2020/01/31 - 2020/01/31
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ちびのぱぱさん
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三井三池という語呂が、いつか教科書で学んでから頭の隅に残っています。
曰く、過酷な炭鉱労働……。
狭い斜坑を女こどもがトロッコを押して上がる……。
一日12時間労働……。
世界遺産になったとか。
熊本で借りたレンタカーで、訪れる事にしました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
-
もう、午後も4時になろうとしていてた頃、万田炭鉱館という記念館前のガランとした駐車場に車を止め、410円の入場料を払い、そこからテクテク歩いて遠くに見える塀で囲まれた敷地に向かいます。
近くに来ると、それらしき煉瓦造りの建物が見えてくる。
まさに、廃墟と呼ぶにふさわしいたたずまい。
半世紀も前の子供時代に、東京の郊外の放棄された工場跡などに遊びに行くと、こんな場所があったなあ。
「探検」と称して忍び込んだりした。
門番の人に挨拶して、中に足を踏み入れる。 -
宮原坑 第二竪坑 巻揚機室
明治38年建設 重要文化財です。
少し雨がぱらついていたのですが、再び青空が雲間に覗くようになりました。
「もう時間で、案内はできんのですが、すんません、勝手に見ていって下さい。」
柳川の川下りで世話になった船頭さんとよく似た方が、気さくに頭を下げます。
いえいえ、こちらとしては自分のペースで見られるので願ってもない事です。
ちゃちゃっと見てしまおうと思ってましたので、と心の中でつぶやく。 -
「あれは、職場と言って、機械のメンテナンスなどをしてたところですもんね。」
案内はしないと言いながら、簡単に説明して下さいます。 -
相方の指示で、「職場」で働く人になりきろうとしています。
腰が悪いので、奮闘むなしくへっぴりごしです。 -
「職場」のほうから第二竪坑の櫓の方を見ています。
線路が引かれている。 -
「職場」の中。
だれが書いたか「ご苦労さん」。 -
ここで何でも修理していたらしい。
工具類がほこりをかぶって、ずらりと並んでいる。
居抜きの工場みたい。
そのまま、ここは1997年3月30日に「閉山」したんだなあ。
「今日で、この宮原坑も500年の歴史を閉じます。みなさん、お疲れさん!」
江戸時代からぼつぼつ掘られていたという燃える石、石炭。
その最後の日の情景をしばし想像してみました。 -
竪坑櫓の方に向かいます。
-
ぐるっと回り込んで行く。
-
脱衣所や風呂場があったという。
一仕事終わって、真っ黒になった顔や汗を流したのかなあ。
厳しい労働から解放された安堵感が支配したのだろうか。
きついながらもそこには日常があって、後世の私たちが有り体に評価するのはむずかしい。
社会活動家が、その労働条件の悪さをルポし社会に訴えるが、当の労働者たちはそれでおまんまを頂いているありがたい場所だったりする。 -
この辺り、整備中との事で、塀に囲まれていました。
-
第一竪坑のほうに繋がるトンネル。
線路に残されたトロッコは「炭がん」という。
「がん」というのはたぶん缶のことでしょう。
インディージョーンズがこれに乗ってめちゃくちゃスピードで走っていた。 -
その反対側には第二竪坑。
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第二竪坑の方に入って行きます。
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これはエレベーターですね。
一度に25人もこれに乗って、横浜のランドマークタワーくらいの深さに一気に降りる。
「たった1分で263m降りますから、ほとんど落ちるようなもんですもんね。」
案内をしないはずですが、けっこう案内して下さる。 -
内部はこんな感じ。
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有名な映画のロケにも使われた。
「るろうに剣心」だったかな。
記念館の方でも大々的に取り上げられていて、明治産業革命の方は隅に追いやられている。 -
炭鉱には事故がつきもの。
炭塵爆発で何百人も死ぬような事故が起きる事があります。
ここからほど近い三川炭坑では458名の死者を出す史上最悪の事故が起きています。
そういうときは、このベルが鳴り響くのだろうか。 -
取り乱した係の男が、電話で本部や警察に連絡する。
人々の怒号が飛び交う。
北海道でも炭坑ガス爆発の大事故が南大夕張炭坑で起きています。
わたしが北海道に来た年で、1985年3月。
62人が亡くなっている。
知り合いで、たまたま用事で他の人に代わってもらって難を逃れた方がいます。
助かって嬉しい気持ちより、代わりに行って亡くなった方への申し訳ない気持がそれを上回るとおっしゃっていました。 -
天窓から降り注ぐ明かり。
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外に出ると、すっかり晴れ上がっている。
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歩いて、第一竪坑の方に向かいます。
西日を受けて輝く第二竪坑櫓とレンガの巻揚機室。
櫓は綺麗に塗装されていますが、明治41年のものです。
高さ18,8m。 -
雲の感じがいい。
絵にするのに良い感じです。 -
第一竪坑の脇の選炭場あと。
明治32年に建てられた第一竪坑櫓は、第二竪坑の櫓の2倍もあったと言います。
今では、第一竪坑は基礎部分しか残っていません。
30,2mの櫓は北海道芦別で第二の人生を送りましたが、その後取り壊されています。 -
選炭場跡から見た第二竪坑。
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第二竪坑の方に戻ります。
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レンガのアーチ。
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かつての建物の入口でしょうか。
世界遺産になる前に壊れたのかな。
どちらかというと、廃墟マニアなので、こういうのに郷愁を感じる。 -
ここにも竪坑に降りるエレベーター。
塗装も残り保存状態が良い。 -
ふんどし一丁の男たち25人がすし詰めで地底に降りて行く。
「だれだっ、俺の尻に触ったやつ!」
「おめえ、きのう餃子食ったな!」
みたいな会話しながら降りていったんだろうか。
3密状態の山手線みたいな感じですが、どちらかというと裸祭りかな? -
赤レンガの巻揚機室前に戻ると、先ほどの男性職員が内部を案内して下さるという。
階段を上がる中二階にでっかい巻き揚げ機。 -
人間との比較で分かる巨大な巻き揚げ機。
こちらは、資材の上げ下ろしに使われたようです。 -
二階にもうひとつ、いくらか小さめの巻き揚げ機があり、こちらで落っこちる位の速さで炭坑夫たちが降ろされた。
登る時にどのくらいのスピードなのかは聞き忘れました。
どっちにしても、横浜ランドマークですから、耳がおかしくなる。 -
まだまだ現役感が残っている。
操作用の各種レバー。
「電気工事のため送電禁止」の札が掛かる。
3/5と日付が書かれ担当者のサインも。
ここが閉坑になった昭和26年3月のものだろうか。
そのまま外される事もなく残っている。 -
ロープの巻き揚げ速度メーターでしょうか。
「1分間に270m」の文字が見えます。
地下に降りれば、総延長150kmにわたる坑道が縦横に走っている。
まさに地底世界。
戦後まで、掘る仕事は男性が行い、それを押し上げて行くのは女性の仕事。
男勝りの女性がいなければ成り立たなかったという炭坑。
「炭坑節」は女性作業員が歌ったものだそうですが、こどもの頃にこれを歌ったら、なぜか母親にエラい剣幕で怒られた。 -
地下との直通電話。
地下263mから「上げてー」とか言ってたのでしょうか。
明治時代は主に囚人が労働力となりました。
三池集治監というのがあったそうです。
札幌近郊にも樺戸集治監が有名です。
明治維新で武士たちが失業し、各地で反乱が起こった。
この近くではもちろん西南戦争がありました。
熊本は激戦地です。
そこで敗北して捕虜になった囚人たちもいたのでしょう。 -
記念館の方にゆくと、ミニシアターなどがあっていろいろ勉強できます。
こちらはここでロケを行った「るろうに剣心」の俳優さんが着ていた衣装。 -
全体の復元模型。
さて……、熊本に戻ります。 -
レンタカーを返してホテルに戻る途中。
船場橋の上から熊本城のライトアップ。
「せんば山にはたぬきがおってさ」
の「せんば」とはこの辺りの事だという説があるそうです。 -
夕食を食べに町に出ました。
サクラマチkumamoto越しに、再び熊本城。
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