2019/02/23 - 2019/02/24
464位(同エリア1964件中)
あおしさん
今回、9日間でインドへ初めて行きました。
ルートはデリー~バナラシ~アグラ(タージ・マハル)~ジャイプール~デリーの定番ルートです。
初めてのインドを全くのフリーは自信がなかったので、ガイドさん同行の旅でした。
まずはデリー観光から。
その後デリーのニューデリー駅から夜行列車でバナラシに向かいます。
動画 インド旅行 デリー
https://youtu.be/6FN6Mkqcv8c
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 自転車
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- エス・ティー・ワールド
-
2月23日土曜、大宮駅を朝6時過ぎのJRの成田エキスプレスで出発します。
京成スカイライナーの方が値段は安くて速いですが、大宮から直通なので初めて乗ってみました。
ところが、いつも遅延する埼京線、今日も信号故障とかで1時間も成田到着が遅れてしまいました。
成田に3時間前に到着予定だったので私は事なきを得ましたが、外国人の人たちはパニックになっていました。
何かトラブルがあると成田は東京から遠いなあ、と思いました。成田エクスプレス 乗り物
-
さて、今回は珍しくJALを利用します。
なんだかんだ言っても、外国のキャリアに比べるとやっぱり安心。成田空港第2ターミナル 空港
-
しかも、何を間違えたのかプレミアムエコノミーでした。
-
足元は広いし、横幅もあるし、実質ビジネスクラスみたいなものです。
成田を10時に出て、デリー着17時、時差は3時間半の約10時間のフライトは実に快適なフライトだでした。 -
デリー空港にこれから1週間お世話になるガイドのオムさんが迎えに来てくれて、まずはホテルへ。
喫煙場所は2か所 by あおしさんインディラ ガンディー国際空港 (DEL) 空港
-
さすがに大都市デリーの空港。
とても大きい空港です。喫煙場所は2か所 by あおしさんインディラ ガンディー国際空港 (DEL) 空港
-
ところが、今晩泊まる予定のホテルが、急遽警察の査察が入ったとかで営業停止で泊まれなくなってしまいました。
日本じゃ考えられないことです。
ガイドさんが別のホテルを探してくれたので事なきを得ましたが、もし、フリーツアーだったら夜のデリーで途方にくれていたところです。
初日から、波乱万丈です。いきなり泊まれなくなりびっくり by あおしさんファブエクスプレス ジェニファー イン ホテル
-
代わりのホテルはデリー郊外の「OYO」というホテル。
インドで全国チェーンのホテルのようで、インド旅行中あちこちでこの「OYO」のマークを見ました。
お風呂はありませんが、シャワーはありました。 -
夜の街を歩いてみます。
インドは人口が13億人で世界第二位の人口の国。
町を歩いていてもとにかく人の多いこと。
ここはデリーの郊外のはずですが、人も店も活気がありました。 -
なぜか日本語のお店がありました。
日本ブランドの洋服や靴などのお店のようでした。 -
屋台で何か食べてみたかったけど、初日からおなかを壊しても困るので今日のところはがまん。
-
さて、翌24日・日曜日。
まずはインドの首都デリーの観光から。
デリーは人口約1700万の巨大都市。
デリー首都圏は約2500万人で世界第三位の都市圏を持ち、インドの政治、経済の中心都市。
古くから歴代王朝により首都となった時期もありましたが、特に16世紀後半からのムガール帝国の首都なってから発展してきました。
さて、ガイドのオムさんがホテルに車でやってきて、途中もう1人、デリー観光の40歳の男性の方と合流してデリー観光に出発。
この方は貿易会社の人でムンバイに3か月前に単身赴任で来ているとのこと。
今日は月曜からデリーで仕事があるので、出張にひっかけてデリー観光とか。
まずは、デリーで有数のヒンズー教寺院、ラクシュミーナーラーヤン寺院へ。カメラ、ビデオ、携帯の持ち込み禁止です。 by あおしさんラクシュミーナーラーヤン寺院 寺院・教会
-
この寺院はヒンズー教で最高神の1人・ヴィシュヌとその妻ラクシュミーを祭っている寺院です。
白と茶色の建物が印象的な巨大な寺院でした。
中での写真撮影は禁止でカメラも携帯もロッカーで預けなくてはいけません。
日曜日とあって、すごい数のインド人が参拝に来ていました。
インドは、ヒンズー教大国の国。
信仰心の厚さと人口の多さでいくつかヒンズー教の寺に行きましたが、どこも日本の初もうで状態でした。カメラ、ビデオ、携帯の持ち込み禁止です。 by あおしさんラクシュミーナーラーヤン寺院 寺院・教会
-
次はムガール帝国の宮殿だった、赤い城と呼ばれる「レッド・フォート」。
壮大な宮殿はさすがに世界帝国の貫禄十分です。
中に入りたかったけどこのあとの予定が詰まっているのでここは外からだけ。ちょっと残念。世界遺産です。ムガール帝国の居城だったところです by あおしさんレッド フォート 史跡・遺跡
-
城の前は広い広場になっていて、日曜日だからか、たくさんのインド人や観光客で賑わっていました。
世界遺産です。ムガール帝国の居城だったところです by あおしさんレッド フォート 史跡・遺跡
-
かつては濠に水があったそうですが、今はありません。
ムガール帝国時代にはこの城壁で激しい戦いが行われていたことでしょう。世界遺産です。ムガール帝国の居城だったところです by あおしさんレッド フォート 史跡・遺跡
-
寝転がっている野良犬。
インドは野良犬が多くて町中見かけます。
ただ、インドの犬は狂犬病ウィルスを持っているそうなので、かみつかれて、狂犬病が発病したら100%あの世行きなのでご用心ご用心。世界遺産です。ムガール帝国の居城だったところです by あおしさんレッド フォート 史跡・遺跡
-
次は、その近くにある「ラージ・ガート」へ。
ここはインド人でもっとも有名な人、「インド独立の父」ガンジーのお墓があるところです。
インドの紙幣の肖像画はすべてガンジーであり、インドでは尊敬されているようです。
一帯は公園のようになっていてガンジー意外にも多くの政治家などお墓がありました。デリーにあるガンディーのお墓です by あおしさんラジ ガット 建造物
-
ガンジーのお墓は石の囲いがあり、その中心にあります。
囲いの上は1周できます。デリーにあるガンディーのお墓です by あおしさんラジ ガット 建造物
-
今日は日曜日ということもあってか、やはり多くの人が来ていました。
インド独立を果たしたガンジーですが、イスラム教とヒンズー教の融和を訴えたところ、「イスラムに甘い」として狂信的なヒンズー教徒に暗殺されました。
「非暴力」を訴えた彼もまた、暗殺という「暴力」に斃れたことを考えると、インドにおける宗教対立、人間社会のむずかしさを考えさせらえます。デリーにあるガンディーのお墓です by あおしさんラジ ガット 建造物
-
次はどでかいインド門へ。
第一印象はフランス・パリの凱旋門ですが、あちらはナポレオンが勝利の記念碑として造ったのに対して、こちらは第一次世界大戦でイギリス軍として戦争に参加し戦死した人の慰霊碑です。
イギリスは第一次世界大戦で苦戦すると、「勝利すればインドの独立を認める」と約束したため多くのインド人が戦争に参加しました。
大戦後イギリスは約束を守らず、そのためガンジーなどのインド独立運動が始まりました。
門には戦死した8万5千人の兵士の名前が刻まれています。巨大な慰霊碑 by あおしさんインド門と官庁街 建造物
-
「永遠の火」。
常に火が灯されています。
インド門からの大通りの先にはインド大統領官邸があります。巨大な慰霊碑 by あおしさんインド門と官庁街 建造物
-
インド門を見た後、ここでランチを。
日本人大使館が近いとかで、お客の多くは日本人でした。ちょっと雰囲気のいいレストラン by あおしさんモティ マハル デラックス (ニューデリー) インド料理
-
インドと言えば「カレー」。
日本のようにカレールーをごはんにかけるカレーライスと違って、さまざまな香辛料を混ぜ合わせた料理です。ちょっと雰囲気のいいレストラン by あおしさんモティ マハル デラックス (ニューデリー) インド料理
-
午後はまず「クトゥブ ミナールと遺跡群」。
デリーの一番の観光地で当然世界遺産になっています。
日曜日だからか入場券売り場はすごい行列で1キロ以上続いていました。
幸い外国人の入場券売り場の窓口は別で、列は短くすぐにチケットを購入できました。
ただし、入場料はインド人は50ルピー(約100円)に対して、外国人は550ルピーと10倍ぼったくられます。きっぷ売り場はすごい行列。でも、外国人の売り場は別でした by あおしさんクトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナール。
高さは72.5あり、世界で一番高い塔とされています。
奴隷王朝の初代・アイバク(?~1210)が建てたものです。きっぷ売り場はすごい行列。でも、外国人の売り場は別でした by あおしさんクトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
奴隷だったアイバクはその軍事的能力により出世し、やがてデリーに王朝を開きました。
この王朝はアイバクが奴隷出身だったことから、「奴隷王朝」と呼ばれます(1206年~1290年 おおむね日本の鎌倉時代と同時期です)。きっぷ売り場はすごい行列。でも、外国人の売り場は別でした by あおしさんクトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールの周りには奴隷王朝時代の遺跡が多くあります。
きっぷ売り場はすごい行列。でも、外国人の売り場は別でした by あおしさんクトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
建物に刻まれた見事な文様でした。
きっぷ売り場はすごい行列。でも、外国人の売り場は別でした by あおしさんクトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
奴隷王朝は、アイバクの死後、息子が次ぎましたが、やはり奴隷出身で、娘婿だったイルトゥトゥミシュ(?~1236年)が反乱を起こして第3代の君主となりました。
クトゥブ ミナールもイルトゥトゥミシュの時代に完成しました。
これはそのイルトゥトゥミシュの廟(お墓)です。きっぷ売り場はすごい行列。でも、外国人の売り場は別でした by あおしさんクトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
イルトゥトゥミシュのお墓です。
インドの君主の現存するお墓としては最古のものとか。きっぷ売り場はすごい行列。でも、外国人の売り場は別でした by あおしさんクトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
イルトゥトゥミシュはさらに高い塔を建てようとしましたが、財政難で未完に終わったアライ・ミナールがあります。
未完とはいえ、完成していれば高さ100mになったそうで、なかなかスケールの大きい「未完作品」です。きっぷ売り場はすごい行列。でも、外国人の売り場は別でした by あおしさんクトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
今日の最後はフマユーン廟へ。
ムガール帝国第2代皇帝、フマユーン(1508~1556年)のお墓です。
立派な門をくぐっていきます。壮大で美しいな建物でした。 by あおしさんフマーユーン廟 史跡・遺跡
-
立派な廟が見えてきました。
高さは47mあり、巨大な建物です。
イスラム・ムガール美術の最高傑作と言われ、「タージ・マハル」はこの建物をさらに発展させたものとされています。
第2代皇帝フマユーンの時代、シエール・シャーという豪族に攻められていったんムガール帝国は滅亡しました。
後年、彼の息子で、第3代皇帝アクバルがムガール帝国を再建したときに、この廟も建てられました。壮大で美しいな建物でした。 by あおしさんフマーユーン廟 史跡・遺跡
-
廟の内部には皇帝フマユーンや王妃等の棺が置いてあります。
壮大で美しいな建物でした。 by あおしさんフマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマユーン廟は正方形の建物でどこから見ても美しいですが、ちょうど夕方なのでさらに美しく見えました。
壮大で美しいな建物でした。 by あおしさんフマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマユーン廟と同じ敷地内にあるイーサー・ハーンの廟。
イーサー・ハーンはフマユーンのムガール帝国を一端滅ぼしたシェール・シャーの重臣だった人です。
滅ぼした側と滅ぼされた側の人のお墓が同じ敷地内にあるのは不思議な気がしました。 -
今日の夜は夜行列車に乗って、バナラシへ向かいます。
夕食を取って、ニューデリー駅へ。
デリーにはデリー駅とニューデリー駅があり、長距離列車はニューデリー駅から出発するそうです。
駅は各地への夜行列車を待ってる人で大混雑でした。長距離列車の発着駅 by あおしさんニューデリー駅 駅
-
インドの夜行列車はとにかく長い列車です。
1等寝台(個室寝台)、2等寝台(2段寝台)、3等寝台(3段寝台)、2等座席車など20両以上もありました。
しかもいずれも満席状態で、座席車は夜行列車なのに立客もいました。 -
今回利用したのは、1等寝台です。
4人部屋の個室になっています。
相部屋だったのは2人のインド人でした。
ニューデリーを夜10時半に出発しました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
-
ファブエクスプレス ジェニファー イン
2.95
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
デリー(インド) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 初めてのインド 9日間
0
40