2019/04/19 - 2019/04/21
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nichiさん
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嘉永13年(1,636年)長崎の街の岬の先端に徳川幕府の命により、長崎の25人の有力な町人が出資して出島が築造されました。
街の中で暮らしていたポルトガル人を収容し、貿易の掌握とキリスト教の広まりを防ぐ仕組みが完成しましたが、その翌年島原・天草一揆が起こり、嘉永16年(1,639年)ポルトガル船の来航は禁じられました。
その後、当時平戸で貿易をしていたオランダの商船が出島に移され、以後幕末まで日蘭交流は続き、日本とヨーロッパ間の唯一の貿易地、または蘭学を初め日本の近代化に必要な発信地として、出島は重要な役割を果たしました。
復元された出島をブラブラと楽しみました。
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日本二十六聖人記念館を出て、長崎駅まで戻ってきました。
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路面電車で出島に向かいます。
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出島駅で路面電車を下車。
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路面電車の出島駅近くの港に面したこのお店で昼食にします。
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少し遅いお昼ご飯になりました。
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人気店なのか、15分ほど待って入店。
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水槽の前の席に通されました。
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夜の方がいい感じの店かな?
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海鮮丼を二つオーダー
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近海で揚がった海の幸を使った海鮮丼!
美味! -
ご馳走様でした。
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さあ出島へ!
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この雰囲気、テンションが上がります。
17世紀から19世紀にかけて200年以上にわたり日本とオランダの交流の舞台となった出島です。
その間、武力ではなく交渉により平和的に相互交流が行われた世界的にもまれな場所と言えます。
更にその交易を通して日本は世界各地とつながり、お互いに様々な影響を与えてきました。 -
入り口がいくつかあります。
ここは南西側の入口です。 -
有名な出島、鎖国が解かれた時にその役目を終え、オランダ商館も閉鎖されました。
明治15年には埋め立てが始まり、結局その風貌は全く変わってしまいました。 -
1,996年より復元工事が始まり、石垣があった場所も特定されました。
長崎市による復元整備事業でまだまだ復元中。
長崎市は、2,050年までに再び海に浮かぶ出島が完成するように事業に取り組んでいます。
石垣の一部は国道の下に埋まっており、復元できるか未定です。 -
さあ入ってみましょう。
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大人510円×2枚
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これは秤??
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これは天秤量りですね。
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入場券、2枚購入。
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ブロッシャーも頂きました。
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いきなりいい雰囲気です。
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入口左側にある一番船船頭部屋へ。
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一階は倉庫になっています。
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これも天秤量りです。
米を計っていたんでしょうね? -
家内が見入っています。
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二階では船長や商館員の居住空間が再現されています。
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二階に上がってみます。
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一番船船頭部屋????
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二階には、オランダ船の船長が滞在した部屋、商館員の住居があります。
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こんな部屋です。
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19世紀初頭の生活が判る映像が流れています。
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これは何の道具かな?
覗きメガネと富くじのようです。 -
ここは商館員の部屋です。
畳にベッドや椅子があります。 -
オランダ商館の事務官が暮らした寝室と居間です。
家具はインドネシアから持ち込むか、長崎の職人に作らせていました。 -
次は一番船船長の部屋です。
少し豪華ですね。 -
19世紀初頭の出島には、夏になるとオランダの貿易船が2隻来航するのが通例でした。
そのうち先に到着する船を一番船と言うようです。
なーるほど!!!
一番船とはそういう意味ね。。。。
先に到着する一番船の船長が、出港する11月ごろまで滞在したのがこの部屋です。
船員たちは船で暮らしていました。 -
豪華な部屋ですね。
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嘉永4年(1,851年)に来航したオランダ船船長デ・コーニングの「私の日本滞在記」を参考に家具調度類を再現しています。
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ここは「長崎はいからさん」と言う着物のレンタルショップ。
外国の方々が大勢レンタルしていました。
男女比は2:8ぐらいかな? -
さあこの絵になる街を進みましょう。
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隣の建物に入ってみます。
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ここは一番蔵です。
砂糖などをおさめた蔵です。 -
一番蔵を通り反対側に出ました。
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裏側から次の建物に入ります。
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出島で取引された貿易の品々が並んでいます。
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皿はこうやって運んだんですね。
有田焼や古伊万里はヨーロッパの宮殿でよくみます。
こうやって出島から運ばれたんでしょうね~~ -
出島における商売の様子。
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これは砂糖のようです。
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麻布(あさぬの)が並んでいます。
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真向かいの建物へ。
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カビタン部屋と言う建物です。
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カビタン部屋とはオランダ商館長の居宅です。
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大きな家です。
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土に埋まった樽です。
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何に使われたかは不明のようです。
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カビタン部屋の一階には商館長の食料と物品の倉庫があり、真ん中には通り抜けの土間がありました。
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ビリヤードです。
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畳の上でビリヤードをやっていたんですね~~
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2階に上がってみましょう。
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オランダの習慣で、玄関にあたるこの部屋が短時間の接客をする場も兼ねていました。
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商館長の仕事部屋。
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商館の事務室として使われていた15畳の部屋です。
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15畳の部屋の説明書き。
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幕府へ献上するオルゴール付きの時計を改めている様子を再現しています。
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ここは17.5畳の部屋です。
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商館の主要な事務を執る場でした。
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ここで仕事をしていたんですね。
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クリスマスの宴会を再現しています。
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この部屋はカビタン部屋の中で一番広い部屋で、35畳もあります。
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クリスマスを祝ったとされる阿蘭陀冬至の祝宴風景です。
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窓の外は江戸末期の風景です。
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素敵です。
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絵になります。
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最後にクリスマスの宴会を再現した部屋を見てカビタン部屋を出ます。
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三角階段が特徴的なカビタン部屋をあとにします。
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