2019/06/07 - 2019/06/07
138位(同エリア283件中)
杏仁豆腐さん
以前から見学したいと思っていた迎賓館赤坂離宮。
せっかくなので、和風別館も見ようと一か月以上前に予約しました。
当日はあいにくの空模様。途中から雨も降ってきましたが、それはそれでしっとりとした風景もいいものです。
ランチは近くのカフェミクニズで。ケーキもいただき、ゆっくりできました。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 私鉄
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四ツ谷駅から歩いて、迎賓館赤坂離宮へ。
正門です。ここは出口になります。 -
入口は西門です。
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和風別館の予約時間は11時。30分前には受付を済ませます。
本館と庭園の見学だけなら予約はいりません。 -
テントの中で、予約の確認と荷物検査。団体客が来ていて、長い列ができていました。
和風別館の予約者は列の前の方に入れてくれます。
荷物検査の後、窓口でチケットを購入します。和風別館・本館・庭園で2000円です。 -
15分前に集合です。
それまで主庭を見学します。 -
迎賓館赤坂離宮は、明治42年に東宮御所として建設された、日本では唯一のネオ・バロック様式による宮殿建築物です。
当時の日本の建築、美術、工芸界の総力を結集した建築物であり、明治期の本格的な近代洋風建築の到達点を示しています。 -
第2次世界大戦の後、10数年を経て日本が国際社会へ復帰し、外国からの賓客を迎えることが多くなったため、国の迎賓施設へと大規模な改修を施し、和風別館の新設と合わせて昭和49年に現在の迎賓館として新たな歩みを始め、現在に至っています。
その後、平成21年に行われた大規模改修工事の後には、日本の建築を代表するものの一つとして、国宝に指定されました。 -
これまで多くの国王、大統領、首相などをお迎えしたほか、主要国首脳会議などの国際会議の場としても使用されています。
花壇の花もよく整備されています。 -
1899~1909 明治32~42年
東宮御所として建設
皇太子殿下(後の大正天皇)のご成婚を控え、洋風の東宮御所(皇太子殿下のお住まい)を新たに建設する気運が起こり、明治時代の洋風建築をリードした英国人ジョサイア・コンドル博士(工部大学校(現東京大学)の造家学科教授)の直弟子である片山東熊の総指揮の下、著名な学者、芸術家、技術者等が総動員されました。
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1923~28 大正12~昭和3年
摂政宮殿下(後の昭和天皇)の住居
1945~46 昭和20~21年
皇太子殿下(上皇陛下)の住居
1948 昭和23年
皇室財産から行政財産へ、庁舎としての使用
第二次世界大戦後、建物と敷地は国へ移管
戦後、皇室財産であった赤坂離宮の建物とその敷地は、国へ移管されました。 国立国会図書館(1948~61年)、法務庁法制意見局(1948~60年)、裁判官弾劾裁判所、同訴追委員会(1948~70年)、法務省訟務局(1948~61年)憲法調査会(1956~60年)、東京オリンピック組織委員会(1961~65年)、臨時行政調査会(1961~64年)に使用されました。 -
1968 昭和43年
赤坂離宮を改修して迎賓館に
閣議決定を経て、大規模改修工事がスタート
戦後十数年たって国際関係が緊密化し、外国の賓客を迎える機会が多くなり、国の迎賓施設を整備する方針が立てられ、赤坂離宮を迎賓館に充てることとされました。 赤坂離宮を迎賓館へ改修するに当たっては、文化財的価値を保存しつつ、賓客が快適かつ安全に宿泊でき、かつ、公式行事が行えることなどを基本方針とし、本館の改修を日本芸術院会員の建築家・村野藤吾に、日本風の接遇を行うための別館の新設を同じく日本芸術院会員の建築家・谷口吉郎に設計を依頼しました。 -
1974 昭和49年
迎賓館として開館
大規模改修を竣工、迎賓館として開館
1968年に開始された改修工事は、6年後の1974年3月に完了し、迎賓館として新たに開館しました。 -
2006~2008 平成18~20年
平成の大改修
給排水管、情報関係設備、耐震補強のため3箇年計画で改修工事を実施しました。 -
2009 平成21年
国宝指定
創建100年後の2009年に国宝に指定
創建当時の建造物である旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)本館、車寄及び階段附属、正門・塀、東西衛舎、主庭噴水池、主庭階段が国宝に指定されました。 -
2016 平成28年
通年一般公開を開始 -
敷地面積 約12万平方メートル
本館構造 鉄骨補強煉瓦石造、地上2階(地下1階)
延床面積 約1万5000平方メートル -
フォード大統領の記念植樹です。ハナミズキ。
フォード大統領は、1974年(昭和49年)3月に、新装迎賓館に最初に迎えた国賓だったそうです。 -
ゴルバチョフ大統領の記念植樹。
フユボダイジュ。 -
そろそろ15分前になります。
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これが和風別館の入館証。
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和風別館は、各部屋を係員の案内による、ガイドツアー方式です。
庭園(前庭及び主庭)も見学できます。
ガイドは国家公務員を定年退職し、再任用でガイドをしている方でした。
この先には柵があり、その向こうは園遊会が開催される場所だそうです。 -
エリザベス女王が植樹されたオーク。植樹は1975年5月12日で、木はウィンザー城から持ってきたものだそうです。
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ガイドさんについて和風別館「游心亭」に向かいます。
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「游心亭」は、東宮御所などの設計で知られる建築家、谷口吉郎氏の設計により昭和49年(1974年)に建設されました。 迎賓館本館で執り行われる行事や接遇が洋式であるのに対し、和風の意匠と純日本のおもてなしで諸外国の賓客をお迎えするための施設として利用されます。 日本の「家」と「庭」が持つ美しい特性を感じていただくとともに、お茶・お花・和食などにより、「和」のおもてなしを提供しています。
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梅の木がたくさんあります。
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游心亭の中は撮影禁止です。
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広縁の足元には池が広がり、錦鯉が泳ぐのを見ることができます。
立派な鯉です。 -
ガイドさんの丁寧な説明がとても分かりやすかったです。
列の最後には必ず警備員がついています。 -
樹齢140年を超える黒松や五葉松などの盆栽が並んでいます。
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正面玄関の左脇にかけられた銅製の外灯には、五七の桐の御紋章がついています。玄関から続く渡り廊の右手の坪庭は、孟宗竹が植栽され、京都の白川砂や貴船石が風趣を高めています。
主和室は47帖の畳敷きの広間で、賓客を和食でおもてなしする際は、中央の落とし床を活用してテーブルを堀こたつ式にすることができます。また、テーブルは床下に収納でき、全面を畳敷きとすることで着物や生花の鑑賞、日本舞踊なども催されます。
茶室奥の床の間には、大徳寺管長の揮毫による掛け軸がかけられています。その前に四畳半の畳席があり、お茶をたてるところを賓客が観賞したり、茶の接待を受けることができます。
即席料理室にはカウンター席があり、親密な雰囲気の中で「天ぷら」や「すし」などで賓客をもてなします。 -
和風別館を見学した後は、本館を見学します。
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音声ガイドを借りて、説明を聞きながら本館を見学します。音声ガイドは、200円です。
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本館の中も撮影禁止です。
玄関ホールの床は、日本風に言えば市松模様、西洋風に言うとチェスの盤のようなチェック模様で、イタリア産の白い大理石と国産の黒い玄昌石で構成されています。フランスのヴェルサイユ宮殿でも同様の模様を見ることができます。
玄関ホールを通った賓客が、イタリア産の大理石の段部に赤絨毯が敷きつめられた中央階段を上がっていくと、金箔で彩られたアーチ状の美しい天井を仰ぎ見ることができます。
玄関ホールから見上げた中央階段を見ているとワクワクします。 -
中央階段から見上げた南側と北側のアーチにある絵画は、2階に向かう賓客を朝日で出迎え、帰途1階の正面玄関に降りていくときには夕日でお見送りするというおもてなしの心を演出しています。
なかなか粋な演出ですね。 -
羽衣の間は、迎賓館の西側に位置します。謡曲「羽衣」の景趣を描いた大絵画が、天井に描かれていることに由来しています。 「鏡と金色と緋色」の華麗な大部屋で、かつては舞踏室と呼ばれていました。雨天時の歓迎式典や晩餐会の招待客に食前酒が供されるところでもあります。
謡曲「羽衣」の景趣を描いた天井画は、まるでヨーロッパのどこかにいるような気になります。 -
羽衣の間にある3基のシャンデリアは、クリスタルガラスを主体に約7,000個ものパーツを組み合わせた本館において最も大きく、最も豪華なものです。輝く装飾の中には、洋風の仮面や楽器など、舞踏室にふさわしいモチーフが散りばめられています。
見ていると、オペラ座の怪人を思い出します。 -
「花鳥の間」の名は、天井に描かれた油絵や壁に飾られた七宝焼が花や鳥を題材にしていることに由来しています。 かつては「饗宴の間」と呼ばれ、現在では主に公式晩餐会が催されるほか、記者会見の場として使用されています。
木曽産のシオジ材の板壁には、四季折々の花や鳥を描いた楕円形の七宝焼の額が30枚飾られています。この七宝焼は、明治を代表する日本画の巨匠・渡辺省亭(わたなべ せいてい)が下絵を描き、七宝焼きの天才といわれた涛川惣助(なみかわ そうすけ)が焼いたものです。日本画特有の濃淡やぼかしの表現技法が見事に再現されており、七宝の最高傑作と謳われています。
七宝焼きとは思えない装飾品に仕上がっています。 -
花鳥の間にある、1基が1,125㎏もある本館で最も重いシャンデリアには球形スピーカーが組み込まれています。
よく見ないとわからないようになっています。 -
本館を1時間ほどかけて見学し後は、前庭を歩きました。
正面玄関の外に来ました。 -
正面玄関、入り口です。
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雨が降っているので、前庭の人もまばらです。
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すばらしい建築物です。
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中門から見た本館です。
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とにかく敷地が広いです。
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正門に来ました。
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正門から見た本館方面。
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最後の正門を撮影。
本館とともに、正門も国宝に指定されています。 -
迎賓館赤坂離宮から学習院初等科の脇を歩いて、カフェミクニズに来ました。今日はここでランチです。
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三國清三(みくにきよみ)シェフのお店です。
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住宅地の路地の奥に店があります。
オテル・ドゥ・ミクニの裏側になります。 -
Plat du jour“本日のお料理セット”をいただきます。
Plat du jour (パン+スープ+アミューズ+メイン) 1380円。
かぼちゃの冷製スープ -
パン
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アミューズは豆のサラダ。新鮮な豆たち。ドレッシングもいいです。
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メインのたら。トビコソースの味わいもよし。
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なかなかおしゃれな感じです。店内は女性客でいっぱいです。
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食後にケーキと珈琲をいただきました。
シブーストポアール。
ふんわろとしたケーキ。とろけます。シブーストクリームはいい味です。
中の洋梨のソテーがさらに美味しさを醸し出します。 -
サントノーレキャラメルバナーヌ。
キャラメルクリームの苦みが何とも言えずいい感じです。タルトとバナナの香りもよし。 -
珈琲。外は雨。ゆっくりとランチとケーキを楽しみました。
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中庭の向こうは、オテルドミクニです。
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カフェミクニズを出ました。
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雨の中ですが、せっかくなので少し歩いてみます。
この辺りは坂が多いです。 -
鉄砲坂
江戸時代このあたりに鉄砲組屋敷があり、鉄砲訓練場や鉄砲鍛冶場などもあったためこう呼ばれるようになった。また、それ以前は、この地に鈴降稲荷という稲荷社があったことから、稲荷坂とも呼ばれていたという。 -
雨なので、人も歩いていません。
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戒行寺坂
須賀町戒行寺の南脇を東に下る坂である。坂名はこの戒行寺に因むものである。別名油揚坂ともいわれる。これは、昔この坂の途中に豆腐屋があり、良質の油揚をつくっていたためこう呼ばれたという。 -
坂上に戒行寺がありました。
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須賀神社に来ました。
今や、「君の名は。」ですっかり有名になりました。
私が須賀神社に来たのは、2010年以来です。
その時は、折りたたみ自転車で巡りました。
☆ビアンキFRETTAで四谷巡り☆坂の街とお岩さんゆかりの地☆2010/05/07
https://4travel.jp/travelogue/10469799 -
雨の須賀神社。
須佐之男命(スサノオノミコト)・宇迦能御魂命(ウカノミタマノミコト)を祀っています。 -
今や聖地として観光地です。
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立花瀧と宮水三葉の階段です。
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静かな住宅街にたくさんの人が訪れ、賑やかだったことでしょう。
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一人だけ男性が階段のあちこちで写真を撮っていました。
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須賀神社から新宿通り向かう坂。
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東福院坂
坂の途中にある阿祥山東福院に因んでこう呼ばれた。別名の天王坂は、明治以前の須賀神社が牛頭天王社と称していたため、この辺りが天王横町と呼ばれていたことによる。 -
新宿通りのドラゴーネ四谷店です。
天然醗酵母パンのベーカリー。
人気の幻の食パンなどを購入しました。 -
雨でしたが、迎賓館赤坂離宮は見ごたえ十分でした。
しっかりした冊子がいただけます。 -
冊子には写真も載っています。家で眺めながら、迎賓館赤坂離宮を振り返りました。
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