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2020年2月16日(日)のお昼前、プエルトリコ(Puerto Rico)サンファン(San Juan)のエルモロ要塞(El Morro)の観光を終えて、ビエホサンファン(Viejo San Juan)と呼ばれるサンファン島(Isleta de San Juan)の「北西の三角形」にある歴史地区観光に進む。この地区にはスペイン植民地時代の街並みが残り、多くの建物が16世紀から17世紀にかけて建てられたもの。一部の市壁も残っており、1983年に「ラフォルタレサとプエルトリコのサンファン歴史地区(La Fortaleza and San Juan National Historic Site in Puerto Rico)」として世界文化遺産に登録された。<br /><br />まずはエルモロ要塞から広い草原の向かいに立派な建物が2つ建つが、向かって右手、西側の真ん中に赤いドームのある建物は植民地時代のものではない。1965年に建てられた造形大学(Escuela de Artes Plasticas y Diseno de Puerto Rico)の校舎。一方反対側、東側の四角くてでかい建物はバラハ兵舎(Cuartel de Ballaja)。こちらは16、17世紀ではないが、スペイン植民地時代の1854年から64年に掛けて建てられたもの。1898年まで約1000人の兵士とその家族の家として使われていた。その後、第2次大戦中には軍事病院として使われ、1976年にプエルトリコ政府に返還された。<br /><br />通路を抜けてパティオに入ると、外壁は黄色だったが、内側はピンク色で、各フロアに回廊があり、とてもいい感じ。かつて囲む部屋は、宿舎の他、倉庫や独房、馬小屋などとして使われていたが、現在は2階が博物館で、1階に劇場やカフェがあり、3階は事務所として使われている。2階にあるのは92年にオープンしたラスアメリカス博物館(Museo de las Americas)で、新大陸の美術作品と伝統遺産を所蔵し、アフリカの伝統、先住民、植民地化というテーマに取り組んでいる。常設展では、ラテンアメリカ先住民の各部族の特徴や暮らし、奴隷の歴史、プエルトリコの歴史、ラテンアメリカの文化がテーマとなっている。と、見てきたかのように書いてるが入ってない。パティオでは夜にかな、何かイベントをやるらしく、舞台や席のセットが行われていた。<br /><br />バラハ兵舎の少し南、西側の海に向けての市壁の上に建つのがカサブランカ(Casa Blanca)。これは古い。1521年に最初の総督ポンセ・デ・レオン(Juan Ponce de Leon)の住居として建てられたもの。彼自身はここに住むことはなかったが、彼の家族そして子孫が1700年半ばまで暮らしていた。その間には、タイノ族(Taino)の反乱の際の避難所となったこともある。元の木造りの家は火災に遭い、石造りで再建され、その後司令官官邸として使われた時期もあったが、1967年になってプエルトリコ政府に譲渡され、史跡として認定された。現在は16世紀から17世紀にかけての家具などを集めた博物館となっており、月曜以外は無料のガイドツアーで見学できるとあったが、ちょうど昼休みの時間だった。建物の周りをぐるっと回ったが、外からはなかなかいい感じに見えるところがなかったのは残念。<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.3893727957363866&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />カサブランカの南東、約5分ほどのところにあるのが、サンファンで最も古い歴史を持つサンファン大聖堂(Cathedral de San Juan)。元々は1521年に建てられたが1526年のハリケーンで倒壊し、現在に残るのは1540年以降に建設されたゴシック様式のもので、丸天井はその時に造られた。1598年のイングランド占領時には襲撃を受け、多くの宝が持ち去られた。1615年には再びハリケーンの被害を受けるが、資金不足で再建には長い時間を要した。19世紀に入りネオバロック様式の聖堂として改築され、ファサードが追加された。1917年に大規模な修復が行われた。<br /><br />1912年に初代総督ポンセ・デ・レオンの遺体がサンホセ教会から移され、横廊近くの大理石の墓に置かれた。また、ミイラ化された蝋で覆われた聖ピウス(San Pio)の遺骸もある。この古代ローマの殉教者は、ミイラ化後にガラスの箱に入れられ、1862年からここに置かれている。その他、プロビデンスの聖母(Virgen de la Providencia)、4本の矢が突き刺さった聖セバスティアノ(San Sebastian)の像や、サンファンの大司教を34年間務めたルイス・アポンテ・マルティネス(Luis Cardenal Aponte Martinez)枢機卿のお墓などがある。ステンドグラスも素晴らしい。<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.3900884469981548&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />大聖堂から南に下がり、湾側の市壁の上まで来ると突き当りにキリストのチャペル(Capilla del Cristo)が、その隣には鳩が溢れることで有名なラスパロマス公園(Parque Las Palomas)がある。チャペルは1753年から80年に掛けて造られたもので1940年代に改装工事が行われている。正面のファザードが有名で、しばしばプエルトリコのガイドブックの表紙に使われる。内部にはホセ・カンペチェ(Jose Campeche)の絵画と「奇跡(El Milagro)」と云うホルヘ・セン(Jorge Sen)の絵画があり、祭壇は銀と金で出来ている。確かにこれはちょっとすごい。隣の公園の鳩の数も怖ろしいものだった。<br /><br />このチャペルが建てられたのには由来がある。18世紀半ば、この辺りではお祭りの時に競馬が行われていたそうで、騎手の一人が馬を止められずに崖から転落したと云う。その時、当時の総督がキリストに彼を助けてくれと叫んだそうで、馬は死んだが騎手は助かり、キリストに感謝した彼が転倒した場所にチャペルを建てたと云う話。<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.3900902109979784&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />12時20分過ぎ、ようやく湾岸まで降りて来て、ピア1の西に到着。昨日この辺りを歩いた時に30分のボートツアーの呼び込みと会って、日曜は何時にあるのか聞いたら、12時半からと云ってたのでその時間に併せてやって来たのだが、誰もいない、船もいない(下の写真)。昨日の夕方にセーリングで海からの景色は十分に堪能したのではあるが、確か12US$とか云ってたし、時間に余裕があるので30分なら乗ろうかと思って来たのだが・・・ 騙されたかしら???<br /><br /><br />午後の観光に続く

プエルトリコ ビエホサンファン(Viejo San Juan, Puerto Rico)

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2020/02/16 - 2020/02/16

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ちふゆ

ちふゆさん

2020年2月16日(日)のお昼前、プエルトリコ(Puerto Rico)サンファン(San Juan)のエルモロ要塞(El Morro)の観光を終えて、ビエホサンファン(Viejo San Juan)と呼ばれるサンファン島(Isleta de San Juan)の「北西の三角形」にある歴史地区観光に進む。この地区にはスペイン植民地時代の街並みが残り、多くの建物が16世紀から17世紀にかけて建てられたもの。一部の市壁も残っており、1983年に「ラフォルタレサとプエルトリコのサンファン歴史地区(La Fortaleza and San Juan National Historic Site in Puerto Rico)」として世界文化遺産に登録された。

まずはエルモロ要塞から広い草原の向かいに立派な建物が2つ建つが、向かって右手、西側の真ん中に赤いドームのある建物は植民地時代のものではない。1965年に建てられた造形大学(Escuela de Artes Plasticas y Diseno de Puerto Rico)の校舎。一方反対側、東側の四角くてでかい建物はバラハ兵舎(Cuartel de Ballaja)。こちらは16、17世紀ではないが、スペイン植民地時代の1854年から64年に掛けて建てられたもの。1898年まで約1000人の兵士とその家族の家として使われていた。その後、第2次大戦中には軍事病院として使われ、1976年にプエルトリコ政府に返還された。

通路を抜けてパティオに入ると、外壁は黄色だったが、内側はピンク色で、各フロアに回廊があり、とてもいい感じ。かつて囲む部屋は、宿舎の他、倉庫や独房、馬小屋などとして使われていたが、現在は2階が博物館で、1階に劇場やカフェがあり、3階は事務所として使われている。2階にあるのは92年にオープンしたラスアメリカス博物館(Museo de las Americas)で、新大陸の美術作品と伝統遺産を所蔵し、アフリカの伝統、先住民、植民地化というテーマに取り組んでいる。常設展では、ラテンアメリカ先住民の各部族の特徴や暮らし、奴隷の歴史、プエルトリコの歴史、ラテンアメリカの文化がテーマとなっている。と、見てきたかのように書いてるが入ってない。パティオでは夜にかな、何かイベントをやるらしく、舞台や席のセットが行われていた。

バラハ兵舎の少し南、西側の海に向けての市壁の上に建つのがカサブランカ(Casa Blanca)。これは古い。1521年に最初の総督ポンセ・デ・レオン(Juan Ponce de Leon)の住居として建てられたもの。彼自身はここに住むことはなかったが、彼の家族そして子孫が1700年半ばまで暮らしていた。その間には、タイノ族(Taino)の反乱の際の避難所となったこともある。元の木造りの家は火災に遭い、石造りで再建され、その後司令官官邸として使われた時期もあったが、1967年になってプエルトリコ政府に譲渡され、史跡として認定された。現在は16世紀から17世紀にかけての家具などを集めた博物館となっており、月曜以外は無料のガイドツアーで見学できるとあったが、ちょうど昼休みの時間だった。建物の周りをぐるっと回ったが、外からはなかなかいい感じに見えるところがなかったのは残念。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.3893727957363866&type=1&l=223fe1adec

カサブランカの南東、約5分ほどのところにあるのが、サンファンで最も古い歴史を持つサンファン大聖堂(Cathedral de San Juan)。元々は1521年に建てられたが1526年のハリケーンで倒壊し、現在に残るのは1540年以降に建設されたゴシック様式のもので、丸天井はその時に造られた。1598年のイングランド占領時には襲撃を受け、多くの宝が持ち去られた。1615年には再びハリケーンの被害を受けるが、資金不足で再建には長い時間を要した。19世紀に入りネオバロック様式の聖堂として改築され、ファサードが追加された。1917年に大規模な修復が行われた。

1912年に初代総督ポンセ・デ・レオンの遺体がサンホセ教会から移され、横廊近くの大理石の墓に置かれた。また、ミイラ化された蝋で覆われた聖ピウス(San Pio)の遺骸もある。この古代ローマの殉教者は、ミイラ化後にガラスの箱に入れられ、1862年からここに置かれている。その他、プロビデンスの聖母(Virgen de la Providencia)、4本の矢が突き刺さった聖セバスティアノ(San Sebastian)の像や、サンファンの大司教を34年間務めたルイス・アポンテ・マルティネス(Luis Cardenal Aponte Martinez)枢機卿のお墓などがある。ステンドグラスも素晴らしい。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.3900884469981548&type=1&l=223fe1adec

大聖堂から南に下がり、湾側の市壁の上まで来ると突き当りにキリストのチャペル(Capilla del Cristo)が、その隣には鳩が溢れることで有名なラスパロマス公園(Parque Las Palomas)がある。チャペルは1753年から80年に掛けて造られたもので1940年代に改装工事が行われている。正面のファザードが有名で、しばしばプエルトリコのガイドブックの表紙に使われる。内部にはホセ・カンペチェ(Jose Campeche)の絵画と「奇跡(El Milagro)」と云うホルヘ・セン(Jorge Sen)の絵画があり、祭壇は銀と金で出来ている。確かにこれはちょっとすごい。隣の公園の鳩の数も怖ろしいものだった。

このチャペルが建てられたのには由来がある。18世紀半ば、この辺りではお祭りの時に競馬が行われていたそうで、騎手の一人が馬を止められずに崖から転落したと云う。その時、当時の総督がキリストに彼を助けてくれと叫んだそうで、馬は死んだが騎手は助かり、キリストに感謝した彼が転倒した場所にチャペルを建てたと云う話。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.3900902109979784&type=1&l=223fe1adec

12時20分過ぎ、ようやく湾岸まで降りて来て、ピア1の西に到着。昨日この辺りを歩いた時に30分のボートツアーの呼び込みと会って、日曜は何時にあるのか聞いたら、12時半からと云ってたのでその時間に併せてやって来たのだが、誰もいない、船もいない(下の写真)。昨日の夕方にセーリングで海からの景色は十分に堪能したのではあるが、確か12US$とか云ってたし、時間に余裕があるので30分なら乗ろうかと思って来たのだが・・・ 騙されたかしら???


午後の観光に続く

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