大田・石見銀山旅行記(ブログ) 一覧に戻る
石見銀山(いわみぎんざん)は、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山でした。この時代日本は、世界の銀の約3分の1を産出したとも推定されており、石見銀山産出の銀がそのかなりの部分を占めたとされています。<br /><br />「石見銀山遺跡とその文化的景観(銀鉱山跡・鉱山町、銀山街道、銀積出港・港町など)」は、2007年7月に鉱山遺跡としてはアジアでは初めて世界遺産に登録されました。2007年の山陰山陽の旅は、世界遺産登録をお祝いする旅でもありました。

山陰山陽2007年の旅(2)・・世界遺産に登録された石見銀山を訪ねます。

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2007/11/07 - 2007/11/07

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旅行記グループ 山陰山陽の旅

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YAMAJI

YAMAJIさん

石見銀山(いわみぎんざん)は、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山でした。この時代日本は、世界の銀の約3分の1を産出したとも推定されており、石見銀山産出の銀がそのかなりの部分を占めたとされています。

「石見銀山遺跡とその文化的景観(銀鉱山跡・鉱山町、銀山街道、銀積出港・港町など)」は、2007年7月に鉱山遺跡としてはアジアでは初めて世界遺産に登録されました。2007年の山陰山陽の旅は、世界遺産登録をお祝いする旅でもありました。

  • 雲海です。<br />中国山地を越え、石見銀山(いわみぎんざん)を目指します。

    雲海です。
    中国山地を越え、石見銀山(いわみぎんざん)を目指します。

  • 龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)の坑道マップです。<br />約230年間採掘が続いた、良質な銀鉱山でした。

    龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)の坑道マップです。
    約230年間採掘が続いた、良質な銀鉱山でした。

  • 龍源寺間歩の坑道入口です。

    龍源寺間歩の坑道入口です。

  • 石見銀山遺跡で、唯一公開されている坑道です。

    石見銀山遺跡で、唯一公開されている坑道です。

  • 江戸時代中頃に開発され、坑道の長さは600mに及びます。

    江戸時代中頃に開発され、坑道の長さは600mに及びます。

  • 観光用の新坑道には、「石見銀山絵図」が展示されています。

    観光用の新坑道には、「石見銀山絵図」が展示されています。

  • 清水寺(せいすいじ)です。<br />石見銀山を発見した神屋寿偵は、沖から陸のかなたに輝く霊光を認め、上陸して清水寺に参拝し、帰り道で銀鉱石を拾ったのが始まりと伝えられます。

    清水寺(せいすいじ)です。
    石見銀山を発見した神屋寿偵は、沖から陸のかなたに輝く霊光を認め、上陸して清水寺に参拝し、帰り道で銀鉱石を拾ったのが始まりと伝えられます。

  • 清水谷製錬所跡です。<br />明治28年(1895)から約1年半という短い期間だけ操業された近代的な精錬所跡です。

    清水谷製錬所跡です。
    明治28年(1895)から約1年半という短い期間だけ操業された近代的な精錬所跡です。

  • 大久保石見守の墓です。<br />慶長5年(1600)に徳川家康から任命され石見国の初代奉行として着任、卓越した手腕を発揮した人物でした。

    大久保石見守の墓です。
    慶長5年(1600)に徳川家康から任命され石見国の初代奉行として着任、卓越した手腕を発揮した人物でした。

  • 中田鮮魚店です。<br />主人が味にこだわり作り始めた、「ごまどうふ」がお土産として人気です。

    中田鮮魚店です。
    主人が味にこだわり作り始めた、「ごまどうふ」がお土産として人気です。

  • 羅漢寺(五百羅漢)です。<br />石見銀山で亡くなった人々の霊や先祖の霊を供養するために彫られた五百羅漢像が石窟に安置されています。

    羅漢寺(五百羅漢)です。
    石見銀山で亡くなった人々の霊や先祖の霊を供養するために彫られた五百羅漢像が石窟に安置されています。

  • 羅漢寺のアーチ橋(石橋)です。

    羅漢寺のアーチ橋(石橋)です。

  • カンテラ屋 竹下錻力店です。<br />石見銀山関係のカンテラやガス灯などの作成技術を生かした、工芸品やおもちゃなどが並びます。「カンテラせんべい」でも有名です。

    カンテラ屋 竹下錻力店です。
    石見銀山関係のカンテラやガス灯などの作成技術を生かした、工芸品やおもちゃなどが並びます。「カンテラせんべい」でも有名です。

  • 栄泉寺(えいせんじ)です。<br />石見銀山における、禅の修行道場でした。

    栄泉寺(えいせんじ)です。
    石見銀山における、禅の修行道場でした。

  • 有馬光栄堂です。<br />200年以上続く老舗のお菓子屋さんで、黒糖で作った「げたのは」や大豆が入った「銀山あめ」がお勧めです。

    有馬光栄堂です。
    200年以上続く老舗のお菓子屋さんで、黒糖で作った「げたのは」や大豆が入った「銀山あめ」がお勧めです。

  • 旧河島家(代官所地役人)住宅です。<br />河島家は初代三郎衛門以来8代まで256年間に渡って地役人を世襲しています。

    旧河島家(代官所地役人)住宅です。
    河島家は初代三郎衛門以来8代まで256年間に渡って地役人を世襲しています。

  • 中の間、奥の間を見ています。<br />立派な上級武士の屋敷で、2階もありました。

    中の間、奥の間を見ています。
    立派な上級武士の屋敷で、2階もありました。

  • 観世音寺(かんぜおんじ)です。<br />代官所が石見銀山の繁栄を祈願したお寺で、石州瓦の街並みが眺められる展望スポットにもなっています。

    観世音寺(かんぜおんじ)です。
    代官所が石見銀山の繁栄を祈願したお寺で、石州瓦の街並みが眺められる展望スポットにもなっています。

  • 現在の石見銀山大森の街並みは、西暦1800年の大森大火の後再建されたもので、石州の赤瓦で守られた日本近世の家屋群が残されています。

    現在の石見銀山大森の街並みは、西暦1800年の大森大火の後再建されたもので、石州の赤瓦で守られた日本近世の家屋群が残されています。

  • 大森の町並みは、「大森銀山重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。

    大森の町並みは、「大森銀山重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。

  • 大森代官所跡(石見銀山資料館)です。

    大森代官所跡(石見銀山資料館)です。

  • 石見銀山資料館です。<br />地元に残る石見銀山関連の文献資料や鉱山道具、県内外の鉱石などを展示する資料館です。

    石見銀山資料館です。
    地元に残る石見銀山関連の文献資料や鉱山道具、県内外の鉱石などを展示する資料館です。

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