2015/04/01 - 2015/04/01
4265位(同エリア26389件中)
毛利慎太朗さん
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この旅行記のスケジュール
2015/04/01
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電車での移動
一ノ関6:48(はやぶさ102)東京8:56
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東京9:10(のぞみ19)京都11:25
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京都(東福寺・丹波橋・枚方市経由)北浜
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北浜(動物園前・新今宮・天王寺経由)鳳
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羽衣線2往復
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電車での移動
17:22鳳(快速)17:58大阪(大阪環状線)天満
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この旅行記スケジュールを元に
2015年4月1日(水)~4月3日(金)に行った旅行の1日目。
大阪・京都方面には2011年6月、2012年4月にも行っており今回が3度目の旅。
4月2日に妹の入学式があるというので、母を枚方市駅まで”回送”するという目的も兼ねてあります。
また友人より「国鉄車両の写真をよろしく」と言われていましたので、確実に国鉄車両に出会えるであろう阪和線の羽衣線を目指して乗り鉄旅をしたのがこの日の行程であります。
ではご覧ください。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
2015年4月1日(水)京都駅までの行程は以下の通り。
06:48 一ノ関
↓はやぶさ102
08:56 東京
09:10 東京
↓のぞみ19
11:25 京都
この日の1枚目は東京駅より乗った「N700A」のロゴより始まる。
俗にいう「スモールA」というやつですか。
「N700A」のうち、既存の「N700系」を改造した部類。
このときの改良点としては
◎ブレーキの改良、地震時にはより短い距離で停まれるようになる。
◎定速走行装置を導入、遅延も柔軟に対処できるようになる。
◎空気タンクの増設により、カーブでの速度がより向上。
東海道・山陽新幹線では2013年9月より改良工事をはじめ、2016年3月に「N700系」がすべて「N700A」となった模様。 -
到着がお昼近くなので、車内販売より「必勝出陣弁当(当時・税込1000円)」を買う。
どうやら期間限定の弁当らしかった。
熊本の旅行記の時にJRパッセンジャーズの弁当を少々DISったが、実際食べたのはこの時と帰りの2回だけ。
今思い返してみると、お煮つけやおにぎりの塩梅もよいし、バイ貝という珍味も入っているし、これらをつまみに酒を飲むのも悪くないと思う。
さすが特急の食堂車を運営していた『日本食堂』の流れをくむ企業だけはある。
だけど、コスパを考えると『崎陽軒のシウマイ弁当』にどうしても軍配があがる。 -
京都に到着し、JR奈良線のホームへ向かう。
写真は9番線に停まっていた11:37発の城陽行き(103系)である。
これに乗りたい気持ちを抑え、隣の8番線ホームに停まっていた11:34発のみやこ路快速(221系・103系の陰になっていて見えない)に乗って一足早く東福寺駅を目指したものと思う。
ちなみに、これを編集している時点(2020年5月)で、吹田総合車両所奈良支所所属の103系は2本のみとなり、大部分は阪和線から転属してきた205系(0番台・1000番台)に置き換わっている。 -
東福寺でおけいはん(京阪電気鉄道)の準急に乗り換え。
東福寺は準急か普通しか停まらないのがややネックだが1時間に4本程度あるので、一ノ関駅よりはまだましなほう。
写真の7052(7000系)は平成元年(1989)9月・川崎重工製。 -
なので、行き先表示はバリバリの幕。
JR西なんかと同じ白抜き文字。
種別と行き先でワンセット。
JRだと、『準急』はまずないし、『急行』も滅多にない。
撮影場所が丹波橋、ということは… -
途中で『特急』に乗り換えたりして。
写真の3052(3000系・2代目)は2008年7月・川崎重工製。
京阪3000系は同年10月開業の中之島線直通用として配備されたが、この当時も現在も専ら8000系とともに本線の特急運用についているという、変わった経歴の持ち主。 -
ちょいと撮り鉄タイム。
京阪は専門外で、ここで紹介する車両はこの”トーマス電車"こと10006号編成だけにする。
塗装が塗られていたのは2014年12月~2016年3月とのこと。
あまりの派手さに度肝を抜いた。 -
パンタが下枠交差ってのもイカすね。
これ実際目にするのは金太郎(EH500)ぐらいだもんな~
一ノ関駅在来線ではそれと大型パンタのプレハブ(701系)が主みたいなもんだから、シングルアーム(E721系)は、なんかのけ者扱いされてるようだ。
それはさておき、ここで母とは別行動となる。 -
で、次の写真は何気に北浜駅。
乗ってきた列車も『トーマス』の8000系・8010号編成だった。
2019年12月に行先表示がLED幕になったらしい。 -
そこからほど近い、『北浜レトロ』で一服。
建物は1912年に証券仲買業者の社屋として建てられたもの。
登録有形文化財。北浜レトロ グルメ・レストラン
-
たしか紅茶はアールグレイを頼んだはず。
割と濃いめだけど、ベルガモットの清涼感が口を駆け抜け、爽やかな気分になりました。
ケーキはオーソドックスだけどいちごショートを頼みました。
不二家のショートケーキみたいにクリームが厚くて食べごたえがある。
このケーキセットのお会計は当時1150円(税込)で、現在は1300円らしい。
紅茶の専門家がいる店なので、その技術料としては妥当な線かな。 -
イチオシ
喫茶店を後にし、観光気分でこんなアングルから写真を撮ってみました。
題をつけるなら「大阪取引所と五代さま(五代友厚)」としますか。
かつて『大証』といわれていたところですね。
2013年に東証と合併したので、てっきり取引所自体はなくなったかと思っていたが、なんらかの金融商品を扱っている模様。
この取引所をつくったのが何を隠そう”五代さま”で、他にも大阪商工会議所や大阪市立大学をつくり、東の”渋沢栄一翁”と並び称される実業家であります。
ちなみに、この年度の後期朝ドラが「あさが来た」だった。
多くの御婦人方がこの翌年1月22日に『五代ロス』に陥ったとは、まさに『びっくりぽんや~』大阪証券取引所前 五代友厚像 名所・史跡
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渡らなかったけど難波橋(なにわばし)
ライオンがシンボルみたいに鎮座しており、なんだか三越の玄関みたいだな~難波橋(ライオン橋) 名所・史跡
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橋は大正4年(1915)年に架橋され、昭和50年(1975)に改修されたもの。
どうりでアーチの部分が新しめであるが、それもまた美しい。
故きを温ねて新しきを知るというか、リノベーションとでもいうか。 -
イチオシ
大阪市営地下鉄(当時)堺筋線で動物園前駅まで乗車し、その後は新今宮駅で乗り換える。
時刻表なんかを見ると乗換駅ではないものの、マップルの文庫地図(まあ、グーグルマップなんか)でも新今宮駅と動物園前駅6番出口が近いのがわかる。
乗らなかったけど一応参考記録にオレンジバーミリオン(朱色1号)の103系高運転台車。
もろに40N更新(製造後40年使用を前提とした改造)した車両とわかる。
ライトが埋め込まれてる感じから。
ちなみに大阪環状線より103系が引退したのが2017年10月3日、日付が形式にちなんだのがニクい演出というか。 -
それで、実際に乗り込んだのが大阪環状線でなくてこの関西本線201系です。
中央線快速の201系を見慣れている方はこの塗装は違和感を感じる事でしょう。
「山手線の201系!?あれ、なんか白帯入っているし、JR東の201系はほんまもんの幕じゃなかったけか」って具合に。
JR西日本の201系の幕LED化については2012年11月より段階的に進められていました。
「ユニバーサル直通」幕の場合だと見えづらくなったと感じた諸兄も多いことでしょう。
なお、2020年2月の報道で、JR京都・神戸線に225系を投入すると発表。
221系の玉つきで、吹田総合車両所奈良支所(近ナラ)・201系の引退にリーチがかかっている。 -
イチオシ
天王寺到着。
「OSAKA POWER LOOP」色の103系とすれ違う。
「大阪環状線改造プロジェクト」の一環として導入されたラッピング車両。
なお、このラッピング車両の引退は2017年9月とのこと。 -
ラッピングの一例はこんな感じです。
やっぱ『諭吉さん』は大事でしょう。
この方も大阪出身(育ちは大分県中津市)で、若いころは大阪の蘭学塾で勉学にいそしんだので、ラッピングに採用されたのだろうと。
2024年度に『栄一さん』にお札の顔が交代するので、この方も引退にリーチがかかっている -
ついでに方向幕もパシャリ!
JR西日本ではお馴染みの白ぬき!
「osaka Loop Line」というのか、英語では。
なかなか耳なじみしないね。 -
その後は205系・6両に乗ってひとまず鳳方面を目指すことに。
2011年に乗った時は行き先表示が幕であった。
そのころからLED化が行われていたみたい。
なお、このクハ204‐38は1986年8月製造で正真正銘・国鉄車両。
現在この編成は4両に短編成化したうえで、近ナラNE404編成として奈良線で絶賛活躍中である。
しかしながら、中間車運転台改造の仙石線205系を見慣れているせいか、原型顔だとホッとするね。
あれはアンドロイドの液晶に顔が近く、近未来的なデザインだし。 -
イチオシ
だけれども、このまま205系に乗りっぱなしで鳳駅に行くのもつまらないので、1駅先の美章園で降りることに。
ここからは撮り鉄タイム。
103系高運転台車(HK604編成)がやってきたので、カシャリ!
拡大するとブレブレだけど顔がまっすぐとれているので、upしました。
ちなみに、阪和線”本線”より103系の定期運用が無くなったとされるのが2017年7月末。 -
パンタグラフも何気に収めていました。
綺麗な菱形ですこと。
パンタグラフだけでなく窓周りも何気に収めているのがいいね。
30N更新やユニット窓という特徴もわかりますね。
30N更新とは製造後30年使用できるように改造された車両で、楕円ライトや銀色サッシが原型をとどめている車両が多いです。
ユニット窓とは窓周りが額縁のように埋め込まれている窓です。
これに対して、非ユニット窓といって窓周りが縁どられていなくて、四隅が丸くなっています。
103系の初期車両は非ユニット窓でした。 -
イチオシ
その後は何気に撮り鉄タイムです。
引退間近の381系「くろしお18号」とか…
(この年の10月引退、天王寺14:34着) -
最近ツレの271系がニートレインになった「はるか」とか…
(当時の時刻表を調べると天王寺14:32発のはるか87号と判明、アレれ臨時列車!) -
天王寺14:40着の関空・紀州路快速の223系とか…
(なんか225系に出会ってないな、今回は) -
んでもってさきほどすれ違ったHK604編成に乗り込む。
(この編成は2018年1月廃車) -
イチオシ
杉本町で退避のため数分ほど停車。
その間に4番線の階段から2番線方面を1枚。
写真はHK601編成。
天王寺方のクハ103-149は延命NA更新車で30N更新車と同じく側面が銀色サッシであるが、30Nだと前面窓が1枚、屋根回りがのっぺりしているのでそこが相違点である。
一方隣のモハ103-509は40N更新車で屋根回りのっぺりの、窓は201系と似たような逆T字型黒サッシである。
しかも屋根の高さがあっておらず、モハ103-509の元先頭車は高運転台車だったのではないかと推測する。 -
運転台はこのようになっております。
典型的な間接制御の運転台で、路面電車の間接制御車と違って、マスコンが一体となっているような気がする。
撮影場所は浅香駅手前の『大和川橋梁』であろう。 -
更新工事により扇風機が撤去され、代わりにこのような送風機がついた。
扇風機に比べ、情緒がないが実用的である。 -
優先席のモケットの色がJR東に比べ個性的だったので1枚!
もはや芸術作品。
ちなみに、30N更新や40N更新車は網棚がパイプである。 -
鳳到着。
方向幕に目を向けると本来ではありえない行き先が! -
はてさて、羽衣線に乗り換えるとするか。
羽衣線は鳳~東羽衣のわずか1駅間・1.7キロを結ぶ阪和線の支線。
ここから103系が引退したのは本線から少々遅れて2018年3月の事。
HL102編成のクハ103-162(東羽衣方)は特別保全工事施工車で、先ほどのクハ103-409と同じく原型をとどめている部類。 -
ちなみに鳳方のクモハ103-2503は延命NA更新車ですが、ライトが楕円であっぺとっぺ(あべこべ)です。
なんか「149」とか「162」とかの車番を見ているので、いきなり「2503」という車番を見てしまうと違和感を感じます。
そう思って調べてみると元はモハ103‐241で、JR京都・神戸線用の中間車を片町線増結用に先頭車化改造された車両だったんですね。 -
幕は鳳、東羽衣と出すのが面倒なのでシンプルに『羽衣線』となっています。
「For Hagoromo Line」って文法的にどうよって感じです。
”For”はいらんような。 -
車内の様子はこんな感じです。
ベーシックな4ダア車、窓も銀色サッシ、つり革も丸で、網棚もホンマモンの網。
ノスタルージーな車内。 -
そして延命NA工事車の極めつけ的特徴である、『扇風機』
『JR西日本』のロゴ入り。
なかなか今扇風機が付いている車両を探すのが難しい。
昔は八戸線のキハ40とか、飯坂電車の7000系とか。
JR北海道の40にはたしか「JNR」のロゴが付いた強者もいたような。 -
東羽衣では駅前のデイリーヤマザキで時間をつぶしただけですぐとんぼ返り。
だがしかし、そこで持参したジャンプ傘を忘れたことを鳳駅で気が付く始末。
だから折り畳み傘買えってえの~
無くなって損をするわけではないが、傘がやっぱり惜しくなったのでまた東羽衣へ戻ることに。
次の東羽衣行きが出発する前にまた撮り鉄タイム。
「豚鼻&延命NA」クハ103‐149と「楕円&延命N40」クハ103‐249の並び。
因みに延命N40≠40Nである。
どちらも前面3枚窓コンビで、なんかなごむな~ -
お次の写真は「HK602編成」
なんだ、天王寺方が30N更新・低運転台車かと、思ったそこのあなた侮るなかれ。 -
鳳方の先頭車はなんと「40N更新・高運転台車」ではないか。
先ほどのHL102編成同様、Woo~ABEKOBE! -
その後は再び東羽衣駅へ行って、デイリーで傘を回収。
帰り際にクモハ103-2503と”自撮り”。
この年の9月よりJR西ではセルフィースティックが禁止となったが、それは使用しない主義者なので今後もこのようなミラーを使った変わり種というか”元祖自撮り”写真を撮っていきたいと思う。(他のトラベラーさまのパクリで恐縮ですが…) -
鳳に戻って、再び撮り鉄タイム、とはいえどもいい写真はこの1枚だけ。
「HK609編成」のケツ撮り。
「クハ103-256」という文字に見覚えあり、ネットサーフィンすると元「森ノ宮電車区(現・吹田総合車両所森ノ宮支所)所属、USJ塗装」と出てきた。
そう、2011年6月に乗った編成で間違いなし。
ジュラシックパーク、ET、ターミネーターなどのキャラクターが描かれていた。
2012年に日根野電車区(現・吹田総合車両所日根野支所)へ配属となった車両である。 -
17:22 鳳
↓関空・紀州路快速
17:58 大阪
鉄道写真を撮りまくってドッと疲れたので、一気に快速でワープ。
これも223系。 -
そののちは大阪環状線の201系に乗り換えたんだけど、よく考えれば関空・紀州路快速って大阪~京橋~天王寺各停なので乗り換えなくてよかったかも。
頭の糖分を使い果たして、空回り状態だったのかも。
まあ、201系のなんぼかましな写真撮れただけでもいいほうか。
補足として、大阪環状線の201系は2019年6月17日をもって引退した。 -
糖分を使い果たしたのなら、”ガソリン”を注入せねば。
『浪花恋しぐれ』のセリフじゃないが「酒や、酒や、酒や」と意気込む。
晩酌は、酒豪・吉田類大先生も立ち寄った「天満酒蔵」に決めた。
店内はうなぎの寝床みたいに長かったが、それもまたいい。天満酒蔵 グルメ・レストラン
-
さて、何にしようかとショーケース型の冷蔵庫を眺める。
(無論、メニュー表も眺めたが)
カマス、イワシ、蛤、サザエ、鯛、サンマの上段にトマト、ポテサラなどが並ぶ。
千差万別というか、ショーケースの混合ダブルスというか。
しかし、ポテサラをチョイスしなかったのは痛恨のミスだと今更ながらに感じた。
つなぎの前菜としてはもってこいだろうに。 -
ってなわけで上撰(当時270円)を御燗せず、ほたるいかでちびりちびりとやる。
とにかくこの頃は御燗は悪酔いするという迷信を信じていたので、こうなった。
でも、今となっては上撰酒は御燗しないとかえって悪酔いするくらいだ。
沖漬けの肝の風味もよいが、酢味噌でシンプルに食べるのもまたよい。
とにかく春を感じる味、富山湾の恵みに感謝だ。 -
次に関東煮盛合わせ(当時400円)を頼む。
関東煮(かんとだき)とは関西で”おでん”を指す言葉。
もともと関西にはみそ田楽(これも”おでん”といわれていた)しかなかったが、大正12年(1923)・関東大震災の際に、そこから避難してきた料理人が伝えたから、そう呼ばれたらしい。
薄口しょうゆで恐らく煮込んでいるけど、大根の色が濃いめではある。
味がしゅんでいて、ほっこりする味。
ねぎま(正真正銘マグロにネギを挟んだもの)も程よいやわらかさに煮えてました。
鶏肉のねぎまもいいけど、こちらも味わいぶかし。
魚の出汁が出て、おでんの汁に奥ゆかしさを与える。
これを焼いたものもメニューにあるので、次回はそれを食べてみたい。 -
その次のカマスも脂がのって、実のほぐれが柔らかでウマス!
どうもサヨリに似ているけれど、あちらは顎のあたりに鋭利なものが付いているし、これは歯がギザギザなのでカマス。
たぶん旬から「赤カマス」かと。 -
お次は「鯨カツ」をいただく。
衣がサクッと軽くてウマーベラス、おいC(by富澤たけし)
うちの父(昭和33年生まれ)が想像する鯨カツとは180度違うと思う。
あの時代の給食の鯨カツは冷凍で傷んだ肉を使ったのであまりおいしくなかったと思うが、これは淡白な味で酒が勧む、勧む。
今度はおやあ~、”特急”酒じゃなくて”特級”酒を注文しましたか。
鉄道ジョークスマソ<m(__)m>
心なしか上撰より飲みやすさはある。 -
その次は「きずし」を頼む。
まあ東日本でいう「しめさば」なのだが、関西のほうは若干〆具合がきついらしい。
けれどもこれの〆具合は丁度よく、痒いところに手が届くといった具合か(誉め言葉) -
鳳じゃなくて大取り(これも鉄道ジョークとしとくか)は「サザエのつぼ焼き」と参ろう。
肝はじゃりじゃりしてなくて、独特の苦みが「大人の味だな~」と思う。
実のところサザエの良さがわかったのは、昨年7月に仙台「新富寿司」で頂いた時の事。
子供の時、男鹿半島で食べたときはその苦さ故降参し、母に押し付けたくらいだったもの。
さてある程度満腹になったし、キリのいいところで店を去りぬ。
こののちは駅前のマック(関西人はマクドというが)で、シェークを飲みながらタブレットをいじって少々時間つぶしをしたのち、天神橋筋六丁目~東梅田を地下鉄で移動し、今宵のねぐら「R&Bホテル梅田東」に帰着す。
なぜ環状線を使わなかったかというと帰宅ラッシュで混んでいて、梅田にむかう地下鉄なら空いているだろうと憶測したからである。
よって1日目の行程はここまで!
今後の予定だが2、3日目分はまとめて投稿したいと思っているところである。
2、3日目編は鐵要素少な目、グルメ中心の予定でいこうと思います。
取り敢えず、ご覧くださいましてありがとうございます。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- オーヤシクタンさん 2021/04/08 10:58:30
- 103系と大衆酒場。
- 毛利慎太郎様、こんにちは。
オーヤシクタンでございます。
自分からコメントするのはあまり得意ではないので、簡単にコメントします。
103系‥
いやぁ、懐かしいですね。
日本の高度経済成長に貢献した電車です。
神奈川県民の私としては、京浜東北線・南武線ではよく乗りました。
当たり前のように乗っていた電車でしたが、18才ぐらいから車中心で電車に乗らなくなってしまっていたので、103系や113系は知らぬ間にいなくなってしまいました。
この作品は2015年と6年前のようですが、あの頃は大阪環状線でも多く走っていたのは私も見ました。
大阪でも新型車両への置き換えが進み、今、103系に乗れるのは奈良線・和田岬線・播但線くらいでしょうか。
鉄ネタ満載の内に取り上げられている大衆食堂・酒場。
そして、喫茶店の内容が共感をもてます。
103系と大衆酒場は日本の労働者にとって、切っても切れない関係ですね。
新橋のガード下を彷彿させます。
コロナ禍のご時世、あのような飲食店が潰れないでいることを願うばかりです。
ありがとうございました。
オーヤシクタン。
- 毛利慎太朗さん からの返信 2021/04/09 12:31:02
- Re: 103系と大衆酒場。
- オーヤシクタンさま、拙稿に丁寧なご感想を寄せてくださり、誠にありがとうございます。
ならびに、推敲に時間がかかりすぎて返信が遅れましたこと誠に申し訳ございません。
まず、国鉄車両などについて。
「103系と大衆酒場と日本の労働者は切っても切れない関係」的を得たような発言で、思わず感嘆の声をあげてしまいます。
ニュー新橋ビルやガード下で、一杯どころか梯子してまわったサラリーマンが、いざ新橋駅に着くと終電の時間となっており、緑色や青色の電車が、あ~やっちゃった~飲み直すかってテンプレみたいな情景を思い浮かべてしまいそうですね。
これがE235系だったら、「情緒」がわかず、「タクシーさっさと乗れ」という冷徹な現実をつきつけられた感じですよね。
キハ40なんかも新潟方面へ何度も抜けるために利用したことがあり、「またこいつか、58や52だったらいいのに」と何度も思ったことがありましたが、昨年置き換えが完了すると何だか物悲しいものです。
185系も、遜色特急だと思って敢えて乗ろうと思いませんでしたが、引退のとき、鉄道ファンの間でMT54(喧しい)やら、窓が開くことなどが、話題にあがるくらいだったら乗っとくべきだったんじゃないかな~と。
それに引き換えJR西日本は紀勢本線から105系が消えた昨今でも、播但線ほか、岡山地区や山口地区は比較的国鉄車両がいて、記録するなら今のうちという感じです。
播但線や加古川線などは227系のICOCA内蔵車がきて置き換えられそうですので、記録して正解だったと思います。
東北からそちらに出向くとしても、仙台、東京、大阪など流行地を通らざるを得ず、他トラベラーさまの旅行記で懐古にひたるしかないでしょうね。
最後に純喫茶、大衆酒場も興味分野であり、それプラス古い建築物にも多いに興味がそそられます。
仙台の「源氏」は度々訪れておりましたし、神保町「さぼうる」、鶯谷「鍵屋」などもいったことがあります。
私もこれら趣のある店が、コロナを乗りきり、再訪できることを願ってやみません。
ともあれ、こちらの分野迄お誉めの言葉を頂き、励みになります。
-
- Akrさん 2020/05/02 13:31:30
- 少し前の事なのに
- 毛利慎太朗さま
こんにちは。Akrでございます。
私的に旬なネタにヒットしました。
2015年ですか。私も2016年に阪和線でスカイブルー103系高運転台に乗りました。懐かしいです。環状線もオレンジの201系がまだ活躍していましたね。あれから数年でかなり国鉄型も淘汰されたというのが良く分かります。羽衣支線は乗らないうちに103系が居なくなってしまいました。近くに行った時は乗れるなら乗っておくべきですね。痛感しました。JR西の延命工事も様々あるんですね。車内の扇風機が埋め込み型ファンデリアになってたり、前照灯が埋め込み式だったりとか微妙に形状が違いますね。
できれば私もこのころにもっと乗っておきたかった。
貴重なお写真ありがとうございました。
-Akr-
- 毛利慎太朗さん からの返信 2020/05/02 17:16:31
- Re: 少し前の事なのに
- Akrさま、こないだはどうもです。
オフ会の様子楽しく拝見させていただきました。
「キハ82のデザイン以外認めん」の下り大笑いでございました。
失礼ながら「何故にブルドックみたいな81のほうやないねん」と内心突っ込みましたけど。
でも82とかキハ181のデザイン、国鉄型の標準ぽくていいですよね。
角すぎず、キハ187のような平たい顔すぎず、角のまるっこさもあってちょうどよい。
確かに復刻してほしいデザインではありますね、キハ58や165系なんかと同様で。
キハ189をそれらしくできないものでしょうか(ステンレスだから無理かな)
さて、旅行記お褒めに預かって誠に光栄なことでございます。
撮影機材も三連写しかきかないLUMIXで撮りましたので、ほぼ駅撮ですけれども。
今見返してみますと、103系ってほんとにいろいろな顔があって(貫通扉あり、中間車改あり)金太郎以上に奥ゆかしい車両でした。
これも改造工事を様々やって「古い車両を末長く」もたせたJR西の努力の決勝がこの顔つきの多様さです、技術賞をやりたいくらいです。
私個人としましては高運転台の前面三枚窓の車両(このときはそういう車両は非現存でしたけれども)をなんとなく生で見てみたかったですね。
まあ、ネットサーフィンするしかないか。
最後にJR西の乗降客の多い駅でホームドアが設置され、撮り鉄がしにくくなってるのをあなた様の旅行記を一読して感じました。
危険防止といわれればやむをえませんが、われわれも工夫してうまく『顔つき』を撮らねばなあと思います。
- 毛利慎太朗さん からの返信 2020/05/02 17:20:26
- 訂正
- 貫通扉つきの車両にはであってませんけど、今までネットで見聞きした情報も加えてということで。
- Akrさん からの返信 2020/05/03 12:05:02
- キハ82愛(笑)
- 毛利慎太朗さま
キハ82に突っ込んでいただきありがとうございます(笑)
オフ会の議題でキハ82が上がったのですが、当時の特急はボンネットが当たり前で分割併合などは特急では想定していませんでしたので、キハ82の登場は画期的でした。貫通扉をつけると外観より機能性が優先されるのですがキハ82は違いました、脇まで回り込んだパノラミックウィンドウ、窓上の前照灯カバーの曲線美。これは素晴らしいデザインでしたねえ。
キハ181は似て非なりでライトカバーは四角いし、美しさの点では女性的な美しさが漂うキハ82に劣るとかなんとか酔っぱらって言ってたようです(覚えてないのか 笑)
毛利慎太朗さまの大阪・京都の続編も楽しく拝見させていただいてました。
失礼致しました。
-Akr-
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