2020/12/13 - 2020/12/13
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あおしさん
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2020/12/13
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「麒麟が来る」聖地めぐりの2日目は明智光秀のふるさととされる岐阜県可児市周辺の明智荘へ。
名古屋鉄道のローカル線の広見線の終点・御嵩駅で電動レンタサイクルを借りてまわってきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 私鉄
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
名古屋駅前に1泊して、翌朝は名古屋鉄道に乗って新可児駅へ。
新可児駅からの名鉄広見線は2両編成のワンマン電車のローカル線。
廃線のうわさもある路線です。
乗客は2両に数人しか乗っていませんでした。名鉄名古屋駅 駅
-
新可児駅から20分ほどで終点の御嵩駅へ。
ホーム1本のささやかな終着駅です。名鉄広見線 乗り物
-
御嵩駅は小さな駅舎の駅。
無人駅ですが、観光案内所に使われています。
ここで電動レンタサイクルを借りました。御嵩駅 駅
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御嵩は旧中山道の宿場町だったところ。
古い建物など宿場町の面影を残していました。 -
駅前の観光MAPを見てサイクルコースを決めます。
御嵩宿~「麒麟が来る」大河ドラマ館~明智城跡~伏見宿とぐるっと一回り、約12キロ。 -
まずは「中山道みたけ館」へ。
御嵩宿など御嵩町の歴史の資料館です。
図書館と併設され、無料の資料館。
入口には「御嵩宿」の浮世絵を立体化した模型。
安宿である木賃宿が描かれています。中山道・御嵩宿本陣の跡にある無料の資料館 by あおしさん中山道みたけ館 美術館・博物館
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御嵩宿のジオラマ。
中規模の宿場町だったようです。 -
この「みたけ館」は本陣があったところにあります。
本陣とは、大名や公家など身分の高い人が宿泊したところで、その町の名士の屋敷が使われていました。
本陣の大名の食事の模型。
右が夕食、左が朝食。
「一汁三菜」と案外質素な食事です。 -
「みたけ館」のすぐ横にある「商家竹屋」。
江戸時代からの商家だったところです。御嵩宿の商家です。無料でした by あおしさん中山道御嶽宿 商家竹屋 名所・史跡
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入口は商家らしい建物です。
ここにも多くの人でにぎわっていたことでしょう。 -
奥の間は落ち着いた雰囲気で身分の高い人もここで休憩などしたようです。
庭には紅葉の木が見えました。 -
御嵩宿を散策したあと、電動レンタサイクルで、「大河ドラマ」館へ。
花フェスタ記念公園内にあります。
アクセスは車なら楽ちんでしょうが、公共交通機関はなく、最寄の名鉄明智駅から歩いて40分とか。
御嶽駅で電動レンタサイクルを借りたのも、公共交通機関がなかったためです。ぎふワールド ローズガーデン 公園・植物園
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ここの大河ドラマ館は岐阜の大河ドラマ館に比べると4部屋ほどで規模は小さかったです。
ここも原則写真撮影禁止でした。花フェスタ記念公園の中にあります by あおしさん麒麟がくる ぎふ可児 大河ドラマ館 名所・史跡
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ここには明智光秀の屋敷の模型がありました。
ドラマではここで妻と母と光秀は一緒に生活しています。 -
「大河ドラマ館」から1キロほどはなれたところにある天龍寺。
明智一族の菩提寺だそうですが、新しく本堂などは建替えられたようで普通のお寺でした。明智一族の菩提寺だそうですが・・・ by あおしさん天龍寺 寺・神社・教会
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明智一族のお墓。
駐車場の片隅にあり、なんとも粗末な扱い。
名家のお墓でこんなお粗末な扱いをされているのは見たことがありません。
明智光秀=裏切り者、ということでいい加減に扱われていたのでしょうか。 -
天龍寺の近くには、明智一族の城だった明智城跡があります。
紅葉の残る大手門。明智光秀などの明智一族の城跡。1周40分ほどです。 by あおしさん明智城跡 名所・史跡
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大手門から本丸まではさほどの苦労もなく着きました。
土岐頼貞(1271~1339)は足利尊氏に従い、鎌倉幕府倒幕、足利幕府創設の功労で美濃の守護(今でいう県知事)となりました。
その頼貞の孫・頼重がここ明智荘に領地を与えられ、城を造り、明智氏を名乗ったとされています。
分家は本家とは別の名字を名乗り(一般には領地の地名を名字にします)、本家の家臣になるのが当時の武士のルールでした)。 -
本丸、すなわち明智氏の居館があった場所です。
今では明智光秀の銅像がありました。
戦国時代では防衛の点から本丸に着くまで30分~1時間も山を登らないといけない城が多いなか、この城は15分ほどで着けました。
防衛の必要もなく、明智氏はここで平和に暮らしていたようです。 -
本丸から見た明智荘。
現在は岐阜県可児市明智地域。
広い平野でここで米を作って平和に暮らしていたのでしょう。
そのため、斎藤道三死後、斎藤義龍に攻められるとあっけなく明智城は落城し、明智光安をはじめ一族の大半は討ち死にしたと伝えられます。
一方明智光秀は生き延びて、その後歴史の舞台に復活してきました。 -
明智城は大河ドラマ化に合わせてか1周できるように歩道が整備されていました。
石垣が随所に残っていました。 -
明智城跡から、3キロほど離れたところにある名鉄広見線・明智駅。
この駅舎は大正9年にこの鉄道が開業したとき以来の貴重な駅舎です。明智駅 (可児市) 駅
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明智駅に名鉄広見線の電車が到着し、終点の御嵩駅へ出発していきました。
降りたお客さんは4人ほどでした。 -
明智駅の近くには、旧中山道の伏見宿がありました。
本陣跡の石碑です。 -
ただ、伏見宿は御嵩宿と異なり旧中山道は国道化されており、宿場町の風情はほとんど感じられませんでした。
-
風情のある唯一の建物が「松屋山田家住宅」
醸造業の傍ら郵便局でもありました。
現在はカフェになっています。 -
御嶽駅に戻ってサイクリング終了。
名古屋に戻って新幹線で帰京。
駅弁は名古屋名物の「みそかつ」「天むす」「えびふらい」の「三大名物幕の内弁当」でした。御嵩駅 駅
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