2018/09/16 - 2018/09/16
4位(同エリア44件中)
mistralさん
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9月16日 11時過ぎ
ヴェズレーの丘に立った。
いつの日か訪れたいと思っていた地だった。
空は青く澄みわたり、ブルゴーニュの大地から吹きあがって
きた風が心地良かった。
かつて、NHKで、世界遺産フランス縦断の旅という番組で実況
中継を担当していたのが住吉アナだった。
聖堂内部で、1946年に開催された平和十字軍の集会に、近くで
捕虜となっていたドイツの兵士も急遽参加を願い、手製の粗末な
十字架を担いで参加した、との話を聞いて
涙を溢れさせていた住吉アナ、
その後聖堂裏手に周り、ブルゴーニュの大地を眺め、再び涙して
いた。
その中継が、調べてみたら2006年の夏だった。
今、コメントを書いていて、多分mistralの中で、聖地サンティアゴ・
デ・コンポステーラまでへの道がヴェズレーとしっかりと繋がった
のが、この時だったと想った。
その後、更に長い時を経て、終着地点に立つことが出来たのは
その折のヴェズレーからの実況中継が、もしかしたらスタートだった
のかもしれないと想った。
(巡礼道の旅行記 最終章
https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11085084/ )
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
9月16日、日曜日 9時半ごろ
宿のある通りに
路上駐車してあった車の
出発の準備。
帰ったときにはきっと駐車スペースは
ないだろうと想像。 -
当日もお天気に恵まれ
爽やかな気分で走る。 -
こんな大平原を通り抜け
-
ひっそりとした村の街道も
走り抜け -
はるか前方の丘の上に
聖堂の塔らしいものが見えているが
あれがヴェズレーの村かと
期待で一杯。 -
11時頃、ヴェズレーに入り
門前町の参道といった雰囲気の通りまでやって来た。
さすが参道近くには駐車スペースは見当たらず、
だんだん林の奥まで進み、やっと空きを見つけた。
最初は車を置いて、そのまま行こうかと思ったが
良く見ると他の車の中にはティケットが置かれている。
そう思ってみると所々に発券機があるようだ。
しばらくその機械で格闘していたら
不正駐車を探している係官らしい人が回ってきて
発券を手伝って下さった。
充分考えずに2時間ぐらいと告げて、カードで購入したが
後で考えたら、不十分な時間だった。 -
参道(サン・ティティエンヌ通りからサン・ピエール通り)
は、ゆるやかな登り坂。 -
ここヴェズレーは
遡れば、聖ベルナールが第2回十字軍を結集させて
ここから出発させた地であり
サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼道の
出発点の一つでもあるが
今では小さな村といった佇まい。 -
通り過ぎてしまったようだが
ロマン・ロランが最晩年を過ごした家
があったようだ。
(写真は参道の様子) -
聖堂の名前、サント・マドレーヌとは
マグダラのマリアをさす。
娼婦だったが、改悛、後には聖女と崇められた。
イエスに付き添っていた女性の一人であり
最も愛されていたといわれ
復活後のイエスに最初に出会ったとされる。 -
その後、ラザロらと共に南仏に逃れ布教し
死後、遺体はヴェズレーに移された。
11世紀になると
そのマグダラのマリアの遺骸を安置する
サント・マドレーヌ聖堂は
クリュニー修道会の傘下に入り
サンティアゴ・デ・コンポステーラへの
順礼道の出発点となった。
その結果、多くの巡礼者を迎えることとなった。
1120年、火事のため消失、その後再建されたのが
現在の建物。
身廊の完成後に、ナルテックスが付け加えられた。 -
後に、マドレーヌの本当の聖遺骨は南仏にあるという
説が有力となり、訪れる人の数が激減、
19世紀半ばには崩壊寸前の状態となっていた。
この聖堂を修復したのが、ヴィオレ・ル・デュックであり
後にフランスのゴッシック建築の権威となる人物。
彼がいなければ、現在の聖堂を見ることはできなかった
かもしれない。
参道には聖ヤコブのシンボルであるホタテ貝が埋め込まれ
巡礼道の道案内となっている。 -
細い路地の奥には
一体どんな景色が?と想像。 -
古い写真が店頭に飾られている
写真屋さん。 -
参道を上りきるといきなり目の前に
広場が広がる。
そこに聳えるサント・マドレーヌ聖堂。
井上靖の「化石」の文章を思い出す。
<まるで寄木細工の寺院である。四角と三角と円形
とを組み合わせた単純な外形だが、独特の美しさを
持っている。〉 -
この文章を思い出し
確かにファサードはシンプルな形からなるが故に
こころに残る聖堂だと感じた。
正面入口のタンパンは13、19世紀に改修されていて
ロマネスク時代のものではない。 -
聖堂側から,
歩いてきた参道側
をみている。
前の広場もさほど大きいものではない。 -
ファサードの左側の鐘楼は失われたうえに
ほとんど全体が再建に近いほどの修復を受けている為
正面入口はロマネスクのものではないということを
聞いていたので、
すぐ広々したナルテックスに入ると
もう一つの扉口がある。 -
ヴィオレ・ル・デュックが1840年に
描き起こしたとされる扉口。 -
この中央扉口のタンパンは
オータンのサン・ラザール大聖堂のタンパンと
並び、ロマネスク美術の至宝とされている。
テーマは「使徒に使命を与えるキリスト像」 -
キリストと
左右には十二使徒。 -
-
タンパン外側枠には
「諸々の国人」
さらに外周には
「黄道十二宮と月々の仕事」 -
まぐさ、右側部分
左から
巨人、ビグミー人、大耳人 -
右側部分
大耳人 -
まぐさ、左部分
「諸々の国人」
スキタイ人、ローマ人、ユダヤ人 -
ほとんどの頭部は欠けているようだ。
-
聖ペテロと聖パウロ
(扉右側) -
ナルテックスで撮ったはずの彫刻だが
あちこちのサイトで探してみても
該当するものが見つからない?!
彫刻は三面からなっていて
正面と左右にもストーリーが展開するように
構成されている。
そのせいで該当するものを見つけにくいことがある。 -
この柱頭彫刻もナルテックス内?
-
平面プランの柱の位置に
アルファベット、数字を入れてみた。 -
ナルテックス、左側のタンパン
(平面プラン C)
「キリストの復活」にまつわる題材、
上段;キリストの昇天と使徒たち
下段;復活したキリストに気付く弟子など -
「子供を蘇らせる聖ベネディクト」
(ナルテックスの柱 D 東側)
修道士ベネディクトが布で巻かれた子供
の遺骸に祈っているところ。
左側は心配そうな様子で見守る子供の
父親。 -
「プロヴァンスの王女の前に現れた
マグダラのマリア」
(ナルテックスの柱 D 南側) -
若者がキリストに
「あなたは本当に救世主ですか」と
尋ねている場面。
右側側面にはヨハネの首が盆に載せられている。
(ナルテックスの柱 D 西側) -
「ダヴィデ王をとがめる預言者ナタン」
(ナルテックスの柱 D 北側)
ダヴィデ王はウリアの妻、パテシバと姦通しウリアを殺害。
その事を預言者ナタンが避難している場面。
その罪にもかかわらず、ダヴィデ王はキリストの祖先となる。
右側奥にいるのは様子をうかがっているパテシバ。 -
サムソンとライオン
(ナルテックスの柱 F 北側)
長髪に怪力を秘めているサムソンが
ライオンに跨って打ち負かせている。 -
「聖ベネディクトの誘惑」
(ナルテックスの柱 E 東側)
第7番目の柱 東面に同じテーマがある。 -
植物模様
(ナルテックスの柱 E 南側) -
「若者を蘇らせる聖ペテロと聖パウロ」
(ナルテックスの柱 E 西側) -
「カインの死」
(ナルテックスの柱 E 北側)
第4番目の柱 東面に同じテーマがある。 -
「ヨセフとポテパルの妻」
(ナルテックスの柱 G 西側)
第7番目の柱 北面に同じテーマがある。 -
ナルテックス、右側の扉口のタンパン
(平面プラン B)
「キリスト降誕」にまつわる題材が。
上段;マギの礼拝
下段;受胎告知、マリアのエリザベト訪問 -
「福音を伝える天使」
(ナルテックス南扉口 左側下)
同じような像がオータンの美術館にも
あった記憶が。 -
聖水盤
そばに修復記念碑があったようだ。
11世紀に建立されたサント・マドレーヌ・バジリカ聖堂は
火災や戦争の為、幾度となく荒廃の憂き目に合い
1840年から1852年にかけて
建築家 ヴィオレ・ル・デュックと
歴史建造物総視察官 プロスペル・メリメによって
蘇った、と記載されているようだ。
この二人はカルカッソンヌの修復にも携わっている。 -
この後、身廊へと入っていった。
折りからミサの最中で
そっと後ろの方の柱頭彫刻の撮影を始めた。
身廊の右側に柱が写っているが
それぞれ東、南、西、北面(向かって右側の柱列では
北面の柱頭彫刻はかなりの高所にある。また左側では
南面が高所にある)につけ柱のように柱が取り付けられ、
そこに柱頭彫刻がある。
また側廊にも柱があり、そこにも彫刻がある。
場所によっては高い位置だったり、暗かったり
陽が差していたりでまちまちの条件であり
mistralのカメラの腕前ではカヴァーしきれていない。 -
柱頭彫刻を熱心に撮影していて
身廊の写真をほとんど撮っていないことに
気づいた。
ネット上にこんな素晴らしい写真を見つけた。
これが本当の祈りの聖堂の姿と思ったので
掲載させていただきます。
光にあふれた聖堂内部には
ステンドグラスなどの装飾は不要なのかもしれない。
正面扉口は開放されておらず(解放される時があるのか?)
このような神々しい景観は見ることができなかった
のが残念。 -
身廊内部は想像以上に明るかった。
高窓から十分な外光が降り注ぐせいだろうか。
しかし一番奥には、更に光が満ちている空間が
見えている。
そこが更に増築されたゴシック様式の内陣になる。
身廊の上部横断アーチは半円形であり
2色の石で縞模様を作っている。
どこかで見た模様?と思ったが
この模様の起源はイスラム建築であり
更にはそれに影響を与えたビザンチン建築へと
遡る。
スペイン、コルドバのモスクのスタイルが
更にヴェズレーにまで及んできたそうだ。 -
ロマネスクからゴシック様式へと移り変わる時期、
パリ近郊では石造技術が発展し、どんどんゴシック様式
が取り入れられ建て替えられていったが、
ヴェズレーでは、初期ゴシック様式をロマネスク様式に
取り入れ、うまく融合させていったようだ。 -
これから身廊で撮影した柱頭彫刻を載せていきます。
今まで画像で見てきた彫刻の数々と
実際現地で写真におさめてきた彫刻を参照する
意味合いもあり、数が多くなっています。
柱の番号(アルファベットもあり)の上側が東面、
番号の下側が西面、更に側廊側の壁にも柱があり
そこにも彫刻があるので、それは赤丸で示して
います。
(これは私自身の記憶のためですので、数の多さは
どうぞご了承いただき、飛ばしてご覧ください。) -
平面プラン 第一番目の柱 西側
「想像上の生き物の戦い」
怪物に跨る男と、牛のような体の女性
(女性の足は牛の肢のよう)の戦い。 -
第一番目の柱 南側
「ゼウスによる羊飼いガニュメデスの誘拐」
鷲に姿を変えたゼウスが羊飼いのガニュメデスを
連れ去ろうとしている。悲しむ父親(左側)、
口を広げて悪の勝利を喜ぶ悪魔(右はじ)、
ガニュメデスは体をよじらせて苦しんでいる。 -
第1番目の柱 北側上部
「ユダの首吊り」
オータンにも同じテーマの柱頭彫刻があった。
右側ではユダの遺体が運ばれていく。 -
第二番目の柱 西側
「決闘」 -
第二番目の柱 南側
「欲望と絶望」
右側の女性は蛇にお腹を噛みつかれている。
左側の悪魔は自ら剣を突き立て、絶望から
髪を逆立てている。
間のシダのような葉には毒の実が。 -
第三番目の柱 西側
「聖オイスタヒウスの伝説」
狩人オイスタヒウスが、鹿を追っているとき
その角の間に十字架を見つけ、改宗したという
伝説による。 -
第三番目の柱 南側
-
第三番目の柱 東側
「天秤座と双子座」 -
第三番目の柱 右側の赤丸
「アキレスを教育するケンタウロスのカイロン」
半人半馬のケンタウロスのカイロンが
大きな鳥に弓を引いている。 -
第四番目の柱 西側
「神秘の粉挽き機」
この聖堂内で、その象徴的な意味合いから
最も素晴らしいとされている彫刻。
左の男が穀物を粉挽き機に流しいれている。
(穀物は、モーゼがシナイ山で神から授かった旧約聖書
の律法を表すそう。)
右の男が小麦粉を袋に受けている。
(小麦は、新しい‘義’である新約聖書を象徴しているそう。
受けているのはパウロで、新しい伝道者としての役割を
受けているそう。)
十字架の歯車のある粉挽き機がキリストを象徴している。 -
第四番目の柱 南側
「ラザロの死と贅沢三昧に暮らした金持ちの死」
左側面には、イエスの友人で死後4日目に復活したラザロが
二人の天使に魂を引き渡している。
正面は、女たちに囲まれた金持ちが、死の床についていて
二匹の悪魔が、彼の魂をその肉体から引き出そうとしている。
ベッドの下には蛇がいて、彼の財産を食べ尽くそうとしている。 -
第四番目の柱 東側
「カインの死」
アダムとイヴの息子、アベルとカイン。
収穫物を神に供えた二人だが、弟のアベルしか
顧みられず、起こったカインはアベルを殺してしまう。
カイン(右側)は盲目の息子ラメク(左)によって誤って
弓を射られて殺されてしまう。 -
第四番目の柱 右側の赤丸
未解明のようだ。
身廊のまん中辺りまで来て
ミサ中のためこれ以上進むのは遠慮しました。
再び左側(北側)の側廊側、11番目の柱から
撮影を始めました。 -
第十一番目の柱 西側
-
第十一番目の柱 南側上部
「二匹のペリカン」
二匹のペリカンの象徴するところは
神の愛・父の愛。 -
第十一番目の柱 東側
「知恵と愚かさ」
右側の人物は知恵を
その両脇(写真では中央)の男たちは
愚かさを表す。弱々しい葦で体を支えているせいで
やがては身を亡ばす。 -
第十一番目の柱 北側
-
第十一番目の柱 左側の赤丸
-
第十二番目の柱 西側
-
第十二番目の柱 東側
「寛大と真実による吝嗇と誹謗への罰」
左;金の袋を持ってしゃがみこんでいるケチな男と
寛大さを示す立っている男。
右;ペンチを持って立っている男は、真実を象徴
しており、舌を抜かれようとしている、誹謗中傷
ばかりしている男に、罰を与えようとしている。 -
第十二番目の柱 北側
-
第十三番目の柱 西側
「ユーディットとホロフェルネス」
街を包囲した司令官ホロフェルネスを
酒と色仕掛けとで打ち取り危機を救った
ユーディット。左側、ユーディットの首を
もって街に帰ってきたところ。
(オリジナルとは関係ない新しい彫刻らしい。) -
第十三番目の柱 北側
-
第十三番目の柱 東側
「夏と冬」
タイトルがついているが、寓意は不明。 -
第十三番目の柱 左側の赤丸
-
第十四番目の柱 西側
「エジプト人を殺すモーゼ」
同胞のへブル人がエジプト人に鞭うたれているのを
見て、そのエジプト人を殺すモーゼ。 -
第十四番目の柱 北側
「ダヴィデとゴリアテ」
ダヴィデが投げた石はゴリアテに命中し
ゴリアテの首を切り落とすことができた。 -
第十五番目の柱 西側
-
第十五番目の柱 北側
「ダヴィデの子、アブサロムの死」
父王ダヴィデに陰謀を企てた為、逃亡したアブサロム。
途中森の中で木の枝に頭が引っ掛かり宙吊りになってしまう。
(左側面では、宙吊りになっているアブサロムを、ダヴィデの
司令官ヨアブが殺そうとしている。) -
再び 「化石」より
柱頭彫刻についての文章がありますので、以下に記載します。
<農村生活の中から拾われた主題が、石工の手によって、何百本かの石の柱の一部に刻まれているのである。お祭り、取り入れ、若者の喧嘩、恋愛、裁判、そうした雑多な事がらが、いずれも面白おかしく、多分に諷刺的に取り扱われている、、、
柱頭の彫刻は、殆どすべてがこの地方の農村の行事や生活を端的に、ユーモラスに表現したものか、でなかったら勧善懲悪物語を主題にしたものと言ってよかった。姦夫姦婦は懲らしめられ、欲深の男女は痛めつけられている。そして大口をあけて笑いこけている鬼たちの前に、惨めな姿をさらしている。
反対に正直者や働き者は祝福されている。収穫物の袋に取り巻かれ、大勢の子供たちに仕えられ、太陽が輝かしく頭上に輝いている。安穏な平和な生活の中に、彼らは置かれているのである。
これらを造ったものは、、、この地方の名もなき石工たちであったに違いないと思われた。庶民の知恵以外からは出ないアイディアがここには生かされてあり、しかも、それが立派な芸術作品たり得ているのである。>
オータンの後で、ヴェズレーで柱頭彫刻を見てみると
同じような表情の悪魔、人物などもあり
ある程度専門職?としての石工さんもいて
物件毎に移動して仕事をしていたような気がしてくる。
(続きの柱頭彫刻は次の旅行記で)
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この旅行記へのコメント (6)
-
- ヴェラnonnaさん 2019/05/17 00:51:32
- 思い出深い ヴェズレー
- mistralさん
こんばんは。
私も 2017年 1月2日、3日と ヴェズレーに行きました。 懐かしいです。
ほぼ 付け焼刃の 下調べで サント・マドレーヌ・バシリカ聖堂 を
見学しました。
真冬だったので 聖堂内は薄暗く 身廊、拝廊部の 柱頭の写真は
カメラでは 光源不足で 撮影できず スマホで撮影したため
殆どが 不鮮明な 写真となりました。
mistralさんの 記録から なるほど~~と 納得しながら 再度
見学 している気持ちになります。
聖書の逸話には あまり詳しくないですが ロマネスクの レリーフは
滑稽でもあり 残酷な 表現が 見るものを引き付けますね。
ヨーロッパの中世は 聖地奪回の十字軍と切り離せない 歴史の面白さが
あり
それに加えて 巡礼者を集めるための聖遺物を 教会にもたらすことが
この時代は 重要だったのでしょう・・・
この聖堂の 地下には マグダラのマリアの聖遺物を 祭った
礼拝堂があります。
たまたま 主祭壇の横に 階段を見つけ 降りていきましたら
そこが 質素な礼拝堂でした。
信者でもないのに 重い歴史の積み重ねられた 祈りの場所で
厳粛な気持ちになった事を 思い出します・・・・
ヴェラnonna
- mistralさん からの返信 2019/05/17 09:49:05
- RE: 思い出深い ヴェズレー
- ヴェラnonnaさん
おはようございます。
お忙しい中、こちらにもコメントをありがとうございます。
私たち世代 (勝手に一緒にしてます) になりますと
周囲にもいろんなことが起こり、更には自分だって
いつなんどき、何が起こっても不思議でない、世代となりました。
そんな中、かいくぐりながらの旅、そして旅行記アップと
なってきました。
>
> 私も 2017年 1月2日、3日と ヴェズレーに行きました。 懐かしいです。
はい、よく覚えております。
> ほぼ 付け焼刃の 下調べで サント・マドレーヌ・バシリカ聖堂 を
> 見学しました。
>
> 真冬だったので 聖堂内は薄暗く 身廊、拝廊部の 柱頭の写真は
> カメラでは 光源不足で 撮影できず スマホで撮影したため
> 殆どが 不鮮明な 写真となりました。
聖堂内部はかなり薄暗い、とのイメージを抱いて現地に行きました。
実際は光に溢れた聖堂!で驚きました。
神々しいほどで、この時期ゆえ?とわかりました。
当時も巡礼者の方々は季節によって抱かれる印象が随分変わったこと
でしょうね。
> mistralさんの 記録から なるほど??と 納得しながら 再度
> 見学 している気持ちになります。
>
> 聖書の逸話には あまり詳しくないですが ロマネスクの レリーフは
> 滑稽でもあり 残酷な 表現が 見るものを引き付けますね。
素朴で単純なデザインゆえに、一層惹きつけられますね。
>
> ヨーロッパの中世は 聖地奪回の十字軍と切り離せない 歴史の面白さが
> あり
> それに加えて 巡礼者を集めるための聖遺物を 教会にもたらすことが
> この時代は 重要だったのでしょう・・・
莫大な購入資金を投じて、教会に価値をつけるために購入したんですよね。
> この聖堂の 地下には マグダラのマリアの聖遺物を 祭った
> 礼拝堂があります。
>
> たまたま 主祭壇の横に 階段を見つけ 降りていきましたら
> そこが 質素な礼拝堂でした。
私もクリプトに降りて行きました。
> 信者でもないのに 重い歴史の積み重ねられた 祈りの場所で
> 厳粛な気持ちになった事を 思い出します・・・・
ちょうどミサが終わり、信者の方々が神父さまに伴われ
降りて来られたので、早々に退散しました。
いくら見ていても飽きないほどの聖堂内部でしたが
同行者が待ち飽きている?気がして
後ろ髪を引かれる想いで後にしたことを
今でも良く覚えています。
mistral
-
- 鯨の味噌汁さん 2018/11/13 13:42:38
- コルドバのメスキータ
- mistral さま
サントマドレーヌ聖堂の中、柱の作りになんか既視感があって不思議だったんですが…
拝読させていただき理由がわかりました! なんとコルドバのメスキータからの流れであったとは!
そういえば、ゆるりとわん曲した天井も、柱の雰囲気も、あのメスキータに似ていますよね。
- mistralさん からの返信 2018/11/13 20:49:54
- Re: コルドバのメスキータ
- 鯨さん
メッセージ、有難うございます。
そうですよね。
私も、身廊に入ったところ、想像していたのとちょっと違う、という感じがしました。
もっと全体的に薄暗いと思っていましたが、光に溢れていて
おまけに天井はシマシマになっていて!
旅行記を書いていて、わかったのですが
コルドバのメスキータなどの様式の影響を受けていた、と
知り、ちょっと納得した次第です。
今回の旅は、当初は漠然とディジョンからレンタカーでヴェズレーにいったらどうかしら、と考えていたのですが
その折に、丁度鯨さんが同じように旅をされ、それで背中を押されたのでした。デイジョンからは丁度良いドライヴでしたね。
mistral
-
- cokemomoさん 2018/11/11 21:20:37
- ため息が出るような・・・
- mistralさん、こんにちは。
ヴェズレーは強い思い入れがある地だったんですね。
(NHKの番組、見てないのが残念です)
出発してから車窓から見る田園に農業国フランスの豊かさや底力を感じます。
古い小さな村を抜ける街道がとても好きな感じです。
聖堂の正面までやってきて、mistralさんにとって特別に大切な聖堂だから、かえってもったいなくてすぐ中に入れなかったんじゃないかしら・・なんて想像しました。
ナルテックスもいいですし、内部はもう素晴らしいですね!!明るい。内陣がさらに明るいのが印象的でゴシックの魅力を感じます。
そして載せてくださった開いた正面扉口から撮った写真ときたらもう。ため息が出ます。
「あ~~け~~て~~~~っ!」ですね。
そしていつもながらmistralさんの細やかな説明や数字や印入りの平面図にため息が。
すごいです。いつか私が訪れるならmistralさんの旅行記を印刷して持って行きます♪
もちろん井上靖の「化石」を読んで。
柱頭は状態が良いものがたくさんありますね。ユダの自殺はインパクト大。「神秘の粉挽き」は生活感と寓意がうまく合わさって面白いと思いました。
続きを楽しみにしています。
私の方は水曜日から10日間ですが南イタリアに行ってきます。
出発が近づいてきて、楽しみやら心配やら面倒やら(←荷造りとか前倒しする家事とか)で落ち着きません。さっさと出かけてしまいたい・・・
- mistralさん からの返信 2018/11/12 10:08:09
- Re: ため息が出るような・・・
- cokemomoさん
おはようございます。
出発前でお忙しくされている中、メッセージまでお送り下さり、有難うございました。
これからイタリアへ!
季節もちょうど良い時期で、羨ましいです。
古寺巡礼の旅でしょうか?
いつの日か、巡礼にお供させていただきたいくらいです。
私の中で、ずっとあたためてきたヴェズレーのイメージは、朝霧に包まれて、聖堂の建つ丘の上部がのぞいている、というものでした。
流石に実現することが難しいことは、充分わかっていたのですが。
近くに泊まり、早朝に訪れる、が良さそうですね。
旅行記、お褒めいただき嬉しいです。
ヴェズレーの聖堂は、4トラの方、その他の方、多くの方が柱頭彫刻について詳細に記録されています。
事前に私も、多くのブログやら資料を拝見して、平面プランなども手元に持っていきました。
ただ現地では、そんな予習したこともすっかり飛んでしまい、ただただ見とれて上方を見つめるばかり!
彫刻の撮影は出来るだけ順番に撮っていったぐらいでしょうか。
もしご参考にされるなら、先達の方、解説、写真も素晴らしい方、私からご紹介したい方がおられますので、そのせつにはどうぞ(笑)
聖堂の写真、正面扉口が開放されていて
内陣までが見渡せる!
あの写真の素晴らしさには、勝るものはないように思います。たまたま検索して出てきたのですが、ゾディアックという本に掲載されていた写真か?と思うのですが、勝手に使わせていただいてしまいました。
それでは充実された旅を!
旅行記を楽しみにお待ちしていますね。
mistral
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