鎌倉旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 鎌倉文学館前から小路を通って来ると、吉屋信子記念館の手前に和洋折衷の民家が見える。これまでは塀や木立に隠れて中々その建物を確認できなかったのだが、今日は木の芽が芽吹く前なので幾らかはその様子を伺い知ることができる。<br /> 前に二階建ての洋館、その後ろに平屋建ての和風日本家屋というL字形の和洋折衷の家屋だ。典型的な和洋折衷の民家である。こうした和洋折衷の家屋を建てたのは大正時代から昭和初期の頃であろうか。鎌倉では関東大震災(大正12年(1923年))があったから、現存している民家の大部分は関東大震災後に建てられたものである。ただし、洋館部分を地盤の固い場所に選りすぐりの部材で、しっかりとした構造・施工で建てたならば築の浅い建物は関東大震災でも大丈夫であった。和館部分は平屋で腕の良い宮大工か大工が建てたものは関東大震災でも無事だった場合も見受けられる。建坪がある和風建築の母屋は古く見え、関東大震災前に建てられた可能性子もあろうか?洋館部分はその後の増築である可能性が高い。それならば関東大震災後であることは間違いないだろう。<br /> それにしても広い家屋敷だ。建設当時はお金を掛けてしっかりとした和洋折衷の家屋を建てたことが想像される。それで今でも健在なのだろう。<br /> (表紙写真は和洋折衷の民家)

和洋折衷の民家(鎌倉市長谷1)

4いいね!

2019/03/09 - 2019/03/09

3595位(同エリア6356件中)

0

4

ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鎌倉文学館前から小路を通って来ると、吉屋信子記念館の手前に和洋折衷の民家が見える。これまでは塀や木立に隠れて中々その建物を確認できなかったのだが、今日は木の芽が芽吹く前なので幾らかはその様子を伺い知ることができる。
 前に二階建ての洋館、その後ろに平屋建ての和風日本家屋というL字形の和洋折衷の家屋だ。典型的な和洋折衷の民家である。こうした和洋折衷の家屋を建てたのは大正時代から昭和初期の頃であろうか。鎌倉では関東大震災(大正12年(1923年))があったから、現存している民家の大部分は関東大震災後に建てられたものである。ただし、洋館部分を地盤の固い場所に選りすぐりの部材で、しっかりとした構造・施工で建てたならば築の浅い建物は関東大震災でも大丈夫であった。和館部分は平屋で腕の良い宮大工か大工が建てたものは関東大震災でも無事だった場合も見受けられる。建坪がある和風建築の母屋は古く見え、関東大震災前に建てられた可能性子もあろうか?洋館部分はその後の増築である可能性が高い。それならば関東大震災後であることは間違いないだろう。
 それにしても広い家屋敷だ。建設当時はお金を掛けてしっかりとした和洋折衷の家屋を建てたことが想像される。それで今でも健在なのだろう。
 (表紙写真は和洋折衷の民家)

PR

  • 和洋折衷の民家。家屋敷には奥行きがある。

    和洋折衷の民家。家屋敷には奥行きがある。

  • 和洋折衷の民家。和館は数寄屋風か?左(小路奥)の建物は別の家か。塀の高さが若干異なっている。

    和洋折衷の民家。和館は数寄屋風か?左(小路奥)の建物は別の家か。塀の高さが若干異なっている。

  • L字のコンクリートブロック塀に変わり、道路側には低い鉄柱柵が増設されており、見えない。

    L字のコンクリートブロック塀に変わり、道路側には低い鉄柱柵が増設されており、見えない。

  • 道路側のコンクリートブロック塀も長く、家屋敷の広さが分かる。広い敷地に大きな和風の母屋が建っている。

    道路側のコンクリートブロック塀も長く、家屋敷の広さが分かる。広い敷地に大きな和風の母屋が建っている。

この旅行記のタグ

4いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅の計画・記録

「旅の計画」作成でもれなく300ポイント!

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

鎌倉の人気ホテルランキング

PAGE TOP

ピックアップ特集