2021/03/24 - 2021/03/24
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杏仁豆腐さん
以前から出かけてみようと思っていた「東京十社めぐり」。
元准勅祭社である、神田神社(神田明神)、亀戸天神社、富岡八幡宮、芝大神宮、品川神社、赤坂氷川神社、日枝神社、白山神社、王子神社、根津神社をめぐるのが「東京十社めぐり」。
桜の花も咲いたので、この時期にいいかなと思い実行しました。
まずは4社を巡りました。。
品川神社からスタートし、芝大神宮、日枝神社、赤坂氷川神社というルート。
桜の花を眺めつつ歩きました。
東京十社巡りには、専用の御朱印帳がありますが、御朱印は集めず、ミニ絵馬を集めます。集めたミニ絵馬は、大絵馬に飾ります。
さあ、カメラを片手に東京十社めぐりの始まりです。
春の東京十社めぐり1日目(前半)☆品川神社・芝大神宮☆松島屋☆2021/03/24
https://4travel.jp/travelogue/11684142
春の東京十社めぐり1日目(後半)☆日枝神社・赤坂氷川神社☆新橋ときそば☆2021/03/24
https://4travel.jp/travelogue/11684441
春の東京十社めぐり2日目(前半)☆神田明神・根津神社☆2021/03/31
https://4travel.jp/travelogue/11685332
春の東京十社めぐり2日目(後半)☆白山神社・王子神社☆石鍋商店☆2021/03/31
https://4travel.jp/travelogue/11685855
春の東京十社めぐり3日目(前半)☆亀戸天神☆オールプレス エスプレッソ 東京ロースタリー&カフェ☆2021/04/06
https://4travel.jp/travelogue/11686586
春の東京十社めぐり3日目(後半)☆富岡八幡宮☆人形町 志乃多寿司總本店☆2021/04/06
https://4travel.jp/travelogue/11687261
「東京十社めぐり」
元准勅祭社である、神田神社(神田明神)、亀戸天神社、富岡八幡宮、芝大神宮、品川神社、赤坂氷川神社、日枝神社、白山神社、王子神社、根津神社をめぐります。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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品川から京浜急行電鉄で二駅目の新馬場(しんばんば)駅で下車。
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駅を降りるとすぐ品川神社。
品川神社は、以前、東海七福神巡りで訪れました。
東海七福神巡り 後半☆2018/01/15
https://4travel.jp/travelogue/11322570 -
東京には、東京十社と呼ばれる十の神社があり、その成り立ちは「准勅祭社(じゅんちょくさいしゃ)」という12の神社にはじまります。
祭祀に際して天皇により勅使が遣わされる神社を「勅祭社(ちょくさいしゃ)」と呼び、勅祭社には、出雲大社、明治神宮、熱田神宮など16社あります。伊勢神宮は別格とされ、勅祭社には含まれません。
それら勅祭社に併せて、明治元年には明治天皇により、東京近郊の主だった神社が「准勅祭社」に定められ、東京の鎮護と万民の安泰を祈る神社とされました。それが東京十社の始まりとなっています。当初、准勅祭社は全部で12社でした。
その後、准勅祭社の制度は一時的なもので終わってしまいましたが、昭和天皇のご即位50年にあたる昭和50年に、元准勅祭社を巡る「東京十社巡り」が企画されることとなります。当初の12社から、遠方にあった二社が外され、23区内の十社となった形です。 -
外れた2社は、府中市の大國魂神社と久喜市の鷲宮神社です。
境内入り口の階段前に、門柱に龍の細工が施された石鳥居「双龍鳥居」があります。左の柱に昇り龍、右の柱に降り龍が彫刻されています。 -
浅間神社
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品川区の有形文化財の品川富士塚に登りました。
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眼下には京急が走ります。
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登山口は品川神社正面階段と浅間社の裏を回った側の二ヶ所があります。正面からは一合目から登山できるのに対して、裏側からは五合目からの登山口となっています。
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今回の十社めぐりは、桜を巡る旅でもあります。
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祝八名勝入選碑と江戸消防記念日
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狛犬と桜。
狛犬は備前焼だそうです。 -
御嶽神社
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江戸・東京の農業 品川ネギとカブ
品川は江戸湾に面し、中世以来の港町、宿場町として栄え、町を支える漁業や農業も盛んでした。とくに目黒川、立会川流域の低湿田地帯と荏原台地に広がった畑地で、年貢のための稲作を中心に麦や雑穀を作る粗放的農業がおこなわれていましたが、野菜は荏原郡のなかでも最も早く産地として発展しました。
江戸にネギが入ったのは天正年間(1573~92)に大阪方面から入植者によって、砂村(現在の江東区)で栽培されたのが始まりですが、品川も同じで入植者が持ち込んだネギの栽培は品川宿の周辺から広がり「品川ネギ」として産地化しました。
また、文化元年(1804)に著された「成形図説「には越冬用漬物として栽培された長カブ「品川カブ」が記され、天保14年(1843)の「東海道宿村大概帳」によると、品川ネギ、大井ニンジン、戸越のタケノコが名産として記されています。
その後、江戸市中へ出荷する野菜の生産地は江戸市街地の発展により、多い、大崎地区を中心に移っていきました。
平成9年度JA東京グループ
農業協同組合法施行五十周年記念事業 -
拝殿
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神楽殿
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境内末社の阿那稲荷神社
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鳥居の奥には、阿那稲荷神社。
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下社の入り口です。額に一粒萬倍と書かれています。
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中に入ると左側に、稲荷大神。
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奥には、三つの祠があります。左から、八百萬神社、大國主恵比須神社、天王白龍辨財天社。
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一粒萬倍の御紳水。銭を洗うと万倍になるといわれています。
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東海七福神めぐり発祥の碑
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品川神社を出て、第一京浜から御殿山通に入りました。
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御殿山公園の前の桜。
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御殿山公園に入ります。
御殿山公園には昨年の紅葉の時期に来ました。
高輪散策①☆閉館する原美術館☆御殿山庭園の紅葉☆2020/12/17
https://4travel.jp/travelogue/11668665 -
見事に咲いています。
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人もあまりいません。
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馬酔木
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御殿山トラストタワーが聳え立ちます。
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優雅に泳ぐ、鴨さん。
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御殿山トラストシティを出ました。
こちらの桜もきれいです。 -
品川駅前を通過。
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ザ ランドマークスクエア トーキョー
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さくら坂
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高輪ゲートウェイ駅
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泉岳寺に着きました。
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中門は天保7年(1836年)に35世大龐梅庭(だいほうばいてい)和尚代に再建されたもので、昭和7年に大修理を施されています。
中門を通り、振り返ると桜がきれいです。 -
山門は天保3年(1832年)に34世大道貞鈞(だいどうていきん)和尚代に再建されたものです。
二階部分には十六羅漢が安置され、一階部分の天井には「江戸三龍」のひとつ、銅彫大蟠龍がはめ込まれています。 -
大石内蔵助良雄銅像
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山門
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本堂
旧本堂は第二次世界大戦で空襲にあい消失。現本堂は昭和28年12月14日に落成した鎌倉様式の建築です。
正面に掲げられている「獅子吼」の額は「ししく」と読み、お釈迦様の説法のことを指すそうです。 -
澤木興道老師像と桜。
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この先には赤穂義士墓地があります。
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花見がてら参拝に来ている人たちもいます。
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伊皿子坂(いさらござか)を上ります。
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明国人伊皿子(いんべいす)が住んでいたと伝えられるが、ほかに大仏(おさらぎ)のなまりとも、いいさらふ[意味不明]の変化ともいう。
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松島屋に来ました。
1918年創業の人気の和菓子店です。平日でもお昼ごろには完売してしまう「豆大福」。まだ昼前なのでたくさん並んでいました。 -
東京三大豆大福と称されるのは、護国寺の群林堂、原宿のみずほ、泉岳寺の松島屋。
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いい塩梅の塩気の豆。薄めの皮。甘さ控えめの餡子。
美味しい豆大福です。 -
三田台公園の桜。公園の前にある御田(みた)小学校では、卒業式が終わり、卒業生と保護者が校門の辺りに群がっていました。
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亀塚公園の桜。
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公園のベンチに座って花見をする人たちがけっこういました。
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聖坂を下ります。
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古代中世の通行路で、商人を兼ねた高野山の僧(高野聖)が開き、その宿所もあったためという。竹芝の坂と呼んだとする説もある。
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慶應義塾大学三田キャンパス東館の前を通過。
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東京タワーも近づいてきました。
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芝公園に入りました。
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東京タワーと桜。
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ちょうど昼時なので、公園でランチの人たちも目立ちます。
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花見がてらのランチはいいですね。
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芝東照宮に来ました。
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芝東照宮は、増上寺内に徳川家康像を祀るために創建された安国殿を始まりとする社です。
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日光東照宮、久能山東照宮、上野東照宮と並ぶ四大東照宮の一つとされています。
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芝公園の中でも静かな場所です。
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芝東照宮のイチョウ。幹周/6. 5m、樹高/21. 5m、推定樹齢/350年。
現在は東京都の天然記念物ですが、戦前は国の天然記念物でした。 -
星野高士句碑
「人にまだ 触れざる風や 朝桜」
「長編の 虚子の一書を 読始」
「法師蝉 鳴いてゐる木と すぐわかる」 -
星野高士句碑建立記念俳句
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旧台徳院霊廟惣門
増上寺山内の南端に位置する台徳院霊廟は、寛永9年(1632)に造営されたもので、2代将軍徳川秀忠の廟所です。
芝の徳川家霊廟の中で、最も規模が大きく、地形の起伏を利用した壮麗な建築群を誇っていました。しかし、昭和20年(1945)の戦災に際して、罹災を免れたのはわずかに惣門、勅額門、御成門、丁字門のみでした。 -
旧方丈門
もと増上寺方丈の表門でしたが、昭和55年(1980)、善導大師1300年遠忌を期に、表側の飛檐垂木〈ひえんだるき〉の大部分と、東側の破風板〈はふいた〉、瓦の一部を補修し、三解脱門南隣りの現位置に移築されました。
全体が黒漆塗であったため「黒門」とも呼ばれています。 -
増上寺三解脱門横の桜。
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三解脱門を通り、増上寺の中に入りました。
2011年に三解脱門が公開の時に、中に入ったことがあります。
ビアンキFRETTA☆戦後初の一般公開 増上寺三解脱門☆ル・パン・コティディアン☆2011/11/13
https://4travel.jp/travelogue/10623340
三解脱門は別名「三門」と呼ばれ、三つの煩悩「貪欲(とんよく=むさぼり)、瞋恚(しんに=怒り)、愚痴(ぐち=おろかさ)」の三悪を解脱する悟りの境地を表しています。 -
増上寺の桜も有名です。
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増上寺では、2024年に浄土宗開宗850年の節目を迎えるにあたり、慶讃事業を推めています。
約50年ぶりに大殿の屋根瓦を葺(ふ)き替え中です。 -
増上寺後にします。
増上寺前の交差点を渡り、眺める三解脱門。 -
増上寺大門
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やっと今日の2番目の目的地、芝大神宮に着きました。
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伊勢神宮の神様「天照大御神」と「豊受大御神」をお祀りしている神社です。そのため昔から「関東のお伊勢様」という愛称で人々に愛されてきました。
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鳥居の左には「生姜塚」があります。
神社創建の平安時代、周辺は生姜畑でいっぱいだったそうです。
神前に供える習慣もあり、徹下(お供え物を下げたもの)を食すと風邪にかかりにくくなるというありがたいものだそうです。 -
鳥居の右には「貯金塚」があります。
貯金王と言われた牧野元次郎氏の偉業をたたえて、境内に建立されたそうです。 -
手水舎
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力石
芝大神宮でお参りをし、ミニ絵馬をいただきました。
時間は13時近くになりました。昼食を取り、日枝神社に向かいます。
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