2020/11/23 - 2020/11/25
979位(同エリア4360件中)
杏仁豆腐さん
昨年に引き続き、紅葉の京都を楽しもうと、旅立ちました。
昨年は、中国からの観光客、その他の国からの観光客、修学旅行の団体が目立ちましたが、今年は新型コロナウイルスのため、一変してしまいました。
それでも、Go to トラベルを利用した旅行者も多く、人もたくさん出ていました。そんな私たちもGo to トラベル利用ですが。
東京駅8:30発のぞみ17号で京都へ。京都駅着10:44分。
京都駅は人がいっぱいです。
京都駅からタクシーで、丸太町通り昆布屋町にある、手打ちそば 花ももへ。早めのランチをいただき、梨木神社からスタートしました。
☆1日目
京都駅→(taxi)→丸太町通り、昆布屋町 ランチ(手打ちそば 花もも)→梨木神社→京都迎賓館(予約) →蘆山寺→旧三井家下鴨別邸→下鴨神社→加茂みたらし茶屋→(taxi)→ホテル
夕食 豆水楼 祇園店
☆2日目
ホテル→(taxi)→妙心寺(予約)→仁和寺→(taxi)→北野天満宮もみじ苑→(taxi)→安井金毘羅宮→ホテル
夕食 THE SODOH HIGASHIYAMA KYOTO
☆3日目
ホテル→六道珍皇寺→六波羅蜜寺→若宮八幡宮→智積院→茶匠 清水一芳園 京都本店→京都駅
ホテル ザ セレスティン京都祇園
晩秋の京都①(1日目前半)☆梨木神社・京都迎賓館・蘆山寺☆手打ちそば 花もも☆2020/11/23
https://4travel.jp/travelogue/11663743
晩秋の京都②(1日目後半)☆旧三井家下鴨別邸・下鴨神社☆加茂みたらし茶屋☆豆水楼 祇園店☆2020/11/23
https://4travel.jp/travelogue/11664397
晩秋の京都③(2日目前半)☆妙心寺(秋の特別拝観、退蔵院、大法院、桂春院)・仁和寺☆2020/11/24
https://4travel.jp/travelogue/11664968
晩秋の京都④(2日目後半)☆北野天満宮もみじ苑・安井金毘羅宮☆THE SODOH HIGASHIYAMA KYOTO☆2020/11/24
https://4travel.jp/travelogue/11665687
晩秋の京都⑤(3日目前半)☆六道珍皇寺・六波羅蜜寺・若宮八幡宮☆みなとや幽霊子育飴本舗☆2020/11/25
https://4travel.jp/travelogue/11666188
晩秋の京都⑥(3日目後半)☆智積院☆茶匠 清水一芳園 京都本店☆2020/11/25
https://4travel.jp/travelogue/11666555
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- タクシー 新幹線 徒歩
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新幹線に乗り、東京駅エキュート東京で購入した、メルヘンのサンドイッチで朝食です。
厚切り三元豚カツ入り4色パック。カツサンドがボリュームあり。 -
富士山nもきれいに見えます。天気も上々。
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京都駅からタクシーで、丸太町通り昆布屋町の手打ちそば花ももへ。
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11時15分ごろに店に着きましたが、すでに満席でした。
10分ほど待ち、案内されました。 -
田舎そばをいただきました。
塩もついてきます。塩でいただく蕎麦もいいものです。 -
梨木神社に向かう途中にある、UCHU wagashi。
「人をわくわくさせたり、しあわせにする和菓子」がコンセプトの現代的な落雁を販売しています。 -
和三盆糖のまろやかな風味と口溶けの良さを大切に、その日の温度や湿度に合わせてひとつひとつ丁寧に手作りしているそうです。
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落雁もおしゃれに変化しました。
こちらでお土産の落雁を購入。 -
新島襄旧邸です。
毎週火・木・土曜日(祝日は除く)の公開です。
今日は見ることができません。 -
梨木神社に着きました。
なんと、鳥居の向こうにはマンションが建っています。
2013年に梨木神社の境内にマンションを建設し、境内の土地を開発業者に貸出し、本殿の改修費用に充てることにしたとか。しかしこの計画は神社本庁に認められず、梨木神社は神社本庁を離脱してマンション建設に踏み切ったそうです。 -
鳥居の脇には、上田秋成歌碑があります。
雨月物語の著者である上田秋成は、梨木神社の斜め向かいの屋敷で亡くなりました。 -
マンションに沿って歩くと、2番目の鳥居があります。
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鳥居の脇には、湯川秀樹博士歌碑があります。
ノーベル賞を受賞した湯川博士は、梨木神社のすぐ北側の家で少年時代をすごし、京極小学校に通っていました。 -
境内は晩秋の景色です。
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境内の井戸の水は「染井の水」と呼ばれ、京都三名水の一つです。
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染井の名は、平安時代この地にあった御殿・染殿院(村上天皇皇后の御所)に由来します。
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愛の木。
桂の木の葉がハート形になっている為に名付けられました。 -
絵馬もハートの形です。
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梨木神社は、明治維新の際に、尊皇攘夷派の公家の中心人物として活躍した、三条実萬、三条実美の親子をご祭神とする神社です。
三条家の屋敷跡に造られました。 -
三条実萬は、開国反対の立場で幕府との交渉に当たり、後に安政の大獄で謹
慎させられました。三条実美は、幕末には長州藩と結んで幕府に攘夷を迫り、明治に入ってからは、太政大臣、内大臣、暫定の内閣総理大臣を務めました。 -
天壌無窮の石碑
三條實萬が祈念していた軸の言葉を石に刻んだものです。 -
訪れる人も少なく、静寂の中の神社です。
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京都御苑に入ります。
清和院御門です。 -
京都御所に入ると、土御門第跡(つちみかどだい・つちみかどてい)。
現在の仙洞・大宮御所の北側は、平安時代中期に摂政太政大臣となった藤原道長の邸宅土御門第の跡です。 -
この辺りの紅葉がきれいです。
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日が差し、輝いています。
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イチオシ
銀杏の絨毯もきれい。
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京都迎賓館に入ります。
ガイドツアーに事前に申し込んであります。
地下受付スペースで、セキュリティチェック、入館券購入、荷物預入、注意事項説明などがあります。
ガイドさんの説明を聞きながら移動します。一人一人にイヤホンが渡されます。
正面玄関横のげた箱で、スリッパに履き替えます。 -
正面玄関の扉には、樹齢700年の福井県産の欅(けやき)の一枚板を使用しています。
引手は銅製で、京都の組紐をモチーフにして絆の意を込めたシンプルなデザインの「有線七宝(ゆうせんしっぽう)」が施されています。
とても重厚な扉です。 -
桐の間に案内されました。
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桐の間は、和食を提供する「和の晩餐室」です。
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全長12メートルの漆の一枚仕上げのテーブルが見事です。
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とてもゴージャスな雰囲気です。
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釘隠しや襖の唐紙など各所に「五七の桐」が見られます。「五七の桐」は、昔は、皇室の裏紋として使用されていましたが、現在は、日本国政府の紋章として使用されています。
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座椅子の背の部分には「五七の桐」の「蒔絵」が施されています。桐の葉の色は微妙に異なり、同じ模様の椅子は一つもありません。
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畳は、「中継ぎ表(なかつぎおもて)」という昔ながらの技法で、イグサの良い部分のみを使って、中央でつないでいます。畳縁は、麻の本藍染を使用しています。
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桐の間の欄間には、截金の装飾が施されています。作品名は「日月(にちげつ)」です。
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太陽と月という二つのモチーフは光の方向によって異なる表情を見せます。
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庭園もきれいです。
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京都迎賓館の庭園は、御苑の緑を借景とし、広大な池を中心に、様々に表情を変えつつ、まわりの建物に融け合うように配置されています。これが、古くから日本人の住まいに貫かれた伝統「庭屋一如(ていおくいちにょ)」の思想です。
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東西の建物をつなぐ、開放感のある廊橋から庭の景色を楽しみます。
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廊橋を境に池の水深が変わっており、島の配された「海」の部分と、「ネビキグサ」のある「水田」の部分に分かれます。
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廊橋の天井は、船底を逆さにしたような形で、中央部が高く、両端が低くなった「船底天井」で、吉野杉を使用しています。四隅には、昆虫の透かし彫りが施されています。
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海外からの賓客に、和舟に乗って日本の文化「舟遊び」を楽しんでもうらうようです。池の浅さを考慮して、底が平らになっています。
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聚楽の間です。
晩餐会や大臣会合などが行われる際に、招待されたゲストの控室、随行員の待合とするなど多目的に利用されています。 -
竹工芸の花籃(はなかご)
接遇の際は、この飾り台の上の花籃にいけばなをしつらえます。人間国宝の故 五世 早川尚古齋の作品です。 -
「釘隠(くぎかくし)」として用いられている「錺金物(かざりかなもの)」は、「千代結び」をイメージしたものです。人と人との結びつき、平和の輪といった気持ちが込められています。
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一文字松 伊砂利彦
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行灯は本美濃紙を使用し、鉄や釘を一切使わない伝統的技法である京指物で組まれています。
「折り紙」をイメージした行灯です。 -
夕映の間です。
大臣会合などの会議や立礼式(りゅうれいしき)のお茶のおもてなし、晩餐会の待合として使用されています。
「愛宕夕照」は京都の西に連なる愛宕山に夕日が沈む様を描いています。 -
「比叡月映」は京都の東にそびえる比叡山を月が照らす様を描いています。
日本画家の箱崎睦昌(はこざきむつまさ)の下絵をもとに、「綴織り」という技法で織った織物です。 -
飾り台の「蒔絵(まきえ)」・「螺鈿(らでん)」は、山紫水明(さんしすいめい)をテーマに、人間国宝の北村昭斎と息子の北村繁によるものです。
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回廊から見る庭園です。
水田をイメージして、1年中緑色をしている「ネビキグサ」を植えています。 -
藤の間です。
京都迎賓館で最も大きな部屋で、洋食の晩餐会や歓迎式典の会場として使用されています。
「櫛の歯」の形にテーブルを並べた宮中晩餐方式のレイアウトで約60名、円卓を使うと約120名までの会食が可能です。 -
壁面装飾「麗花」
壁面装飾は、日本画家の鹿見喜陌(しかみ きよみち)の下絵をもとに、綴織りの技法で織った織物で、39種類の日本の草花が織り込まれており、作品名は、「麗花(れいか)」と言います。 -
さぞかし豪勢な晩餐会が開催されるのでしょう。
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舞台扉に光る伝統技能「截金」
人間国宝の故 江里佐代子の作品で、金箔と銀色のプラチナ箔を使用しています。金と銀が、互いの美の長所を引き立て合いながら、二つの色が交差するさまに、「人と人との出会いもそうありたい」との願いが込められています。作品名は、「響流光韻(こうるこういん)」と言います。 -
室内の間仕切りや目隠しとして使う「几帳(きちょう)」は、絹の薄織物の「紗(しゃ)」よりも薄い「羅(ら)」織物や漆、京縫い、組紐などの伝統技能が用いられています。
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イチオシ
障子に映る水が揺れる影が美しい。
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ガイドさんの説明も終わり、外に出ました。
丁寧な説明でした。
これで、迎賓館赤坂離宮と京都迎賓館を見ることができました。
☆迎賓館赤坂離宮☆カフェミクニズ☆2019/06/07
https://4travel.jp/travelogue/11503577 -
京都迎賓館じっくり見た後は、蘆山寺へ。
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京都迎賓館を出て、梨木神社のそばにある廬山寺に来ました。
特別展『明智光秀の念持仏と廬山寺展』を開催中です。 -
元三大師堂
「廬山寺」は今から千年以上前、比叡山延暦寺の高僧・元三大師良源によって創建されたお寺を起源としています。元三大師は「鬼大師」「厄除けのお大師さま」とも呼ばれる霊験あらたかな人物です。鬼のような角を生やした姿を描いた「角大師護符」は厄除けのお守りとして、多くの人から篤く信奉されています。 -
紫式部と娘の大貳三位藤原賢子の歌碑
左紫式部の歌
めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに
くもがくれにし 夜半の月影
右大貳三位の歌
有馬山 ゐなのささはら 風吹けば
いでそよ人を 忘れやはする
紫式部の歌は、出典元の新古今和歌集では、夜半の月影ですが、百人一首では夜半の月かなとなっています。 -
鐘楼
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玄関の屏風絵
廬山寺が現在の場所に移ったのは豊臣秀吉の時代。もとは『源氏物語』の作者・紫式部が暮らしていた邸宅があった場所です。 -
本堂御仏殿には、本尊の阿弥陀如来坐像が安置されており、左右には観音菩薩像・勢至菩薩像が安置されています。
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蘆山寺では、秋季特別展「明智光秀の念持仏と蘆山寺」を開催中でした。
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明智光秀公の念持仏は中央が地蔵菩薩坐像、脇侍に不動明王立像、毘沙門天立像からなる三尊形式の仏像です。
正親町天皇女房奉書(重要文化財)も公開です。
元亀二年十月に廬山寺のことについて、右大辯宰相甘露寺経元に賜った女房奉書である。元亀二年十月は前月の十二日に織田信長が延暦寺を焼き、一山僧徒を殲滅した直後で、天台宗寺院にたいする迫害は甚だしく、廬山寺も延暦寺の末寺と見なされて、信長の武将明智光秀に侵略されていた。正親町天皇は此のことを聞いて経元にこの御奉書を賜って、廬山寺は延暦寺とは本末関係はなく、勅願所としても特別な寺院であることを伝えた。それにより、廬山寺は焼き討ちを免れた。(HPより) -
源氏庭には、紫式部顕彰碑があります。
源氏庭は、ここが紫式部邸宅址であると確定された50年ほど前に造られました。 -
紫式部は、平安京東郊の中河の地、現在の廬山寺の境内に住んでいました。この邸宅で育ち、結婚生活を送り、一人娘の賢子を産み、長元四年(1031年)五十九歳で死去したといわれています。
紫式部は藤原香子と呼び、「源氏物語」「紫式部日記」「紫式部集」などは、ほとんどこの地で執筆されました。
蘆山寺を後にし、旧三井家下鴨別邸に向かいます。
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