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2008年初夏に個人旅行でフランスとイギリスを訪れました。<br />パリ4泊、ロンドン3泊の合計7泊9日の旅でした。<br /><br />以下の行程で巡りました。<br /> パリ1日目:パリ市内セーヌ川左岸<br /> パリ2日目:パリ市内セーヌ川右岸<br /> パリ3日目:モン・サン・ミッシェル<br /> パリ4日目:ヴェルサイユ宮殿&パリ市内北部<br /> ロンドン1日目:ロンドン市内<br /> ロンドン2日目:ストーンヘンジ&バース市内<br /> ロンドン3日目:グリニッジ&ロンドン市内<br /><br />合計9つの世界遺産を巡りました。 <br />「パリのセーヌ河岸」「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」「モン・サン・ミッシェル」「ヴェルサイユ宮殿」「ウェストミンスター宮殿&amp;寺院」「ロンドン塔」「ストーンヘンジ」「バース市街」「河港都市グリニッジ」<br /><br />今回はパリ2日目です。

備忘録として(仏英編:パリ2/4日目)

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2008/06/14 - 2008/06/22

4184位(同エリア17026件中)

旅行記グループ 備忘録として(仏英編)

2

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ゆっく

ゆっくさん

2008年初夏に個人旅行でフランスとイギリスを訪れました。
パリ4泊、ロンドン3泊の合計7泊9日の旅でした。

以下の行程で巡りました。
 パリ1日目:パリ市内セーヌ川左岸
 パリ2日目:パリ市内セーヌ川右岸
 パリ3日目:モン・サン・ミッシェル
 パリ4日目:ヴェルサイユ宮殿&パリ市内北部
 ロンドン1日目:ロンドン市内
 ロンドン2日目:ストーンヘンジ&バース市内
 ロンドン3日目:グリニッジ&ロンドン市内

合計9つの世界遺産を巡りました。 
「パリのセーヌ河岸」「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」「モン・サン・ミッシェル」「ヴェルサイユ宮殿」「ウェストミンスター宮殿&寺院」「ロンドン塔」「ストーンヘンジ」「バース市街」「河港都市グリニッジ」

今回はパリ2日目です。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
3.5
交通
5.0
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
鉄道 徒歩
航空会社
JAL
旅行の手配内容
個別手配
  • ホテルからの景色。<br /><br />2日目:セーヌ川右岸観光<br />1991年にシュリー橋からイエナ橋までのおよそ8kmが「パリのセーヌ河岸」として世界遺産に登録。以下、登録された世界遺産の建物を中心にセーヌ川右岸をパリ市庁舎から新凱旋門まで東からに西に観光します。

    ホテルからの景色。

    2日目:セーヌ川右岸観光
    1991年にシュリー橋からイエナ橋までのおよそ8kmが「パリのセーヌ河岸」として世界遺産に登録。以下、登録された世界遺産の建物を中心にセーヌ川右岸をパリ市庁舎から新凱旋門まで東からに西に観光します。

  • 世界遺産「パリ市庁舎」<br />最初の市庁舎は1628年に完成。普仏戦争で炎上し、1892年に再建し現役。

    世界遺産「パリ市庁舎」
    最初の市庁舎は1628年に完成。普仏戦争で炎上し、1892年に再建し現役。

    パリ市庁舎 現代・近代建築

  • 世界遺産「サン・ジャックの塔」<br />高さ54m。1532年完成のサン・ジャック・ドゥ・ラ・ブシュリー教会の鐘楼部分。フランス革命時に教会は破壊され鐘楼のみ残ったが1836年にパリ市の所有となり、広場と共に改修。「パリのセーヌ河岸」ではなく「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の出発点として1998年に世界遺産に登録。

    世界遺産「サン・ジャックの塔」
    高さ54m。1532年完成のサン・ジャック・ドゥ・ラ・ブシュリー教会の鐘楼部分。フランス革命時に教会は破壊され鐘楼のみ残ったが1836年にパリ市の所有となり、広場と共に改修。「パリのセーヌ河岸」ではなく「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の出発点として1998年に世界遺産に登録。

    サン ジャックの塔 史跡・遺跡

  • 世界遺産「ルーヴル美術館」<br />古代から1800年代前半までの約40万点を収蔵しており、世界最大級かつ世界で最も入場者数が多い美術館。元々12世紀にフィリップ2世により建てられた城塞。14世紀にシャルル5世が城塞を宮殿に作り替え、16世紀にフランソワ1世により正式に王宮となる。その後代々の王が増改築を繰り返す。17世紀にルイ14世が王宮をヴェルサイユ宮殿に移した際、王族の美術品をルーヴル宮殿に残し、一般公開したことが美術館としての起源。<br /><br />日本でミュージアムパスを入手済みなため、チケット売り場は通らず、そのまま入場ゲートへ。<br /><br />以下、ざくっと主要な展示物。

    世界遺産「ルーヴル美術館」
    古代から1800年代前半までの約40万点を収蔵しており、世界最大級かつ世界で最も入場者数が多い美術館。元々12世紀にフィリップ2世により建てられた城塞。14世紀にシャルル5世が城塞を宮殿に作り替え、16世紀にフランソワ1世により正式に王宮となる。その後代々の王が増改築を繰り返す。17世紀にルイ14世が王宮をヴェルサイユ宮殿に移した際、王族の美術品をルーヴル宮殿に残し、一般公開したことが美術館としての起源。

    日本でミュージアムパスを入手済みなため、チケット売り場は通らず、そのまま入場ゲートへ。

    以下、ざくっと主要な展示物。

    ルーヴル美術館 博物館・美術館・ギャラリー

  • ドゥノン翼の2階<br />ダ・ヴィンチ『モナリザ』(1503年~)

    ドゥノン翼の2階
    ダ・ヴィンチ『モナリザ』(1503年~)

  • ダ・ヴィンチ『岩窟の聖母』(1483~1486年)<br />同じ構図の絵画がロンドンのナショナルギャラリーにも。

    ダ・ヴィンチ『岩窟の聖母』(1483~1486年)
    同じ構図の絵画がロンドンのナショナルギャラリーにも。

  • ダ・ヴィンチ『聖母子と聖アンナ』(1512~1516年)<br />ダ・ヴィンチが生涯手を加え続けた未完作。

    ダ・ヴィンチ『聖母子と聖アンナ』(1512~1516年)
    ダ・ヴィンチが生涯手を加え続けた未完作。

  • ダ・ヴィンチ『聖ヨハネ』(1513~1516年)<br />ダ・ヴィンチの遺作。

    ダ・ヴィンチ『聖ヨハネ』(1513~1516年)
    ダ・ヴィンチの遺作。

  • ラファエロ『聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ』(1507~1508年)

    ラファエロ『聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ』(1507~1508年)

  • ヴェロネーゼ『カナの婚宴』(1562~1563年)<br />縦6.6m×幅9.9m。ルーブル美術館で一番大きな絵画。イタリアのサンジョルジョマッジョーレ修道院に飾られていたものを、ナポレオン1世が持ち帰る。

    ヴェロネーゼ『カナの婚宴』(1562~1563年)
    縦6.6m×幅9.9m。ルーブル美術館で一番大きな絵画。イタリアのサンジョルジョマッジョーレ修道院に飾られていたものを、ナポレオン1世が持ち帰る。

  • ダヴィッド『ナポレオン1世の戴冠式』(1805~1807年)<br />縦縦6.2m × 横9.8m。ルーブル美術館で二番目に大きな絵画。元々ヴェルサイユ宮殿にあった絵画で、現在ヴェルサイユ宮殿には本人による複製を展示。

    ダヴィッド『ナポレオン1世の戴冠式』(1805~1807年)
    縦縦6.2m × 横9.8m。ルーブル美術館で二番目に大きな絵画。元々ヴェルサイユ宮殿にあった絵画で、現在ヴェルサイユ宮殿には本人による複製を展示。

  • ドラクロワ『民衆を率いる自由の女神』(1830年)

    ドラクロワ『民衆を率いる自由の女神』(1830年)

  • ドミニク・アングル『オダリスク』(1814年)<br />ナポレオン1世の妹の依頼で作成。

    ドミニク・アングル『オダリスク』(1814年)
    ナポレオン1世の妹の依頼で作成。

  • チマブーエ『六人の天使に囲まれた荘厳の聖母』(1280年ごろ)<br />ピサのサン・フランチェスコ聖堂にあったものをナポレオン一世が持ち帰る。

    チマブーエ『六人の天使に囲まれた荘厳の聖母』(1280年ごろ)
    ピサのサン・フランチェスコ聖堂にあったものをナポレオン一世が持ち帰る。

  • シュリー翼2階<br />『アポロンのギャラリー』<br />ルイ14世が改装した部屋。

    シュリー翼2階
    『アポロンのギャラリー』
    ルイ14世が改装した部屋。

  • リシュリュウ翼2階<br />『ナポレオン3世の部屋』(1857年~61年)<br />1852年に皇帝となったナポレオン3世が作らせたレセプション会場で、住んでいたわけではない。

    リシュリュウ翼2階
    『ナポレオン3世の部屋』(1857年~61年)
    1852年に皇帝となったナポレオン3世が作らせたレセプション会場で、住んでいたわけではない。

  • ドュノン翼1階から2階の踊り場<br />『サモトラケのニケ』(紀元前190年ごろ)<br />1863年に北エーゲ海のサモトラケ島で発見。

    ドュノン翼1階から2階の踊り場
    『サモトラケのニケ』(紀元前190年ごろ)
    1863年に北エーゲ海のサモトラケ島で発見。

  • ドュノン翼1階<br />『ミロのヴィーナス』(紀元前2世紀末ごろ)<br />1820年にエーゲ海のミロス島で発見。

    ドュノン翼1階
    『ミロのヴィーナス』(紀元前2世紀末ごろ)
    1820年にエーゲ海のミロス島で発見。

  • 『マルケルスの全身像』(紀元前20年ごろ)<br />カエサルの娘婿の死後の肖像。変遷を経てルイ14世がヴェルサイユ宮殿の鏡の間に展示されていたものをフランス革命後に移設。

    『マルケルスの全身像』(紀元前20年ごろ)
    カエサルの娘婿の死後の肖像。変遷を経てルイ14世がヴェルサイユ宮殿の鏡の間に展示されていたものをフランス革命後に移設。

  • リシュリュウ翼1階<br />『有翼人面牡牛像』(紀元前8世紀末ごろ)<br />アッシリア帝国(現・イラクの北部)の王「サルゴン2世」によって作られた宮殿を守る守護神の門。

    リシュリュウ翼1階
    『有翼人面牡牛像』(紀元前8世紀末ごろ)
    アッシリア帝国(現・イラクの北部)の王「サルゴン2世」によって作られた宮殿を守る守護神の門。

  • 『ハムラビ法典』(紀元前18世紀ごろ)<br />バビロン(現・イラクの一部)の王が建てた石碑。高さ2.3m。「目には目を、歯には歯を」。

    『ハムラビ法典』(紀元前18世紀ごろ)
    バビロン(現・イラクの一部)の王が建てた石碑。高さ2.3m。「目には目を、歯には歯を」。

  • 『マルリーの中庭』<br />ルイ14世によって作られたパリの西約15kmにあるマルリー宮殿(1789年破壊)の庭園にあった大型彫刻群をフランス革命後に移設。

    『マルリーの中庭』
    ルイ14世によって作られたパリの西約15kmにあるマルリー宮殿(1789年破壊)の庭園にあった大型彫刻群をフランス革命後に移設。

  • シュリー翼1階古代エジプト美術コーナー<br />『ラムセス2世の座像』(紀元前1300年ごろ)

    シュリー翼1階古代エジプト美術コーナー
    『ラムセス2世の座像』(紀元前1300年ごろ)

  • 『タムウトネフェレトの葬祭具一式』(紀元前1295~紀元前1186年)

    『タムウトネフェレトの葬祭具一式』(紀元前1295~紀元前1186年)

  • 『タニスの大スフィンクス』(紀元前2600年ごろ)<br />1825年にタニスのアモン寺院で発見。高さ約1.8m、長さ約4.8m、重さ12t。

    『タニスの大スフィンクス』(紀元前2600年ごろ)
    1825年にタニスのアモン寺院で発見。高さ約1.8m、長さ約4.8m、重さ12t。

  • シュリー翼半地下<br />ルーブル宮殿のシャルル5世時代(14世紀ごろ)の城塞遺跡。

    シュリー翼半地下
    ルーブル宮殿のシャルル5世時代(14世紀ごろ)の城塞遺跡。

  • 地下中央<br />ルーヴル美術館の中庭ピラミッドの下。映画「ダ・ヴィンチコード」で有名なあの場所。

    地下中央
    ルーヴル美術館の中庭ピラミッドの下。映画「ダ・ヴィンチコード」で有名なあの場所。

  • ルーヴル美術館前。<br />ここから8㎞に渡って直線上にカルーゼル凱旋門、コンコルド広場、シャンゼリゼ通り、エトワール凱旋門、新凱旋門が並ぶ。<br /><br />徒歩と電車で移動していきます。

    ルーヴル美術館前。
    ここから8㎞に渡って直線上にカルーゼル凱旋門、コンコルド広場、シャンゼリゼ通り、エトワール凱旋門、新凱旋門が並ぶ。

    徒歩と電車で移動していきます。

  • 世界遺産「カルーゼル凱旋門」<br />1808年に完成。高さ19m。アウステルリッツの戦い(対ロシア・オーストリア連合軍)での勝利を祝してナポレオン1世が居を構えたチュイルリー宮殿(1871年焼失)の門として建設を指示。

    世界遺産「カルーゼル凱旋門」
    1808年に完成。高さ19m。アウステルリッツの戦い(対ロシア・オーストリア連合軍)での勝利を祝してナポレオン1世が居を構えたチュイルリー宮殿(1871年焼失)の門として建設を指示。

    カルーゼル凱旋門 国立公園

  • 下から見上げたところ。

    下から見上げたところ。

  • 世界遺産「チュイルリー庭園」<br />元チュイルリー宮殿の内庭。パリで最も古い庭園。1564年アンリ2世の王妃によりイタリア式庭園に造園。1664年ルイ14世によりフランス式庭園に造園。フランス革命後に市民に開放。

    世界遺産「チュイルリー庭園」
    元チュイルリー宮殿の内庭。パリで最も古い庭園。1564年アンリ2世の王妃によりイタリア式庭園に造園。1664年ルイ14世によりフランス式庭園に造園。フランス革命後に市民に開放。

    チュイルリー公園 広場・公園

  • チュイルリー庭園から見た東方向。<br />ガルーセル凱旋門とガルーセル広場の噴水。

    チュイルリー庭園から見た東方向。
    ガルーセル凱旋門とガルーセル広場の噴水。

  • チュイルリー庭園から見た西方向。<br />コンコルド広場のオベリスクと更に奥にエトワール凱旋門。

    チュイルリー庭園から見た西方向。
    コンコルド広場のオベリスクと更に奥にエトワール凱旋門。

  • 「オランジュリー美術館」<br />1927年にモネの「睡蓮」を展示するために整備された美術館。その後印象派とポスト印象派の美術館として再整備。建物は元々チュイルリー宮殿の中庭に1853年にナポレオン3世が造ったオレンジ温室。<br /><br />入ります。ミュージアムパスが使えます。

    「オランジュリー美術館」
    1927年にモネの「睡蓮」を展示するために整備された美術館。その後印象派とポスト印象派の美術館として再整備。建物は元々チュイルリー宮殿の中庭に1853年にナポレオン3世が造ったオレンジ温室。

    入ります。ミュージアムパスが使えます。

    オランジュリー美術館 博物館・美術館・ギャラリー

  • モネ『睡蓮・朝』(1914-1926年ころ)   <br />縦2m×横12.8m。

    モネ『睡蓮・朝』(1914-1926年ころ) 
    縦2m×横12.8m。

  • 世界遺産「コンコルド広場」<br />1755年の「ルイ15世広場」が起源。フランス革命時に「革命広場」となり、1793年にはルイ16世やマリー・アントワネットもこの場所で斬首。1795年、ナポレオン1世により、現在の名に。

    世界遺産「コンコルド広場」
    1755年の「ルイ15世広場」が起源。フランス革命時に「革命広場」となり、1793年にはルイ16世やマリー・アントワネットもこの場所で斬首。1795年、ナポレオン1世により、現在の名に。

    コンコルド広場 広場・公園

  • 『ルクソール神殿のオベリスク』<br />フランス政府の懇願により1836年にエジプト王モハメド・アリがフランスに寄贈。フランスは現在カイロにあるモハメドアリモスクの時計塔を寄贈。柱頭の金色の三角錐は1998年に設置。

    『ルクソール神殿のオベリスク』
    フランス政府の懇願により1836年にエジプト王モハメド・アリがフランスに寄贈。フランスは現在カイロにあるモハメドアリモスクの時計塔を寄贈。柱頭の金色の三角錐は1998年に設置。

  • コンコルド広場から見た東方向。<br />ガルーセル凱旋門と奥にルーヴル美術館の屋根。

    コンコルド広場から見た東方向。
    ガルーセル凱旋門と奥にルーヴル美術館の屋根。

  • コンコルド広場から見た西方向。<br />緑のシャンゼリゼ通り、エトワール凱旋門、さらに奥に新凱旋門(グランダルシュ)の屋根。<br /><br />エトワール凱旋門まで、ここから2km強。地下鉄で移動します。

    コンコルド広場から見た西方向。
    緑のシャンゼリゼ通り、エトワール凱旋門、さらに奥に新凱旋門(グランダルシュ)の屋根。

    エトワール凱旋門まで、ここから2km強。地下鉄で移動します。

  • 「エトワール凱旋門」<br />1806年にアウステルリッツの戦い(対ロシア・オーストリア連合軍)での勝利を祝してナポレオン1世が建設を指示。完成はナポレオン1世の死後の1836年。高さ50m。放射状に12本の道があるため、エトワール(星)と呼ばれる。

    「エトワール凱旋門」
    1806年にアウステルリッツの戦い(対ロシア・オーストリア連合軍)での勝利を祝してナポレオン1世が建設を指示。完成はナポレオン1世の死後の1836年。高さ50m。放射状に12本の道があるため、エトワール(星)と呼ばれる。

    凱旋門 建造物

  • 下から見上げたところ。

    下から見上げたところ。

  • 『無名戦士の墓』<br />エトワール凱旋門の下の第一次世界大戦で命を落とした無名フランス兵士の墓。英霊約150万柱を代表して1柱を埋葬。<br /><br />入ります。ミュージアムパスが使えます。

    『無名戦士の墓』
    エトワール凱旋門の下の第一次世界大戦で命を落とした無名フランス兵士の墓。英霊約150万柱を代表して1柱を埋葬。

    入ります。ミュージアムパスが使えます。

  • 北方向。<br />カルノ通り(左)、マック・マオン通り(中央)。<br />

    北方向。
    カルノ通り(左)、マック・マオン通り(中央)。

  • 北北東方向。<br />ワグラム通り。

    北北東方向。
    ワグラム通り。

  • 東北東方向。<br />オッシュ通り(左)、ブリドラン通り(右)。<br />中央奥のモンマルトルの丘にサクレ・クール寺院。

    東北東方向。
    オッシュ通り(左)、ブリドラン通り(右)。
    中央奥のモンマルトルの丘にサクレ・クール寺院。

  • サクレ・クール寺院のUP<br />ロマネスク様式・ビザンティン様式のバジリカ大聖堂。1914年完成。普仏戦争による戦死者の慰霊及び第三共和政の門出を祝うために建設。<br /><br />4日目に行きます。

    サクレ・クール寺院のUP
    ロマネスク様式・ビザンティン様式のバジリカ大聖堂。1914年完成。普仏戦争による戦死者の慰霊及び第三共和政の門出を祝うために建設。

    4日目に行きます。

  • 東方向。<br />シャンゼリゼ通り。<br /><br />世界遺産「シャンゼリゼ通り」<br />約2km。1616年にチュイルリー宮殿の庭園の並木道を延伸したのが起源。1724年に更にこの場所まで延伸されシャンゼリゼ(ギリシア神話に登場する楽園)と命名。

    東方向。
    シャンゼリゼ通り。

    世界遺産「シャンゼリゼ通り」
    約2km。1616年にチュイルリー宮殿の庭園の並木道を延伸したのが起源。1724年に更にこの場所まで延伸されシャンゼリゼ(ギリシア神話に登場する楽園)と命名。

  • シャンゼリゼ通りのUP<br />中央にコンコルド広場のオベリスク、重なるようにガルーセル凱旋門。その奥にルーブル美術館。広がる緑はチュイルリー庭園。右端奥にノートルダム大聖堂。

    シャンゼリゼ通りのUP
    中央にコンコルド広場のオベリスク、重なるようにガルーセル凱旋門。その奥にルーブル美術館。広がる緑はチュイルリー庭園。右端奥にノートルダム大聖堂。

  • 世界遺産「ノートルダム大聖堂」のUP。<br />1345年に完成したローマ・カトリック教会の大聖堂。パリ大司教座聖堂。全長128m、幅48m。ロマネスク様式を一部残した初期ゴシック建築。<br /><br />1日目に行きました。

    世界遺産「ノートルダム大聖堂」のUP。
    1345年に完成したローマ・カトリック教会の大聖堂。パリ大司教座聖堂。全長128m、幅48m。ロマネスク様式を一部残した初期ゴシック建築。

    1日目に行きました。

  • 南方向。<br />マルソー通り(左)、イエナ通り(右)。<br />左奥の高層ビルはトゥール・モンパルナス、右にエッフェル塔。

    南方向。
    マルソー通り(左)、イエナ通り(右)。
    左奥の高層ビルはトゥール・モンパルナス、右にエッフェル塔。

  • トゥール・モンパルナス方面のUP。手前の金色ドームはアンヴァリッド。<br /><br />「トゥール・モンパルナス」<br />1972年に完成した高さ231m、59階建ての超高層オフィスビル。<br /><br />世界遺産「アンヴァリッド」<br />ルイ14世が1671年に建造した傷病兵の軍病院兼養老院。現在は一部が軍事博物館として公開。<br /><br />アンヴァリッドには1日目に行きました。

    トゥール・モンパルナス方面のUP。手前の金色ドームはアンヴァリッド。

    「トゥール・モンパルナス」
    1972年に完成した高さ231m、59階建ての超高層オフィスビル。

    世界遺産「アンヴァリッド」
    ルイ14世が1671年に建造した傷病兵の軍病院兼養老院。現在は一部が軍事博物館として公開。

    アンヴァリッドには1日目に行きました。

  • 世界遺産「エッフェル塔」のUP。<br />1889年のパリ万博時に建てられ、高さ324m。1930年にニューヨークのクライスラービルが完成するまで世界一高い建築物。<br /><br />1日目に行きました。

    世界遺産「エッフェル塔」のUP。
    1889年のパリ万博時に建てられ、高さ324m。1930年にニューヨークのクライスラービルが完成するまで世界一高い建築物。

    1日目に行きました。

  • 南西方向。<br />クレペール通り。

    南西方向。
    クレペール通り。

  • 西方向。<br />ヴィクトル・ユゴー通り(左)、フォッシュ通り(中央)。

    西方向。
    ヴィクトル・ユゴー通り(左)、フォッシュ通り(中央)。

  • 北西方向。<br />グランド・アメル通り(中央)。彼方にラ・デファンス地区。

    北西方向。
    グランド・アメル通り(中央)。彼方にラ・デファンス地区。

  • ラ・デファンス地区のUP。中央に新凱旋門(グランダルシュ)。<br /><br />新凱旋門まで、ここから5km。地下鉄で移動します。

    ラ・デファンス地区のUP。中央に新凱旋門(グランダルシュ)。

    新凱旋門まで、ここから5km。地下鉄で移動します。

  • 「新凱旋門(グランダルシュ)」<br />フランス革命200年記念となる1989年に完成。高さ110m、35階建ての高層オフィスビル。

    「新凱旋門(グランダルシュ)」
    フランス革命200年記念となる1989年に完成。高さ110m、35階建ての高層オフィスビル。

    新凱旋門 建造物

  • 下から見上げたところ。

    下から見上げたところ。

  • 新凱旋門から見た東方向。<br />伸びる道はグランド・アメル通りからのシャルル・ド・ゴール通り。

    新凱旋門から見た東方向。
    伸びる道はグランド・アメル通りからのシャルル・ド・ゴール通り。

  • 新凱旋門から見た西方向。<br />まだ直線の道が・・・。<br /><br />日が暮れたので本日は終了。<br />パリの日は長く、この時点で、夜の9時です。<br /><br />パリ3日目:モン・サン・ミッシェル観光につづく・・・。<br />

    新凱旋門から見た西方向。
    まだ直線の道が・・・。

    日が暮れたので本日は終了。
    パリの日は長く、この時点で、夜の9時です。

    パリ3日目:モン・サン・ミッシェル観光につづく・・・。

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  • TOKOMASさん 2021/03/01 10:38:06
    フランス旅行
    初めまして。
    Tokomas と申します。
    パリは見どころ多いですね。
    フランスには1986年にパリとリヨンに行きました。
    パリではルーブル美術館を観覧した後、セーヌ川遊覧とキャバレー(日本のキャバレーとは違う)のツアーに参加しました。
    キャバレーでは有名なムーラン・ルージュが満員だったため、別のキャバレーに行きました。
    キャバレーでは踊り子のダンスの合間にショートコントがあり、まさに粋なコントでした。
    コントは各国の観光客を諷刺したものでした。日本のところでは、眼鏡をした日本人が首からぶら下げたカメラで道端に落ちている1フラン硬貨を撮影している場面でした。しかも日本人だけジャパニーズツーリストと団体を強調してました。
    キャバレーの観光客は日本人一人だった私を一斉に見て笑ってました。
    今では日本人も個性的な海外旅行をするようになりましたが、当時はエコノミックアニマルとして日本人を嘲笑してました。
    これからも宜しくお願いします。

    ゆっく

    ゆっくさん からの返信 2021/03/06 10:34:14
    Re: フランス旅行
    コメントありがとうございます。
    パリは見所満載ですよね。
    貴重な体験をなされたんですね。
    ムーラン・ルージュにはパリ最終日に日中に外観だけ見に行きました。

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