2020/02/12 - 2020/02/12
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旅人のくまさんさん
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平手政秀所縁の東雲寺の紹介です。敷地内に『平手政秀首塚』と呼ばれる石塔がありました。江戸時代に著わされた『尾張名所図会』にも記載された古刹です。
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平手政秀所縁の『東雲寺』の墓地方面の光景です。名古屋市西区中小田井にある臨済宗の寺院で、山号は『龍光山(りゅうこうざん)』です。1492年(明応元年)に、小田井城主の織田常寛が東雲寺として開基となり、美濃国瑞竜寺から慈済禅師を講じて開山しました。
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『ごくろうさま』の文字が刻まれた石標があった、竹箒を手にした小僧さんの可愛らしい像の光景です。『ご』の文字は、濁点の白い部分が見えて、『こ』になっていました。
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イチオシ
竹箒を手にした小僧さんのぞプ位のズームアップ光景です。ゼット情報で、ほかの写真を検索しましたら、箒を逆さまに以って、掃除をお休み中の小僧さんの像もありました。
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墓地の入口付近にあった小さなお堂の光景です。参拝の方が多いらしく、手向けの花やカラフルな飾りもので彩られていました。扉の前に地蔵尊が置かれていましたが、お堂の中にもお地蔵様らしい石像が置かれているようでした。
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イチオシ
『平手政秀首塚』の光景です。『信長公記』の首巻に記された自刃の理由です。『政秀は信長と次第に不和になり、信長の実直でない様を恨んで自刃したとされている。不和の原因を作ったのは政秀の長男・五郎右衛門で、信長が五郎右衛門の持っている馬を所望したとき、五郎右衛門は「自分は馬を必要とする武士だから、(馬を献上するのは)お許しください」と言って拒否したのを、信長が逆恨みした』と述べています。殉死者は48名に及びました。
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東雲寺の墓の中でも、ひと際大きなお墓の光景です。『松澤家累代之墓』の墓標がありました。ネット検索しましたら、『松沢與七(まつざわ・よしち:1836~1916年)』の墓でした。尾張国小田井(現在の名古屋市西区)出身の明治時代から大正時代の相場師で、米相場で莫大な富を得ました。息子に貴族院議員の松沢清次郎がいます。土台の石垣が、玉石を使った切り込み接ぎでした。
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津田貫流槍術の祖・津田信之夫妻の墓の光景です。 津田信之(1655~1698年)は、織田藤左衛門家(小田井織田氏)の子孫・津田知信の次男として誕生し、後に貫流槍術を開きました。尾張藩4代藩主の徳川吉通は、幼少から信之の教授を受けました。現在にも古武術として伝わっているようです。
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『無縫塔(むほうとう)』と呼ばれる、歴代住職の墓標の光景です。『卵塔』とも呼ばれます。 無縫塔は、鎌倉期に禅宗とともに大陸宋から伝わった形式で、現存例は中国にもあります。当初は宋風形式とされ、高僧、特に開山僧の墓塔として使われました。
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地蔵菩薩像の光景です。地蔵菩薩は、忉利天に在って釈迦仏の付属を受け、釈迦の入滅後、5億7600万年後か56億7000万年後に弥勒菩薩が出現するまでの間、現世に仏が不在となってしまうため、その間、六道すべての世界(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)に現れて衆生を救う菩薩であるとされます。
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イチオシ
地蔵菩薩像のズームアップ光景です。台座に『南無地蔵願王菩薩』の文字が陽刻で記されていました。地蔵菩薩は、一般には剃髪した声聞・比丘形(僧侶の姿)で白毫があり、袈裟を身に纏います。装身具は身に着けないか、着けていても瓔珞(ネックレス)程度です。左手に如意宝珠、右手に錫杖を持つ形、または左手に如意宝珠を持ち、右手は与願印の印相をとる像が多いとされます。
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東雲寺に所縁が深い家のお墓のようです。『小出家之墓』の墓標がありました。その墓標に『丸に剣片喰紋』が記されていました。『日本十大家紋』と呼ばれる家紋の一つの『片喰紋(かたばみもん)』から派生した紋です。多くの武家が愛用した紋です。
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既に紹介した、『地蔵堂』の光景です。境内を二回りほどはしましたので、もう一度紹介します。お堂の中には、台座の上に乗せられた石像が並んでいました。その前にあった線香立の台座の表示は、『大藪家・●木家先祖代々』の文字でした。
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見学を終え、振り返って眺めた東雲寺の通用門の光景です。境内の見所は、開基織田常寛の石標、津田貫流槍術の祖津田信之夫妻の墓、明治時代の相場師松沢與七の墓や、織田信長を諫めて自刀し果てたとされる平手政秀の首塚などでした。
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『セキレイ(鶺鴒)』
分類:セキレイ科セキレイ属
分布:ロシア、中国、日本
特徴:尾羽を上下に振る姿が特徴的です。
その他:主に水辺に棲み、食性は雑食です。 -
『セキレイ(鶺鴒)』
分類:セキレイ科セキレイ属
分布:ロシア、中国、日本
特徴:尾羽を上下に振る姿が特徴的です。
その他:主に水辺に棲み、食性は雑食です。ハクセキレイでしょうか。 -
堤防脇にあった小さな社の光景です。2段ほど積まれた石垣の上に三つの社が並んでいました。左端の社の中には、地蔵様か。観音様らしい石像が祀られているようでした。
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堤防脇にあった小さな社の脇から眺めた、先ほど見学した『東雲寺』方面の光景です。見学はしていませんが、西側には、天台宗のお寺、『願王寺』が並んでいます。寺伝によれば、829年(天長6年)の創建、1573年(天正元年)、小田井城主の織田信張が鬼門除けの祈願寺として堂宇を寄進し、七堂伽藍が完備されたお寺です。
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『ハクバイ(白梅)』
分類:バラ科サクラ属の落葉高木
分布:原産地は中国で、遣唐使が日本に持ち込んだとされます。
特徴:青梅には青酸が含まれ有毒ですが、食用となります。
その他:果実生産用の品種のようです。 -
『ハクバイ(白梅)』
分類:バラ科サクラ属の落葉高木
分布:原産地は中国で、遣唐使が日本に持ち込んだとされます。
特徴:青梅には青酸が含まれ有毒ですが、食用となります。
その他:果実生産用の品種のようです。 -
『ハクバイ(白梅)』
分類:バラ科サクラ属の落葉高木
分布:原産地は中国で、遣唐使が日本に持ち込んだとされます。
特徴:青梅には青酸が含まれ有毒ですが、食用となります。
その他:一重咲の白梅のズームアップ光景です。 -
『ハクバイ(白梅)』
分類:バラ科サクラ属の落葉高木
分布:原産地は中国で、遣唐使が日本に持ち込んだとされます。
特徴:青梅には青酸が含まれ有毒ですが、食用となります。
その他:一重咲の白梅のズームアップ光景です。 -
庄内緑地公園の樹木光景です。1940年(昭和15年)、防空緑地として都市計画決定し、愛知県により土地の取得が行われましたが、1947年(昭和22年)、GHQの指揮による農地解放により所有権を失い、それぞれ耕作地へ戻っていきました。
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庄内緑地公園のモニュメントの光景です。1958年(昭和33年)2月にな利、改めて『第3号庄内緑地』として指定され、小田井遊水地を中心として、民有地の買収を行い、次第に公園としての整備が進めまれました。
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『庄内緑地公園』内の温室の光景です。今回は立寄りませんでした。1986年(昭和61年)4月、『水と緑と太陽』をテーマに開園しました。園内にはバラ園や、サイクリングコース、ボート池、テニスコート、陸上競技場などのほか、『庄内緑地グリーンプラザ』があります。
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『庄内緑地公園』内の花壇の光景です。紫や黄色のパンジーが見頃になっていました。荘内緑地公園は、バラの花が咲く時期や、花菖蒲の時期に時々やってきています。名古屋市西区山田町にある、庄内川の小田井遊水地を利用した公園です。
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『コウバイ(紅梅)』
分類:バラ科サクラ属の落葉高木
分布:原産地は中国で、遣唐使が日本に持ち込んだとされます。
特徴:青梅には青酸が含まれ有毒ですが、食用となります。
その他:一重咲の紅梅の光景です。 -
『コウバイ(紅梅)』
分類:バラ科サクラ属の落葉高木
分布:原産地は中国で、遣唐使が日本に持ち込んだとされます。
特徴:青梅には青酸が含まれ有毒ですが、食用となります。
その他:一重咲の紅梅のズームアップ光景です。 -
『庄内緑地公園』内に掲示してあった、『西区史跡散策路・庄内緑地周辺+大乃伎・蛇池散策コース』のタイトルがあった案内看板の光景です。先ほど見学した『東雲寺』も写真入りで紹介してありました。
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名古屋市地下鉄での1駅だけの移動です。鶴舞線の『庄内緑地公園』で乗車し、『庄内通』で下車しました。この案内図は、『庄内緑地公園』での撮影です。左下に庄内緑地公園が記されていました。
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『庄内通』で下車し、お昼は駅近くのイオンモール内の飲食店で済ませました。鶴舞線の『庄内通』で下車した後、10分ほど東に向かって歩きますと、次の目的地の『志賀公園』です。この駐車場の建物は、『志賀公園』の西に隣接する『西部医療センター』のものです。
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