大田・石見銀山旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 戦国時代に世界有数の銀を産出していた石見銀山。2007年に世界遺産に登録されたこともあり、行ってみたいなあと思っていました。しかし、同時に遠いから無理だろうとも。しかし、夏休み期間に出雲地域へ行ったときに観光マップ等をもらってきたのですが、それを見ると案外行けそうなことに気が付きました。なので、日帰りになりますが、行ってみようと。<br /> 感想はというと、私は新潟市の出身なので、鉱山というとどうしても佐渡金山のようなテーマパーク?をイメージしてしまったのですが、そういうものではなく、純粋に昔の鉱山跡と、古い町並みを見るというものでした。特に古い町並みは非常に趣深いものの、その一方で過疎化により、手入れが行き届いていない状況を多々目にして、日本の未来を垣間見たような印象を受けました。<br />

石見銀山

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2019/10/14 - 2019/10/14

127位(同エリア271件中)

旅行記グループ 08.山陰

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にふうさ

にふうささん

この旅行記のスケジュール

2019/10/14

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 戦国時代に世界有数の銀を産出していた石見銀山。2007年に世界遺産に登録されたこともあり、行ってみたいなあと思っていました。しかし、同時に遠いから無理だろうとも。しかし、夏休み期間に出雲地域へ行ったときに観光マップ等をもらってきたのですが、それを見ると案外行けそうなことに気が付きました。なので、日帰りになりますが、行ってみようと。
 感想はというと、私は新潟市の出身なので、鉱山というとどうしても佐渡金山のようなテーマパーク?をイメージしてしまったのですが、そういうものではなく、純粋に昔の鉱山跡と、古い町並みを見るというものでした。特に古い町並みは非常に趣深いものの、その一方で過疎化により、手入れが行き届いていない状況を多々目にして、日本の未来を垣間見たような印象を受けました。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
高速・路線バス JALグループ JR特急 徒歩

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  •  今回は諸般の事情により、JR大田市駅からスタートします。ここから路線バスに30分ほど揺られて、石見銀山の大森まで行きます。

     今回は諸般の事情により、JR大田市駅からスタートします。ここから路線バスに30分ほど揺られて、石見銀山の大森まで行きます。

    大田市駅

  • 大森のバス停に到着しました。そこで、レンタサイクルを利用しまして街の散策を行います。レンタサイクルは電動自転車で2時間700円です。写真のガソリンスタンドの所が(実際はガソリンスタンドの居ぬきだが)、レンタサイクルの場所です。<br /> 私の感想ですが、2時間だと龍源寺間歩へ行って帰ってくるだけで結構いい時間になります。加えて街歩きもした方が便利なので、4時間ほど借りると町全体も見れて便利ではないかなあと思いました。また、世界遺産センターへはバスじゃないと厳しいかもという印象です。<br />

    大森のバス停に到着しました。そこで、レンタサイクルを利用しまして街の散策を行います。レンタサイクルは電動自転車で2時間700円です。写真のガソリンスタンドの所が(実際はガソリンスタンドの居ぬきだが)、レンタサイクルの場所です。
     私の感想ですが、2時間だと龍源寺間歩へ行って帰ってくるだけで結構いい時間になります。加えて街歩きもした方が便利なので、4時間ほど借りると町全体も見れて便利ではないかなあと思いました。また、世界遺産センターへはバスじゃないと厳しいかもという印象です。

  • レンタサイクルを借りまして、山道を登っていきます。このレンタサイクルは電動アシストですが、非常にありがたかったです。民家が消えてから結構な山道へと入っていくので、可能ならば電動アシストがあった方がいいです。

    レンタサイクルを借りまして、山道を登っていきます。このレンタサイクルは電動アシストですが、非常にありがたかったです。民家が消えてから結構な山道へと入っていくので、可能ならば電動アシストがあった方がいいです。

  •  高橋家は、天保年間には「町年寄山組頭」を務めた家だそうです。まず「町年寄」は町の運営に係る役職であり、「山組頭」とは、代官所と銀山師たちとの取次などを行う役職だそうです。つまりは、銀山のまとめ役ということでしょうか。

     高橋家は、天保年間には「町年寄山組頭」を務めた家だそうです。まず「町年寄」は町の運営に係る役職であり、「山組頭」とは、代官所と銀山師たちとの取次などを行う役職だそうです。つまりは、銀山のまとめ役ということでしょうか。

    高橋家 名所・史跡

  •  第一目的地の「龍源寺間歩」へと到着いたしました。この龍源寺間歩は、江戸時代中期、代官所直営の間歩として創業され、石見地区では大久保間歩に次ぐ規模だったとか。現在見学できる間歩は、常設としてこの「龍源寺間歩」が、ガイド同行などの条件付きで「大久保間歩」がみられるという状況です。

     第一目的地の「龍源寺間歩」へと到着いたしました。この龍源寺間歩は、江戸時代中期、代官所直営の間歩として創業され、石見地区では大久保間歩に次ぐ規模だったとか。現在見学できる間歩は、常設としてこの「龍源寺間歩」が、ガイド同行などの条件付きで「大久保間歩」がみられるという状況です。

    龍源寺間歩 名所・史跡

  • ともかくも、龍源寺間歩へと入っていきます。この龍源寺間歩は昭和18年まで稼働しており、平成元年に観光用として公開されたものです。

    ともかくも、龍源寺間歩へと入っていきます。この龍源寺間歩は昭和18年まで稼働しており、平成元年に観光用として公開されたものです。

  • 当時のノミの跡がそのまま残っていると。現在では、ライトの明かりがあるから歩きやすいけど、照明がない当時は大変だっただろうなあと。江戸時代には、サザエの貝殻に油を入れて照明代わりにしていたそうです(螺灯(らとう))。<br />鉱脈に沿って穴を広げていったという「ひおい穴」。そういうのが何本もみられます。そして、通気と通水のために開けられた穴もいくつかありました。

    当時のノミの跡がそのまま残っていると。現在では、ライトの明かりがあるから歩きやすいけど、照明がない当時は大変だっただろうなあと。江戸時代には、サザエの貝殻に油を入れて照明代わりにしていたそうです(螺灯(らとう))。
    鉱脈に沿って穴を広げていったという「ひおい穴」。そういうのが何本もみられます。そして、通気と通水のために開けられた穴もいくつかありました。

  • 間歩として公開しているのは150mほどでして、そこからは最近作られた新道を通って外へ出ます。新道は明らかに造りが違いますね。こちらの方が安心感があります。

    間歩として公開しているのは150mほどでして、そこからは最近作られた新道を通って外へ出ます。新道は明らかに造りが違いますね。こちらの方が安心感があります。

  • 出口へと出ました。

    出口へと出ました。

  • ここから街歩きを開始しますが、まずは近くの神社(佐毘売山神社)へと向かいます。子の神様は鉱山の神様を祀っています。

    ここから街歩きを開始しますが、まずは近くの神社(佐毘売山神社)へと向かいます。子の神様は鉱山の神様を祀っています。

    佐毘売山神社 寺・神社

  • 神社に到着しましたが、現在工事中とのことです。職人さんが2名ほどで作業を行っていました。

    神社に到着しましたが、現在工事中とのことです。職人さんが2名ほどで作業を行っていました。

  • 次は「福神山間歩跡」の前を通過します。この間歩は斜坑になっていて、川の下を掘り進んでいくところが珍しいとの事ですが、見学不可なので詳細はわかりません。

    次は「福神山間歩跡」の前を通過します。この間歩は斜坑になっていて、川の下を掘り進んでいくところが珍しいとの事ですが、見学不可なので詳細はわかりません。

    福神山間歩 自然・景勝地

  • 川の向こうに間歩(新切間歩)がありました。この間歩は、最初は水抜き坑として開けられたものですが、のちに鉱脈が発見された間歩。こちらも見学不可です。

    川の向こうに間歩(新切間歩)がありました。この間歩は、最初は水抜き坑として開けられたものですが、のちに鉱脈が発見された間歩。こちらも見学不可です。

  • また近くには、石碑(吉岡出雲の墓)があるとのことで行ってみようかと思いましたが、残念ながら落石により通行止めです。

    また近くには、石碑(吉岡出雲の墓)があるとのことで行ってみようかと思いましたが、残念ながら落石により通行止めです。

  • 次は「清水谷精錬所跡」へとやってきました。この精錬所は、明治時代(1894年)に作られたものです。ただし、鉱石の品質が悪かったために1年半ほどしか使われなかったとのこと。

    次は「清水谷精錬所跡」へとやってきました。この精錬所は、明治時代(1894年)に作られたものです。ただし、鉱石の品質が悪かったために1年半ほどしか使われなかったとのこと。

    清水谷製錬所跡 名所・史跡

  • 下河原吹屋跡。現在は更地になっていますが、江戸時代ではここで精錬等を行っていたとのことです。

    下河原吹屋跡。現在は更地になっていますが、江戸時代ではここで精錬等を行っていたとのことです。

  • 全然歴史とは関係はないのですが、近くに小学校があったので撮影していました。平屋の学校みたいです。

    全然歴史とは関係はないのですが、近くに小学校があったので撮影していました。平屋の学校みたいです。

  • 渡辺家住宅。代官所地役人の建物で、当時の武家屋敷の雰囲気を残している建物だそうです。

    渡辺家住宅。代官所地役人の建物で、当時の武家屋敷の雰囲気を残している建物だそうです。

    渡辺家 名所・史跡

  • 中はこんな感じです。畳敷きの部屋が続いております。

    中はこんな感じです。畳敷きの部屋が続いております。

  • 石見銀山公園の駐車場までやってきました。街並みの部分は車進入禁止ですから、観光客は概ねここで車を止めて、街を散策します。行程としてはここで街歩きは半分ぐらい終わるぐらいの所です。

    石見銀山公園の駐車場までやってきました。街並みの部分は車進入禁止ですから、観光客は概ねここで車を止めて、街を散策します。行程としてはここで街歩きは半分ぐらい終わるぐらいの所です。

    石見銀山公園 公園・植物園

  • 次は「羅漢寺」へと行きました。この羅漢寺は、銀山で働き、亡くなった人や、先祖の霊を供養するために25年もの歳月をかけ1766年に完成したもので、501体の羅漢像が安置されているとのことです。入場料500円ですが、中に行ってみました。

    次は「羅漢寺」へと行きました。この羅漢寺は、銀山で働き、亡くなった人や、先祖の霊を供養するために25年もの歳月をかけ1766年に完成したもので、501体の羅漢像が安置されているとのことです。入場料500円ですが、中に行ってみました。

    羅漢寺 寺・神社

  • お寺の境内には、このような銭洗い弁天がありました。一応小銭を洗ってみました。

    お寺の境内には、このような銭洗い弁天がありました。一応小銭を洗ってみました。

  • 羅漢像はこの中にあります。しかし、内部は撮影禁止なので、外見だけ紹介します。中は、石作りの羅漢像がたくさんありました。素朴な感じです。

    羅漢像はこの中にあります。しかし、内部は撮影禁止なので、外見だけ紹介します。中は、石作りの羅漢像がたくさんありました。素朴な感じです。

  • 街歩きの一コマ。自販機も景観に合うように、外側を板で覆い、景観に配慮していました。

    街歩きの一コマ。自販機も景観に合うように、外側を板で覆い、景観に配慮していました。

  • 石見銀山の街並みです。鉱山最盛期には、非常に繁栄していたことが容易に想像できます。それでは今は?と言われるときついですが。

    石見銀山の街並みです。鉱山最盛期には、非常に繁栄していたことが容易に想像できます。それでは今は?と言われるときついですが。

  • 旧河島家住宅。河島家は、地役人の総括役である組頭まで出世した武士であり、この屋敷は1800年初頭に建てられたとのことでした。入場料200円

    旧河島家住宅。河島家は、地役人の総括役である組頭まで出世した武士であり、この屋敷は1800年初頭に建てられたとのことでした。入場料200円

    旧河島家 名所・史跡

  • 客間としての座敷。いろいろと物を出しています。

    客間としての座敷。いろいろと物を出しています。

  • 当時の夕食が再現されています。

    当時の夕食が再現されています。

  • 中庭は狭いながらもよく手入れされている庭だと思います。

    中庭は狭いながらもよく手入れされている庭だと思います。

  • 納戸の中に、二階への階段がありました。

    納戸の中に、二階への階段がありました。

  • 二階では、武家らしく、鎧や槍などの武具を展示してありました。

    二階では、武家らしく、鎧や槍などの武具を展示してありました。

  • 入口近くに、二階へと上がるはしごがありました。

    入口近くに、二階へと上がるはしごがありました。

  • こちらは物置だそうで、茶碗や笠などの家財道具を保管していました。

    こちらは物置だそうで、茶碗や笠などの家財道具を保管していました。

  • 途中に青山家住宅もありましたが、こちらも工事中でした。

    途中に青山家住宅もありましたが、こちらも工事中でした。

    青山家 名所・史跡

  •  街歩きをしていると、理容遺産の床屋「理容館アラタ」なるものを発見しました。

     街歩きをしていると、理容遺産の床屋「理容館アラタ」なるものを発見しました。

    和田珍味石見銀山店 (銀山ビレッジ 理容館アラタ) 名所・史跡

  • 中を見てみると、凄い古いです。昔の床屋って、こんな感じだったよなあと。よくこんなものが残っているなあと思いました。

    中を見てみると、凄い古いです。昔の床屋って、こんな感じだったよなあと。よくこんなものが残っているなあと思いました。

  •  次は、山の上にある観世音寺へ行きます。

     次は、山の上にある観世音寺へ行きます。

  •  山門までやってきました。

     山門までやってきました。

  •  本堂はどうやら修理中のようで、立ち入り禁止でした。また修理中です。

     本堂はどうやら修理中のようで、立ち入り禁止でした。また修理中です。

    観世音寺 寺・神社

  • この観世音寺からの眺めは、パンフレットとかにありそうな感じです。いい感じです。

    この観世音寺からの眺めは、パンフレットとかにありそうな感じです。いい感じです。

    大森の町並み 名所・史跡

  • 次は、石見銀山資料館(大森代官所の跡地)へ行きます。ここには、1815年建築の表門と門長屋が残っていると。入場料500円でした。

    次は、石見銀山資料館(大森代官所の跡地)へ行きます。ここには、1815年建築の表門と門長屋が残っていると。入場料500円でした。

    石見銀山資料館 美術館・博物館

  • この建物は、1905年に建てられた役所をそのままに1976年に開館したものです。

    この建物は、1905年に建てられた役所をそのままに1976年に開館したものです。

  •  入口には、昔の人力車も展示してありました。内部は、石見銀山の歴史の紹介が多かったです。

     入口には、昔の人力車も展示してありました。内部は、石見銀山の歴史の紹介が多かったです。

  • その近くにある「城山神社」へ行きます。

    その近くにある「城山神社」へ行きます。

  •  平安時代からあった寺社ですが、何度かの移転を経て、1577年に毛利氏によって、現在の位置に遷座され、1812年に今の建物がつくられたとの事です。

     平安時代からあった寺社ですが、何度かの移転を経て、1577年に毛利氏によって、現在の位置に遷座され、1812年に今の建物がつくられたとの事です。

    城上神社 寺・神社

  •  ここの天井画は「鳴き龍」で、拍子に共鳴するそうです。

     ここの天井画は「鳴き龍」で、拍子に共鳴するそうです。

  •  熊谷家住宅にやってきました。こちらは、銀山業や酒造業、代官所の御用役人などを務めた街並み最大の商家だそうです。屋敷の部屋数は約30で、母屋のほかに5棟の蔵があるとのことで、中に入ってみます。入場料500円。<br /> 感想としては、先ほどまで訪れたのは武家屋敷でして、それでも大きな方でしたが、この熊谷家住宅はそれ以上の大きさでした。そして、最近まで事業を行っていたみたいで、その名残もいくつかありました。<br />

     熊谷家住宅にやってきました。こちらは、銀山業や酒造業、代官所の御用役人などを務めた街並み最大の商家だそうです。屋敷の部屋数は約30で、母屋のほかに5棟の蔵があるとのことで、中に入ってみます。入場料500円。
     感想としては、先ほどまで訪れたのは武家屋敷でして、それでも大きな方でしたが、この熊谷家住宅はそれ以上の大きさでした。そして、最近まで事業を行っていたみたいで、その名残もいくつかありました。

    熊谷家住宅 名所・史跡

  •  居間は結構立派でした。

     居間は結構立派でした。

  •  茶室は、正面はどこだろうということを少し考えました。

     茶室は、正面はどこだろうということを少し考えました。

  •  中庭ですが、結構手が入って整えられています。

     中庭ですが、結構手が入って整えられています。

  •  熊谷家では、江戸時代から酒屋業を営んでおりましたが、昭和44年に廃業しました。しかし、いくつかの道具は残っていて、当時をしのばせてくれます。

     熊谷家では、江戸時代から酒屋業を営んでおりましたが、昭和44年に廃業しました。しかし、いくつかの道具は残っていて、当時をしのばせてくれます。

  •  二階にやってくると、なんか宿屋的な雰囲気がありました。

     二階にやってくると、なんか宿屋的な雰囲気がありました。

  •  二階からみる街並みも、どこか趣深いです。<br /> そんなこんなで、熊谷家は非常に大きく見所たくさんなのですが、路線バスの関係上、早々に切り上げなければいけなかったことが残念でした。先を急ぎます。<br />

     二階からみる街並みも、どこか趣深いです。
     そんなこんなで、熊谷家は非常に大きく見所たくさんなのですが、路線バスの関係上、早々に切り上げなければいけなかったことが残念でした。先を急ぎます。

  •  大森のバス停付近にやってきました。ここからバスで世界遺産センターへと向かうのですが、バスの接続が微妙です。この辺りは田舎のバスなので、接続などに注意するなどの作戦会議が必要です。これをやらないとえらいことになりますから。どうやら、世界遺産センターでは帰りの太田駅までそこそこの時間は確保できそうです。

     大森のバス停付近にやってきました。ここからバスで世界遺産センターへと向かうのですが、バスの接続が微妙です。この辺りは田舎のバスなので、接続などに注意するなどの作戦会議が必要です。これをやらないとえらいことになりますから。どうやら、世界遺産センターでは帰りの太田駅までそこそこの時間は確保できそうです。

  •  路線バスに乗って、世界遺産センターへとやってきました。

     路線バスに乗って、世界遺産センターへとやってきました。

    石見銀山世界遺産センター 美術館・博物館

  •  世界遺産センターを上から見るとこんな感じ。結構大きな建物ですが、見学できる場所はあまり広くはありません。

     世界遺産センターを上から見るとこんな感じ。結構大きな建物ですが、見学できる場所はあまり広くはありません。

  •  世界遺産センターの内部はこんな感じ。無料ゾーンとしてパネルが数枚ある部屋と、有料ゾーンとして、石見銀山の歴史がわかるコーナーがありました。有料ゾーンはあまり充実しておらず、まあこんなものかなあという印象です。<br /> むしろ、大久保間歩へのツアーといった、石見銀山の観光の拠点としての機能の方が大きいのかなあと思った次第です。<br />

     世界遺産センターの内部はこんな感じ。無料ゾーンとしてパネルが数枚ある部屋と、有料ゾーンとして、石見銀山の歴史がわかるコーナーがありました。有料ゾーンはあまり充実しておらず、まあこんなものかなあという印象です。
     むしろ、大久保間歩へのツアーといった、石見銀山の観光の拠点としての機能の方が大きいのかなあと思った次第です。

  •  路線バスに乗って、JR大田駅へと向かいます。ここでは、JRの接続が非常に悪かったのですが、私が乗る電車は遅れてまして、私が到着する時に大田駅に着いたという非常に運が良い状況でした。電車に揺られまして、JR出雲市駅へと向かいます。

     路線バスに乗って、JR大田駅へと向かいます。ここでは、JRの接続が非常に悪かったのですが、私が乗る電車は遅れてまして、私が到着する時に大田駅に着いたという非常に運が良い状況でした。電車に揺られまして、JR出雲市駅へと向かいます。

  •  JR出雲市駅に到着しました。本当はここで温泉に入って身支度を整えてから帰りたいのですが、出発する飛行機の関係上、先を急ぐことにします。ここで、空港リムジンバスに乗り、出雲空港を目指します。

     JR出雲市駅に到着しました。本当はここで温泉に入って身支度を整えてから帰りたいのですが、出発する飛行機の関係上、先を急ぐことにします。ここで、空港リムジンバスに乗り、出雲空港を目指します。

    出雲市駅

  •  出雲空港に到着いたしました。出発する飛行機の時間にはまだ余裕がありそうなので、食事をすることにします。

     出雲空港に到着いたしました。出発する飛行機の時間にはまだ余裕がありそうなので、食事をすることにします。

    出雲空港(出雲縁結び空港) 空港

  •  ご存じ、出雲そば3枚。やっぱり出雲に来たら出雲そばを食べたいよね。

     ご存じ、出雲そば3枚。やっぱり出雲に来たら出雲そばを食べたいよね。

    出雲の國 麺家 出雲縁結び空港店 グルメ・レストラン

  •  ということで、この飛行機に乗って大阪へと無事に帰りました。これで石見銀山の旅行記は終了です。ご覧いただきまして、大変ありがとうございました。

     ということで、この飛行機に乗って大阪へと無事に帰りました。これで石見銀山の旅行記は終了です。ご覧いただきまして、大変ありがとうございました。

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