2019/05/12 - 2019/05/12
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SUOMITAさん
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朝,片男波海水浴場,和歌公園の駐車場できょうは祭りで駐車場に入れると1500まで出せないといわれ,和歌祭の日と知る.それを見るために和歌の浦に戻ってきた.運よく玉津嶋神社に車を停められる.玉津嶋神社に参拝の後,塩竈神社の洞窟のような社に参拝,不老橋を渡り,片男波海水浴場までいって,和歌祭の渡御行列を見物した.さらにこちらも歩きながら,見学席のある西側の場所に向かう.
見物席のところでは、演技はするようだが、それ以外は練り歩き。しかし衣装もしっかり作られていて、なかなかの歴史絵巻。海岸の風の中で、また海岸なのでそれほど見物客も多くない中で、参加者はよく奮闘していた。17世紀から伝統のある練り歩きと、新たに付け加えられたものが混在しているが、紀州徳永御三家の祭りにふさわしい絢爛豪華なものであった。海岸でなく細い道だったら迫力あると思うが、和歌の浦を歩くところに一番意味があるのだろうなあ
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ
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1221 玉津嶋神社の駐車場が運よくあいていた.祭りの係員の人に聞いたら,祭りの行列中も,反対側の国道42号線方面には出られるとのこと. ラッキー!
この神社,和歌の神として住吉明神、北野天満宮と並ぶ和歌3神の1柱として尊崇を受けることになる.仲哀天皇の皇后息長足姫(神功皇后)が紀伊半島に進軍した際、玉津島神の加護を受けたことから、その分霊を祀ったのに始まるという.Wikipedia -
手水舎
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拝殿
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玉津島 見れども飽かず いかにして 包(つと)持ち行かむ 見ぬ人のため 作者不詳
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玉津島の美しさいくら見ても見飽きない
どうやってこの光景を
土産として包んで持ち帰ろうか
まだここを見ていない家人のために
https://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/33041588.html -
あしべ通りを不老橋へ
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塩竈神社
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祠は、海風により自然に形成された洞窟である。祠の中には小さな拝殿が造られている。元は玉津島神社の抜所で、輿ノ窟(こしのいわや)と呼ばれていた 江戸時代の和歌山では「一に権現(紀州東照宮)、二に玉津島、三に下り松、四に塩竈よ」と歌われ Wikipedia
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イチオシ
二礼二拍手一礼
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これは木だよね
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不老橋
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イチオシ
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隣の自動車道 あしべ橋
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御手洗池公園方向
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和歌公園に歩いていく 片男波海水浴場付近で和歌祭りの行列をみよう この辺で出店あったのでアイスコーヒーを飲む.200円.
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和歌の浦から,医大,紀三井寺まで見える
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海禅院
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医大付近
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イチオシ
紀三井寺あの仏殿が見れる
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片男波公園駐車場 午前中ここにきて,祭りの間でられないといわれたので停めなかったところだ.
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1243 片男波海水浴場の防波堤の上からまず見よう!
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来た来た!!
和歌祭は毎年、5月第2週日曜日に行われる紀州東照宮の大祭の渡御の呼称です。別名、紀州の国祭、天下祭、権現祭とも呼ばれ、親しまれてきたお祭 りの行列です。和歌祭と呼ばれているのは、東照宮のある山を和歌山(わかさん)といい、一山を上げてのお祭ということで和歌祭と呼ばれたとか、江戸時代に 東照宮を口にするのは恐れ多いということで「和歌の御宮」と言い習わされていたところから和歌祭と呼ばれるようになったなどの説があります。和歌祭の始まりは、江戸時代の元和8年(1622)からです。戦国と呼ばれた時代から遠くないせいか、現在でも行列の中にその頃の様子が伺える種目もあって、他のお祭のお渡り行列との違いを見ることができます。http://wakamatsuri.com/about -
1.行列奉行 2.打鐘 3.神旗(紺の旗) 4.鉾旗(緑以降の旗) 5.総奉行の順 以下説明はhttp://wakamatsuri.com/about/event-index.html
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行列奉行 打鐘 神旗
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6.腰元
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海水浴場の建物で小休止するらしい
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7.怜人(楽人) 御旅所での神遊びとして舞楽や雅楽を神前で奏でる役割を担っていた
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イチオシ
8.巫女
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イチオシ
9.右大臣左大臣
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イチオシ
10.御幣・神官
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8.巫女,9.右大臣左大臣,10.御幣・神官
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11.御唐櫃・御榊 御旅所(おたびしょ)での御供(ごく)を入れた御唐櫃と台に差された大榊。これらの担い手は神輿の担い手と同様に和歌浦漁業協同組合によって担われている。http://wakamatsuri.com/about/event-index.html#mb_inline_post1385
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12.摺鉦・太鼓 和歌祭に存在するさまざまな芸能のなかでもっとも祭の象徴的な芸能となっているのがこの摺鉦・太鼓である。江戸時代、神輿の担ぎ手やこの摺鉦・太鼓などの諸役を担っていたのが「宮下(みやした)」と呼ばれた和歌村の住人であった。摺鉦・太鼓は今なお和歌浦の住人たちによって担われ、幾とおりかの叩き方を伝承している。また、5月1日に行なわれる「鉦おろし」では、この摺鉦・太鼓が叩かれて和歌祭のはじまりを告げる。
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これが摺鉦(すりがね)
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太鼓
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13.神輿(みこし)東照大権現の神輿1基のみでの祭礼が行なわれていたが、近年御所車(ごしょぐるま)をつけた御所神輿や女性だけで担ぐ女子神輿、そして和歌浦小学校の小学生によって担ぐ子供神輿が和歌祭に加わっている。
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東照大権現の神輿
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イチオシ
女子神輿
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子供神輿
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御所神輿 御所車をつけている
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イチオシ
14.宮司
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15,相撲取 和歌山県相撲連盟に所属する県下のアマチュア力士が渡御行列に加わり、土俵入りを披露している。
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16.連尺(れんじゃく)
連尺は反物を上に積んだ櫃を連尺で担ぐ行商人の出で立ちをした仮装行列のひとつである。 -
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17.団扇太鼓(うちわだいこ)
. 団扇太鼓は、徳川頼宣の生母、お万の方が熱心な日蓮宗の信者であったことから、お万の方にちなんだ芸能と伝承されている。 -
18.餅花踊(もちばなおどり)餅搗踊は元和8年(1622)の和歌祭の創始から出されていた練り物で
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19.臼曳台(うすひきだい) 餅搗踊は元和8年(1622)の和歌祭の創始から出されていた練り物
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21.杵踊(きねおどり)22.囃子方(はやしかた)
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23.餅花傘(もちばなかさ) 18-23で餅搗踊は構成される
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39.面被 現在の面被は地元では「百面(ひゃくめん)」と呼ばれ、高下駄に華美な直垂(ひたたれ)と陣羽織を着て、傘のついた杖や団扇、または振るとガラガラとなる鳴り物をもった人物が歌舞伎風の化粧をして頭上に面をつけて渡御行列に加わっている。この面被は渡御の道中で子供をみつけると鳴り物を鳴らして子供たちを驚かせている。(和歌浦では泣いた子供は健康に育つといわれている。)
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なぜ順番が異なるのかはわからないが,傾奇者だねえ
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イチオシ
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24.舞姫(まいひめ)昭和40年代、大名駕籠の行列に随う腰元とともに新たに加えられた芸能である。当初は頭から被衣をかぶり静かに練り歩く女性行列であった。このころの舞姫は、踊りなどの演技はなく、舞衣装を着て歩くだけであった。しかし、舞姫の代表である中村和子氏が平成16年(2004)に、長唄三味線(ながうたじゃみせん)と日本舞踊の師匠に依頼し、紀州手まりを弾ませる振りを付けた踊りが創始された。現在、毎年春に地元の小中学校から20代の女性の参加者を募集して、木村屋の座敷で踊りの稽古を行ない、和歌祭に参加している。
25.献花台(けんかだい)が後ろに見える -
26.傘鉾(かさほこ)
雑賀踊は傘鉾(江戸時代には笹羅踊の後方)を先頭に甲冑(かっちゅう)を着し、スリザサラを刀と鞘に見立てて雑賀衆を表した笹羅踊、そして鬼の面を被り、棒を振る忠棒と請棒、そして華やかな衣装を着た入れ子が叩く大太鼓や鉦、そして法螺貝がつく。雑賀踊は室町時代後期から畿内を中心に流行していた傘鉾の周囲でスリザサラを擦って踊る風流踊に紀伊国独自の伝承が付加され、渡御行列にアレンジしたものだと考えられる。
26-33が雑賀踊 -
27.忠棒(ただぼう)
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28.大太鼓(おおだいこ)
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32.請棒(うけぼう)
29.法螺吹(ほらふき)30.拍子鉦(ひょうしがね)31.笛吹(ふえふき)34.雑賀一族会(さいかいちぞくかい)は写真がない -
33.笹羅踊(ささらおどり)
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36.薙刀振(なぎなたふり)
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35.鎧武者(よろいむしゃ)
鎧武者は和歌祭創始当初から渡御行列に加わっている。江戸時代では「鎧武者」や「鎧着」と呼ばれ、練り物行列の最後尾に位置していた。 -
ポーズとっている
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37.甲兵(こうへい)
江戸時代の鎧武者が明治時代の和歌祭再編に際して甲兵として鎧武者とは別に出るようになった。 -
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38.母衣(ほろ)
母衣は元和8年(1622)の「次第書」には「ねり 三拾端(さんじったん)の大幌(おおほろ)と記され、長刀振りなどとともに徳川家康の御用を勤めた京都の政商、茶屋四郎次郎清延の四男で文禄2年(1593)生まれの茶屋小四郎が出していた。当時は30着分の重量のある母衣が渡御行列に加わっており、壮観なものであったことが考えられる。この他、御坊町によって赤母衣が3人出されていた。母衣は江戸時代初期の祇園祭(ぎおんまつり)にも登場しており、長刀振や鎧武者とともに武者風流のひとつとして考えられる。現在、和歌祭には紅白の母衣が登場している -
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ぐるぐる回す
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唐人は番号にはない
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40.唐船・御船歌(とうぶね・おふなうた)正保3年(1646)に住吉如慶(じょけい)が描いた「紀州本東照宮縁起」にはありとあらゆる芸能が描かれている。そこにはさまざまな山車が描かれている。そのなかで現存唯一の山車が室町時代に流行した唐物様(からものよう)がモデルとなった山車、唐船である。復興を遂げた御船歌には「長唄(ながうた)」「端唄(はうた)」「せり唄」「やれ節」がある。
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41.殿武者(とのむしゃ)
渡御行列の最後尾に火縄銃を持った甲冑姿の武者が5人つく。行列の警固(けいご)を担う。 これで全部だ!
1336 近くに出店があるようだ。いってみよう。
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