されない事が一番なんですけどね。 -
こちらは観測所(見張台)です。
対馬海峡に面しているので眺望が良いそうですが、今日はもやで真っ白です。
日露戦争では、日本海海戦で東郷平八郎率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を壊滅させ、世界に大きな衝撃を与えたそうです。 -
赤レンガ造りの要塞と自然が見事に調和して、良い雰囲気を醸し出しています。
-
それにしても、保存状態が良いですね。
100年以上経っているとは思えません。 -
もやも相まって、幻想的ですね。
まるでラピュタの世界に迷い混んだみたいです。
まさに『天空の要塞』という表現がピッタリですね。
さて、名残惜しいですが今日はここまでにしてホテルに戻ります。 -
ホテルに向かう道すがら、チェーン店を見かけると離島ながらここが日本である事を改めて思い出します。
-
このお店は海外にも出店してるぐらいだから、離島にもあって不思議ではないですかね。
-
このコンビニは、西日本ではよく見かけますね。
うちの方にはありません。 -
このお弁当屋が離島にあるなんて、ちょっと意外でした。
そんな楽しみ方をしながらホテルに戻って来ました。 -
では夕食を食べに出掛けましょう。
昨日と同じ厳原の飲食店街を散策です。 -
という事で、今日の夕食はこちらでいただきます。
味処 千両です。
対馬の郷土料理から和・洋・中、さらにはイタリアンと多彩なメニューが揃う有名店です。味処 千両 グルメ・レストラン
-
こちらは対馬近海の魚を使った長崎の美味しい店に認定されています。
これは期待出来そうですね。
さて、何をいただこうかなぁ? -
いろいろメニューがありましたが、結局刺身定食を注文。
新鮮なお刺身に天婦羅も付いて豪華です。
ごちそうさまでした。
でもよく考えたら、昨日も同じ様なのを食べた気がするなぁー。 -
お腹も膨れたので、雰囲気の良い厳原の街をちょっと散歩してからホテルに戻ります。
この景色を見ながら散歩してると、何だか心が穏やかになりますね。
今日は対馬の歴史について少し触れて来ました。
大陸に最も近い国境の島という事で、対馬は昔から常に国防の最前線だったんですね。
という事で、本日はここまで。
明日は対馬の上島を巡ります。
ヤマネコに会って、いよいよ日本最北西端に行きます。
ではでは、おやすみなさい。
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