2018/09/20 - 2018/09/25
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薔薇の咲く庭さん
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ポーランドはあまり馴染みのある国ではありませんが、キュリー夫人の母国として前から興味をもっていました。ポーランドがロシアの支配下にあった時に優秀な彼女は学校で視察に来たロシア人にロシア語で答える役をいつもしなければならず辛い思いをしました。なぜ国が無くなってしまったのかがわかる「糸口のかけら」を見つけることができたら旅の醍醐味を味わえるかもしれないと思って旅に出ました。明治維新で方策を誤れば日本も他国の支配下になっていたかもしれません。ガイド兼TDの息子がいるので安心な旅ができました。
9月20日 羽田発 北京経由ワルシャワ着
9月21日 ワルシャワ経由グダンスク
9月22日 マルボルク城 トルン
9月23日 トルン ポズナン
9月24日 ワルシャワ ワルシャワ発
9月25日 北京経由羽田着
かなり濃厚なスケジュールですが充実してよい旅でした。ところで「糸口のかけら」は?・・・拾って来ました。
この旅行記はマルボルク城について記した旅行記です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
グダンスクを8:11のローカル線で出発。ICに比べるとかなりローカルな感じです。
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チケットです。
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コンパートメントの電車。
ハリーポッターを思い出しました。 -
前の席に子供が乗っていて、私の顔をゲームをしながらちょこちょこ見ていました。東洋人を見る機会は滅多にないのでしょう。珍しいのです。
日本人観光客が少ない国に行くと、よくあることです。
昨日のグダンクスでは一人の東洋人女性を見ただけでした。 -
電車は大きな橋を渡って、
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ノガト川を渡ります。バルト海へと繋がるこの川のおかげで城下町のマルボルクは琥珀貿易ができ、ハンザ同盟にも加盟することができました。
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見えて来ました。マルボルク城。ドイツ騎士団が造った城です。
某旅行案内書にはたった1/2ページしか記載されていません。しかし、1274年に創設されたドイツ騎士団の本部になった城です。
勿論、世界遺産です。 -
マルボルク駅に着きました。グダンスクから約40分くらいでした。
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マルボルク城を書かれた方の旅行記を拝読し、駅にはロッカーが9個しかない情報を得ていました。やはり9個しかありませんでした。早い電車で来て正解。
この後の電車で来た2人の女性はロッカーの前で考えあぐねている様子でした。
しかし・・・ -
(ロッカーの鍵です。かなりクラッシック)
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この後、問題が生じます。駅員の女性に次の訪問地のトルンへ行く切符を買おうと英語で話しかけると、英語が通じない。40才代くらいでした。
そこで、紙に「イワバ経由トルン」と書いて渡しました。クレジットカードで支払ってから、行き先が「ワルシャワ」になっていることに気づきました。
日本ならあり得ないことです。払い戻しができないのです。「払う前に確認しなかった(切符見せていません)あなたが悪い」という態度。確信犯としか思えません。このようなことをやっていたら永久にユーロ圏には入れないでしょう。この行為が他の真面目に働いている何万ものポーランドの人々の信用を失うのです。そして国家の品格を落とします。 -
このように美しい駅でよくもまあ・・・。民主化される前の○○主義が根強く残っている現実を真にしました。
東洋人は滅多にこないので不正をやっても公にはならないと考えたのでしょう。
結局、買い直しをして一万円の損害。ポーランドの陰の一面を見ました。
個人旅行はこういった裏の面を見たくなくても見ざるを得ない場面に出遭います。 -
マルボルク城までは歩ける距離でしたが、先ほどお城のチケット売り場の前らしきところに人がたくさんいるのが電車から見えたので、一分でも早く着くためにタクシーを使いました。
これがまたメーターなしの観光地価格。もう、交渉する気にはなれなくて・・・。 -
イチオシ
とにかく、お城へ行こう・・・。
タクシーは街の中は通れないので少し迂回して、城に着きました。 証拠写真。
城の上にポーランドの旗が翻っています。 -
外には第二次世界大戦後のマルボルク城の写真がありました。無惨な姿。
1945年にドイツ軍は先人が作ったマルブルク城に籠城して、ロシア軍と攻防戦をしました。その結果がこの姿です。 -
堀はありますが空堀です。大きな城です。右奥が日本で言う天守閣。ポーランドの国旗がはためいているのがここでも見えました。
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猫が出てきて迎えてくれました。ひょっとして今やお城の陰の城主?
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入り口は?
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ぐるっと回って・・・。ユネスコのマークはありますが、入り口は?
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大きなお城です。裏庭はノガト川に繋がっていました。
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入り口です。世界遺産なのでツアーがたくさん来ていました。個人で来ている人は少ないようで簡単に入ることができました。
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おう。これが某旅行案内書に記載されていた歴代騎士団長の銅像です。勇ましいです。
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この方が一番ルックスがよいかと・・・。
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さて、橋を渡って本丸へと進みます。
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出ました。中庭。これは井戸?のようです。城の中央部です。
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重厚な造り
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しかし、中は台所でした。
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材料から考えるとかなり粗食であったかと推測されます。
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釜戸です。お鍋があります。
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階段を上がって二階の部屋の一つです。
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戦火を免れて残ったのでしょう。見事な彫刻です。色が付いていました。
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さらに別の廊下を進むと、
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壁に建設当時の絵が残っている場所がありました。
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この部屋も戦火を免れて残ったようです。
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その当時の家具でしょうか?置いてありました。
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絵画を飾ってある部屋がありました。
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うーん。これは日本の着物では?
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外に出て見つけたおもしろい木です。自分では立てず城の城壁に寄りかかるようにして立っています。日本では見たことがありません。
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上はずっと屋根まで大きく育っていました。寄生?
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また、お城に戻り、ながーい廊下が続いているなぜか不思議な感じのする廊下を歩いていくと、
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行き止まりの部屋はなんと、トイレ
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この写真では左の飛び出した所です。完全に城の外。
衛生上の問題から城の外にトイレを作ったようです。そこから攻められては困るので、ながいーい廊下は橋にして上れないように設計されています。 -
次は・・・。これは渦巻きの階段。何段も上ります。息が切れないように。
心臓に負担がかからないように。 -
やっと上り終わったところは、そうです。塔に続く階段でした。
ここが城の最上階の塔の上。下で見えていたポーランド国旗です。
来ました! -
上った人にしか見ることができない風景!
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騎士団長はここからこの景色を眺めていたことでしょう。
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ノガト川にハンザ同盟の貿易船が行き来するのが見えたに違いありません。
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イチオシ
絶景ですね!
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しばらく塔の上で景色を眺めて満喫しました。
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確かに来ました。証拠写真。
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階段を下りて振り返りました。ここが塔に上る入り口の階段です。かなりありました。しかし、あの景色はここを上らないと見ることはできません。
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修復工事が行われていた時の写真です。
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本当に無惨な姿。廃墟です。
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戦火で焼け落ちる前の聖母マリアの像が写っている写真がありました。
ドイツ騎士団の正式な名前は聖母マリアドイツ騎士修道会です。だからグダンスクにも聖マリア教会があり、ドイツ騎士団が作った街には必ずマリア教会があります。 -
マルボルク城の全体が分かるミニチュアがありました。今まで見たところはほんの一部でした。
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ノガト川の方から見たマルブルク城です。マルブルク?ドイツ語ではマリエンブルク。そういえばヴェルツグルグにマリエンブルク城がありました。
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これまで見た内容では世界遺産としては不十分なように思いました。世界遺産となるためにはもっと大事な物があるはず。
回廊を回ってノガト川の方に行きます。 -
回って出た部屋がチャプターホール。某旅行案内書に紹介されている「騎士団の重要な会議に使われた部屋」です。フラッシュ禁止で真っ暗な写真で残念です。もっと綺麗な部屋です。
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ツアーが来て壁に備え付けられている椅子に座ってガイドさんの説明を聞いていました。座らせてくれるので嬉しいです。
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真ん中に特別な椅子がありました。騎士団長の椅子だと思います。
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うーん。なるほどよく残りました。これは世界遺産の価値があります。
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わーう。かなり破壊されている。
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なんと言ったらよいか。よく持ちこたえました。形が残っているだけすばらしいです。
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かなりの攻撃を受けてもここだけは何とか残ったのですね。
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やはり、証拠写真を撮らねば。
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このホールを見て息を飲むようでした。ここは世界遺産として残しておきたい。
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よく残りました。
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よく残りました。
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よく残りました。
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よく残りました。十字架は分かりますが、キリストは?
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1309年~1457年までここはドイツ騎士団の本拠地でした。
マルボルクが中心でドイツ騎士団が活動していたことが分かる地図です。
城の中には博物館もありました。入りました。 -
これは何をしているか分かりますか?
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真ん中の筒を使って丸く金属板を打ち抜き、練金ならぬコイン造りをしている絵です。
ハンザ同盟に加入している都市は、その都市によって貨幣が違ったというのですから大変。取引は金の重さを単位にして売買をしたそうです。 -
この方は誰だか分かりますか?
右下にサインがしてあります。 -
ん? このマークは?
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そうです。ヒットラーです。1941年の10月18日にこの城に来ています。
1939年9月1日にヴェステルプラッテで第二次世界大戦が始まっているので、2年後です。マルブルク城を視察に来たのでしょう。 -
このほかにも日本から「寺内寿一」がこの城を訪問していることがサインがあって分かりました。
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説明がなくて分かりませんでしたが、とてもオシャレな窓がたくさんありました。ここも no フラッシュで出来上がりの写真は真っ暗で残念です。
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綺麗な天井の部屋がいくつかありました。
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最初はあまり時間がかからないかと思いましたが、広いので見学に2時間半かかりました。少なく見積もっても2時間はかかります。
外へ出てきてまたも高い塔の上にポーランドの国旗が翻っているのが見えました。
あそこまで行ってきました。 -
正面の聖母マリア像。もっと大きく撮ってくるとよかったです。
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マルボルク城を後にして、マルボルク駅に向かいました。マルボルクの街は石畳が敷かれていてオシャレですが歩きにくい道路でした。
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途中にあった像です。このような像が街の中にあるとはおもしろいです。
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ブテックがありました。このような洋服を着て街を歩くのですね。通りにはお店が並んでいます。
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マルボルクの駅に戻って来て、13:42のICを確認。これに乗ります。
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ICが来ました。どこに指定された車両が止まるのか分からないので、ホームのどこで待っているかは「感」に頼るしかありません。
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電車は走って走って、イワバに着きました。ここで乗り換えです。
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ICは普通の電車と違って先頭車がすてきですね。
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この電車はコンパートではありませんでした。空いている席に座ると、前に大きなスーツケースを通路に置いた中年の女性が座っていました。
思わず「どこからいらしたかを伺ってよろしいですか?」と聞くと「ポーランドです。これから実家の母の所へ行く所です」と大きなスーツケースの意味を教えてくれました。 -
「これからトルンへ行くのですがマルブルクで英語が通じずに大変でした。ポーランドではいつから英語を勉強するのですか?40才くらいの駅員さんでしたが」
「それは大変でしたね。中学からです」少し困った顔をして「しかし、ほとんどのポーランド人は英語を話すことはできません。私は4年前から英語を勉強し直しています。去年はイタリアへ行って来ました。勉強していてよかった」 -
そうか、そういえば日本でも今まで何回か外国からいらした方が困っているのを助けましたが、外国の方が「日本は英語が通じなくて困っています」と言うのを思い出しました。
「日本も中学から始めますが(最近は小学校からやっているようですが)、話すことはできない人がほとんどです」と答えざるを得ませんでした。 -
「書くことと読むことはできますが聞いて話すことが難しいからです」と付け足しました。持ってきたおせんべい(お米と醤油でできていると説明して)を勧めると、「息子が日本語を勉強しています。日本へいつか行きたいと言っています」
「それは是非2020年にオリンピックがあるので来てください」と言いましたが、即答はしないで「電車の中で日本の方と話したと息子に話したいのでサインをくだしさい」 -
名前だけではなく日本語を付け足し、息子が英訳して渡しました。「お礼」といってチョコレートをスーツケースから出してくれました。今年はポーランドもとても暑い夏だったとのことです。「日本も暑い夏でした」などと話しているうちにトルンヘ着きました。
マルボルクの嫌な記憶を薄めてくれるさわやかな時間でした。トルン観光へgo!
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