2019/08/01 - 2019/08/08
278位(同エリア336件中)
napaさん
おととし五所川原の立佞武多の館を訪れて以来、出陣式が見たいといい続けている我が家の末っ子。そんなわけで夏休みは東北へ。宿の確保が難しく立佞武多は逃しましたが、竿燈まつり、ねぶたの海上運行と見学しました。趣のある温泉宿の多い東北、以前から泊まってみたかった温泉巡りもできました。
8/ 1 深夜、フェリーで八戸へ
8/ 2 龍泉洞、浄土ヶ浜、鉛温泉
8/ 3 牛の博物館、毛越寺、山寺、銀山温泉
8/ 4 即身仏、十六羅漢岩、竿燈まつり
8/ 5 角館、小岩井農場、藤七温泉
8/ 6 八幡平、乳頭温泉
8/ 7 尾去沢鉱山、ねぶた海上運行
8/ 8 帰宅
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日は牛の博物館から。
牛飼い名人と呼ばれた人たちの秘訣が紹介されていました。
「会話ができるまで牛と接する」
「牛の言葉を聞き取る」・・・
短く静かな言葉が印象的でした。牛の博物館 美術館・博物館
-
牛の標本から東西さまざまな資料が展示されていました。
-
厩猿、家畜小屋に猿の頭や手の骨を祀って、牛馬安全の祈願や魔除けとしたそうです。陰陽五行説において水を司る猿は豊穣をもたらし、さらには火を司る馬を制御すると考えられていました。
もうほとんど廃れてしまった風習だそうですが、はじめて知りました。思ったよりずっと見ごたえがある博物館でした。 -
毛越寺庭園。移動途中には世界遺産の地・平泉もありますが、あまり興味がわかなかったので素通りのつもりでした。が、たまたま毛越寺駐車場の大きな看板が目に入り、立ち寄ってみることにしました。
毛越寺 寺・神社・教会
-
芭蕉が詠んだ「夏草や 兵どもが 夢の跡」の句碑もあります。
かつてたくさんの堂宇が立ち並ぶ大寺院だったという毛越寺、芭蕉は奥州藤原氏の栄華と悲運の源義経を偲んでこの句を作ったといわれています。 -
常行堂、33年に一度しか開帳されない秘仏も祀られているそうです。
-
大泉が池と州浜、海岸の砂州と入江を表現したものだそうです。極楽浄土と呼ぶのににふさわしい穏やかな風景です。
-
出島石組みと池中立石、その時々の池の水位で表情が変わるそうです。かつては左手の南大門から中島、さらに右奥の金堂へと橋が架けられていました。
-
毛越寺から車で5分、達刻窟毘沙門堂。世界遺産ではありませんがこちらの方が魅かれました。
-
蝦蟇ヶ池越しの弁天堂と毘沙門堂。
-
1200年ほど昔、桓武天皇の命を受けた坂上田村麻呂が蝦夷平定した際、毘沙門天の加護に感謝して建立したと伝えられています。
達谷窟毘沙門堂 寺・神社・教会
-
岩面大仏、明治時代の地震により胸から下が崩落してしまっています。
-
厳美渓にも寄ってみようかと思いましたが、とにかく暑いので先を急ぎます。どこかで盛岡冷麺かじゃじゃ麺を食べたかったのですが、タイミングを逃してしまいました。山寺登山口前の蕎麦屋さんで昼食をとってから歩き始めます。
-
立石寺根本中堂
宝珠山立石寺 寺・神社・教会
-
小さな子どもを幾人も載せた布袋さま、体をなでて願掛けするそうです。
-
山門をくぐれば
-
おどろおどろしい奪衣婆の納められている
-
奥之院まで900段以上の階段が続きます。
-
姥堂
-
石段は続きます。
-
参道脇にはお地蔵さんや卒塔婆、墓碑を刻んだとみられる岩壁
-
深い木立のなかでそこだけに陽が当たるお地蔵さま
-
弥陀洞、ながい年月の風雨が直立した岩をけずり、阿弥陀如来の姿をつくりだしたとなっていますが、信心が足りないのかわかりませんでした。たくさんの卒塔婆が立てかけられ独特の雰囲気がありました。
-
納経堂と開山堂、さらに石段を登り
-
舞台の下を廻りこんで
-
五大堂
-
素晴らしい眺望でした。
-
夏の強い日差しと遠く市街地を見下ろして
-
納経堂と夏の雲
-
反対側からの山肌には釈迦堂や胎内堂。行場であったようですが、転落死する事故が続き立ち入り禁止となっています。
-
古銭を打ち付けて三重塔を形作った額が奉納されていました。
-
石仏のならぶ参道を戻りました。
-
今夜は銀山温泉
-
白銀の滝、宿に荷物を置いてさっそく散策に出かけました。
-
延沢銀山遺跡、冷たい空気が吹き出す坑口。近づいただけですっと涼しくなり、あたりは温度差で白くもやっていました。
-
のぞき込むと身震いするような冷気に包まれ、どこまで続いているのか闇のなかに消えていました。
-
夏しらず坑、名前の通りです
-
延沢銀鉱洞、石見銀山、生野銀山と並んで日本三大銀山にも数えられ、銀山温泉の名前の由来となりました。1640年頃には幕府直轄となり人口も2万人を越えていましたが、1689年の坑道崩落で閉山。300年以上前の坑道が残されています。
-
薪などを燃やして加熱し、そこに水をかけて急冷することで鉱石を含む表面をはぎ取る焼き掘りという採掘方法の名残で、岩肌がすすで黒くなっています。
-
長者池、あたりはおもかげ園と名付けられ、庭園のようになっていました。廃鉱跡だけにどこか物悲しく、陽も傾いていたので薄気味悪くさえ感じました。
-
摩耗した石仏、最盛期には48もの寺院があったそうです。
-
温泉街に戻ってきました。旧古勢起屋旅館、現在は利用されていないようですがぼんやりと明かりが灯され風情があります。
大正時代の大洪水でほとんどの温泉宿が流されてしまい、大正末期から昭和初期にかけて3層4層の洋風木造建築として再建され、銀山温泉の現在の景観が作られたそうです。 -
築90年の古山閣の鏝絵とガス灯、鏝絵には12か月の風物が描かれています。
-
今夜お世話になるのはこちら、古勢起屋別館
すいかの名産地ですが by napaさん銀山温泉 古勢起屋別館 宿・ホテル
-
どの宿も風情があります。
-
食事自体はおいしかったのですが、食後のデザートのすいかはいまいちでした。尾花沢はすいかの名産地として有名ですが、その名産物を売り込むせっかくの機会なのにもったいないと感じました。
-
昔ながらの温泉の雰囲気を残す半地下の浴場
-
客室から見下ろす温泉街、明かりが灯りだんだん暗くなっていくとまた風情があります。
-
銀山川に架かる橋の上で地元商工会の女性が花笠踊りを実演してくれました。夏のあいだ毎週土曜日、やっしょ、まかしょの掛け声がかかります。抽選会もあってすいかが当たったのですが、さすがに持って帰れないので次の人にまわしました。
つづく・・・
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
銀山温泉(山形) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 東北の温泉と祭りを巡る
0
49